二章 ナイトメア
一話 夏だ! 海だ! キスジカンテンウミウシだ!
日富野家は特別裕福な家庭ではない。
専業主婦の母は暇な時間をパートで稼ぐよりママ友とのランチやワイドショーを観る時間に当てているし、中堅商社に勤める係長の父はそこそこ稼いでいるものの、自宅のローンの支払い、保険料、日々の生活費、息子の――――つまり俺の学費などに出費し、更に晩酌の酒代ツマミ代にも使う。俺を大学に出す程度の貯蓄はあるようだが、散財はできない。
その悲しい証拠に小遣いも月二千円と決して多くなく、やりくりに苦労する。
今年は予想外の出費が多かった。札をおかずに銭を食って育ったようなアリスとかいう金持ちの権化を相手に立ち回り、乏しい小遣いと貯金を使い果たしてしまった。メダカ一匹買う金すら残っていない。
長宗我部に夏休みの内に沖縄へ行こうと誘われていたのだが、宿代どころか飛行機代もない。夏休みも残り一週間、バイトをして金を貯めて……では間に合いそうもない。これは断念するしかないか、と諦めていたところに、一通の封筒が届いた。
「どうしたこれ、懸賞でも当てたか?」
とはポストから封筒を回収してきた親父の言だ。
見るからに上質な白い紙は触った感触すら百枚幾らのものとは違う。宛名は書道コンテストで見るような筆致で書かれた「日富野 明 殿」。
裏返すと驚く事に蝋で封がされていて、印が捺されている。ここまで古風な手紙はもはやファンタジーの領域だ。懸賞には応募した覚えがない。そしてこんな大仰な事をしそうな奴は一人しかいない。
蝋に刻まれた印は「ALICE」のロゴ。差出人は「有栖河 夢子」。日本有数の大財閥のお嬢様からの手紙だ。
「いや、知り合いからの手紙」
「知り合い? 有栖河企業にか? いや待て、差出人の苗字が有栖河という事は」
「ああまあ何というか、有栖河トップの娘」
「何!?」
親父が辞書の「驚愕」の欄に写真を載せたいぐらいわかりやすく驚いている。そんなに驚く事か? ……驚く事だな。農民の息子が唐突にお城の姫様から書状を貰ったようなものだ。冷静に考えると訳が分からない。
「おいおいおい、何をどうすればそんなツテができるんだ?」
「夢で、いや、あー、偶然! 偶然会って色々あった」
「菓子折り……菓子折り持って挨拶に行くか? 家はどこだ? 東京か?」
「落ち着け親父。そんな事しなくていい」
「バカ野郎ッ! 挨拶は社会人の基本だぞ! 大人になるとこういう細かい事に気が回るかどうかが大きいんだ、覚えとけ。有栖河なんて大企業相手に失礼があったらどうなるか」
親父は朝刊を握り締めて身震いした。大企業の闇を怖がり過ぎではないだろうか。高校生が本邸に夜間潜入しても無事だったぞ。
「そういう堅苦しいの嫌いな奴だから」
「そうか? うーむ」
適当な嘘で言いくるめて父の追求をかわし、さっさと二階に上がり自分の部屋に入って鍵をかける。
さて。
「あの
疑問が口をついて出る。
有栖河夢子=アリスとは基本的に
まあそれは良い。手紙ではなくスーツに拳銃を隠した黒服が送られてきたら問題だが。
わざわざ手紙を送ってきた目的が分からない。連絡なら
爆弾か毒物でも送りつけてきたのかと明かりに透かしてみるが、怪しい影は見えず、封筒越しの感触からして内容物は精々紙が数枚といったところ。
高級な紙で仰々しく連絡をして上流階級アピールでもしたいのだろうか。金持ちが考える事は分からない。ゴミ箱に放り込んでも良いのだが、ここ数日はドラゴンに睡眠時間を中途半端に削られ生殺しで甚振られているアリスを見ていて多少は溜飲が下がっているのも確かだ。見てやっても良いか、と寛大な気分になる。
よく研いだヴェロキラプトルの爪の化石をペーパーナイフ代わりに開封すると、中から一枚の折りたたまれた便箋と一枚のチケットが出てきた。
「…………」
中身に目を通し、絶句した。
便箋には沖縄の別荘に招待してやるから来いよ、という内容が明朝体で軍部の召還命令の如く印刷されていた。そういえばアリスはこういう奴だった。
チケットは航空券。文面から察するに、どうやら長宗我部から沖縄行きの予定がアリスとの小競り合いのせいでポシャッた事を聞いたらしい。今までの確執は水に流し、今後の友好の証として、という事のようだが……
全然反省してないぞこいつ。
俺の予定を聞きもせず日時指定で二泊三日の召還命令。上から目線で「水に流す」などとほざき、上っ面の友好の証を突き出してくる。
俺の立場も考え方も気持ちも全く考えていない。
償って仲良くなりたいなら、まずは地面に転がって腹を見せる事だ。そうしたら俺が腹に甘噛みして心身共に上下関係をはっきりさせる。
そして友好の証といったら毛繕いだ。人間には残念ながら髪しか繕えるような毛が生えていないので、懇切丁寧に俺の髪を繕う事だ。鼻を擦り付け合っても良いが、それはもっと仲が深まってからになる。
……いや、人間を甘噛みしても毛繕いしてもあまり嬉しくない。毛も鱗も無い顔についた鼻と接触するなんてゾッとする。はーっ、これだから人間は!
