第3話 仇花に実は生らぬ
明日から4月だ。
榎木姉妹との約束で明日から本格的に仕事に入る事になっている。
今日は今までに姉妹から聞いた情報をまとめると共に今後について話す事にした。
由佳理はおそらく亡くなっている。しかし、行方不明になる前後に目撃者も見つかっておらず、当然警察への情報提供もない。遺体も見つかっていないことから未だ行方不明扱いになっていて、亡くなっていることを認識しているのは本人由佳理とその姿を見る事が出来る妹の小百合と俺だけということになる。
更に悪い事に由佳理自身、自分がいつどのように死んだのか覚えていないというのだ。(もちろん覚えていたのなら俺が雇われることもなかったわけだが。)
そして、本題の仕事内容だが、最終目的は由佳理がどのように死んだのかの解明と遺体の発見である。これだけ聞くと警察や探偵の仕事ではないか…と思うのだが、この件の解決の一番の近道は由佳理本人に思い出してもらう事なのだ。
「お姉ちゃんは、一人で自由に外を歩けないの。何か思い出せるように木島さんがお姉ちゃんの行きたい所に連れて行ってあげて。」
要するに誰かに取り憑いていないと由佳理は外出出来ないらしい。
「後は…え~と…自分で考えるのも仕事!!」
何ともいい加減な雇い主だが、姉思いの優しい子だ。
小百合は本当は自分が姉を捜したいのだと言った。
由佳理が幽霊となって帰ってきた一昨年の暮れから小百合は姉捜しを始めていた。当時中学2年だった彼女は休日はもちろん放課後の僅かな時間も姉を捜すようになり成績はみるみる落ちたそうだ。由佳理も受験を控えた妹に止めるように言ったが聞かなかった。両親は姉が見える、姉を探すという小百合を心配し、姉との思い出が有りすぎるこの家からの引っ越しを決意した。結果、この家に由佳理は独り取り残されてしまった。
引っ越してからも小百合は時々この家を訪れたが両親の手前、姉捜しをする時間は極端に少なくなってしまったのだという。
「…で、疑問に思う事があるんだけど…。」
藁をも掴む思いでこの話に飛び付いた俺だが少し時間が経ち小百合、由佳理と普通の会話が出来るようになったので聞いてみる。
「月25万っていう大金どうすれば女子高生の小百合ちゃんが出せるのかな?この家だって賃貸にしてるのは分かるんだけど自由にしてるみたいだし…。」
小百合は由佳理と顔を見合せ、「ああ…」と声をあげると
「木島さん、ここの住所って知ってます?」
と質問を質問で返されてしまった。引っ越しの際、住所変更などで何度も見て覚えた住所を口にする。
「○○市榎木町3の………榎木町?」
「そう榎木町。」
「由佳理さんと小百合さんの苗字と同じだね。偶然偶然……で…それが何か?」
「それが偶然じゃないんだな。」
へへんと鼻を鳴らし、小百合が仁王立ちになる。ちょっと止めなさいと由佳理さんは制したが小百合はわざとらしく偉ぶって言う。
「この近辺一帯先祖代々我が榎木家の土地であるぞ。世が世ならお姉ちゃんと私は姫君である。」
何だか土下座をしなくてはいけない気がする…気がするけどしない。
「なるほど。お金持ちなんですな。」
「小百合が私の事を探すのを諦めないから両親が学業が疎かにならない事を条件に好きにしなさいって事らしいです。」
お金持ちの感覚は俺には理解は出来ないが、そういうものかと思う他ない。
「私も自分が何でこうなったのか知りたいですし、ありがたいんですけど死んでからも親と小百合に迷惑かけてるみたいで心苦しいです。」
溜め息をつき、只でさえ小さな身体が更に小さくなる。仁王立ちのままツッコミ待ちの小百合が姉のその姿を見て堪らず口を開く。
「お姉ちゃんは気にする事ないの。私が知りたいんだから、それでいいの。私が跡を継いだら何倍にもして返すから安心して!!」
榎木家の未来が心配だが、由佳理は小百合にニコリと笑いかけ、ありがとうと呟いた。
気が付けば夕方6時を過ぎていた。
「疑問が晴れたところで今日はこの辺にして明日から本格的に動きだしますかね。」
小百合の帰りが遅くなってはいけない。俺達的には3人だが、世間的には一軒家に成人男性と女子高生が2人きりなのだから、それだけでも本来ならアウトなのだ。今度ちゃんと榎木家に挨拶をしに行かねばなるまい。
「そうだね。その前にと…。」
小百合は何やら紙と筆ペンを取りだしサラサラと書き始めた。よしっと声を出すとそれを俺に渡した。
「警察に行く事があったらこれを使うがよい。」
また姫になったのかと心でツッコミ、これが何なのか聞く間もなく小百合は両親の待つ家に帰って行った。
「すいません。あの子行動が雑で…。顔は可愛いと思うんですけど、あれじゃ彼氏なんて出来ないでしょうね。」
由佳理が申し訳なさそうに、でも優しい表情で言った。可愛いというのも彼氏が出来ないであろうというのも同感である。元気娘のいなくなった家には俺と由佳理さんと二人きりになる。お互いの部屋に行ってしまえばそれまでだが、幽霊とはいえこんな美人と一つ屋根の下にいる状態に俺はまだ慣れていない。
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