第一章 邂逅 Intoppare. (5) 贈り物
***
そのまま明け方まで『仕事』をしていたレオが自室に戻り、のんびりと昼過ぎまで眠りこけていると、突然部屋の戸が叩かれた。
アルベルトである。彼はその手になにやら大きな箱を携えており、未だ寝巻にしているリネンのシャツ姿で目を擦っているレオの足元にそれを置いた。
「なにそれ?」
寝ぼけた口調で尋ねると、アルベルトはいつも通りのさっぱりとした口調で答える。
「インフォンティーノ伯爵から、レオ様に贈り物です」
インフォンティーノ伯爵? と一度首を傾げたレオだったが、すぐにその人物が一致した。
「あのひとか……」
一体昨日の今日でなにを準備したというのだ。
溜息をつきながら、レオはその箱を開けるようにアルベルトに指示を出した。
中から出てきたのは、白色の正装である。金色の丸いボタンはつやつやとした光沢を放ち、生地も見るからに上等そうである。華やかではあるが上品な上着の胸元に、アクセント代わりだろうか、きらりと紅く光るなにかがあった。それが宝石だと気が付くのに、そう時間はかからなかった。
これだけ大粒の宝石となると、その価値は凄まじいものだ。レオが唯一持つ宝石・
「婚礼衣装ですね。我が国の正装ではないみたいですが」
何故それがレオの元に? とアルベルトが怪訝そうな表情を浮かべたのに対し、レオはなにやら渋い表情を浮かべている。
「些か気が早すぎるんじゃないか、あの人」
「どういうことです?」
アルベルトは事の顛末をまだ聞かされていないのだ。
レオはしばらく考えた後、意を決して口を開いた。
「実は……」
数秒置いて、アルベルトの驚愕の声が屋敷中に響き渡ったのは言うまでもない。
「アルベルト、大袈裟」
「待ってください、それって大いにまずいじゃないですか!」
まずいよ、大いにまずい。
なにがまずいかと問われれば、前提条件からまずいに決まっているのだが、さすがにアルベルトにそこまで否定されると若干傷つく。
「なにもそこまで言わなくても」
「いいですか、事の重大さがよく分かっていないみたいですから、敢えてはっきり言わせてもらいます! あなたがノスフェラトゥに降嫁されるということは、あなたのプレダトーレとしての地位は間違いなく剥奪されます。最悪検邪聖省に摘発されるかも」
それを聞き、レオははたと目を見開いた。
その反応を目の当たりにし、アルベルトは思わずため息を漏らした。
「……そこまで考えていなかったんですね」
がっくりと肩を落としながら、アルベルトは婚礼衣装を丁寧に化粧箱に戻す。「まぁ、この風習については教皇庁も知っていることでしょうし、上手い具合に手を回せば死ぬことはないかもしれませんが」
「まずいな、我ながら気が動転していたみたいだ」
レオがぽつりと呟いた。「今プレダトーレの資格を剥奪されるのは困る」
しばらく眉間に皺を寄せたまま腕組みした結果、レオは恐ろしく長い息を吐き出した。
「アルベルト、ブルーノに伝言を頼む。伯爵のところに親書を送りたい」
「かしこまりました」
「ついでに、新聞を持ってきてくれると助かる」
「はいはい」
アルベルトが部屋を後にしてから、レオはようやくベッドから降りた。そして、枕の下に手を入れ、そこから短銃を一丁取り出す。
銀の彩光を放つそれは、バレルもグリップも通常のものより少々大きい。グリップとリヴォルバーのちょうど中間あたりに、十字の紋様が彫られた、所謂特注品である。その中に込められているのは、銀で出来た弾丸だ。
この銃は、教皇庁より命を受けノスフェラトゥを狩ることを許された狩人――『プレダトーレ』の証である。
レオは貴族の出でありながら、同時にプレダトーレでもあるのだ。
昨夜は墓守の仕事ではなく、エゼクラートに彷徨うノスフェラトゥを狩るために街中を駆け回っていた。通常であれば一晩で三体ほどを狩り、灰へと姿を変える様を余裕の表情で見守ることができる。しかしながら昨夜はすこぶる調子が悪く、なんとか一体をしとめるまでに至る。
その理由はなんとなく分かっていた。直前の、コルラードとの邂逅に動揺していたのだ。
レオはその銃をじっと見つめ、それから両手でグリップを握る。まるで祈るような仕草は、自分を落ち着けるためのジンクスのようなものだ。
誰がなんと言おうと、レオはノスフェラトゥのもとに嫁ぐことなんかできやしないのである。
性別の違いや種族の違いを抜きにして考えても、どうしても受け付けない理由がレオにはあった。それは、彼がプレダトーレになる理由となった出来事が関連するのだが、それを思い起こす前に自室の扉を叩く音が聞こえた。
アルベルトが、信書の手続きを終えて戻ってきたのだった。
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