第14話:屋敷・人形・トイレ

 俺、サトウカズマは今から家を買います。


 なんでいきなり、そんな突拍子も無いこと言い出したかって?


 実は、そうでも無いんだよ。

 もうすぐ、この世界には冬が来る。

 今はまだ晩秋、冬にはギリギリ入ってはいない時期だが、それでも馬小屋で寝るのは少しきつい時期になってきた。

 なので、最近大金も入ったことだし、冒険者生活の拠点にもなるしという事で、パーティーみんなで住めるような、家を買おうという事になった。


 それで俺は、めぐみんと共に、ある店へ向かっていた。

 前回スキルを教わりに言った時の別れ際に、『これからも、ウチの店をよろしくお願いしますね』と笑顔で送り出してくれた、ウィズの店だ。

 なぜウィズの元へ行くかというと、単純に、不動産屋の知り合いがいなかったからだ。

 なので、俺の知り合いの中で最も常識があり、店を持っているので商店街でも顔が広そうなウィズを頼る事にした。


「よし、着いたな。久しぶりだな、ここに来るのは」


「ええ、そうですね。

 前にここにきたのは、カズマがドレインタッチを教えてもらいにきた時ですからね。」


 そう言いながら二人は、店のドアを開けて中に入る。

 ドアについている小さな鐘が、カランカランと涼しげな音を立て、俺たちの入店を店主に告げる。


「いらっしゃいませ。

 あ、カズマさんとめぐみんさんではないですか。お久しぶりです。

 どうですか?あれから、ドレインタッチは役に立ってますか?」


「ようウィズ、久しぶり。

 ああ、爆裂散歩の時は毎回、ドレインタッチにお世話になってるよ」


「はい。私としては、カズマにおんぶされるのは好きなのでちょっと物足りないような気もしますが、そればかりだとカズマに迷惑をかけてしまうので、よくお世話になっていますよ」


 めぐみんが、そんないじらしい事を言ってきた。


 なんだよめぐみん、そんな事を考えてたのか。

 それなら次回の爆裂散歩の帰りはおんぶしてあげよう。

 俺も久しぶりに、めぐみんをおんぶしたいし。


 そんな事を思っていると、先ほどのめぐみんの言葉にウィズが食いつく。


「めぐみんさんにカズマさん。

 二人はお付き合いしていると聞きましたが、どこまでいきましたか?

 どのような恋愛をしているのですか?

 私、人間だった時にロクに恋愛をしないままリッチーになってしまったので、そういう事は是非とも教えて欲しいのですが!」


 ウィズを見ていると、恋愛事に興味を持つ普通の女の子みたいで心が和む。

 なんかこう、めぐみんとは違う和み方なんだよな。

 言ってみれば子猫とかうさぎとか、小動物のような感じだ。


 予想以上の食いつきを見せるウィズに、めぐみんが恥ずかしげもなく俺達のことを話すので、ウィズと共に俺まで、顔を赤くしてしまった。

 途中から自分がどんな事を話しているかを理解したのか、めぐみんまで赤くなってしまって、変な雰囲気になってしまった。


 そんな空気を変えるべく、気を取り直してウィズが、


「そ、そういえば、私、最近知ったのですが。カズマさん達があのベルディアさんを倒されたそうで。あの方は幹部の中でも剣の腕に関しては相当のものだったはずなのですが、凄いですねえ」


 そう言って、穏やかな笑みを浮かべ……。

 ……あれ?


