第二章 欺瞞 Fraudolento. (3) 郷里のために
レオは一礼した後、彼らに近づく。そして、まずは飛びつくように騎士の二人を抱きしめた。
「どうか……、あなたに神の祝福を与えられますよう」
彼らの耳元で囁く精一杯の一言に、レオも思わず感極まって泣きそうになった。もう彼らの後ろ盾がなくなるということに、一抹の不安さえ覚えた。
「ありがとう」
微笑むと、レオは言った。「お前たちはおれの誇りだ。どうか今後も、高邁なる精神を以て職務を全うしてくれ」
そして抱きついたその腕を離すと、すらりと姿勢を正し、右拳で己の心臓部を叩いた。この敬礼も、最後になるかと思うと複雑だ。
続いて、従者に侍女と、ひとりずつ挨拶を交わした。
そして最後に、アルベルトだ。
彼はちらりとレオを見つめた後、そっと名を呼んだ。まるで、彼が初めてレオの名を口にしたときのように。少しだけたどたどしく聞こえたのは、やはり動揺しているのだ。滅多なことで動揺しないあのアルベルトが。そう思うと、レオの心は一層揺れ動く。
「どんなに離れていても、あなたの幸運をお祈りしております」
レオは苦笑しながら、彼の両肩を叩く。
「約束、破っちゃったな。一緒に連れていけなくてごめん」
かつてアルベルトがレオの下で働くと決まったとき、ひとつだけ約束したことがある。
アルベルトは、「一生をかけてレオに尽くすこと」を。
レオは、「一生アルベルトを手放さないこと」を。
まだまだ大人と言うには幼すぎた彼らが交わした約束が、レオにとって唯一心残りだったのだ。
アルベルトははっと目を見開き、それからのろのろとした口調で囁いた。
「覚えていたのですか」
レオが頷く。
「忘れるはずない」
「謝るくらいなら連れて行ってください! 今まで一度も、あなたは俺との約束を違えたことはないでしょう?」
しかしながら、それはできない。もちろんアルベルトもそれを知っている。自分が言っていることの愚かさも重々承知の上だろう。それが分からないほど、彼は莫迦ではない。だから今まで己の背中を預けてきたのだ。
そもそも、ノスフェラトゥへの降嫁は基本的にその身一つで行かなくてはならない。
そして、レオとしても、自分と同じ世界に彼を連れて行きたくはなかった。そのために、レオは彼を手放すことに決めたのだ。
「もう、行っていい」
「ですが……!」
「頼むから。おれの決心が揺らぐだろ」
悲しげに微笑んだレオを見て、とうとう侍女のひとりが泣き崩れた。
そんな彼女の頭をすれ違いざまに撫でてやり、レオはコルラードの元へ戻った。
もういいのか、という問いかけに、レオは短く頷く。
それでもやはり名残惜しくて、ゆっくりと、一度だけ彼らを振り返った。この光景を、絶対に忘れることがないよう、その目に焼き付ける思いで彼らを見つめる。
彼らにしてやれることはと言えば、エゼクラートの贄として淡々とその生を全うすることのみだ。
全ては、
「――おれは行く。長い間、大義だった」
そしてコルラードに向かって鋭く言い放つ。
「連れていけ」
稲穂色の瞳に、もう迷いなどなかった。
それを見た彼は、くすりと微笑んだ。そして、レオの左手をエスコートするように優しく握る。恐ろしく冷たい手だった。
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