第20話:大悪魔
カランコロン
そんな涼しい音が、俺の入店を店内に知らせると、
「いらっしゃい!
……む、己の女が結婚できる歳になったのを機に、次の進展をまだかまだかと待ち望んでいる男ではないか。
どうした?あの件の了承の返事をしに来たのか?」
「待ち望んでるけど?」
俺の返答に少し悔しそうな顔をした、黒装束に身を包み、謎の仮面をつけた高身長の男がウィズの店で出迎えた。
地獄の公爵、見通す悪魔バニル
そう呼ばれる、魔王軍の幹部だったのが、この男だ。
なぜそんな奴がウィズの店にいるのか。
簡単に説明するとこうだ。
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ある日、俺はいつもの様に屋敷でみんなとゴロゴロしていた。
するとそこに、いつかの日の様にセナがやって来た。
なんでも、近くのダンジョンから謎のモンスターが大量発生しているらしい。
そのモンスターは一体一体は弱いのだが、数が多く、ダメージを与えると爆発し、与えなくても近寄って来て自爆するという厄介なものなのだという。
そんななので討伐隊もなかなか攻略することが出来ず、セナが俺たちを頼って来た。
もちろん最初は断ろうとした。
一体一体は弱いらしいが、なんかめんどくさい事になりそうな気がしたからだ。
しかし、そこはさすが俺のパーティー。
ダクネスは『近寄って来て自爆』
めぐみんは『一体としてはあまり力を持たない雑魚の集団』
と二人がそれぞれの言葉に反応し、アクアに関してはこの話を聞くと、
『なんかこのモンスターは、私の女神としての直感が早く倒してしまいなさいと叫んでるわ!』
とか訳の分からないことを叫んでいた。
結果多数決で、この謎のモンスターの討伐を受ける事にした。
セナに導かれそのダンジョンを訪れると、先に言っていた通り、謎のモンスターがダンジョンから発生していた。
早速その発生源を求めるべく、ダクネスを盾にして先に進んで行った。
それを見ていたセナの目線が痛かったが。
前回ちょっとした用事で既に入った事のあるこのダンジョンは、持ち主が帰って来たかの様に明るくなっていた。
奥に進むにつれ数が多くなるそのモンスターを、ダクネスが引き受け前に進み続ける。
そうこうしているうちに現れたのが、この悪魔だ。
最初に言った通り、こいつは見通す悪魔。
出会ってすぐさま、俺たちを見通し出した。
だが……
先に見通されたのはアクアだった。
しかし、アクアはあれでも女神だ。
悪魔に対して何か抵抗でもあるのだろう。
地獄の公爵であるバニルでさえも、見通すのは難しかったらしい。
それを知ったバニルは、悪感情を得るために次の作戦に出た。
見通された後何を言われるのか、少し期待があった俺たちを、見通さないというものだった。
しかしこの悪魔、運が悪い。
そうやって悪感情を得ようとした相手が、ダクネスだった。
もちろんその対応に、あの変態は悪感情とは真逆の感情を抱く。
その反応に嫌気がさした大悪魔は、最初に選ぶべきだった俺とめぐみんを最後に見通した。
しかし、そんな俺たちでさえも、あの悪魔にとってはつまらないものだったらしい。
俺たちを見通したバニルは、
「くっ!ならば最後は貴様らだ!
………見える、見える……ぞ?
……なんだ貴様ら?
二人揃って、どんな事があろうと最後は結ばれる未来にたどり着くだと?
これから先、可能性自体はいくつもあると言うのに行き着く先は不動の結末……?
