14話 夢見てんじゃねーよ
俺は激怒した。必ず、かの邪智暴虐のニクスを除かねばならぬと決意した。
あの幻獣達を
遊びの誘いを断った。流行りのゲームを我慢して小遣いを貯めた。家事の手伝いをして駄賃を稼いだ。図書館の司書さんに頭を下げて何度も本を探し取り寄せて貰った。生物学の教授に無理を言ってお願いした。自費でパスポートを取り、連休を使って海外に行った。
何か飛び抜けた行動を取った訳ではない。法律は犯していないし、大金と呼べる大金を費やしてもいない。一つ一つをみれば大した事はない。
だが、十年だ。十年も積みかせねてきた。
十年! 平仮名も怪しい小学生が、足し算を覚えて、九九を覚えて、日本の歴史を勉強して、リコーダーを吹いて、中学生になって、光合成の仕組みを知って、部活に入って、受験して、高校生になる! それだけ長い時間だ。俺の青春は幻獣と共にあった。今もそうだし、これからもそうだ。
それを! ニクスは! 踏みにじりやがった! これが許せるか!
「ニクスの臼歯引っこ抜くにはどうしたらいいと思う?」
「おお? どうしたいきなりエグいぞ」
返却されたテスト(平均点をやや下回るぐらいだった)を満足そうに眺めていた長宗我部に詰め寄る。
「あの女狐裏切りやがった。最初から俺を利用するつもりだったんだ。例え便所に隠れていても尻尾引きちぎってやる」
「……まあ何があったか話してみろよ。あと人間に尻尾はない」
俺は長宗我部に何があったのか一通り話した。途中何度も怒りで舌が回らなくなったが、根気強く聞いてくれた。
全て聞き終わった長宗我部は少し考え、言った。
「それはボスが怪しいな」
「は? ボス?」
「ニクスちゃんが一人で餌付けと誘拐やってるワケじゃあないはずだ。
「なるほど」
長宗我部は現国54点のテストを折りたたんで鞄にしまいながら続けた。
「捕まえた幻獣をどうするかって問題もある。餌やらないと死ぬだろうし、捕まえたからには飼うか増やすか売るか何か目的があるはずだ。全部一人でやるのはたぶん手が足りない。十中八九、ボスとニクスちゃんは共犯。上下関係から察するに、ボスの命令でニクスちゃんが動いてる。ニクスちゃんはボスに逆らえなくて嫌々やってるだけって事もあるんじゃないか? ちょっと前から挙動不審だったんだろ? 本当にニクスちゃんが根っからのワルで、明に利用するために近づいたなら今更動揺はしない。きっと明を裏切る命令出されて迷ってたんだ」
「…………」
話の筋は通っている。よくこんなにスラスラと推理が出てくるものだ。この地頭の良さをどうして現国に生かせなかったのか。
「つまり全部ボスの仕業って事か?」
「明の話聞いた限りだとそんな印象受けた。あ、でもあんま信じ過ぎないでくれよマジで。俺は探偵でも警察でもないからな? 推理が明後日の方向に迷走してるかも知れん。何か根本的な見逃しがあったり……あ、ダメだ自信なくなってきた。外道慎重派ニクスちゃんが架空のボスを仕立て上げて可哀想な被害者を装ってる可能性もあるのか? そもそも
「おいおい。結局どうなんだよ」
「知るか馬鹿。明から聞いた話だけで全部推理できたら高校やめて探偵になるっつー話だよ。とにかく、一度ニクスちゃんと話し合ってみたらどうだ? それが一番だろ」
もっともなアドバイスに俺は頷いた。
確かにグダグダ想像を膨らませるよりも本人に事情を聞いた方が手っ取り早い。
が、駄目……!
