第7話 送る月日に関守なし

 ナポリタンを食べ終えて食後のコーヒーを飲んでいる。由佳理に頼んだ紅茶には手を付けずにコーヒーを頼んだものだから店員は不思議に思ったようだ。注文した時にしまったと思ったが変わり者の評価を受けようが俺はコーヒーが飲みたいのだから仕方ない。

『これからどうしましょうか?流石にここに3時までは木島さん辛いですよね?他に何か思い出せれば良いんですけど…。』

俺はスマホを再び耳に当てる。

「じゃあ、この辺りを少し歩きませんか?作家や学者は散歩の時にアイデアが浮かんだり考えがまとまったりするらしいですから。」



 腹が満たされ、暖かな春の陽射しの中散歩していると眠気が襲ってくる。大きな欠伸を一つすると由佳理が伸びをする。

『気持ちいいですね~。お散歩日和です。』

「失礼かもしれませんが、幽霊になってもそういった感覚はあるんですね。」

『ありますよ。生きていた時とちょっと違うんですけど…。』

「どんな風にですか?」

由佳理は少し考える。

『例えばですね。私は今、ワンピースを着ています。これがセーターを着て、更にコートを着ていても私は同じように「気持ちいいですね。お散歩日和です。」と言うんです。』

「なるほど。じゃあ裸でも冬山の支度でも同じ感じ方ってことなんですね。」

『ええ…。まぁ…。』

例えが悪かった。気まずい…ノンデリカシーどすけべ野郎と思われてしまっただろうか?

「…あ…あの、あれですね。その小百合さんに紹介した店の前も通ってみましょうか。」

沈黙だけは回避したい一心で出た言葉だった。

『そうですね。行ってみましょう。その後はちょっと早いですけどデパートに行っちゃいましょうよ。その方が時間も潰しやすいでしょ?』

由佳理は何だか嬉しそうだ。ウィンドショッピングが楽しみなんだろう。幽霊になっても女子は女子なんだな…と思い、楽しげな由佳理を見てこっちも楽しげな気分になった。

『あ…後、裸でも多分同じだと思います…。』

誤魔化しきれなかったようだ。俺はノンデリカシーどすけべ野郎である自分を恥じた。


 由佳理が小百合に紹介したというパスタとオムライスの店は5階建てビルの2階にあった。表通りから細い階段を上った所に入口がある。階段の途中の壁を見て俺と由佳理は足を止めた。そこには由佳理の写真と〈捜しています〉の文字。もしかしたらこの辺りにはこの張り紙がたくさん貼ってあるのかもしれない。

 俺は由佳理が行方不明になってからの2年、何度もこの街に来ている。なのに由佳理の事件も張り紙も知らなかった。物凄く申し訳ない気持ちになった。しかし、裏を返せば俺のように由佳理の件を知らないが、あの日の何かを知っている人がいる可能性があるのではないだろうか?そんな考えが頭を過る。

「いらっしゃいませ。」

ふいに声をかけられ体がびくつく。店の表にたまたま出てきたらしい口回りに髭をたくわえた30代後半にみえる男性だった。服装から見てこのレストランの料理人である事が分かる。俺は満腹なので店に入る事は考えてなかったので聞き込みをする事にした。

「すいません。客じゃないんです。実はこの女性の行方不明の件を調査してまして…。こちらには本人も来たことがあるらしくて、行方不明当日は妹さんも来ていたみたいなのですが、些細な事でも良いので何か気になった事とかありませんか?」

料理人は「あぁ。」と発して話し出した。

「綺麗な方でしたからね。覚えてますよ。何度かお友達と一緒に御来店いただいてます。でも、それ以上は何も…。妹さんの事は申し訳ありませんが記憶にございません。」

『綺麗な方ですって。』

由佳理は嬉しそうだ。

「そうですか…。もし何か思い出したら連絡していただけませんか?本当に些細な事でも思った事でもかまいませんから…。」

俺は作っておいた名刺…といっても、名前と携帯番号の書かれた物を渡した。料理人はそれを受け取ると「分かりました」と言ってくれた。俺は深々と一礼し店を後にした。


『ねぇねぇ木島さん、綺麗な方ですって。』

デパートに向かう道中、由佳理はまだご機嫌だ。

「それは知ってます。由佳理さんは、ああいうタイプの男性が好みなんですか?男前でしたね。」

さりげなく由佳理が綺麗である事を肯定してみた。

『そういうわけではないですけど、確かにかっこいい人でしたね。』

さりげな過ぎて気付かれなかったか…。少し残念に思う。

「あの店には何度も行ってるんですよね?お友達ってランチパーティーの面子ですか?」

『それ以外の友達とも行ってましたよ。元々あの店は父に教えてもらったんです。あのビルのオーナーが父と知り合いで良い店が入ったと聞いたらしいんです。』

「お金持ちは知り合いもお金持ちなんですね。」

言ってしまった後に少し嫌味に聞こえてしまったかもしれないと軽く後悔した。

「…そう言えば、まだお父様に挨拶してなかったですね。やっぱり一度お会いしたいな~。」

話を逸らすように続けた。由佳理はさほど気にはしていないようだ。

『今度、小百合に調整してもらって会いに行ってみましょうか。』

「どんな方なんですか?」

『う~ん…。優しくて仕事もできる人ですけど…。』

「ですけど?」

『一言で言うと変わり者です。説明は難しいですけど…。会えば分かります。』

そう言い終わるやいなや由佳理が嬉しそうに前方を指差す。

「着きましたよデパート!!」

由佳理は小走りで向かうが俺の2メートル先で足を止めた。どうやら俺と離れられる距離の限界らしい。

 不満気な表情で振り向く由佳理を幽霊なのに全然恨めしそうに見えないな…と思いながら、歩くスピードを少しだけ速めた。




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