第15話:白い侍と銀髪の女神様

 外に深々と降り積もる雪を、暖炉の近くに置いてあるソファーに座りながら眺めている俺、サトウカズマは今、元の世界にいた時と変わらない生活を送っていた。

 

 あの人形事件、もとい、ウィズの好意による屋敷の入手から一ヶ月、俺はほとんど仕事をしていない。

 金もあるし、もう年末だし。

 雪も降ってるし、その雪のせいで高難易度のクエストしかないし。

 と言うことで俺たちのパーティーはあれから、全くクエストに出掛けていなかった。


 ダクネスとめぐみんは不満そうだったが、めぐみんには毎日爆裂散歩には付き合うからと言うことで納得してもらった。

 元から働く気のないアクアと、爆裂散歩で納得してもらっためぐみん、そして最後にクエストに行くぐらいだったらめぐみんとイチャイチャしていたいと言う俺の三票が集まったので多数決で決定し、よほど美味しいクエストがない限りはいかないと言うことになった。


 話は変わって、今の状況である。

 今、俺の膝の上ではめぐみんが寝ている。

 俺の膝の上に頭を、ソファーに体を預けて暖炉で温まりながら、気持ちよさそうに寝ている。


 なぜこんな素晴らしいことになったかと言うとまず、珍しく早めに起きたがすでにアクアとダクネスがいなかった。


 話し相手もいなく暇だったのでソファーでゴロゴロしていると、夜遅くまで起きてたのか、珍しく眠そうなめぐみんがリビングに入って来た。

 眠たそうだったので『膝枕でもしてやるか?』と言ったら特に迷いもしないで俺の膝に頭を乗せてまた寝てしまった、と言うことだ。


 めぐみんに膝枕をする前に確認したが、テーブルの上にダクネスからの置手紙があり、それによると、アクアは暇つぶしにギルドへ遊びに行き、ダクネスはそれに無理やり付き添いをさせられている、ということらしい。

 そのおかげで俺たちは今、この屋敷の中で二人きりだ。

 アクアのくせに気がきくじゃないか。今度何か、高いお酒でも買ってやろう。


 すると今までは暖炉の方を向いて寝ていためぐみんが寝相を変え、仰向けになった。


 あ、やばい。寝顔可愛すぎる。キスしたい。していいかな?いいよね?寝てるから気づかないだろうし。てか俺たち付き合ってるんだし。


 そう思ってめぐみんの唇にキスしようとすると、めぐみんが目を覚ました。


「……ん、んん⁉︎カ、カズマ、おはようございます。えっと、そんなに顔を近づけて何をしているんですか?」


 目を覚ましためぐみんは、驚いたような顔で俺に問いかける。


「ん、起きたかめぐみん。おはよう。いやなに、めぐみんの寝顔があまりにも可愛かったもんで自分の欲望を抑えきれなくなってな。めぐみんにキスしようとしてたんだよ」


「ああ、そういう事ですか。ですがカズマ、別に寝ている隙に、なんて考えなくてもいいですよ。私は、カズマがしたいならいつでもキスしてあげますよ」


「えっ!」


 な、なんだよめぐみん!

 前までならこんな事を聞いた瞬間、顔を赤くして照れてたくせに!

 今となってはそんなの慣れてカウンターも余裕ですよってか!俺はまだこんなにも恥ずかしいってのに!


「そ、そうか。

 なら、今からキスしたいかなー」


「わかりました。いいですよ」


「えっ!」


 そう言ってめぐみんが、キスを待つように目を閉じる。


 あれ⁉︎これでも照れないの?

 いつの間にめぐみんはこんなお姉さんキャラになったんだ⁉︎

 いや、可愛いから別にいいんだけどね⁉︎

 でも、年下の女の子と付き合ってて相手にリードされるなんて、なんか男として……


「………はぁ。まったくもう、いつまで彼女をこんな格好で待たせるんですか」


「えっ!あっ、すま………ッ!」


 そこまで言って、めぐみんに唇を塞がれる。

 最初こそ驚いていたが、次第にその驚きも薄れ、キスに専念する。

 最初は唇の表面だけを触れさせ合い、少しすると、あの時の初めてのキスよりも扇情的に、互いの赤い器官を触れさせ合い、唾液を交換し始める。



 


 一体どれほどの間、互いの唇を重ねあっていたのだろうか。

 五分、十分と、時間が経っているのだろうか?