手紙をゴミ箱に投げ込み、ニクスにメールする。
『アリスに【次ナメた手紙送ったら耳からブルーギル食わせるぞ】と伝えて殴っておいてくれ』
『殴っていませんが伝えました。長宗我部さんは行くようです』
『あいつはアリスの事をクズクズ言いながら普通に餌に釣られるから困る。プライドは無いのか』
『ヒプノスはどうしますか?』
『行くわけねーだろ死ねって伝えてくれ』
『二日目にホエールウォッチングがあります』
『そんなの行くに決まってるだろふざけんな!』
行く事にした。
「夏! 海! 白い砂浜! お! き! な! わーッ!」
黒のビキニに着替えたニクスが、青い空に輝く太陽に両腕を広げた。長い黒髪とパレオが南国の熱い風にはためく。
「向こうの岩からこっちの岩までの砂浜が私のプライベートビーチよ。特別に自由に使う事を許可してあげる。感謝しなさい」
偉そうに胸を逸らせるアリスはALICEのロゴ入りの黒いサメ肌競泳水着を着ていた。ショートカットの髪に引っ掛けられたゴーグルが夏の太陽に反射して光っている。
「はあーっ美少女二人の水着! 肌色が太陽より眩しいぜ! 我が世の春、いや夏が来た! なあ明!」
海パン一枚の長宗我部は海も砂浜もそっちのけでニクスとアリスをガン見していた。
「エラが無い。やり直し」
「……人生を?」
「人生を。特にアリス」
クロマグロにでも生まれ変わればアリスも少しはマシになるだろう。ニクスは……肺呼吸のままでもいい。
そもそもエラもヒレも無い二足歩行陸上生物が泳ごうとするのがおかしいのだ。エラかヒレを増設するのは何もおかしな事ではない。
足ヒレとシュノーケルをつけて熱く焼けた砂浜を波打ち際へ向かう。振り返ると、ビーチパラソルを設営していた俺と長宗我部の両親が、このプライベートビーチ付属の別荘の管理人の老人と頭下げ合戦をしていた。
飛行機チケットは家族単位で送られていたため、日富野一家三人、長宗我部一家三人、ニクス、アリスの計八人で沖縄へ来た。昼に那覇空港に到着し、送迎の車でアリス個人所有の別荘に移動。夕方まで早速ひと泳ぎする事になった。大人組は飛行機疲れがあるようで、今日はパラソルの下でのんびりするらしい。
「じゃん。ヒプノス、どう?」
砂浜を駆け寄ってきたニクスが少し照れながらルーン文字模様のパレオをとって水着を見せてきた。おお、と長宗我部が前のめりになる。
文字通りアイドル顔負けに可愛いニクスだが、水着になるとスタイルの良さも良く分かった。筋肉や鱗は無いが、無駄な肉もなく、しなやかな凹凸を作る肢体は優美なネコ科の獣を思わせる。夏の風に浚われる黒髪は鴉を想起させる濡羽色で自然と目を惹きつけられた。肌色を隠す黒のビキニはパンダの模様のようだ。
なぜホモ・サピエンスなのか不思議なほど可愛い。俺は手放しで賞賛した。
「人間じゃないな」
「え!? ……あ、うん。ありがとう」
ニクスは一瞬ショックを受けた顔をした後、はっとして、もやっとした様子で礼を言った。
「霞ー! 何してるの? サンオイル塗りなさ……塗って頂戴!」
「はい、ただ今! ごめん、ちょっと行ってくる。ヒプノス、水着もカッコイイね。似合ってるよ! 長宗我部さんも」
ニクスはぽんと俺の肩を叩き、長宗我部に笑いかけると、シートの上に寝そべっているアリスの元へ駆けて行った。
忙しい奴だ。聞くところによるとブラック企業もかくやという劣悪な環境は改善されたらしいが、まだ以前の専属メイド的関係は変わっていないようだ。
波打ち際に足を踏み入れると、水飛沫が全身にかかった。柔らかい砂が波にさらわれ足元で崩れていく。この感覚、人工プールでは味わえない。興奮してきた!
