第19話:贈り物

 今回はめぐみん視点










 カズマと一緒にお風呂に入ってから、二度の夜を経て迎えた朝。



 眩しいぐらいの朝日に照らされ目が醒めると、いつも一番に視界に入ってくる人がいなかった。


「………カズ……マ…?」


 時計を見るとまだ7時。

 いつも私が起きる時間だ。

 いつもならこの時間の彼は、私の目の前で可愛い寝顔を見せてくれているはずなのだが。


 あたりを見回しても、彼らしき人影はない。


 珍しい事もあるものだ。

 お金を得てからは、私とのデート以外ではほとんど外に出ることはなく、いつも昼頃まで寝ていた彼が、もう既に起きているなんて。


 まぁ、そんな事を言っている私も最近は、彼の寝顔を見ているうちに寝てしまい、彼と一緒に昼頃に起きる事もあるのだが。


 それでも、彼が私より先に起きることは、お金を得てからはあまりなかった気がする。

 

 こんな事が起こったのは、『あの日』以来だ。

 あの忌々しい冬将軍にカズマが殺されてしまった、『あの日』も、カズマは私より先に目を覚ましていた。



 ……なにか、嫌な予感がする。

 今すぐあの人の元へ行かなくては!






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 そう感じた私は、リビングへ全速力で向かった。

 まだ朝は早いが、気にしない。

 アクアとダクネスがまだ寝ているかもしれないが、気にしない。


 あの人の無事を確認しなければ。


 それだけを頭に残し、他の全てを消し去り、走った。

 もう二度と、あんな思いはしたく無いと心で願いながら走った。

 あんな思いをしないためなら、自分の何を賭けろと言われてもいいと思えるほどに願いながら。


 しかしそんなめぐみんの心配は、


 パパーン‼︎パン‼︎


 という扉を開くのと同時に聞こえた破裂音によって、杞憂に終わる。


「「「めぐみん、誕生日おめでとー!」」」


 扉を開くとそこには、クラッカーを片手に持ったカズマとアクア、そして持ち前の不器用さで少し鳴らすのに遅れて顔を赤くしているダクネスがいた。


「……え?」


 自分が想像していたことと正反対とも呼べるような出来事に困惑していると、


「あ、あれ?カズマさん、なんかめぐみんの反応が微妙なんですけど」


「う、うむ。なんだか反応が薄いような気がするな。カズマ、本当に今日であっているのか?日にちを間違ったのでは無いか?」


 二人が揃って、カズマを見つめる。


「え?い、いや、そんなはずは…。

 な、なあめぐみん。これを本人に聞くのはどうかと思うが、この前言った通り、誕生日は今日であってるよな?大丈夫だよな?」


 カズマが焦った顔で問い詰めてくる。


 そうか、カズマはみんなと一緒に私の誕生日を祝ってくれるために、今日は早起きだったのか。

 いつもはあんなにダラダラしている彼が、意図的に、私のために、早起きをしてくれたのか。


 そう思えたら、先ほどまでの心配は薄れていき、本来感じるはずだった感情が遅れてやって来た。


「はい、あってますよ。すみません。うちは貧乏でしたので、このように祝ってもらえるのは初めてで少し驚いてしまいまして」


 先程の態度に謝罪を入れ、そう伝えると


「そうよね、よかったわ!せっかく昨日から色々と準備した物が、全部無駄になるかと思っちゃったわ!」


 それを聞いたダクネスが、慌ててアクアに言う。


「お、おいアクア。それはまだ伝えてはいけない事では無いのか…?」


 そんなやりとりを、サプライズの相手である私の目の前でして見せた。


 そしてこの二人を見たカズマは、


「はぁ…」


 と、どうにもならないものを諦めるかのようにため息をついていた。


「ふふっ。そうですか。私のためにそんなに色々と頑張ってくれたんですね。ありがとうございます」


 相変わらず、いつもの光景だった。

 先程まであれほど慌てていた自分がバカらしく思えた。


「ああ、今日はめぐみんの誕生日だからな。

 今日の主役はめぐみんだ。思う存分楽しんでくれ」


「そうね!本当におめでとう、めぐみん!

 そういえばめぐみんって、今日から14歳なのよね。14歳といえば、結婚できる歳。結婚できるという事は大人な証拠。大人という事は全てが自己責任。

 ということでめぐみん、どうかしら?今ならアクシズ教に入るだけでこのアルカン饅頭一年分が……」


 それを聞いたカズマは、硬く握った拳でアクアの頭を叩く。


「少しは空気読めやこの駄女神!」


 一度は諦めの付いたものでも、ムカつくものはムカつくようだ。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「という事で、次はプレゼントタイムだな!」


 カズマがそう取り仕切ると、まず最初にアクアが一歩前に出る。


「めぐみんめぐみん、さっきは渡しそびれちゃったんだけど、私からはこれをあげるわ!