 いや、一分も経ってないかもしれない。

 キスは初めてではないのだが、いざするとなると、めぐみんと愛し合えているという事を実感できて、つい夢中になってしまう。

 それならいっそこのまま、もっと深く、めぐみんと愛し合ってみたいと思ってしまうほどに。


「…………カズマ……」


「…………めぐみん……」


 二人は唇を離し、見つめ合う。

 そして、互いの意見が揃ったことを、言葉もなく理解し合う。

 カズマが顔を近づけると、めぐみんはまた目を閉じてそれを待つ。

 二人の唇が再び少しずつ近づき……


「カズマー、めぐみーん。ただまー!

 このアクア様が、素晴らしいクエストを見つけて来てあげたわよー!」


 あと数センチで触れるというところで、アクアたちが帰って来た。


 おい!

 俺は運が良いんじゃ無いのか⁉︎

 なんでこんな時に邪魔されるんだよ!

 幸運の女神様は俺のことを見放したのか⁉︎

 もし幸運の女神様と会ったら、今度文句の一つでも言ってやる!


 そんなことを思いながら、俺は二人を迎え入れた。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「で?その素晴らしいクエストってのはどんなクエストなんだよ」


 俺はいかにも不機嫌そうな顔をしてアクアに尋ねる。

 先程の過去最高に間の悪い邪魔には、めぐみんもご立腹のようで、あれからはずっと俺の左腕を抱きしめながらふくれている。


「なんで二人とも不機嫌なのよ…。

 まあ、それは置いといて、この紙を見てみなさいな!」


 アクアがテーブルの上に一枚の紙を差し出す。

 その内容は、


「「雪精討伐?」」


 紙を覗いた、俺とめぐみんの声が重なる。

 それを聞いたアクアは嬉しそうに言う。


「ええ、そうよ。雪精の討伐よ。

 今年の雪生討伐は、一匹討伐するごとに十万エリスも貰えるらしいの。どうよ?良いクエストじゃない?」


「一匹十万エリス?随分高額な報酬だな。

 やっぱりそんだけ貰えるなら、結構強いモンスターなのか?」


「いえ、違いますよカズマ。

 雪精はとても弱いモンスターです。雪深い雪原にいると言われ、剣で斬れば簡単に四散させることが出来ます。弱くて集団で群れる習性のあるモンスターなので、私はこのクエストを受けること自体は特に反対しませんよ。

 ですが……」


「雪精の討伐か?雪精は、特に人に危害を与えるモンスターという訳ではないが、一匹倒すごとに春が半日早く来ると言われているモンスターだ」


 アクアの言葉に疑問を持った俺に、めぐみんとダクネスが答えてくれる。


「ね?良いでしょカズマ?

 私、今月のお小遣いもう使い切っちゃって貴重な年末を楽しめそうにないのよ」


 なんだ、そういう事か。

 ついこの間までは俺と同じように全く働く気のないアクアだったのに、急にクエストの紙を持って来たときはどうした事かと思っていたのだが。

 これまた随分と、アクアらしい理由ではないか。


 未だに俺の左腕にしがみついているめぐみんに顔を向けると、先程のような理由もあるため特に反対はしていないらしい。

 ダクネスも、アクアと一緒にこの紙を持って来たのだから特に反対はしていないのだろう。


 お金は多くても困らないし、強いモンスターという訳でもないらしいので特に問題は無いだろう。


「まあ、良いんじゃ無いか?特に反対意見もないようだし、久々にクエストにでも行ってみるか!」


「流石カズマさん!物分かりがいいわね!

 じゃあ私はクエストの準備をして来るから待っててね!」


 クエストの許可を出すと、アクアはそう言って自分の部屋の方へ向かって言った。


「雪精か……」


 日頃、やたら強いモンスターと戦いたがるダクネスが嬉しそうにしているのに疑問を持ちつつも、俺もクエストの準備をするために自分の部屋に戻るのだった。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「めぐみん、ダクネス!そっちに逃げたの頼む!くそっ、チョロチョロと!」


 近づかなければゆっくり漂っているくせに、攻撃すると突然素早い動きで逃げる雪精。

 こいつに攻撃を当てるのはなかなか困難だ。

 まあ、一匹十万なんて高額な報酬が付いているのだから、これぐらいは当たり前なのか?

