第一章 邂逅 Intoppare. (2) カルナーレ
***
エゼクラート領は古くから墓守が囲われてきた、俗に言う「忌地」である。どうしてそうなったのか、由来は定かではない。この領地には国内から集められた墓地が数多く存在しており、領民はそれを管理することで生計を立てている。
それは領主の一族であるクレメンティ家も例外ではない。彼らもまた、領地を治める傍ら、上皇貴族の亡骸を守ることを常としている。
そんなエゼクラート領では、今でも他の領地とは異なり、数々の風習が根付いている。墓守であるが故のものが大半であるが、その中でも特に一風変わった儀式がある。
それが、ノスフェラトゥへの降嫁である。
ノスフェラトゥとは、生き血を飲むことで生き長らえる、いわゆる吸血鬼のことだ。記録によると、彼らがエゼクラート領へ姿を現したのは今から約五〇〇年前。かねてより、ノスフェラトゥは民衆を襲いその生血をほしいままにしてきた。
そんな魔の手から民衆を救うべく立ち上がったのが、「カルナーレ」と呼ばれる一族である。
カルナーレの体内に流れる血液は、たった一滴であらゆる病気を治すことができる妙薬である。そんな希少な血液は、人間だけではなくノスフェラトゥからしても喉から手が出るほど欲しい至高の一品でもあった。
――一〇〇年に一度、一族の中からカルナーレをひとりだけくれてやる。血を独占することを赦す代わり、民衆には決して手を出してはならない。
当時ノスフェラトゥを統べる者に対しそう宣言したのが、バルトロメイ・クレメンティ。彼はエゼクラート領の主であると同時に、カルナーレでもあった。
その末裔であるレオも、一族の中で特に血の濃いカルナーレである。その証拠であるカルナーレだけが受け継ぐ稲穂色の瞳。血の種類を一瞬で嗅ぎ分ける嗅覚。そして最も顕著なのが、異常なまでに速い身体の治癒速度。少しの切り傷なら、ものの数分で痕が消えてしまうまでに快復してしまう。
先述の彼の苦悩は、そういった見た目の美しさと内面の特殊性によりもたらされたものなのである。
ただ、彼は平穏に墓守を続けたいだけなのだ。それなのに、どうしてか彼に関わる人間たちはそうさせてくれない。
――結局、おれはいいように使われているだけだ。
レオは目を伏せ、小さく嘆息を洩らした。
その様子を見て、斜め後ろを歩いていたアルベルトが声をかけた。
「お疲れのようですが、取りやめますか?」
「いや、大丈夫。悪いな、心配をかけた」
肩越しに振り返り、苦笑しながら言うと、アルベルトは褐色の瞳を心配そうに細める。
暗い灰色をした短髪に、レオよりやや高い身長。一応同い年で、生物学上同じ性別であるのに、こうも違った印象を受けるのだなぁ、とレオは彼を見るなり毎度のことながら感心してしまう。その几帳面な性格も己にはないもので、だから余計に羨ましく思う。しかしながら、その過保護なところはどうにかならないか。
「それにしてもブルーノがおれを呼び出すなんて、全くもって嫌な予感しかしないな」
レオの口ぶりに、アルベルトも同感と言わんばかりに肩を竦めた。
「アルベルトはなにか聞いているか? せめて誰が来るのか、とか」
「いえ。俺も詳しくは分かりません」
だよなぁ、とレオは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
そうでもなければわざわざ小奇麗な服など着たくない、がレオとアルベルト共通の見解だった。
一応曲がりなりにも貴族であるにも関わらず、贅を好まないのがクレメンティ家の特徴でもある。
「おれも別件で『仕事』があるから、できればさっさと終わらせたいんだけど」
そう言いながら、彼はそっと窓へと目を向けた。
時刻は夕方。西の空が真っ赤に燃え上がり、徐々に暗くなってゆく。これからが、この領地の本当の顔だ。「弔いの都」が最も栄える夜間、レオの仕事もまた例外ではなかった。
「あれ、今日は『そちら』でしたか?」
アルベルトが尋ねるので、レオは短く頷く。
「わざわざ起きていなくてもいいからな。帰りは明け方だ」
「別にあなたの帰りを待っている訳じゃないですよ。ただ、俺の朝が早いだけです」
それは口実だ、とレオは思う。
夜に外出して帰ってくると、このアルベルトという男は絶対に起きていて、レオのことを出迎えてくれるのだ。どんなに半端な時間に帰ってきても、だ。
お前がおれを心配するのは分かるが、おれがお前を心配していることくらいいい加減気付いてくれないか。そう言いかけて、レオはその言葉を飲み込んだ。
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