腹這いになってズルズルと深みまで進み、泳げる深さになったらゆったりと遊泳を始める。海底に沈んだ海草の屑や木の切れ端、割れた貝殻が素晴らしい。忌々しい事にガラス瓶が沈んでいたが、その縁に小さなイソギンチャクが付着しているのを見つけてほっこりした。自然は強い。ちょっとやそっとの人工物汚染はものともしない。
海底を這っていたキスジカンテンウミウシをつついて遊び、スズメダイの群れを遠巻きに観察していると大きな影が近づいてきた。
「何かいる?」
一瞬人魚かと思ったがニクスだった。顔にかかった髪を後ろに払い、興味深そうに俺の足元を覗き込んでくる。
「キスジカンテンウミウシとスズメダイがいる。アリスの世話はいいのか」
「ヒプノスの所に行っていいって」
そう言って、俺の耳に口を寄せて囁く。
「あと内緒なんだけど、ドラゴンをなんとかするように説得して来いって言われてる」
「無理」
アリスは毎日ドラゴンに焼き殺され、絶妙な睡眠不足に苦しんでいるらしい。一日あたり三時間程度は寝かせて貰えているようだが、その中途半端な睡眠が逆に睡眠不足の辛さを助長しているという。是が非でも抜け出したいだろう。しかしもちろん助けるつもりはないし、助ける事もできない。
アリスは財閥令嬢。恐らく傘下の企業にもいるであろう、睡眠不足に苦しむ末端社員の気持ちを知っておくのが今後のためになる。かわいそうだがこれも勉強だ。ああかわいそうかわいそう。
俺の即答にニクスは苦笑いしていた。
「うーん、頭の隅には入れておいて欲しいかな。お嬢様も反省してるし。ヒプノスに任せるけど」
「馬鹿馬鹿しい……」
反省しているならニクスに任せず自分で頭下げに来い、という話だが、ドラゴンに強迫されても折れなかった驚異のプライドの持ち主に言っても耳を貸さないだろう。
不毛な話はさっさと切り上げるに限る。
「ニクスもキスジカンテンウミウシ見てみろよ。生のキスジカンテンウミウシ見る機会はそう無いぞ。キスジカンテンウミウシは分かるか? 5cmぐらいの白に黄色のスジが入ったウミウシだ。ほら、シュノーケル貸してやるから。付け方は分かるよな。ニクスの足元の前1mぐらいに茶色い石あるだろ? そこの影にいる。キスジカンテンウミウシは別に珍しいウミウシではないんだが、沖縄周辺にしか生息していないしそこにいる奴みたいに見つけ辛い場所にひっそりいるから見つかったのはラッキーだ。ウミウシは地味な奴もいるが色鮮やかな種類が多くてな、毒々しいと感じて嫌いになる人間もいるが美しいと感じる人間も少なくない。キスジカンテンウミウシは白と黄色のシンプルな二色でウミウシの魅力を知る入門としては丁度いい。キスジカンテンウミウシを通して人間が作った芸術品を超える自然の賜物であるウミウシの美しさに気づいて貰えると俺としては嬉しい。俺もドラゴンを想像するために色々一流の芸術品は見てきたが結局自然の生き物が一番なんだよな。そもそも人間が作る芸術品は自然や生き物をモチーフにしたものが多い。それならその大元のモチーフである自然を直接見た方がより深く美しさを知る事ができるって寸法だ。キスジカンテンウミウシも然り。絵の具混ぜてごちゃごちゃ美しい色合いだのなんだのを追求するよりこうやって自然界に生きるキスジカンテンウミウシの天然色を観察した方がよっぽど有意義だと思わないか?」
「う、うん。……もう一生分キスジカンテンウミウシって名前聞いた気がする」
ニクスはシュノーケルを付けて海中を探し、しばらくしじっとした後顔を上げた。
……あまり機嫌は良さそうではない。好みに合わなかったか。
「どうだ」
「これなら海蝉の方がまだ好きかな。沖縄にも海蝉っている?」
「は?」
「え?」
ニクスはシュノーケルを額にひっかけてきょとんとしている。冗談を言っている雰囲気ではない。
お前は何を言っているんだ。
「海蝉は
「あれ、そうだっけ?
