第三章 魔力の目覚め(400~190万年前)

 あなたは魔法とは何か、と聞かれたらなんと答えるだろうか。

 何もないところから何かを出す技術。球体を使った現象。答えは色々あるだろうが、厳密には「魔力の変換に伴う現象」である。

 魔力の源は月光である。月光に含まれるブルーツ波を物質が浴びる事で魔力粒子が生成される。魔力粒子は通常の方法では質量を観測できず、目にも見えない。生物も無生物も関係なく、人族も、木も、土も、空気でさえ、月光を浴びる全ての物質は魔力粒子、つまり魔力を持っている。しかし消費はできない。魔力は重力の影響を受けにくいため、消費されずに蓄積された魔力はやがて地球から溢れて宇宙空間に放出され、久遠の彼方に消えていく。

 魔族の細胞はこの魔力をエネルギーに変換するように変異を起こした。単純なエネルギー変換であり、炎や雷が出るわけでもなく、時間を操れるわけでもない。分かりやすく表現するならば、食糧からカロリーを得る代わりに、魔力からもカロリーを得られるようになっただけだ。しかし基本的であるがゆえに重大な変化である。細胞の変異によってようやく「魔」族の名に相応しい種族に進化したと言えるだろう。これまでの魔族は人族と比較して魔族と呼称していただけであり、魔族を魔族たらしめる特徴は何一つ持っていない。学会でも細胞変異以前の魔族の祖先に対する呼称を改めようという動きが活発化しつつある。読者諸兄がこの本を目にする頃には、もしかしたら既に名前が変わっているかも知れない。

 なぜ細胞に変異が起きたのかは未だ分かっていない。ウイルスのせいだとも、突然変異だとも、放射能の影響だとも言われている。一時期は宇宙人の改造手術を受けたのだという荒唐無稽な説すら提唱された。とにかく、この頃に変異が起きたのは間違いない。それは化石からも明らかである。

 この頃の魔族の化石は主に森林地帯であった場所から発見され、ルナ・ペデスティアヌ(月の下を歩く者)と命名されている。魔力は月光によって生成される。ルナ・ペデスティアヌは効率よく魔力を生成しエネルギー源にするため、夜行性になったのだ。果物や木の実、獲物を探して動き回るよりも、夜間に月光浴をするだけで腹が膨れるのならそちらの方がずっと簡単である。

 ルナ・ペデスティアヌは新しく獲得した能力に大いに頼り、適合していった。効率よく全身で月光を浴びるため、毛皮を身につけず、再び全裸で暮らすようになった。このため寒さへの適応力が下がり、温暖な地域にしか生息できなくなった。また、平原から森林地帯に生息域を戻した。まるで退化したような変化だ。


 ところで、魔法には必ず発光が伴う。詳しくは魔法学や物理化学の領域の話になるため割愛するが、この発光は必ず起こり、防ぐ事はできない。ルナ・ペデスティアヌが獲得した魔力→エネルギーの変換も魔法であり、発光を伴う。これが彼らを困らせた。

 食物を消化し、エネルギーを取り出す行為は意図せず勝手に体が行う不随意運動である。消化したくないと思っていても、胃腸の機能を止める事はできない。それと同じようにルナ・ペデスティアヌの魔力変換も自動的に行われる。月光を浴び魔力を得ると、勝手に細胞が得た魔力の変換を行う。つまり、月光を浴びると光るようになってしまったのだ。それも効率よく月光を浴びて魔力を獲得するために全裸であったから、全身が発光していた。

 月光は夜間にしか浴びられない。そして夜間の発光は大変目立つ。蛍の光よりも光量は少ないが、火すらない400万年頃の世界ではそれでも目立ちすぎた。誘蛾灯のように肉食獣を引きつけただろう。これに対し、ルナ・ペデスティアヌは樹上に避難した。高い樹上は地上よりも更に目立つが、地上も観察しやすい。外敵から「身を隠す」よりも「発見し、逃げる」事を選んだのだ。何しろ月光浴をしているだけで腹が満ちるのだから、それだけでエネルギーの全てを賄えないとしても、餌探しに必要な時間は大幅に少なくなる。木から木へと外敵から逃げ回り、少し果物や木の実を食べるだけで事足りた。もしかしたら、高所で木の枝などを折り取り、投げて牽制したり、追い払ったりもしていたかも知れない。