……つまらん、つまらんぞおおおおお!」
そんな、嬉しいことを言って来た。
めぐり逢えた事自体が神様からのプレゼントだと思っているぐらいだったのに、これからの事を悪魔にまで公認されてしまった。
彼女を持つものとしては、これ以上ない嬉しい事な訳で、その気持ちはめぐみんも同じ様だった。
一切悪感情を得られないまま未来を見通し終えてしまったバニルは、次に俺の過去を見通した。
すると、先程までの悔しそうな表情とは打って変わって、いかにも悪魔らしい悪い顔をして、いきなりこんな事を言ってきた。
「我輩を、今ここで倒すが良い」
この時は全く意図が読めなかったが、依頼でここに来ていることもあったので、お言葉に甘えて討伐した。
魔王軍の幹部討伐という事で、金もたくさん貰った。
しかし後日、この事を報告するためにウィズの元を訪れた俺の前に、そいつはもう一度現れた。
仮面の額の部分に、『Ⅱ』という文字を加えて。
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そして、今に至る。
「我輩は速く自分の夢を叶えたいゆえ、協力するが良い。この協力は、貴様にとっても吉と出たぞ」
先ほどの不意打ちを受け流されたこいつの言っている『夢』とは、魔王軍の幹部をやめて、ウィズの元で働き、金を貯めて、自分のダンジョンを作る事らしい。
そんな悪魔の夢への一歩を手助けさせられた俺たちは、また一歩、夢への手助けをさせられようとしている。
「ああ、分かったって。協力するよ」
俺が今協力をすると言った『あの件』というのは、商業に関してのことである。
何故俺がこいつと商業に関して話し合うかというと、こいつが俺の過去を見通した時、俺が異世界から来た事も知ったらしい。
……ん?
……俺が元々いたのはあっちの世界なんだからこっちの世界が異世界な訳で……。
……でもこっちの世界の奴らにとってはあっちの世界が異世界な訳で……?
ああ!ごっちゃになるわ!
ま、まあ、あいつは俺がこの世界とは別の世界から来た事を知ったわけで、『その知識を活かしてこっちの世界で一緒に一儲けしてみないか?』という誘いなわけである。
「まあ、返事は聞かなくとも分かってはいたのだがな」
「ならわざわざ聞かなくても良かっただろ」
こいつは見通す悪魔。
それぐらいの事を知れるのは朝飯前である。
実際にさっきも『了承の返事をしに来たのか?』と聞いていたしな。
しかしバニルは俺のそんな言葉に反応する。
「何を言っておるか。この世界は貴様の世界とは違い、そこまで文明は発達していないのだ。
この世界での商業において重要視されるのは、信頼と事実である。
今この場で貴様が『協力する』と言った事実を作らなければ、裁判沙汰になった時にあのチンチンなる魔道具を使っても、いくらでも誤魔化しが効いてしまうであろうが」
それもそうか。
まだこの世界で未経験のことは、ついあっちの世界での常識で考えてしまう。
キャベツが飛んだり、サンマが畑で採れたり、ふざけた科学者の創造物で幾多もの国が滅ぼされてしまう世界なのだから、そろそろ慣れなければならない。
「まあ、それも転生者には仕方ないことなのかもしれんが……。
ところで、今回は当店に卸す予定の商品を持って来たのであろう。さあ、うちの店主とは違い商品の目利きには定評のある我輩に、その商品を見せるが良い」
「そこまで分かってんのかよ」
そう文句を言いながら、作って持って来たものを鞄から取り出す。
「ほう……」
俺が持って来たものを、バニルがマジマジと見つめる。
今回俺が持って来たのは、チャッカマンと整水器。
冒険者が野宿をする時に必要になりそうな物だ。
構造が簡単で、量産しやすく、需要性のありそうな物を選んだ。
「こっちはどこでも火を点けられる道具で、そっちは川の水とかを飲める水にする道具だよ。匂いは取れないかもしれないけど、綺麗にはなる。
駆け出し冒険者や、ティンダーとかクリエイトウォーターとか、ウィザード系の人達が初球魔法を覚えてる奴がいないパーティーにオススメだな」
俺の話をフムフムと聞きながらバニルが答える。
「なるほど、どちらも程よく売れそうであるな。
うむ、初めてにしては上出来である。この商品はうちの店で扱わせてもらおう。生産ルートも、こちらで確保できるようにしておいてやる」
「おう、ありがとさん」
俺がバニルに返事をすると、急に真面目な顔になり、
「さて、ここからが商談においての本題。お金の事について語ろうではないか」
そんな事を言って来る。
「そうだな」
俺もこの様な真剣な商談は初めてなので、この悪魔に小細工をされないか心掛ける。