 俺は三匹目の雪精を仕留め、ほっと息を吐いた。


「四匹目の雪精捕ったー!カズマ、見て見て!大量よ!」


 アクアは小遣い稼ぎの他に、冷房にも雪精を使いたいらしく、雪精の捕獲も行なっていた。


「カズマ、私とダクネスで追いかけても、すばしっこくて当てられません……。

 爆裂魔法で辺り一面ぶっ飛ばしていいですか?」


 ダクネスと二人で追いかけ回し、杖で叩き、ようやく一匹仕留めためぐみんが荒い息を吐きながら言ってきた。


「おし、頼むよめぐみん。まとめて一掃してくれ」


 その言葉にめぐみんが嬉々として詠唱を読み上げる。


「『エクスプロージョン』ッッッ!」


 日に一度しか使えないめぐみんの必殺魔法が炸裂する。

 その爆裂魔法はたくさんの雪精を巻き込み、白い雪原の真ん中に見事なクレーターを作っていた。


「八匹!八匹やりましたよ。レベルも一つ上がりました!」


 おお、やるなあ。

 これで、俺が三匹、めぐみんが九匹、アクアの捕まえた分も入れると合計十六匹で160万エリス。

 四人でそれぞれのお小遣いにしても一人40万か。

 まだ一時間も経ってないのにこの稼ぎ。なんだよ、冬の討伐は美味しすぎるだろ。

 なんでこんなクエスト、誰もやらないんだ?




 そんな俺の疑問に答えるかの様に。

 俺たちの前に、それは突然に現れた。


「……ん、出たな!」


 ダクネスがそいつを見て、大剣を構えて嬉しそうにほくそ笑む。


「…………………………」


 先ほどまで勝ち誇っていためぐみんは、うつ伏せのまま、無言で死んだフリをしている。


「……カズマ。なぜ冬になると、冒険者がクエストを受けなくなるのか、その理由を教えてあげるわ」


 アクアが一歩後ずさり、そして、それから僅かにも目を逸らさずに。


「あんたも日本に住んでいたんだし、昔から、この時期になると天気予報やニュースで名前ぐらいは聞いたでしょう?」


 もうアクアの言葉を待つまでも無いが、それでも俺は答えを待った。


「雪精達の主にして、冬の風物詩とも言われている……」


 そして、アクアが真面目な顔で呟いた。


「そう。冬将軍の到来よ」


「バカッ!このクソッタレな世界の連中は、人も食い物もモンスターも、みんな揃って大バカだ‼︎」


 恐ろしく斬れそうな抜き身の刀を煌めかせ、冬将軍が襲いかかってきた!






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「佐藤和真さん……。ようこそ死後の世界へ。

 私は、あなたに新たな道を案内する女神、エリス。この世界でのあなたの人生は終わったのです」


 そう。あのあと俺は、例のごとく、あの冬将軍に殺されてしまったのだ。


「そうですか。エリス様って言うんですね。ウチの女神とはえらい違いですね」


「え、あ、はい。そうですが、なぜそんなにも平然としていられるのですか?

 それに、ウチの女神って……」


「ああ、いやなに、俺もこういう体験は二回目なんでね、あまり驚きはしませんでしたね。自分が死ぬ瞬間も、今回はしっかり覚えてますし」


「そ、そうですか」


 目の前に座っている、銀髪の女神が驚いた様に言う。


「それに、ウチの女神ってとこですが、それはアクアのことですよ。転生特典で貰ったんです」


「え⁉︎ア、アクア先輩を転生特典で貰った⁉︎

 だ、だから急にいなくなってしまったのですね…」


「はい。まあ、そんな感じです。

 ……そういえばアクアで思い出したんですけど、エリス様は何の女神なんですか?ウチの女神は水の女神って言ってましたが」


「え、私ですか?

 今はそれどころでは無い様な気がしますが…、私は、幸運の女神ですよ。幸運を司る女神、エリスです」


 ん?幸運の女神?

 なんか幸運の女神様には最近思ったことがあった様な……。


 …………ああ!


「幸運の女神と聞いたのでお聞きしますがエリス様。エリス様は、俺の事が嫌いなんですか?」


「ええ⁉︎何でいきなりそんな事を聞くんですか⁉︎」


「いや、俺、彼女がいるんですよ。

 で、今日の朝にその彼女と今までに無いくらいすごく良い雰囲気になったんですけど、本当に最高のタイミングで邪魔が入ったんですよ。

 それで、俺、運いいはずなのに何でかなぁ、幸運の女神様にでも嫌われてんのかなぁ、とか思っちゃったわけですよ」


 そう伝えるとエリスは驚いた顔をして身を乗り出し、


「い、いえ!そんな事はありませんよ!

