第17話:あの人の優しさ

 今回はめぐみん視点





















「…………カ、…ズマぁ…、……いか……ないで……。

 ……………………………ッ!」


 あの忌々しい冬将軍に、カズマが殺されてしまった日から三日。

 私はまた、悪夢によって眼が覚める。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ。………また、見てしまいましたね」


 あの日から私は、ずっと同じ夢にうなされていた。


 あの時と同じ様に、私の側に立って刀に手を添える冬将軍。

 それを見たカズマが、私をかばう様に立ち塞がって、斬り殺されてしまう夢。


 実際、あの後カズマはアクアのおかげで蘇って、その日の夜も、私に優しくしてくれた。

 私も、その優しさに甘えていた。


 だが、次第にその優しさが辛くなっていった。


 あのクエストに行く前に、彼は言った。『雪精とは、強いモンスターなのか?』と。

 カズマは、未だ少し、世間の常識に疎いところがある。

 キャベツが飛ぶことさえ知らなかったのだから、雪精を倒した後に出てくる冬将軍の事なんて、もちろん知らなかっただろう。


 そんな彼を、私がちゃんと理解して、教えてあげるべきだった。

 久しぶりに動く敵に爆裂魔法を撃てるからといって、ちゃんと最後まで説明しなかったのがバカだった。

 あの時ちゃんと説明していれば、カズマはちゃんと冬将軍に警戒することができ、死なずに済んだかもしれない。


 いや、そもそも、あのクエストを受けなかったかもしれない。

 前にみんなで、約束したのだ。

 本当に楽で、弱い相手しか出ないクエストしか受けないと。


 だからちゃんと、カズマに冬将軍の事を説明していれば、あのクエストは受けなかっただろう。

 アクアには、私のお小遣いを分けてやればよかったのだ。

 そうすれば、カズマはあんな目に合わないで、アクアも楽しい年末を過ごせていた。


 全部、私のせいだ。


 そうやって考えていると、留まる事なく、後悔の念が押し寄せて来る。

 いくつもの場面で、こうすれば良かったと、何故そうしなかったんだと、自責の念が生まれて来る。


「今日も、みんなの顔は見れませんね」


 考えながら、そう呟く。


 あの夢を見た日から、私は自分の部屋を出ていない。爆裂魔法ですらも、撃っていない。

 先ほども言った様に、あんな事をしておいて、みんなに合わせる顔がない。


 ……いや、私自身が、顔を合わせたくないのだろう。

 あんな事をした自分を、許してもらえるはずがないと思って。

 こんな私を見るあの人の目が、いつもとは違うのではないかと思って。


 ずっと、部屋に閉じこもって考えていた。


 ご飯の時間になれば、三人が順番に来てくれた。

 扉の鍵は閉めていたので、話すとしても扉越しだが。

 でも、わざわざ私のために作ってくれた料理も、食べる気にはならなかった。


 ご飯の時間以外にも、来てくれることはあった。

 アクアが、一緒にお風呂に入ろうと。

 ダクネスが、一緒に買い物に行こうと。

 カズマが、一緒に爆裂デートに行こうと。


 しかし、どれもできなかった。


 こんな事ではダメだと、心のどこかで叫ぶ自分もいる。

 大きな声で、これこそが、するべき行為だと。

 でも、そんな叫び声は恐怖の闇へと消えて無くなる。

 恐怖の闇の中にある私の心の中心に、届く事なく。


 この闇は消えて無くなることはないだろう。


 それこそ、どんな闇でもかき消してしまう、かつて私が愛した、爆裂魔法の様な光でも無い限り。


 一体、その光とはなんなのか。


 私は今、何を求めるのか。


 それすらも分からないまま、だだ時間だけが過ぎていった。








 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







 そんな私の元に変化が訪れたのは、その日の夜のことだった。

 その変化は


 コンコン


 というドアをノックする音から始まる。


「めぐみん、起きてるか?」


 男性の声だ。

 今、この状況で、私の部屋に訪れる男性は一人しかいない。

 私の愛しい人、サトウカズマだ。


 もう夕食の時間ですか。

 今日も顔は合わせられませんでしたね。

 ですがやはり、ご飯は食べる気にはなりません。


「カズマ…ですか。すみませんが…、今日もご飯は……」


「いや、今日は違うんだ」


「え?」


 ご飯じゃ無い?