「あのベルディアさんって、なんかベルディアを知ってたみたいな口ぶりだな。

 あれか?同じアンデット仲間だから繋がりでもあったのか?」


 俺のそんな疑問に、ウィズが世間話でもする様な気軽さで。


「ああ、言ってませんでしたっけ。

 私、魔王軍の幹部の一人ですから」


 にこにこしながら、そんな事を。


 ……………………。


「「……え?」」


 俺とめぐみんの、驚きの声が重なった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 俺はそう言って後ろを向き、めぐみんと顔を近づけて小さな声で、


「なぁ、今ウィズ、私も魔王軍の幹部の一人ですって言ったか?」


「はい、言いましたね。カズマもそう聞こえたのでしたら、おそらく聞き間違いでは無いでしょう」


 めぐみんとの意思の疎通が終わり、一応確認は取れたが、どうしよう。

 俺は首だけをウィズに向け、最後の確認をする。


「ウィズ、もう一度だけ、今の言葉を言ってくれるか?」


「はい?私も、ベルディアさんと同じで、魔王軍の幹部の一人です」


「そ、そうか。悪い。もういっかいめぐみんと話をさせてくれ」


「?」


 そう言ってまた後ろを向き、めぐみんと顔を近づける。


 ウィズはなんだかわからなそうな顔をしてるが、これは一大事だ。

 もしアクアがいたら、魔王軍の幹部だと聞いた瞬間『確保ーっ‼︎』とか言い出して揉め事を起こすだろう。


「どうするめぐみん、ウィズが魔王軍の幹部だなんて、思いもしなかったぞ」


「そうですね。私もこれは予想外でした。

 ましてや、あのデュラハンを倒した事を知っている様です。あんなおとなしい喋り方と表情をしておいて、頭の中では私たちに復讐しようと考えてるかもしれませんよ」


 さすがめぐみん、この短い時間でそこまで考えているとは。


 いやいや違くて、どうしよう。もし本当にそうだとしたら、俺らに勝ち目なく無いか?

 ここにいるのは俺とめぐみんだけで、めぐみんは爆裂魔法しか使えないし、俺は殺傷力のある魔法はまだ使えない。


 それに引き換え相手はあのリッチー。

 全てのアンデットの頂点に立つもの。


 ……………どう考えても無理ゲーじゃん。


「やばいぞめぐみん、今襲われたらどう考えても俺らに勝ち目はない。ここはなんとか俺がごまかす。めぐみんは危ないと思ったら、すぐに外に出て助けを呼べる様にしといてくれ」


「は、はい。分かりました。ですが、カズマもムチャはしないでくださいね。無理だと思ったら、すぐ逃げてくださいね」


 俺はめぐみんにコクリとうなずき、ウィズの方を向く。


「そ、そうかー。ウィズも魔王軍の幹部だったのかー」


 や、やばい。怖くてうまく話せない!


「で、でもあれだよな。お、俺たちを襲ったりなんて…!」


 おい!何言ってんだ俺!ごまかすって言っただろうが!

 それに最後の方声裏返っちゃったし!


 自分の情けなさに失望しながら、ウィズの動きを心配していると、ウィズが何かに気が付いた様な顔をして、こちらに手を伸ばしてきた。


「「ひっ!」」


 俺とめぐみんは、先程した約束を忘れて抱き合っていた。

 それを見たウィズは、


「だ、大丈夫ですよ!私が二人を襲ったりなんてしません!」


 前に差し出した手をブンブン横に振りながら、俺達の考えを否定する。


「ほ、ほんとうか?俺たちは襲わないけど、俺たち以外を襲って俺たちに絶望を味あわせてやろうとか…」


「思ってません!思ってませんから!一体二人は私をなんだと思っているんですか!」


「「魔王軍の幹部のリッチー」」


「え、あ。いや、そうなんですけど…」


 その後、なんとか落ち着きを取り戻した俺たちに、ウィズが大体のことを話してくれた。


 ウィズは幹部ではあるものの、今まで人に危害を加えた事も無く、ただ魔王城を守る結界の維持の為に頼まれただけだという事。

 俺たちはベルディアを倒したけれど、特にベルディアと仲が良かったわけでは無く、俺たちに怨みを持っていたりはしていない事。


 それを聞いた俺たちは安心し、ウィズが一番心配していたアクアへの説明は、俺たちが代わりに言っておくことにした。


「ふぅ。二人が納得してくれて良かったです。

 …そういえば、二人は何をしにきたのですか?何か、用事があって来て頂いたのではないですか?」


 ウィズが思い出した様に言う。


「あ、そうだった。そういえば俺たち、家を買おうと思ってたんだよ」


「家、ですか?」


 ウィズが不思議そうに言う。


 ちなみに既に静かになっためぐみんは、ウィズが安全であることを知って安心したからか、俺の左腕に抱き着きながら話を聞いている。

 あったけえ。


「そう、家だ。もう少しで冬が来るし、冒険者生活の拠点にもなるからな。で、お店を経営してるウィズなら、商店街でも顔が広いんじゃないかなと思って不動産屋を紹介してもらおうかと思ってな」