 今ならアルカン饅頭一年分と一緒に、この石鹸も……!」


 そこまで言ったアクアの後ろから、ヒシヒシと殺気を感じる。


「おいアクア。いい加減にしないとひどい目に合うのはお前だぞ?」


 そう言ってカズマがアクアに向かって手を伸ばし、スティールの体制になる。


「ま、待ってちょうだいカズマさん!ウソ、ウソよ!ちょっとした冗談だってば!だからその手を早くおろして!

 ……め、めぐみん、こっちが私からのプレゼントよ。頑張って選んだから、大切に使ってちょうだいね!」


 そう言って、小さな小包を渡してくれた。


「開けてもいいですか?」


「もちろんいいわよ!」


 そう言って貰った小包を開けるとそこには、黒い猫のキーホルダーが入っていた。


「可愛いでしょ?なんだかめぐみんに似合いそうだったから選んできたの!」


「はい、とても可愛いです。ありがとうございます、アクア。大切に使わせていただきます」


 そう伝えるとアクアは満足そうな顔をして、一歩後ろに下がる。


 それと同時に、次はダクネスが一歩前に出る。


「私からは、これをやろう。

 こういう事は初めてで、どういうものを渡せばいいか分からなかったのだが、自分なりに頑張って選んでみたから喜んでくれると嬉しい」


 そう言って少し大きめの箱を渡してくれた。


「はい、ありがとうございます、ダクネス。開けてもいいですか?」


「もちろんだ」


 それを聞いて箱についているリボンを解く。

 中を覗くとそこには…


「………………」


 箱いっぱいに詰まった、大量のSMグッズがあった。


「……ダクネス、ついにお前まで……」


 カズマがワナワナと震えながらダクネスに手を伸ばす。


「ち、違うんだカズマ!これは自分用に買ったもので………!

 だがスティールはやめなくていいぞ!」


 そこまで言うとテーブルの下からモゾモゾと何かを持ってまたこちらに向き直り、


「わ、悪かっためぐみん。めぐみんへのプレゼントはこっちの箱だった」


 そう言って先程とは別の箱を渡してくれた。


「こ、今度は大丈夫ですよね?」


「ああ、大丈夫だ。………恐らく」


 最後の一言が気になったが、前半部分を信じることにして箱を開ける。


 するとそこには、程よい程度に装飾された黒いワンピースが入っていた。


「めぐみんが持っている服は黒色ばかりなので、なにか違う色の服でも買ってやろうと思っていたのだが、そのワンピースを見つけた時にそれしか無いと思ってな。

 また黒色の服になってしまったがどうだ?めぐみんの趣味にはあっているか?」


「はい、これは私から見ても可愛いですよ。

 それに、ダクネスが可愛い物好きなのは前から知っていましたから、その点は貰う前から心配はしていませんでしたよ」


 そう伝えるとダクネスは、


「い、いや。私は別に可愛い物が好きなわけでは……」


 そう言いながら顔を赤くして俯きながら一歩下がる。


 それと同時に今度はカズマが、一歩前に出る。

 が、手には何も持っていない。


 不思議に思いながらカズマを見ていると、


「悪いなめぐみん。期待させちまったかもしれないが、俺からのプレゼントは今この時間とこの場所では渡せないんだ」


「?」


 今この時間とこの場所で渡せない物とはなんだろうか?


「そうなんですか?」


「ああ。だから代わりと言っちゃなんだがそれまで一緒にデートしてようぜ」


 私にそんな疑問を持たせたまま、彼はそんな提案をしてきた。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 カズマと一緒に過ごす時間は、ものすごく短く感じる。


 この時間がずっと続けばいいのに、と思ってしまうほど愛しいその時間は、そう思っているにもかかわらず、駆け足で、とても速いスピードで私たちを引っ張っていく。


 そんな時間が、今回のデートでも流れていた。


 いつもならまだ寝ている時もある早い時間から始めた今日のデートも、楽しく、愛しく、そして速く過ぎ去って行った。


「今日のデートも楽しかったですね」


「ああ、そうだな」


 私の言葉に、カズマは優しく答えてくれる。


 まだ寒い時期なので日が沈むのは速く、辺りは星が見え始めていた。

 いつもならこのくらいの明るさになったらデートは終了だ。


「ではカズマ、今日はそろそろ屋敷に帰りますか?」


 そうカズマに問いかけると、


「いや、待ってくれ。今日はまだ行きたいところがあるんだ」


「今からですか?」


「ああ、今からだ」


 もうそろそろ日は沈んでしまうのだが。


「暗くなってしまいますよ?」


 そう伝えるとカズマはニヤリと微笑んで、


「暗くないとダメなんだよ」


 そう言って私を次の目的地へと連れて行くのだった。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「はぁっ、はぁっ、間に合った」