「それも
「それはそうなんだけど……」
どうやら本気で言っていたらしい。急にニクスの頭、というか心が心配になってきた。
前々から危惧していた事だが、
俺達は
夢と現実を往復できる
「大丈夫かニクス。
「いやいやいやいやそんな事ないって、ヒプノスが向こうで見せてくれた幻獣がすごくリアルで、こう、
「あーやっぱり? そうか、完成度高過ぎるからな! それは仕方ない! 滲み出ちゃってるからな存在感が! いやぁごめんな、リアルに創り過ぎてな! ニクス、後でどうぶつビスケット奢ってやろう」
「あ、ありがとう」
危ないかと思ったが大丈夫そうだ。俺が幻獣をリアルに創り過ぎたのが悪い。幻獣はリアルで当然。つまり何も問題はない。ニクスの勘違いは出来の良すぎる食玩をうっかり食べようとしてしまったようなものだ。製作者冥利に尽きる。
「まあニクスも魔術のガチっぷりは相当だからな。出来の良い手品を魔法と偽って見せられたら俺もニクスの仕業だと勘違いするかも知れん。魔術は詳しくないが雰囲気出過ぎなぐらい出てる」
「そう? それはちょっと嬉しいかな、本物の魔女に近づけたみたいで。勘違いというか思い込みは魔術的には大切で、世界的にも同一視によって神秘性の獲得を目指す魔術体系は多くてね、神と同じ格好をする事で神に近づくとか、偉い人にあやかろうとする文化がそうだし、貨幣に偉人の名前とか顔を彫る文化も示威以外に魔除けの意味もあってそれが現代に名残を残してる。例えば沖縄だと現代まで霊媒師が職業として残ってて、あ、これは魔術というより呪術系統なんだけど、霊感を通じて神や霊から託宣を受け取る形で――――」
ニクスから琉球土着の呪術師について論文が書けそうなほど大量の知識を流し込まれながらながらたっぷり海の生き物観察を楽しみ、日が沈みかけているのに気づいて陸に上がると、いつの間にか長宗我部とアリスが砂でタージマハルを作っていた。二人共揃って腕を組みやり遂げた顔をしていたが、陸に上がった俺を見た長宗我部が夕暮れに気付き、仕上げにタージマハルを蹴り壊しアリスに罵倒された。
「あなた馬ッ鹿じゃないの!? この愚民! 低脳! 産業廃棄物! せっかく作ったのに!」
「かーっわかってねぇな! 砂遊びはぶっ壊すまでがワンセットだろ」
「はあーっ!? 私の砂浜に作った以上私の財産! それを勝手に壊すなんて財産権の侵害よ!」
「ざけんな腹黒小娘設計も基礎も俺がやったんだぞ! 物権も知的財産権も俺帰属だ! てめぇ頼んでもないのに勝手に寄ってきてチマチマ削って弄ってただけじゃねぇか!」
「あなたに出来ない繊細な作業をやってあげたんでしょう! それを理解できないなんて可哀想ね!」
「うるせぇ黙れ軟弱! どうせお前ナイフ一本で無人島に放り出されたら三日も生きれないだろ! 人に寄生しないと何も出来ないカスが調子乗ってんじゃねぇ!」
上から目線で痛烈に罵倒するアリスに、長宗我部が大人気なく言い返している。ニクスはびっくりした様子で、もう仲良くなったんだ、と呟いていた。
……そうか? 喧嘩するほど、ということわざはあるが、普通に相性が悪いように見えるぞ。
しかしせっかくなので俺も破壊に参加する。足ヒレを脱ぎ捨て助走をつけて半壊したタージマハルに飛び蹴りを食らわせ粉砕。アリスの全身に盛大に砂をぶちまけた。
文明を破壊し自然に還す悦びを味わっていると、アリスがぷるぷる震え物凄い目つきで睨んできた。涙目ではない。中学生がする目でもない。あれは臣下に反逆され車裂きの刑を超える残虐な刑で処してやろうと怒りを燃やしている目だ。帝王の目だ。
いや、確かに俺達も少し大人気なかったが怖すぎるだろこいつ。
砂まみれで長宗我部と視線を交わす。アリスが中学生にしては低身長なのも相まって、砂場遊びをしていた女子小学生に男子高校生二人が乱入してぶち壊しにしたような図式になっている。これは外聞が悪い。
ニクスはアリスの髪をタオルで拭おうとして寸前で止め、かなり迷ってから一歩下がって傍観の姿勢をとっていた。口元を手で押さえてあからさまにハラハラしている。心を鬼にして娘の独り立ちを見守る母狼のようだ。