「そういうことですか。

 ですが、不動産屋さんですか。あのお店、確か、今日は休……」


 ウィズがそこまで言うと、


「ごめんください、ウィズさんはいらっしゃいますか?」


 言いながら、店の鐘を鳴らして、中年の男が入ってきた。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 その中年の男は不動産屋さんらしい。

 なんでも、最近売り払われた貴族の屋敷に悪霊が住み着いてしまい、売ることができずに困っているので、ウィズに相談に来たようだ。

 それを聞いたウィズが、その屋敷を俺たちが浄化するので、普通より安く売ってくれないかと交渉してくれた。

 その不動産屋さんも不動産屋さんで、浄化して、さらに長く住んでくれるのであれば、いずれ悪霊の噂も消えてくれるだろうと、一つの家を買うよりも安い値段でこの屋敷を売ってくれた。

 やはり俺は、運がいいらしい。


 そのことをアクアとダクネスに話すと、浄化は一応聖職者である二人が担当してくれるとの事だったので、俺は部屋割りをして決まった俺の部屋で寝ていた。


 部屋を決めるときに、めぐみんとは別の部屋になったので、物凄く悲しそうな顔をしていたのは忘れられないが。


 でも、しょうがないじゃん。

 今まではどんな時でも近くに人がいて、抜けるモノも抜けなかったんだもん!


 なので、部屋割りだけは別にしてもらって、来たいときにいつでも来ていいよ、と言う事で納得してもらった。


 しかし、久しぶりのベットの中での心地よい眠りは、


 ドンッ‼︎


 と言う扉の開く音によって遮られるのであった。

 誰だと思い扉の方を見ると、


「カ、カズマぁ……」


 涙目のめぐみんがいた。

 俺が手を広げてめぐみんの方へ向くと、めぐみんが抱きついて来た。


「どうした?もう、俺の事が恋しくなっちゃったのか?」


 俺がめぐみんを落ち着かせようと茶化して見せると、


「いえ、確かにそれも、あるにはあるのですが、今回は違います」


 あるにはあるのか。


「えっと…、その…、私、トイレに…行きたくて、目が覚めたんですよ」


「うん」


 少しの焦りと恥ずかしさで、落ち着かない様子のめぐみんに、俺は頭を撫でながら、優しくうなずいてやる。

 そういえば俺もトイレ行きたい。


「でもいざ廊下に出て見ると、その…、人形が、ですね、動きながら、私を追いかけて来たのです」


「人形?」


 人形って言ったら、あの市松人形みたいな感じだろうか?


「はい。綺麗な金髪の碧眼で、見るぶんにはとても可愛らしいのですが、いざ動かれるとあれは、恐怖でしかありませんでした」


 違いました。西洋人形の方でした。


「そっか、怖かったな」


 俺はそう言って、めぐみんの頭を優しく撫でる。


「はい、とても怖かったです。

 ……ですので、その…、カズマに、トイレに…、付いてきて欲しいなと…、思いまして」


「なんだ、そんなことか。別にいいよ、俺もちょうどトイレ行きたかったし」


「そうですか、良かったです。ありがとうございます。

 ではもう行きましょ……う………か……」


 俺から少し頭を離して言っためぐみんが、尻すぼみになっていく。


 不思議に思い後ろを向いて見ると、ベランダの窓にびっしりと張り付いた、大量の人形がこちらを見ていた。


「「ああああああああああ!」」


 俺とめぐみんは同時に叫び、二人仲良く駆け出した。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「ううっ……。カズマ、いますか?離れないでくださいよ?」


