第二章 欺瞞 Fraudolento. (8) 夜

***


 誰もがうらやむ美青年に『意外とバカ』の称号を勝手に与えたレオだったが、まさか数時間後に全く同じ発言をするとは思っていなかった。


「あんた、本当にバカだな! 意外性も全くねぇよ」


 しかも、今度は本人を目の前にしてバッサリと言い放っている。


 というのも、原因は目の前に鎮座する巨大な天蓋付きベッドにあった。


 食後に湯浴みをして戻ってくると、コルラードはレオを連れて二階へ上がった。

 ノスフェラトゥは基本的に夜行性である。これは無防備に寝てもいい状況だろうか? 短銃はすぐにでも抜ける自信はあるが、さて、一体どうしたものだろう。


 考えあぐねていると、突然コルラードはそっとレオの肩を抱いた。


「さて、君も疲れたろう。寝ようか」

「どこで?」


 確か、与えられたゲストルームには寝具が存在しなかった。

 床で眠ればいいのか? と尋ねたところで、レオははたと気がついた。彼が清々しいほどに爽やかな笑みを浮かべていることに。数時間行動を共にして気付いたことだが、この手の笑みを浮かべているとき、彼は大抵よからぬことを企んでいる。


「まさか」

「ベッドならあるだろう。ほら、目の前にひとつ」


 そして彼は、空いている右手を件のベッドに向けて大きく広げたのだった。そして先程の暴言に戻る。

 これは怒るところなのか、それとも呆れるところなのか。

 くらりと眩暈がしかけたところで、レオは苦肉の策を提案する。


「おれ、一階のソファでいい」

「大事なカルナーレに風邪をひかせる訳にはいかない。大丈夫、添い寝してあげるから安心して」


 違う、彼はバカではない。ただの変態だ。


 より一層深くなってゆく眉間の皺。このまま皺が消えなくなったら一体どうしてくれよう。


「お前、本当に命を狙われている自覚がないのか」


 レオが呆れた口調で尋ねると、コルラードは自信満々といった様子で頷いて見せた。


「何度も言わせるな。カルナーレに俺は殺せない、絶対に」


 そんな訳で。


 ――本当にひとつのベッドに入ることになろうとは……。


 ベッドの左側に横たわったレオは、念のため右手に短銃を握り、ぎゅっと身を固くしている。その横に滑りこむようにして入ってきたコルラードが、短銃を握る手に冷たい左手を重ね合わせてきた。どきりとして、レオは思わず肩をびくつかせた。


「かわいい」

 それにしても、とコルラードは息をつき、レオの瞳を見つめた。「カルナーレの目はいつ見ても綺麗だ。稲穂の色だね」


 そっと上目遣いで隣に横たわるコルラードを見遣ると、彼と視線がかちあった。

 彼は微笑み、優しい手つきで髪に触れる。驚いたレオは、思いっきりその手を振り払った。思いの外大きい音がして、互いにがばりと跳ね起きる。瞠目する彼らの間に、しばらく沈黙が訪れた。


「……やっぱりおれ、一階で寝る」


 気まずそうに言い残し、レオは部屋から出ていってしまった。しばらくその後ろ姿を眺めていたコルラードだったが、後にふっと破顔する。


「もう少し時間をかけて調教すべき、かな」

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