少しハシャぎ過ぎたかも知れない。頷き合い、一応形式的に謝っておこうと決まったところで、機先を制してアリスが言った。
「こんな事していいのかしら? 御両親にホストに乱暴してるのを見られたら都合が悪いんじゃない?」
髪と顔についた砂を手で払い、親指でビーチパラソルの方を指してふてぶてしく笑った。そちらに目をやると、親父が険しい顔で腰を浮かせかけているのが見えた。親父にはアリスを個人的な知り合いだと紹介してある。
謝る気持ちが吹き飛び怒りで手が震える。陰湿な脅し使いやがって、本当に関係を修復する気があるのかこいつは。反省しているなんて嘘だ。
長宗我部の父がこちらを見ながら眉根を寄せて親父とヒソヒソ話している。ここで暴力や暴言に訴えたら大人からの制裁は間違いない。
畜生、ここが
「分かった分かったすみませんでしたこれでいいんだろ」
「どうせ謝礼出せとか卑しい事言うんだろ今度カニパンの足やるからそれで手打ちにしてくれ」
俺達は思いっきり舌打ちしてからほんの少しだけ頭を下げて形だけ謝りつつ煽った。アリスは無言で俺達のつま先を踵で踏みつけてからずんずん別荘に向かって歩き去る。それをタオルを持ったニクスが追いかけていった。よし、和解!
体重が軽いからか踏まれた箇所は全然痛くない。長宗我部がタージマハルの残骸を足で崩してならしながらぼやいた。
「ほんと可愛いのは顔だけだよな」
「ニクスの方が可愛いだろ」
「ああ。……ああ? どうした、明が人間褒めるなんて珍しいな」
「ニクスは人間の顔じゃないからな」
「お前それ絶対本人に言うなよ……」
「もう言った」
「げ。後で謝っとけよ、絶対意味伝わってないぜ」
「いや通じた」
「マジで? すげーなニクスちゃん!」
ぐだぐだ話しながら片付けを済ませ、ビーチパラソルを撤去していた大人組と合流して俺達も別荘に撤収した。
料亭のような品数が多く量が少ないお上品な海の幸尽くしの夕飯を済ませ、長宗我部とニクスを誘い広々とした居間のテーブルでトランプを広げ大富豪と洒落込む。大人達は別室で酒盛りをするらしい。途中でアリスが我が物顔で乱入してきたので叩き出そう思ったが、乾燥させたフグの中に蝋燭を入れた提灯を照明代わりに持ってきた多大な功績に免じて参加許可。うむ、うむ。アリスも中々分かってきたではないか。こういうのでいいんだよ、こういうので。
「革命!」
「革命返し。8流し、ジョーカー、2トリプル、エース。はい上がり」
「おい馬鹿やめろ」
革命を潰された長宗我部が青ざめる。アリスは十連続大富豪という帝王の貫禄を見せつけていた。
アリスはクズだが、実際相当優秀なのは認めざるを得ない。
天はこいつに二物も三物も与えたが、一番肝心な性格は与えなかった。アリスを見ながら世の無常を嘆いていると、何を勘違いしたのかパジャマ代わりらしい黒のスウェット上下を見せびらかしてきた。
「あら見惚れた? 褒めてもいいのよ?」
「普通の人間の美少女って感じだな。その辺り探せば転がってそうだ」
「可愛いけど心の汚さが言葉と顔に出てる。マイナス。服のチョイスが残念で更にマイナス」
「これだから機能美が分からない庶民は。かわいそうだわ。ねぇ霞」
「二人にも一理あります。お嬢様は可愛らしいですが、言動に気を付ければもっと魅力が引き立ちますよ」
「最近反抗的になったわね……」
「いいえ、これは諫言です」
「……まあいいけど。ほら貧民、早くカードを献上しなさい。褒美にゴミカード恵んであげるから」
諫言されたそばから暴言を吐いていくスタイルには一周回って感心しそうになる。清々しいぐらい自分のペースを崩さない奴だ。
「次タロットやらない? やり方は教えるから」
目を輝かせてタロットカードを取り出したニクスもマイペースだった。ゆったりした黒のパジャマ姿がサバトに参加する魔女にしか見えないのはわざとだろうか。
その後もダーツをしたり、チェスをしたり、夜食の腕を披露し合ったり、窓の外にやってきた狸に餌付けを試みたり、そこそこ盛り上がり、夜はふけていった。
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