「いるよ。大丈夫だから安心しろって。この状況で俺がめぐみんを置いて行くわけないだろ?」


 屋敷の中を駆け抜け、俺とめぐみんは近くのトイレに逃げ込んだ。

 もう二人とも、自分の身体に言い訳が出来ないほど限界だったからだ。


『男性の方が早く済むので』と先に譲ってくれたので、先に用を済ませた俺は、めぐみんが出てくるのをドアの前で待っていた。

 俺がどこかへ行くのが怖いのか、先程からしきりに話しかけてくる。


「……あの、カズマ。流石にちょっと恥ずかしいので、大きめの声で歌でも歌ってくれません?」


「あ、ああ。そうだな」


 無言で待っているのも微妙に気恥ずかしいので歌い出す。

 と言ってもまだこの世界の歌は知らないので、俺が歌っているのは日本の歌だが。


 1番の歌詞を歌い終わり、2番に入ろうとする。

 と、その時だった。


 ………カタ………カタ………カタ………


 あの嫌な音が聞こえてきた。

 俺がゆっくり音が聞こえた方を向くと、


「……あ………ああ……………」


 無数の西洋人形が、這いずりながら近づいてきていた。


「ああああああああ‼︎めぐみん!早く!そこまで来てる‼︎」


「ま、待ってくださいカズマ!まだ下を履いて……!」


 そんなことを言っている間にも、どんどん人形は近づいてくる。


「ああああああああ!もうダメだ!すまん、めぐみん!」


「え!ちょっ、待っ!ダメですよカズマ!いくらカズマでもまだこんな事…!」


「違う!もうそこまでアイツらが来てるんだよ!」


 そう言ってまだ下を履いていないめぐみんを、俺は無理やりドアを開けて連れ出した。






 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 しばらく走り、俺とめぐみんは鍵を掛けられる物置に隠れていた。

 めぐみんには、夏用ではあるが、物置に置いてあった俺のズボンを貸している。


「うう…。カズマに恥ずかしいところを見られてしまいました」


「おい、その言い方やめろ。あれはしょうがなかったんだ。

 それに、俺はまだ見てない。でも、もし見てたとしても、それを他の男に見せるつもりはないからな、ただ初めてが早くなったか遅くなったかの違いだ。安心していいぞ」


「え⁉︎カズマ!今なんと言いましたか⁉︎よく聞こえなかったのでもう一度お願いします!」


 めぐみんが目をキラキラさせて詰め寄ってくる。


「う、うるさいうるさい!静かにしてくれ!またアイツらが来たらどうすんだ!」


「いえ!こんな状況で静かになんて出来ません!もう一度言ってください!

 特に、他の男に見せるつもりはないだとか、初めてが早くなったか遅くなったかの違いだ、辺りの所をもっと詳しくお願いします!」


「ちゃんと聞こえてんじゃねーか!もういいだろ!ほんとにまたアイツらが来ちまう!」


 そこまで言った時だった。


 ……ガチャ…………ガチャガチャ……


 ドアノブが回される。


「………ズマ……みん……るの?」


 俺はテンパってめぐみんに向かって言う。


「なっ⁉︎もう来やがったのか⁉︎めぐみんはここで待ってろ!俺がドレインタッチであいつらから魔力を吸い尽くしてやる!」


「え、ちょ!カズマ、待っ!今のは多分アクア…」


「おらあ!かかってこいやこの悪霊がああああああ!」


 俺が勢い良くドアを開けるとそこには、


「アクア!お、おいアクア、大丈夫か⁉︎」


 ドアの前に顔を抑えてうずくまるアクアと、アクアに声をかけるダクネスがいた。


 こうして屋敷を浄化し終わった俺たちは、正式に屋敷を手に入れたのだった。




 しかし、今回の騒動を理由にして、めぐみんがカズマの部屋に毎晩通うことになったのは言うまでもあるまい。

 こうして、またもや抜けるモノも抜けなくなったカズマだったが、めぐみんと一緒に寝れるからいっかと思うのも、またカズマなのであった。




 



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