「そう構えなくても良い。商談が初めてである貴様に情けをかけ、心優しい我輩から提案がある」
「提案?」
するとバニルはニヤリと笑い、
「うむ、そうだ。これはあくまで我輩の提案ゆえ、気に入らなければ切り捨ててもらって構わん」
「……とりあえず、話だけ」
「よかろう。まあ、この話を聞けば貴様は、必ずこちらを選ぶと思うがな」
そう言ったバニルは、指を一本立てて話し出す。
「普通、このようなやり取りには金を使う。
商品を店で扱わせてもらう場合も、その知的財産権を買うときも、人間は金を使う」
当たり前だ。
あっちの世界でも、それは常識だった。
「しかし、今回貴様が商談する相手は、人間ではなくこの我輩。見通す悪魔、バニルである。
そこで、我輩にしか出来ない物を提供したいと考えているのだが、いかがかな?」
「お前にしか提供出来ない物って?」
「それはもちろん、貴様の未来に関しての三回限定の『予知』である」
「予知?」
聞き返す俺に、バニルは自信ありげに答える。
「うむ、予知である。
我輩の予知は、そこらの人間がやるような占いによるアドバイスとはわけが違う。未来を知った上でのアドバイスなのだからな。
そのアドバイスで、この二つの商品の知的財産権を売らぬかと聞いているのだ」
「でも、俺が特に知りたくもない事の予知をされた時は俺の利益にはならないだろうが」
見通す悪魔の『予知』。
聞こえはいいが、知りたくもない事の予知をされても意味がない。
それこそ、金よりも簡単に騙せてしまいそうだ。
「うむ、そう考えるのも仕方がない。
それゆえ、三回中の一回を聞いてから決めるが良い」
「いいのか?そんな事で?」
「良い。それほどに我輩は、貴様にとってこの予知に価値があるものだと確信している」
まだあってそれほどに時間も経っていないが、こいつが嘘をつかない事はわかった。
それに、一回目の予知を聞いてから決められるのだ。
聞いても損はないだろう。
「そうか、なら聞かせてくれ」
「うむ。我輩のありがたき予知だ。心して聞け」
そう緊張感を持たせてバニルは、
「………『近いうちに、貴様と貴様の女に、大きな問題が立ちはだかるであろう』……」
そんなことを言ってきた。
「なっ……‼︎それって、俺とめぐみんの事か⁉︎
いつ、どこで、どんな問題が起こるんだ‼︎」
「まあ落ち着くが良い。
我輩は言ったであろう。『一回目の予知を聞いてから決めるが良い』と。
これ以上の予知は、我輩の提案を飲んでからである」
「くっ………!」
俺とめぐみんに大きな問題が立ちはだかるかもしれない?
その事の『予知』か、あの二つの商品の知的財産権のどちらかを選べ?
誰に物事を聞いてんだ。
そんなの、決まってるだろう……
「わかった。この二つの商品の知的財産権は、お前にやる。だから、俺の予知をしてくれ」
俺がそう決心すると、バニルは勝ち誇ったような顔で、
「フハハハハハ!よかろう!これで商談は成立である。
普段はしない、我輩の今日の二回目の予知である!耳をかっぽじって聞くが良い!」
「……ああ」
少し真剣か顔になったバニルは、静かに、また話し始めた。
「……『近いうちに、貴様の女の故郷から手紙が届くであろう。その手紙は、やがて大きな問題を運び、大きな壁となって立ちはだかる。貴様らの関係を、揺るがすかもしれぬほどの大きな問題がな』………」
そう言って、バニルは話すのをやめる。
「そっ、それだけか⁉︎もっとこう、こうしたら解決できるぞ、とか………!」
「我輩も、何も意地悪で言っているわけではない。
もちろん、解決方法についてのアドバイスもできるが、それはもっと先、その手紙が届いてからの方が良い」
「な、なんで……」
「我輩の能力も万能ではなく、何百年何千年と先をそう簡単に見通す事は出来ない。そこから分かる通り、より近い未来の方が明確に見通せるのだ。
ならば、貴様もより確信に近づいたアドバイスを貰う方がよかろう。それゆえ、その時が来るまで我慢し、耐え忍べと言っているのだ」
納得の行かない俺に、バニルはそう説明する。
「……分かった。納得はいかないが、理解はしたよ」
「そうか、ならば今日のところは帰るが良い。この二つの商品の生産ルートの確保や値段を決めたりで、我輩はこれから忙しいのでな。
手紙が届いたら、また我輩の元を訪れるが良い」
「……………」
バニルのそんな言葉聞きながら、俺は店の出入り口へ向かう。
「では、またのご利用をお待ちしております」
扉が閉じる直前に、そんな言葉が聞こえた。
やっぱりあいつは、悪魔だった。
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