ニクスは徹底的に逃げ回る作戦に出たらしい。野生の本能全開で毎夜探し回っても痕跡を見つけるのが精一杯で、運良く見つけても話しかけた途端に逃げられた。
地面に変身して潜む作戦も上手くいったが、足を掴んで話しかけた途端に物凄い悲鳴と共にニクスはローブの裾を押さえて激しいストンピングをした挙句顔を真っ赤にしてそのまま逃げていった。
苔むして朽ち始めた白骨死体に変身して待ち構えた時は話しかける前に蒼い顔で逃げていった。
何をしても逃げられる。俺は話したいだけなのだが。
「ニクスが逃げるんだ……」
「半分は明が悪いわ」
全然上手くいかないのでまた長宗我部に相談すると呆れられた。解せぬ。
「だけどまあ、アプローチ変えた方がいいかも知れんな」
「ああ、今度は鳥類で行ってみる」
「そういう問題じゃねーよ。思ったんだが、
「それは俺も考えた事がある。しかし
声も容姿も性別も、
しかし小細工に長けた長宗我部の事だ、何か腹案があるに違いない。促すと、長宗我部はつらつらと考えを明かした。
「手がかりの一つは、ニクスちゃんぐらい可愛い奴はアイドルでもそういないって事だ。個人的に調べてみたんだが、メディア露出してるアイドルとか俳優にニクスちゃんと同じ容姿の人はいなかった。という事は、本人がそういう容姿なのか、そういう容姿の人に会った事があるか、だ。ニクスちゃんの容姿を辿れば本人かそれにある程度近しい人間が分かる」
「二つ目の手がかりはニクスちゃんが地元民だって事だ。最初会った時にそう言ってたんだろ? 地元民って言葉がどの程度の範囲を指すかは知らんが、まー市内ぐらいだろ。で、たぶん同年代で、俺達並の変な性癖持ち。これでもう相当搾り込める。仮定と推測も入っててもそう外れてないはずだ」
「それでもけっこう範囲広いぞ。学校が違うだけで相当見つけるのは難しくなる」
「
「いや
「なんでもでもはできないしなんとかする方法思いつかなくて俺に相談してきたんじゃないのか? 手段が増えるのは向こうも同じだ」
グウの音も出なかった。
とにかくニクスを見つけない事には話は進まない……のだが、世の中そう上手く行かない。
俺は獣探しは得意でも人探しは並だ。こういう変な技が得意な長宗我部もちょこちょこ手伝ってはくれているが、学校と勉強がある以上そう時間を割けるものではない。
駅前で以前長宗我部が作ったニクスの似顔絵を片手に張り込みをするとか、それとなく他校の部活風景を遠目に眺めるとか、その程度しかできない。それも精々一日二、三時間。人口50万人の都市を探すには調査時間が圧倒的に足りない。
探偵に人探しの依頼をするという手も考えたが、依頼料が足りない。一日か二日だけならなんとか雇えるが、いくら本職とはいえそんな短期間で見つかるほど目立つなら流石に俺達が見つけている。この際素人でもいいから人を集めて人海戦術で探せれば良かったのだが、残念ながら長宗我部も俺も人望がない。不審な調査の手伝いを頼んで引き受けてくれる奴はいない。
二週間、全く手応えのない調査を続け、流石に疲れてきた。現実でニクスを探し、
諦めるつもりはないが、ここまで進展が無いと流石に凹む。大義が俺にあるのは確かだが、客観的に見ると俺の状況は酷いものだ。ネットで友達になった女キャラに振られ、ストーカーと化し血眼になって身元を特定しようとしている変態クソ野郎と一体何が違うというのか。
長宗我部が近場の高校のSNSに潜り込んで手に入れてきた「美少女がいる」という情報を元に、今日も俺は知らない学校をうろつく。今回はいかにも金持ち学校といった感じの警備が厳しい高校だったため、素知らぬ顔で校内に入り込む手は使えず、近くの喫茶店のオープンテラスで紅茶を啜りクッキーを齧りながらそれとなく校門を見張るだけだ。三日見張って引っかからなければ次の高校を探す予定である。金持ち学校に隣接しているだけあり、この喫茶店は値段が高く財布に響く。ニクスに飲ませて貰った紅茶やクッキーと同じような味がするので、値段相応の質ではあるのだろうが。
既に今日までの調査費はコモドドラゴンの頭骨の値段を超えている。とんだ浪費だ。
スマホでお気に入りの絵師のドラゴンの絵に2000字ぐらいのコメントをつけながら校門をチラ見する事一時間。
「!?」
俺は校門を二度見した。セーラー服を着た美少女が、小柄な女子の後ろについて門の守衛に頭を下げて出てきた。
一目で分かった。あの骨格、あの髪質、あの歩き方。間違いない。ニクスだ!
髪の色は黒で、ポニーテールではなくストレート。ローブではなくセーラー服。細かい差はあるが誤差のようなものだ。
思わず立ち上がったが、長宗我部の言葉を思い出して座った。「見つけてもいきなり話しかけるな」。
不審者扱いされて通報されたら詰む。話しかけるのは会話を拒否できず、逃げられない状況を作ってからだ。
……ますます変質者じみてきた。
ハシビロコウ並の眼光でじっと観察する。ニクスは校門前に乗り付けた映画でしか見ないような長く黒い車のドアを恭しく開け、先に小柄な女子を乗せ、自分もそれに続いて乗車した。窓にはスモークがかかっていて中の様子は分からない。車は二人を乗せると静かに発車する。
俺は急いで会計を済ませ店を飛び出て、タクシーを拾った。
「お客さん、どちらへ?」
「前のあの車を追って下さい!」
運転手さんが吹き出した。俺だってこんな刑事ドラマみたいな台詞吐く事になるなんて思わなかったさ!
だが逃がさんぞニクス! タクシー代を生贄に捧げ、俺はお前の巣を特定するッ!
「調査結果が出た。
「ふむ」
「…………」
「……それで?」
「それだけ」
放課後に俺の部屋にやってきてペラッペラの薄い報告書を机に投げ出した長宗我部はあっさり言った。報告書を手に取ってみると、表紙とその次の一行だけ書かれた紙の二枚しかない。これ報告書にする意味あるのか?
