第4話 川越て宿をとれ

 4月1日晴れ、リビングで朝の情報番組を観ながら朝食のメロンパンとコーヒーを口に運ぶ。

「おはようございます。」

視線を一瞬を手元のコーヒーに移した間に向かいに由佳理が座っていた。

「おはようございます。今日からよろしくお願いします。」

越して来てしばらくはビックリしていたが、もう慣れた。由佳理はいつも突然現れる。

「木島さん、朝ごはんはもう少ししっかりとしたものを食べた方がいいんじゃないですか?野菜もないし、たんぱく質も摂らなきゃ。せめてスープでも付けて…。」

身体を気遣ってくれているのだろうが、大学時代からほぼ毎日朝食はメロンパンとコーヒーの俺にはこれ以外の朝食の選択肢はない。毎日近くのコンビニでメロンパンを買うのである時、コンビニのバイトの女の子に店に入るやいなや「すいません。今日売り切れちゃって…。」とメロンパン売り切れを宣告された事がある。もちろんその時は別の店舗に行ってメロンパンを買った。

「もうこの朝食が当たり前になりすぎちゃいまして…。昼は野菜も食べますよ。」

ところで…と切り出す。

「今日は初日という事で、まず警察に行って今までの捜査状況の確認と何か新しい情報がないか聞いてみたいと思います。どうでしょうか?」

由佳理はコクリと頷き「いいと思います。」と賛同してくれたが、「でも…。」と続ける。

「親族でもない木島さんが行っても教えてもらえないんじゃないでしょうか?」

俺は、そうでしょうねと相づちを打つ。

「どれ程の効果があるかは分かりませんが、これがあります。」

そう言うと俺は昨日小百合に貰った紙をひらつかせた。


 警察へ行くと簡単に事が運んだ。

 受付に紙を見せ要件を伝え、しばらく待つように言われたのだが、受付を離れる前に背の高いやせ形の中年の男が小走りで近寄ってきた。

「刑事課の嶋田です。こちらへどうぞ。」

由佳理と目が合う。門前払いの可能性も考えていただけに小百合の紙の効果に驚いた。紙には豪快な文字でこう書いてあるのだ。


『嶋田警部様宛て

 姉 榎木由佳理の件、この者、木島慶二に 全て任せた。

 協力してやって欲しい。いや、協力しろ。

              榎木小百合』


 別室に通されると嶋田と名乗った刑事は座るように促した。俺は由佳理に先にどうぞと言いそうになり言葉を飲み込んだ。見える人をいない様に扱うのが思いの外難しい。

「改めまして嶋田と申します。榎木さんの紹介状がありますから何でも聞いて下さい。」

あれは紹介状だったのか…文は脅迫状にも見えなくもないが…。名刺を受け取り、自分も何か身分を証明する物をと思い、取り敢えず免許証を提示した。

「木島さんは随分とお若いですが、探偵さんなんですか?」

さすがは刑事ともなると笑顔ではあるが妙な迫力がある。何も悪い事はしていないが「俺がやりました。」と自白してしまいそうだ。

「いえ、小百合ちゃ…小百合さんに個人的に頼まれたというか雇われたというか。」

曖昧な返事をしてしまい怪しまれはしないかと不安になる。

“木島さん、嶋田さんは見た目はちょっと怖いけど良い人です。緊張しなくて大丈夫ですよ。”

由佳理に格好悪い所を見せてしまった。

「大丈夫です。」

「?」

思わず由佳理の言葉に返事をしてしまい、嶋田が「何か?」という顔でこちらを見ている。俺は咳を一つすると何事もなかったように装った。

「早速ですけど、榎木由佳理さんの件で色々教えて頂きたいのですが…。」

もちろんですと嶋田は答え、準備していた資料をめくった。

「榎木さん…え~と…小百合さんからも聞いてますか?」

「はい。大体の事は…。」

「では、重複する事もあるとは思いますがお話しさせていただきます。」

嶋田の顔にもう笑みはない。俺はメモ帳とボールペンを取りだし準備をする。

「榎木由佳理さんの行動で確認されているのが一昨年の12月24日の午後6時、母親の携帯電話にこれから帰るという連絡を入れたのが最後です。発信元は○○女子大前駅前から…、つまり由佳理さんが通われていた大学の最寄り駅ですね。大学はこの日から冬休みに入ってますね。」

