第6話 牛も千里、馬も千里
「…で、由佳理さんはどこまで覚えてるんですか?」
ソファで対面に座り由佳理に話し掛ける。
由佳理の家に挨拶に行ってから数日が経った。この数日、由佳理の行きたい場所に同行…と、いうかとり憑かれて連れて行った。毎日デートしている感じで、これでお金を貰って良いのか真剣に悩む。これではいかん!!と今日1日、由佳理の覚えている事、忘れている事の整理をすることにした。考えてみればこれが最初にやる事だった気もする。
「ん~。皆と別れてデパートで買い物をしたのは覚えてます。後、母に電話をしました。」
これは警察で聞いた話で分かっている事だ。更に突っ込んで事細かに聞く。
「デパートでは何を買ったんですか?」
「両親と小百合にクリスマスプレゼントを買いました。父にはネクタイピンを母には髪止めを小百合には本を買いました。」
由佳理は昨日の事を思い出すようにスラスラと答えた。
「本のタイトルは覚えていますか?」
「はい。『水の音色』というミステリーだったと思います。あの子、ああ見えて意外と読書家なんですよ。」
由佳理が笑う。美人だ………………いかんいかん!!邪念を捨てて仕事に集中しなくては…。咳払いを一つして続ける。
「では、買い物の後は?」
「デパートを出て、駅に向かいました。まぁ、デパートと駅は隣ですから大した距離ではありませんけど、その日はクリスマスイヴで混雑してたので、いつも2分程の距離を5分以上かかった気がします。」
「なるほど…。その時、他に覚えている事とか印象に残っている事はありませんか?」
由佳理は「ん~。」と少し考える。顔がにやけた後
「特にないですね~。」
と答えた。
「今、何か思い出して笑いませんでしたか?どんな些細な事でも感じた事でも言ってみてください。」
由佳理は「嫌です」と答えるとプッと噴き出した。可愛い………いかんいかん!!邪念を捨てて仕事に集中しなくては…。
「言ったら木島さん、私のこと意地悪で嫌な女だと思うかもしれませんから言いません。」
「思いませんよ。」
「思います。」
「思いませんから。」
「嫌です。」
そんなやり取りをしているとリビングのドアが勢い良く開く。
「朝っぱらからイチャイチャすな!!聞いてるこっちが恥ずかしいわ!!」
小百合がエセ関西弁で入ってきたが俺も由佳理もびっくりしなかった。つまり慣れたのだ。
「あっ。おはよう小百合。」
「おはよう小百合ちゃん。学校頑張ってね。」
小百合は登校途中寄るのが日課になっていた。下校時は週に2.3回といったところだろうか。リアクションが薄かったのが不満そうな小百合は「おうよ。」と言いながら鞄から1枚の紙を取り出した。
「頼まれてたお姉ちゃんの友達3人の連絡先。一応私から連絡して事情は話してあるから都合付けて話聞いてみて。」
「ありがとう。近いうちに連絡してみるよ。」
小百合は「じゃあ、行ってきます。」と元気に飛び出して行った。
「元気だなぁ。」
「元気ですね。」
毎朝言っている気がする。
「さて、腰を折られましたがどこまで聞きましたっけ?」
「駅に向かっていたところですね。そこで母に電話したんです。」
「何時位でしたか?」
「6時ちょうどでしたね。ぴったりだったんで覚えてます。」
「警察でも6時と聞きましたから間違いないですね。…で、どんな電話したんですか?」
「これから帰ると言いました。後は…そうそう、母に帰りに卵を買ってくるように頼まれました。」
「で、買ったんですか?」
俺が聞くと由佳理は頭を抱え前屈みになって考え出す。胸の谷間が目に入る。良い眺めだ…………いかんいかん!!邪念を(以下略)
「多分…買ってないです…。」
ゆっくりと体を起こしながら由佳理は言った。絶景は失われた…残念だ…。
「多分?」
「ええ、もう一つ多分で申し訳ないんですけど…警察でも聞いたように、私は多分電車には乗っていません。駅で電話して卵とか食料品を頼まれたのなら買うとしたら自宅最寄り駅前のスーパーで買うのがいつものパターンでしたから…。」
