第二章 欺瞞 Fraudolento. (6) 晩餐

***


「レオ、食事をしないか」


 ひとしきり案内してもらった頃には、すっかり日は落ちていた。


 先程窓から微かに見えていた西日はすでに燃え尽きて、辺りには暗闇が立ち込めている。耳を澄ますと、みみずくの鳴き声が遠くの方でぼんやりと聞こえていた。コルラードが灯燈に火を灯すと、広い居間がぼうっと照らされる。


「食事?」

「そう、食事。腹が減っているだろう」


 確かに、もう夕食時なので減っていると言ったら減っているのだが。しかしながら、レオは少々動揺してしまった。


 ノスフェラトゥの主食は、言わずもがな人間の生き血である。念のため尋ねてみると、彼はきょとんとしたのち、丁寧に付け足してくれた。


「生き血を飲むのは本当。だが、それだけでは身体が維持できないんだ。それに、うちに輿入れした以上、俺には君を養う義務があるからね」

「養うって、」

「せっかく頂戴した貴重なカルナーレだ。大事にしなくちゃ」

「たわけ」


 悪態をつき、レオはぷいっとそっぽを向いてしまった。


 レオはただ『飼われる』という感覚が嫌だっただけなのだが、コルラードはというと微妙に勘違いしていた。彼の冷たい態度が、警戒心むき出しの仔犬を連想させたのだろう。「可愛らしい子だ」と愛おしげに微笑んでいる。


 そっと近づき、彼は床に目を落としているレオの頭に手を乗せた。


「そこに座っているといい」


 そう言い残し、彼は奥へと入って行ってしまった。


 彼の後ろ姿をレオはじっと見つめている。暫しの沈黙ののち、おもむろに赤のジャケットを脱いだ。それをソファの背もたれに無造作に乗せ、そっと彼の元へと歩み寄る。


「ん? なんだい、殺しに来たのか」


 野菜を片手に厨房に立つ彼を、レオは先程のようにぎろりと睨めつけた。しかし、コルラードはその瞳に明確な殺意はないと踏んだ。おどけるように首を傾げると、レオはぶすっとした面持ちのまま唇を動かす。


「……せろ」

「なに? 聞こえない」

「だからっ」

 レオはコルラードから野菜を奪い取ると、厳しい口調で言い放った。「手伝わせろって言ってる」


 コルラードは、予想外な彼の発言にひどく驚いていた。

 そうしている間にも、レオは黙々と芋の皮を剥いている。意外と手先は器用なのだ。


「君って、もしかして結構世話焼きだったりする?」


 コルラードの問いに、レオは手を動かしながら答えた。


「おれはただ、受け身でいるのが嫌なだけだ」


 しばらく会話もなく、黙々と下ごしらえをする二人。時折互いにちらちらと様子を盗み見ているが、不思議と視線がかち合うことはなかった。

 食材を鍋に放り込んだところで、唐突にレオが口を開く。


「……どうして、おれなんだ?」


 確かに己は稀に見るほどの血の濃いカルナーレだが、まさかそれだけで選ぶ訳はなかろう。レオは降嫁するにあたり歴代の花嫁を調べてきたが、どれも例外でなく女性だった。なぜ今更男でもいいと妥協を見せたのか。


 それを聞いたコルラードは、そうだなぁ、と首を傾げる。


「君を選んだ理由はちゃんとある。でも言わない。言う必要がないからね」

「必要がない、だと。おれの人生を根こそぎ奪っておいて」

「言ったら、君は俺に喰われてくれるのかい?」


 戯れを、とレオは言葉を吐き捨てた。


「誰が喰われるか。お前を喰うのは、このおれだ」


 これはまた随分男前な嫁が来てしまった、とコルラードは苦笑する。


「君が陥落することを、俺は切に願うね」

 それに、と彼は続ける。「未練があるから、俺はカルナーレばかり選ぶのだろう」


 一瞬見せた憂いを帯びた瞳に、レオは思わずその手を止め、じっと押し黙ってしまった。

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