第2話 袖ふれあうも多少の縁

 榎木姉妹から採用を貰ってから一月が経った。アパートから比較的近い事もあって引っ越しは軽トラックをレンタルし一人で行った。男の一人暮らしだから一日で充分だと思っていたが4年間増え続けた荷物は軽トラック3台分にもなり結局運ぶだけで二日かかってしまった。車のレンタル料が痛いが必要経費と考えよう。しかし、本当に痛かったのは4年間に厳選に厳選を重ね収集してきた「慶二コレクション」の処分だ。雇い主兼大家の姉が幽霊とは言え、うら若き美人姉妹なのだから仕方がない。別れを告げるのに実に4日の時間を要した。それでも諦め切れなかったDVD 5枚を音楽CD のケースに忍ばせた。


 引っ越しが済んだ後、両親への説明がまだだった事を思い出し、連絡を入れた。仕事内容をそのまま伝えるわけにはいかず、住み込みの事務的な仕事だと言うと母は手放しで喜び、父は「そうか」の一言だったが安堵の空気を漂わせていた。

 

 引っ越しは済ませたが仕事は4月から取り掛かる事を榎木姉妹と約束し、形ばかりの契約書を交わした。実際問題、何をどうすれば良いのか判らないが、追々姉妹と話し合いながら決めて行こうと思う。


 そんなこんなでバタバタしていたせいで卒業式に出席出来なかったので卒業証書を受け取りに久しぶりに大学に足を運んだ。

 学生課で証書を受け取り、職員さんから卒業おめでとうございますの言葉を頂いた。本当ならば感無量といったところなのだろうが、色々ありすぎて正直大した感情もない。

ありがとうございますと愛想笑いをし、学生課を後にした。そう言えば両親から卒業おめでとうと言われていない。あの二人も離婚やら俺のトラブルやらで自分と同じ感覚なのだろう。

 見納めになるであろう大学構内をうろついていると福田が数人の学生と歩いていた。俺は手を軽く振り歩み寄り話しかけた。

「よう。久しぶり。」

福田は元気そうな俺を見てほっとしたようだった。

「しばらく見なかったから心配したよ。死亡説まで流れたんだからな。」

「勝手に殺すなよ。でも、まあ、しょうがないわな。」

苦笑いで答える。確かに自殺する人間もいそうな不幸レベルだった…俺は悪運が強かっただけだ。

「俺は見事に留年したよ。大学5年生に突入。来年はないぞって親にすげぇ怒られた。」

ケタケタ笑いながら福田は手をひらひらと動かしおどけてみせた。良いヤツなんだが、この軽さといい加減さが人によっては嫌がられる。福田は続けてお前はどうなんだ?と聞いた。

「何とか住み込みの事務の仕事を見つけたよ。引っ越したけど近くにいるからまた会おうな。」

 嘘はつきたくないが正直に話すと信じて貰えないだろうし、心配されるので両親同様これで行く事にしている。まぁ、俺も未だに信じられない。しかし、見せられた物、見せられた事で納得せざるを得なかったのだ。



 話はあの面接の日に遡る。

 深々と下げられた小百合の後頭部を見ている。

「あの…ちょっと言ってる意味が良く解らないんですけど…。」

 恐る恐る聞く俺に小百合は勢いよく頭を上げ、話し出そうとする。それを制して由佳理が話し出した。

「ごめんなさい。ちゃんと説明しますね。信じて貰えるか不安ですけど…。」

そう言うと由佳理は小百合に何やら小声で囁いた。小百合はコクりと頷くと席を立った。

「実は私、なんというか…もう、この世にいない…あ…一応いるか…え~と、要するに死んでるんです。」

 はい、そうですか…という訳にはいかない。怖いお兄さんが出てくる目は消えたかもしれないが、怪しげな宗教やらセミナーの勧誘の可能性がある。そんな俺の心の声が聞こえたかのように由佳理は早口で続ける。

「信じて貰えないですよね。いいんです。当たり前です。ですから、信じて貰えるように今から…」

「お姉ちゃん持って来たよ~。」

由佳理の話の腰を折るように小百合が青いファイルを持って戻って来た。俺達を気にせずファイルをテーブルに広げた。そこには新聞の切り抜きやメモ、書類のコピーなどが入っていたがファイルに入れる程の量ではなかった。

「まず、これを見て下さい。」

由佳理は地方新聞の切り抜きを指差した。

日付は一昨年の12月26日だ。


『○○市の21才女子大生行方不明

 12月24日未明 ○○市在住××大学に通  う榎木由佳理さんが夕方6時に家族との連 絡を最後に行方がわからなくなった。

 翌25日に家族から捜索願いが出され、県 警は事件事故両面から捜査している。』


「これ私です。」

由佳理は何故か赤くなって言った。

「何か自分の名前が新聞に載るのって恥ずかしいですよね。ちょっと自慢したくもなりますけど…。」

はにかみながら頬を掻く。論点や感覚が少しずれている天然さんなのだろうか?

「はあ、分かるような気もしますが…。」

適当な相づちを打つと次に由佳理が指差した新聞の切り抜きに目をやる。

日付は同年12月30日だ。


『不明女子大生未だ見つからず

 24日未明から行方がわからなくなってい る市内の榎木由佳理さん(21)の足取りは未 だわかっておらず、県警は写真を公開し行 方を捜している。情報提供は県警……』


記事には写真が載っており、今俺の目の前にいる人物と瓜二つだ。今まで黙って二人のやり取りを嬉しそうに見ていた小百合が由佳理に話しかけた。

「この日だよね。お姉ちゃん帰ってきたの。」

帰ってきたなら万事解決じゃないか。そう俺が思っていると小百合が続ける。

「でも、私にしか見えないなんてあり得ないわ~。お父さんもお母さんも私がおかしくなったと思って病院連れて行かれたり大変だったんだから。」

「はいはい。何度も聞きました。」

「でも、お姉ちゃん私以外と話すの死んじゃってから初めてじゃない?何だか嬉しそう。」

 理解し難い会話が交わされる中、俺は堪らず割って入る。

「あの!!由佳理さんが行方不明になった事があるのは分かりました。でも死んでるとかってのはさすがに信じられませんよ。現に目の前にいて、こうして会話してるわけですから…」

そう言い終わるか終わらないか由佳理が俺の手を握ってきた。いや…正確には握られていない。

「!!」

由佳理の手は俺の手をすり抜け、見た目二人の手は同化したようになっている。驚いた俺は弾かれるように立ち上がった。きっと顔もひきつっていたに違いない。そんな俺を由佳理は少し寂しそうに小百合は怒ったような顔で見ている。

「あ…ごめんなさい。」

凄く失礼な事をしてしまったような気がしてとっさに謝ってしまった。そして今起きた現象について思案していたところ、由佳理が寂しそうな顔のまま言った。

「こういう事なんです。驚かせてごめんなさい。分かって貰えたかな~…?」

うつむき、最後の一言は独り言のようにもごもごとしていた。女性を悲しませてはいかんと高校の時、父貴仁に言われた言葉を思い出した。母と離婚したお前が言うな貴仁。だが、その通りだ。女性にこんな顔させちゃいけない。

「分かりました。良く分かりましたから顔を上げて下さい。」

由佳理、小百合共に表情が明るくなり互いに顔を見合せてた後、こちらを向き

「じゃあ…」

と期待に満ちた顔で俺を見る。

「仕事の内容を詳しく教えて下さい。俺に出来る事なら何でもしますよ。正直、条件は魅力的ですしね。」





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