「そうですか…。今の話しぶりだとお母さんに電話した直後から記憶がないと考えて良いんでしょうか?」
由佳理はコクりと頷いた。駅まで着いていたのに電話の後、電車に乗らなかったということは直後に何かあったはずだ。人通りが多かったのだから騒ぎになるような事ではないだろう。
「今日はちょっとそこに行ってみましょうか?あの日の再現をするんです。時期は違いますけど午後6時くらいに…何か思い出せるかもしれませんよ?」
「それなら、あの日の行動をそのまま再現してみませんか?10時に家を出て…。」
1日話を聞く予定だったが、今日も由佳理とのデートになりそうだ。
由佳理が通っていた女子大の最寄り駅に着いた。平日の昼間ということもあり道行くのはその女子大生やビジネスマン、買い物客の奥様方といった感じだ。
駅前のバスターミナルを越えメインストリートを進んで広めの路地に入った所にあの日由佳理達がランチパーティーをしたレストランはあった。店の外にあるメニュー表を見るとなかなかのお値段だ。男一人で入る様な店でもない。周囲を見渡すとその通りの少し奥にチェーン店の喫茶店が目に入った。
「由佳理さん。ここは俺一人では環境も財布も厳しいのであの喫茶店でいいですか?」
由佳理は『そうですね』と言って了承してくれたが、真顔だったので少し傷付いた。
喫茶店に入ると窓際のレストランの見える席を選び座った。昼が近かったのでナポリタンと紅茶を注文する。紅茶は由佳理のためだ。
話は少し変わるが俺は外で不信がられず由佳理と話す技を編み出した。何で今まで気付かなかったのかと思う簡単な方法だ。それは「スマホを耳に付けて由佳理と話す」…それだけだ。混んだ店内や電車の中では使えないが、ほとんどの場所でこの技は役に立つ。この方法を思いついた時、由佳理や小百合に嬉々として伝えた。俺の想像では「木島さん!!凄いです!!」とか「私達には思いつかない方法ですね!!」とか俺を称賛する反応が返ってくると思っていたのだが、実際は「なるほどね。」とか「いいんじゃないの。」程度の反応だった。その夜、俺は人知れず泣いた。
あまり大きな声では話せないので由佳理と隣り合わせに座る。少し恥ずかしい。
「何か思い出した事はありますか?」
俺はスマホに耳を当て由佳理に話しかけた。
『特には…。あ…。』
由佳理が口元に指を当て目を閉じた。記憶を辿っているように見える。
『確か店に入る前に小百合から電話がありました。』
「どんな内容だったんですか?」
『小百合も友達とこの辺りに来てるから何処かオススメのレストランを紹介してほしいっていう内容だったと思います。中学生ですから安くて美味しい所をと…。』
「小百合ちゃんもあの日この街にいたんですか…。まぁこの地域で一番栄えてる場所ですからね。…で、どこを紹介したんですか?」
『もう少し駅に近い所にあるパスタとオムライスの店を紹介しました。そういえば小百合とその店の話したことないですね。まぁ、私もさっきまで忘れてましたからね。』
由佳理がそこまで話すとナポリタンと紅茶が運ばれてきた。運んでくれたウェイトレスさんに会釈をし、「ちょっと一旦切りますね。」と電話をしていた設定を守り会話を中断した。
『今まで何度もあの日の事を思いだそうとしてたんですけど…些細な事でも思い出せると真相に近付けた気がして嬉しいです。』
紅茶の湯気を弄びながら由佳理は笑顔で言った。その表情を見ながら俺は複雑な気持ちになった。
真相とは由佳理の『死』に近付く事だ。今、隣で愉しげにしている美しい女性の死の真相が解った時、死を与えた者、またはその原因を作った者を俺は確実に憎むだろう。そんな事を考えていると改めて由佳理はもう死んでしまっている事を思い出す。
先程まで、それなりに美味く感じていたナポリタンの味が急にしなくなった。胸が締め付けらる感情が沸き上がる。
そんな俺の気持ちを知る訳もなく、まだ由佳理は笑顔で紅茶の湯気を弄び続けていた。
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