 わざわざ異世界からこの世界を救うために来てくださった方に、そんな失礼な事は絶対にしません!」


「なんだ、そうですか。安心しました」


 良かった。特に嫌われているわけでは無い様だ。

 ならばせっかく幸運の女神様にあったのだ。あっちへのお土産を持って帰らなければ。


「では、エリス様。お願いがあります」


「なんですか?」


「俺とめぐみん、もとい、俺と俺の彼女の恋愛ごとに関する運を上げてください」


「え⁉︎な、何を言っているんですか!ダメですよ!一人の人にそんな特別扱いはできません!」


「そうですか、残念です。

 ではこの鬱憤を晴らすために、あっちに戻ったら女神に会った数少ない人として、女神のいろんな噂を流して……」


「わ、分かりました!

 特別に、特別にあなたとその彼女さんの恋愛運を上げておきますから!」


 それを聞いた俺はウンウンと納得していると、


「……ですが、そもそもあちらに戻る事はでき……」


《さあ帰って来なさいカズマ!こんな所で何をあっさり殺されてんの!死ぬにはまだ早いわよ!》


「え⁉︎ア、アクア先輩⁉︎」


《ちょっとカズマ、聞こえる?あんたの身体に『リザレクション』って魔法をかけたから、もうこっちに帰ってこれるわよ。

 今、あんたのよ前に女神がいるでしょう?その子にこちらへの門を出してもらいなさい》


 アクアの声がどこからか聞こえてくる。

 おお…………!流石女神様、この前話してた通りだな。


「おし、待ってろアクア!今そっちに帰るからな!」


「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってください!ダメですダメです。

 申し訳ありませんが、あなたは既に一度生き返ってますから、天界規定によりこれ以上の蘇生は出来ません!

 アクア先輩と繋がってるあなたじゃないと、向こうの世界に声が届かないので、そう伝えては頂けませんか?」


 マジか、でもそれは困る。

 めぐみんともう会えないとか、あり得ないから。

 よし、ここは一発……!


「おーいアクアー!俺の前にいるエリスってお前の後輩の女神が、天界規定とやらでもう俺は蘇生は出来ないって言ってるんだよー!どうにかして、説得してくれないかー!」


《エリス⁉︎この世界でちょっと国教として崇拝されてるからって、調子こいてお金の単位にまでなった、上げ底エリス⁉︎

 ちょっとカズマ、エリスがそれ以上何かゴタゴタ言うのなら、その胸パッド取り上げてやり》


「わ、分かりました!特例で!特例で認めますから!今、門を開けますから!」


 アクアの喚き声を遮ると、エリスは顔を赤らめて指を鳴らした。

 それを合図に、俺の前に飾り気のない白い門が現れる。


「さあ、これで現世と繋がりました。

 ……まったく、こんな事は普通は無いんですよ?本来なら、魔法で生き返れるのはどんな人だろうと一回までなんですから」


「はい、ありがとうございます!」


 そう言って、門の前まで歩き、ふと思い出す。


「そういえば、俺とめぐみんの恋愛運、ちゃんと上げといてくださいね?」


 これを伝えなければ、せっかく先程頑張って交渉した意味がなくなってしまう。


「分かりましたよ、サトウカズマさん」


 それを聞いて一安心と、門から出ようとすると、


「ですが、この事は、内緒ですよ?」


 そう、イタズラっぽく片目を瞑り、少しだけ嬉しそうに囁いた。







 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







 遠くから、声が聞こえる。


「…ズマ……!カズマっ!カズマ、起きてくださいっ!カズマっ!」


 俺にすがって泣く、めぐみんの声が聞こえた。

 そんな中、少しづつ覚醒していき、目も開いて来たところで、泣いているめぐみんと目が合う。


「カズマっ!目が覚めましたかっ!

 ……ううっ……。……すごく、すごく心配したんですよ?もう、会えないんじゃ無いかって」


 めぐみんには、かなりの心配をかけてしまったようだ。


「………悪かったな」


 そう言って起き上がりながらめぐみんの頭を撫でてやると、めぐみんはまた俺の胸に顔を埋めて泣き出してしまった。



 そんなめぐみんを見て、俺は誓う。



 もう二度と、めぐみんにこんな想いはさせないと。
































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