「そ、そうですか。良かったです」


 私は今、カズマと共に街の中心から少し離れた丘の上に登っていた。


「ですがカズマ、こんな時間に丘に登って何をするのですか?」


 私がそう質問するとカズマは腕時計を見ながら、


「まぁまぁ見てろって。あと少しだから」


 そう言って街の中心にあるギルドの方を向く。

 それにつられて私も、ギルドの方を見る。


「よし、あと10秒だな。ギルドの方をよく見てろよ、めぐみん」


 そう言ってカズマはカウントダウンを始める。


「5…4…3…2…1…0!」



 カズマのカウントダウンが終わると同時に、ギルドの周辺から光の玉が夜の空に放たれる。

 少し遅れて届くヒュ〜という音と共に光は上がって行き、少し速度が下がったと思ったら…


「……………おぉ…!」


 夜空には光の花が咲き、辺り一帯をその鮮やかさで照らす。

 それから少し遅れて、ドーンという音が聞こえてくる。


 私が今の閃光に見惚れていると、


「どうだ?俺からの誕生日プレゼントは。

 気に入ってくれたか?」


「はい、凄いです!花のような美しさと、爆裂魔法のような大胆さを兼ね備えた素晴らしいプレゼントでした!」


「だろ?」


 カズマはいかにもなドヤ顔をして言う。


「はい、本当に綺麗でした。

 今のは一体、何と言うものなのですか?」


「あれは花火って言うんだよ。俺の国のものなんだ。本当は夏に打つんだけどな?」


「花火…ですか。でも、どうして今それが放たれたのですか?」


 私が問いかけると、カズマは少し照れたように目を逸らして、次々と打たれ続ける花火を見つめながら答える。


「いやなに、今日はお前の誕生日だからさ、昨日のうちにギルドの連中につくり方を教えて、時間を指定して打ってもらったんだよ」


「私のために、ですか?」


「そうだよ」


 そう言いながらも少し顔が赤いカズマを、横から見つめながら、私は考えていた。




 私は、本当に幸せ者だ。


 爆裂魔法に魅せられ、その獲得と強化に、私のこれまでの人生全てと言ってもいいほどの時間を費やしてきた。

 しかし、私が魅せられたその魔法は、世間では忌み嫌われ、馬鹿にされ、不要だと言われるものだった。

 心のどこかに、上級魔法を覚えたほうがいいという考えが、無かったわけではない。

 挫けそうになったことが、無かったわけではない。

 でも、自分が選んだ道は正しいと信じて、歩んできた。


 そんな、たった一人で暗い道を歩んでいたような私の中に、一筋の光が差し込んだ。

 それが、『サトウカズマ』だ。


 最初にこのパーティーに入ろうと思ったのは、このパーティーに入ったら、楽しそうな冒険が出来そうだな、という理由だった。


 もちろん、捨てられるのではないかとも思った。

 今までと同じように、私の真実を知った途端に。


 しかし、彼は違った。

 私の真実を知っても、見捨てたりはしなかった。

 それどころか、私のことを肯定し、尊重してくれた。

 そこから彼は、私の光になった。


 それからは、彼と一緒に居られるだけで幸せだった。

 彼と話すだけで、胸が弾んだ。

 彼と触れ合うと、心が温かくなった。

 彼と過ごす時間が、輝いていた。

 彼と見る景色が、色鮮やかに見えた。

 私にとっては、彼から貰う全てが、『贈り物』だった。


 しかし彼は、それだけに留まらなかった。

 

 彼は、私にくれた。

 

 彼は、私に『信頼』をくれた。

 彼は、私に『安心』をくれた。

 彼は、私に『優しさ』をくれた。


 彼は、私に『愛』をくれた。


 ここで私は気付いた。


 彼がくれる物が『贈り物』なのではない。


『彼』こそが、神様が私にくれた『贈り物』なのだと。


 そんな『贈り物』を貰うことができた私は、本当に幸せ者だと。




 そう、考えていた。



 夜空に咲く光の花を、彼の隣で見つめながら。



 この先も、ずっとこの人と一緒に居たいなと、そう、考えていた。













 










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