 じゃあ、こんな時間に何故……


「お前の悩みを聞かせてくれ、めぐみん」


「……………ぇ」


 いきなり何を…

 そんなの無理だ。言えるはずがない。

 よりによって、カズマ本人に話すなんて…


「い、いえ。すみませんが、それは……」


「ああ、分かってる。ここまでめぐみんが悩んでるんだ。人に言いづらいことなのは分かる。

 でも、これだけの間、部屋から出られないほどなんだろ?だったら、話せるところだけで良いから、話してくれないか?

 俺はヒーローじゃないから、全てを解決することは出来ないけど、話を聞いてやることぐらいは出来る。答えは出せなくても、お前と一緒に悩んでやることは出来る。

 だから、せめて扉だけでも、開けてくれないか?」


 ……カズマは、そこまで私を心配してくれていたのですか?

 ……私は、嫌われていなかったのですか?

 ……もう一度、あの人の顔を見て良いのですか?


「お願いだ、めぐみん。

 そんなお前を、もう見てたくないんだよ。

 またお前と一緒に、デートに行きたいんだよ。

 またお前と一緒に、爆裂魔法を撃ちに行きたいんだよ」


「………そう、ですか。……分かりました。……今、開けます」


「…ありがとう」


 そう言って、扉の鍵を開ける。

 まだ、顔は見られないままなので、目線は下向きだが。


「…ここに、座ってください」


「…ああ」


 ベットに座り横に手を置き、場所を示す。

 するとカズマは静かに、私の示した場所に腰掛ける。


 少しの間沈黙があり、カズマが口を開く。


「…さて、本題に入ろうか」


「………はい」


 この時点で私は、全てを話そうと決めていた。

 私のことを、これほどまでに思ってくれる彼のために。




 ここから、私の『告白』が始まる。


 私を脅かし続ける、悪夢の『告白』が。

 自分が犯してしまった、罪の『告白』が。

 自分の中に眠る、恐怖の『告白』が。

 光を求めてやまない、自分の『告白』が。

 その光の正体を求めようとしている、自分の心の『告白』が。




 カズマは、私の『告白』を、静かに聞いてくれた。

 頷きながら、私を見つめながら、静かに聞いてくれた。



「…………………それで、私は光を求めてたんです。ですが、その光がなんなのか分からず、今もこうやって考え続けているのです」


 私は、全てを『告白』した。

 あの悪夢も、あの罪も、あの恐怖も、自分も、自分の心も、全て『告白』した。


『告白』の最中は、ものすごい恐かった。

 でも、隣にカズマがいてくれるだけで何故か安心できた。



 カズマは、私が話し終わると少し黙ってから……


「ふふっ………、あはははははははっ!」


「えっ!な、なんで笑うんですかカズマ!酷いです!最低です!カズマを信用した、私がバカでした!」


「い、いや。待ってくれよ。まさかめぐみんが、そんな事で悩んでるとは思わなくてな」


 カズマは、笑いを抑えながらそんな事を。


「なっ!」


 私にとっては、文字どうり三日三晩悩んだ出来事だというのに。

 そう思っているとカズマが、先程とは打って変わって楽しそうな顔で、


「ふふっ。めぐみん、今回俺は、お前のヒーローになれるぞ」


「え?」


 私が驚いていると、それを見たカズマはいかにも自慢するような顔で、


「まず最初の三つの悩みだな。こいつは一気に解決できる」


 そんなことが出来るとは。

 私はいつの間にか、カズマの話に引き込まれて行きました。


「教えて欲しいか?」


 カズマが、イタズラをするような顔で聞いてくる。


「ぜ、ぜひお願いします!」


「フフーン、良いだろう」


 そして人差し指を一本立て、


「この三つの悩みの解決法だが……」


「はい」


 三つの悩みを一気に解決出来るなんて、一体、どんな方法なのだろうか?