そこまで言うと嶋田は別の書類を見せる。

「それ以前の行動は友人達と会うと言って朝10時頃自宅を出ています。その後、電車で○○女子大前駅まで移動し友人3名とレストランで昼食をとり、その後、一人で駅前のデパートで買い物をしているのが防犯カメラの映像から確認されました。」

書類にはその友人3人の名前も書いてある。

井上 舞(いのうえ まい)

篠塚 恵子(しのずか けいこ)

吉野 麻知(よしの まち)

「この友人にも話を聞いた所、クリスマスイブのランチパーティーをしたみたいです。3人とも夜は予定があって昼に集まったみたいですよ。その後のアリバイも確認しました。」

“間違いありません。”

由佳理が俺に小声で言った。どうせ聞こえないのになぜ小声?と思ったが反応する訳にはいかない。

「その後、由佳理さんが電車に乗った形跡はありません。クリスマスイブだった事もあって街は人で溢れかえってましたし、目撃者も見つかりませんでした。」

嶋田は申し訳なさそうに、そして悔しそうに言った。

「私共は捜索願いを受け、家出と事件…榎木家のお嬢様ですから、初動では営利誘拐の可能性も考えて捜査していたんですが、もう、2年経っている事から、基本的に家出と誘拐…もしくは…。」

嶋田は一度言葉を切ってから言った。

「小百合さんには言いづらいので言ってませんが、何らかの事件に巻き込まれ、死亡しているケースも考えています。これは小百合さんには伝えないで頂けますか?」



 警察署を出て由佳理と二人歩く。イメージでは幽霊はフワフワ飛んだり、取り憑いているなら、おぶさっさり肩に乗ったりするものだと思っていたが、由佳理は普通に隣を歩いている。もう少し幽霊感を出してくれた方が実感が湧くのだが、突然現れたり消えたりする事と、触れられない事以外は普通の人間と何ら変わりがない。

「そのまま聞いて下さい。」

由佳理はそう前置きすると話し出した。

「木島さんと来て良かったです。警察も私が死んでいる可能性もある…と言うか、死んでいる可能性の方が高いって考えてくれてるみたいですね…。小百合と来た時は嶋田さん言ってくれなかったから…。」

家族に…しかも未成年の小百合には嶋田は言えないだろう。ただ、初対面の俺に話してくれたのは、何故だろう?。そんなに俺が信用出来る男に見えたのだろうか?。

 時間は午前11時半、早目の昼食を摂ろうと由佳理さんに何が食べたいですか?と聞いたが愚問だった事に気付き謝る。

 ちょうど近くにファミレスがあったので入る。ウェイトレスの女性が俺と由佳理に水を持ってきた。彼女は見える人らしい。俺が日替りランチを頼むと「そちらのお客様は?」と聞いて来たので、俺は一人だと返す。慌てて失礼しましたと言いながら由佳理の水を下げ小走りで厨房の方へ消えて行った。

 由佳理と歩いていると意外と見える人が多い事が分かった。前にも言ったが幽霊は意外と普通だ。見える人も幽霊とは認識していないのだろう。何故見える人が多いと分かったかというと由佳理が美しいからだ。道行く人が由佳理を目で追うのだ。そして、俺に「何でこんな美人がこんな冴えない男と歩いているんだ?」という心の声を全力投球でぶつけてくる。

 お昼にはまだ少し早いので客はまばらだ。誰にも聞こえない様に由佳理に話しかける。

「彼女、由佳理さんが見えるみたいですね。」

「お水持っていかれちゃいました…。」

由佳理は少し拗ねたように言った。

「飲めるんですか?」

「飲めませんけど…。」

確かに一度出された物を下げられたら気分が悪いかも知れないな~…と思っていると俺の前に日替りランチが運ばれて来た。さっきのウェイトレスではない。

「野菜が少ないです。」

今朝の会話を覚えていたのか由佳理が指摘する。俺は、サラダとオレンジジュースを追加注文した。

「今日これからなんですけど、由佳理さんの御両親に挨拶に行こうかと思うんですけど、どうでしょうか?由佳理さんと小百合ちゃんに雇われたとはいえね…。」

「賛成です。でしたら一度帰ってスーツに着替えた方が良いですかね。」

「そうですね。でも、その前に菓子折りを買って行きましょう。」

 午後の予定が決まったところでサラダとオレンジジュースが届いた。サラダを手元に置きオレンジジュースを由佳理の前に置いた。

由佳理は驚いた顔をしたがすぐに笑顔になり嬉しそうにグラスを撫でるような仕草をした。

 グラスの中のオレンジジュースが少しだけ揺れたような気がした。



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