「もっとこう、家族構成とか、趣味とか、経歴とか無いのか」
「分かるわけないだろそんなもん。名前と学年だけで限界だ。住所はハナっから明が突き止めてたし」
「使えねぇ……」
「お? 言ったなコラ喧嘩なら買うぞコラ。無給で働いてやってんのにその言い草は無いんじゃねーの?」
「だから夏休みになったらダイビングスーツ貸してやるって言っただろ」
「一式な。今年は沖縄行こうぜ。まあ実際のとこガードが厳しいんだよ」
長宗我部曰く、三ツ門学院は塀が高く、門に守衛がいて侵入は難しいらしい。怪しまれず聞き込み調査ができるコミュスキルがあれば二人で捜査していない。
「ついでに調べたんだがニクスちゃんよりこっちのがスゲーぞ。見ろこれ」
そう言って長宗我部は別の報告書を出した。今度はそこそこ厚さがある。表紙には俺がニクスを追跡して見つけた豪邸の写真が入っている。
「それ有栖河財閥の社長の家だった」
「有栖河? パソコンとか作ってるとこか」
家電を買いに行けば必ずALICEのロゴを見かける。日本人なら間違いなくお世話になっている有名な総合企業だ。
道理で庭が馬鹿みたいに広いはずだ。あの広さだったらライオンを放し飼いにできそうだ。
「世帯主は有栖河国男、三十九歳。五年前に父である有栖河夏男から社長の席を譲られる。家族構成は二歳年下の妻と十四歳の娘、家族仲は良好で、パーティにはよく妻子を同伴して現れる。社長を継いでから財閥の業績は緩やかな上昇傾向。社内評価はほどほどに高い。引退した有栖河夏男はヨーロッパを外遊中……この調査力をニクスの方にも生かしてくれよ」
「それ全部ググったら出てきたデータだから。一般人のデータより有名人のデータの方が探りやすい。有名税ってやつだな」
そういう有名税がかかるような大金持ちの豪邸にニクスが送迎付で出入りしているわけだ。
しかし有栖河の家に住んでいるにも関わらず、苗字は丹楠。有栖河の公式な子供は十四歳の娘が一人。ニクスは高校一年。もしかして、
「隠し子か? おいおい、なんだこの厄ネタ」
これヤブをつついてウロボロスが出たやつだ。
やばい。消される!
大企業の暗部に一般人が勝てるわけないだろ!
「落ち着け。親戚の子を預かってるとか使用人の娘とかかも知れんだろ」
「お、おお、そ、そうだな」
とは言っても手の震えと動悸は止まらない。まさか現実の権力者が絡んでくるとは予想していなかった。
大丈夫かこれ。朝起きたら地下室で鎖に繋がれてたりしないかこれ。明日オヤジが暗い顔で「父さん今日から無職なんだ……」とか言わないかこれ。長宗我部が無言で「転校」するんじゃないかこれ。
大金持ちの屋敷に出入りする異姓の美少女。不義の子……まさかの愛妻……いや想像するのはやめよう。はいやめ! やめやめ!
「ぶっちゃけ手ぇ引いた方が良い案件じゃないかこれ」
「なんとかなる、なんとかなる」
「なるか……?」
大企業の闇にとって俺は塵のようなものかも知れないが、俺にも譲れないものはある。
ドラゴンを
それに権力があれば立場もあり、外聞もある。ちょっと家人に質問するぐらいで怒ったりはしないだろう。恐れているほど酷い事にはならないはずだ。
長宗我部が逃げ腰になったので、そこからは俺単独でニクスに接触を図る事になった。
「話をする」。たったそれだけの事がこれほど難しいとは、俺は今まで思いもしていなかった。
ニクスはお屋敷と三ツ門学院を車の送迎で移動するため、通学路で捕まえる事はできない。三ツ門学院は警備が堅く、学内での接触は不可能。有栖河屋敷は高い塀で囲まれていて、気軽に入り込める構造はしていない。
流石に身バレは怖かったので、初手は手紙を選んだ。送り主を「ヒプノス」にした「怒ってないから話を聞かせてくれ」という内容の手紙を送り、反応を待つ。フリーのチャットルームのURLを添付したのだが、三日経っても何も反応が無かった。
現実で身元を特定されたのだから、
イチかバチか直接訪ねてチャイムを鳴らし「丹楠霞の友人」を名乗ってもみたが、インターホン越しに知らない声で文字通り門前払いされた。
やっぱ現実ってクソだわ。何をやっても上手くいかない。夢なら上手く行くかといえばそんな事もないが。
八方塞がりだった。あともう少しのところなのに、その少しを詰めきれない。
これだけ頑張って駄目なのだから、もう仕方がない。
仕方がないので、有栖河屋敷に忍び込み、ニクスを物理的に追い詰めて話を聞く事にした。
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