「当の本人である俺も、アクアもダクネスも、特に気にしてないからもう解決済だな」


「え?」


 今なんて?


「だから、俺たちは特に気にしてないから、その悩みはもう解決済だって。

 俺が気にしてないって分かればそんな夢ももう見ないだろ?

 それに俺は、めぐみんがあの時ちゃんと俺に説明してくれればなんて思ってないよ。

 アクアもダクネスも、今じゃあ俺が死んだ事より、なんでお前が出てこないかを気にしてる有様だぞ」


「で、ですが、私はあんなことをしたんですよ?現に、カズマは一回死んでしまって…」


 そう伝えるとカズマは不思議そうに、


「ん?確かに俺は死んじまったかもしれないが、ちゃんと生き返れただろ?

 それに、めぐみんのためなら死んでも良いと思って飛び出したのに、また生き返った上にめぐみんと一緒に生活できて、俺は最高に幸せだぞ?」


 ……本当に、この人はバカですね。

 本当にバカで、私を喜ばせる天才です。


「じゃあ、あと二つの悩みだな。こっちもまとめて解決してやるよ」


 先程の答えだけでも十分だというのに、まだ……


「確か、心を覆ってる闇を消す光を探してるけど、その光がなんだかすらわかんないんだっけ?」


「はい…、そうです」


 私がそう答えると、カズマはすごく優しげな顔をして、


「じゃあ、よ」


 そう、私に伝えた。


「……え?」


 聞き返すと、カズマはふふっと笑って、


「だから、俺がお前の心の中の光になってやるって。俺がお前の心を、これから一生、1秒たりとも漏らさずに、照らし続けてやるよ。

 俺はお前のパーティメンバーで、彼氏で、このカズマさんなんだぞ?こんな時ぐらい、俺を頼れって。

 お前の心が日焼けしすぎて、もう嫌だって言うくらい、照らし続けてやるからさ」


 この人は、本当に、私より私の気持ちを理解しているのではないでしょうか?


「……カズマぁ…」


 気づけば私は、この恋が始まったいつかの日のように、彼に寄り添って泣いていました。


 悩んでいたことなんて忘れて、ただただカズマがそばにいてくれるのが嬉しくて。


 そんな私を、カズマは優しく撫で続けてくれました。

 私が泣き止むまでずっと、優しく、丁寧に、撫で続けてくれました。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「落ち着いたか?」


「はい、もう大丈夫です」


 優しく問いかけてくれるカズマに、返事を告げる。


「よし、じゃああいつらも心配してるだろうし、色々説明してやろうぜ。

 ぷっ、あの、ぷふっ、心の闇をー、の部分とかな…」


 カズマが口元を押さえながらそんなことを……

 そんなことを……


「ああっ⁉︎また笑いましたね!私は本気で悩んでいたと言うのに!」


「いやいや、悪い悪い。

 でも、キメなきゃいけない時に笑わなかっただけ許してくれよ。あの時も既に、結構やばかったんだぜ?」


「なっ⁉︎あの状況でもそんなこと考えてたのですか⁉︎

 せっかく惚れ直したところだったのに、見損ないましたよ!」


「フッ。見損なってもまだ好きなくせに」


「そっ、そんなことないです!ちゃんと見損なってます!」


 先ほどまでは辛かった彼の優しさも、今となってはものすごく暖かくて。

 もう既に、私の心の中は、未だこの目では見たことがないような、綺麗な光で照らされているのが分かりました。


「分かった分かった。俺は愛されすぎてて困るなぁ。ほら、行くぞ」


 そう言って私の手を引こうとするカズマに、今の私の気持ちを、二人きりでいられる今、伝えようと思います。



「カズマ、大好きです!」








 




















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