 340万年前には、夜目が効くように更に適応進化を進めていた。人族と魔族の目は構造は同じである。違うのは光を捉える視細胞の比率だ。眼球は錐体細胞と桿体細胞という二種類の視細胞で光を捉えている。錐体細胞は色を認識し、強い光でよく働く。人族が明るい場所で色をはっきり認識し物をよく見る事ができるのは、この錐体細胞を多く持っているからだ。一方、桿体細胞は色を認識できず、弱い光でよく働く。魔族の夜目が効くのはこの桿体細胞を多く持っているからだ。色は上手く認識できないが、人族が真っ暗闇だと感じる暗さでも、髪の毛一本まではっきり見る事ができる。魔力変換に伴う発光により、目立つ事は避けられない。敵に見つかるよりも先に敵を見つけるのは種の存亡がかかった課題だった。夜間視力の向上が無ければ魔族は絶滅していただろう。

 また、骨に残された色素細胞の痕跡から、当時の魔族は色素をほとんど生成していなかった事が明らかになっている。これによて肌と髪は白くなり、瞳は血の色が浮き出て赤くなった。白色は月光に含まれるブルーツ波の吸収率が最も高く、魔力生成効率が良い色なのである。


 300万年前になると、魔族の頭部に変化が起きた。この頃の魔族はチークム・カプト(丸頭)という。魔力変換細胞が頭部に集中し、頭蓋骨は球形に近づいた。魔法現象においては、変換効率、貯蔵率、精密性などあらゆる面において球体という形状が最も優れている。楕円形であった頭部は、より魔法に適した球体への変化したのだ。チークム・カプトは全身で月光を浴び、得た魔力を球形の頭部に送り、効率よくエネルギーに変換。得たエネルギーを今度は全身に送り返した。こうして魔族は更にエネルギー事情を改善させた。

 1888年、ルイジアナ州リーズビルの崖崩れの跡から偶然最初のチークム・カプトの頭骨を見つけたジョナサン・ジョウスタア少年は当初新種の猿の骨だと思い、近くの大学の考古学研究室に持ち込んだ。ジョナサン少年の勘違いからも分かるように、現代の魔族の頭蓋骨は球形ではない。更なる変化が起きたのだ。


 チークム・カプトは頭部で集中して魔力変換を行った。これにより全身が光る事はなくなったが、代わりに頭部が光るようになった。エネルギー事情は改善したが依然として外敵の脅威は大きい。結局100万年以上続いた発光問題を解決したのは、270万年前に誕生したウェルドロナス・クラスズカプト(ウェルドロンの石頭)だった。

 ウェルドロナスは現代の魔族と同じ分厚い頭骨を持っていた。変換細胞を頭蓋骨内部に集中させ、頭蓋骨の骨を厚くする事で物理的に体外に漏れる光を遮断したのだ。厚い頭蓋骨の中に球形の空間を作り脳と変換細胞を収納したのである。耳骨や眼窩後壁も発達し、耳や目、鼻から光が漏れる事もない。ウェルドロナスの頭蓋骨は現代の魔族よりふた回りも小さいが、外形はよく似ている。頭蓋骨の厚みに上下左右で差があるため、一見して人類のものとも似ている。外観が似ているだけで、骨の厚さは段違いだが。

 頭蓋骨の変化に伴い特筆すべき事は、生息地の変化である。ウェルドロナスは発光しなくなり、夜間も目立たなくなったため、再び地上に降り平地に進出を始めた。実に130万年ぶりの地上である。祖先よりも優れた身体機能を獲得して地上に再挑戦したウェルドロナスは多いに生息域を広げた。この頃から魔族の化石の発見数は増加していく。チークム・カプトの化石標本が2個体であるのに対し、ウェルドロナス・クラスズカプトの化石標本は8個体も発見されている(西暦2015年時点)。


 ウェルドロナスの誕生は魔族の命脈をまたしても辛うじて繋ぐ事になった。

 260万年前、70万年間続く事になる氷期が到来しアメリカ大陸の気温は大きく下がった。森林は後退し、食糧は減少。ここでウェルドロナスを除く魔族の近縁種族は全て絶滅している。当時の化石には生存競争の厳しさが如実に表れ、骨は細く脆く、明らかに栄養不足による成長阻害の痕跡が見られる。肉食獣の牙の跡がついた頭蓋骨も複数見つかっている。ウェルドロナスが平地に進出し、より広い土地に適応していなければ、魔族の血脈は途絶えてしまっていただろう。

 ウェルドロナスの誕生によって、魔族という種は過酷な氷河期にも安定して耐えうるある程度の完成を見た。しかしまだ大きな変化が残っている。


 次の章では、魔族の身体構造における最後にして最大の変化、テレパシーの獲得について見ていこう。

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