第一章 邂逅 Intoppare. (6) 獲物との遭遇

 その夜のことだった。

 墓守として寝ずの番を行うため、レオはひとりで外に出た。


 春先とはいえ、まだまだ夜は冷える。動きやすいシャツの上からショルダー・ホルスターを装着し、上から少し分厚いコートを羽織る。藁の色をしたそれをひとたび羽織ってしまえば、レオがよもや貴族の出であることは誰にも分からない。


 四角い燈籠を引っ提げ、クレメンティ家が代々守り続けている墳墓へと足を踏み入れる。空を見上げると、半分ほど欠けた月がこちらを見下ろしていた。ふ、と息を吐き出すと、唇から白い息がこぼれ落ちてゆく。


 彼はいつものように墓の入り口に腰かけ、じっと神経を集中させる。無暗に動くより、こうして黙っていた方が気配も察知しやすいのだ。これは最早お家芸のようなもので、我ながら獣じみた察知能力だと思う。


 どれくらい時間が経ったろう。

 しばらく黙っていると、突然右の方から一人分の気配を感じた。レオはそっと左脇に手を入れ、その気配の正体を探るべく息を殺す。黒く塗りつぶされた闇を睨めつけていると、なんだかその深い深淵に吸い込まれていくような、不思議な錯覚に陥った。


 春の土を踏みしめる、粘性を帯びた音が数回。


「……こんなところで出会うとは。奇遇だね」


 その声には聞きおぼえがあった。

 コルラード・インフォンティーノ伯爵。ただし、昨日のような正装ではない。やや伸びた前髪は右目を隠すようにして下ろされていたし、服装も全身黒色だ。膝まである裾の長い外套が、夜風になびいて一瞬翻る。


「伯爵?」

 レオは思わず目を瞠り、しかしながら懐に入れた手は降ろさずに立ち上がる。「一体、どうしてこんなところに」


「それはこちらが聞きたいところだね。……ああ、そうか」

 コルラードはちらりと、レオがいる墳墓を仰ぎ、納得した。「今日は君がここの守なのか。眠れる魂に随分不躾なことをしてしまったね。すまなかった」


 そして苦笑しながら、伸びた前髪を掻きあげる。その仕草が、薄氷色の月光に照らされ、なんだか妙に艶めかしく見えた。


「手紙、受け取ったよ」

 そして、いつも通りの声色で告げたのだった。「なかなか、面白い文章を書くじゃないか。丁寧なのに文句しか書いていなかった」

「……それは、あなたが気の早いことを仰るから」

「その口調、作りものでしょう? 地で喋りなよ。今ここには君と俺しかいない。誰にも咎められることはないんだからさ」


 それならお言葉に甘えて。

 レオは一度咳払いをし、きっぱりと言い放った。


「おれは、あなたと結婚する気なんかさらさらない」

「うん、そっちの方が君らしいな」

 少しずれた反応を示しつつ、コルラードは数回首を縦に動かした。「まぁ、降嫁についてもね。君の場合突然言われたから戸惑っているんじゃないかと俺は思う。違うかい?」

「だからっ――!」


 そのとき、二人はなんらかの異変を察知し、ぴくんと肩を震わせた。独特の気配と生臭い臭気を複数感じている。肌を刺すようなぴりぴりとした殺気は、二人を囲うようにして発せられていた。


「……ひとつ聞く。伯爵、どうしてここに来た?」

「獲物を追っていたらここまできた。それと俺のことは名前で。是非」


 やっぱり、とレオは肩を落とし、おもむろに懐から銃器を抜いた。


「細かいことは後から聞くとして。倒していいんだろう?」

「勿論」


 それなら話は早い。

 レオは安全装置を解除し、右斜めに向けて一発発砲した。


 遠くの方で重たいものが倒れる音がする。それを合図に、頭上から人間の姿をした塊が四体ほど襲いかかってきた。辛うじて人間の形だけは残っているが、その落ちくぼんだ瞳や唾液を垂れ流し一心不乱に生者へ襲いかかる様は、まったくもって怪物じみている。

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