13話 天狗「ち、違う! 俺はやってない!」


 幻獣の異変に気付いて最初に思ったのは、「またお前ドラゴンか」だった。何しろ前科がある。何かあったら大体ドラゴンのせいだ。

 しかしこの異変、少し考えてみると、ドラゴンが糸を引いているとしてはおかしなものだった。


 最初の異変は、二度目の獣道ウォッチング中に見かけたコミミカーバンクルが太めの木の枝のような物を咥え、その先端から煙を出していた事だった。その時はくすぶった枝でも拾ったのか、と思っていたのだが、しばらくして通りかかった別個体のコミミカーバンクルも同じ物を咥えていた。しかも漂う煙を嗅ぐと、どこか覚えのある臭いがした。

 ……タバコの臭いだった。

 コミミカーバンクルが、狐似の癒し(物理)マスコット系幻獣が、キセル咥えて、ハッパを吹かしているのだ! ヤニ臭ぇ!


 断じて宣誓するが、コミミカーバンクルにアメリカ先住民成人の儀式を導入するほど俺の感性は壊れていない。タバコを吸う幻獣など存在しないはずで、そもそもタバコ(植物)を創造クリエイトした記憶もない。しかし、実際目の前で確かにコミミカーバンクルはタバコを吸っている。前脚を器用に使ってハッパを詰め直し、美味そうに煙を吸ってぼんやりした顔を晒している。中毒症状出てそう……


 ドラゴンは一体何を考えてコミミカーバンクルにタバコを与えたのだろうか、と怒りが湧いたが、それにしてはおかしい。

 ドラゴンは絶対強者であり、覇者であり、君臨する支配者だ。コミミカーバンクルにキセルとハッパをセットでくれてやり、吸い方を教える、というのは、なんというか……やる事が小さい。アインシュタインとホームズがまとめて跪くほど賢いドラゴンの事だから何か深淵な思惑があるのかも知れないが。どうにもドラゴンらしくない。何かを下賜するなら、コミミカーバンクルの同族の額からえぐり出した輝く宝石を山ほどくれてやり、「嬉しいだろ、喜べよ」と煽っている方が似合う。


 コミミカーバンクルの次におかしくなっていたのはルーン熊だった。奴はキノコを喰って魔力を充填する食性だったはずが、どういうわけかキノコを模したチョコ菓子を美味そうに貪っていたのだ。しかも傍らには乱雑に開けられた見覚えがありすぎる市販パッケージの山があった。

 幻想が、壊れる……!


 幻獣はスーパーで箱売りしてそうなチョコなんて喰わねぇんだよいい加減にしろ! 誰だルーン熊にチョコ渡した奴は! 有り得ないだろ!

 これは即座にドラゴンの仕業ではないと分かった。キノコは豚の餌、タケノコこそ至高という認識は間違いなくドラゴンと俺で共有している。お前の仕業かとニクスを詰問すると青い顔でぶんぶん首を横に振ったので、身内の犯行ではない。


 それから何か妙な事が起こっていると調べてみれば出るわ出るわ。

 ゴブリンがスポーツ会社のロゴ入りのミットとグローブを持って野球っぽい事をしていたり(ルールガン無視の上あっという間に殴り合いになっていたが)。

 ユニコーンが蹄で器用にスマホを弄って一日中ギャルゲをしていたり。

 暇さえあれば空を駆け回っているはずの蒼天犬が草原に降りてきて皿に盛られたドッグフードをガッツいていたり。


 古き良きリアルファンタジーワールドへの唐突な現代社会汚染!

 コイツは許せん。幻獣が俺の想定外の行動を取るのは良いし、変化していくのも良いが、こんな歪な汚染は全く許しがたい。

 木の根元に不自然に盛られた白砂糖の山を蹴り崩し、群がっていたムリアン・アントを文字通り蹴散らしながら、俺は怒りを押し殺してニクスに聞いた。


「この舐めた真似はニクスのボスの仕業じゃあないだろうな?」

「ちっ、違うけど……ヒプノス、目が怖いよ」

「爬虫類だからな」


 滾る怒り。逆立つ鱗。

 どこのどいつか知らんが、俺の宝物を穢してくれやがったツケは絶対支払ってもらうからなぁ……! どんな事情があろうが関係ない。あっでもドラゴンが犯人だったら、まあ、うん。


「どっかの野良夢見人ドリーマーの仕業じゃない? この森とか山脈とか遠くから見てもすっごい目立つし、興味持って調べに来た夢見人ドリーマーが餌やり気分で色々あげてるとか」

夢見人ドリーマーは珍しいんじゃあなかったのか」

「いや珍しいけどいなくはないよ? 県に一人二人ぐらいはいるはずだし、今まで草原と丘しかなかったのにいきなり富士山より高い山が生えてきたらちょっと遠くても見に行こうかなって思うんじゃないかな」

「今更か? 山脈創造クリエイトしてもう一ヶ月は経つぞ」


 しかしそれが一番ありそうではあった。現実リアル製品を幻獣に与えられる存在はそういない。内部の犯行でないなら外部犯という結論になる。つまりまだ見ぬ夢見人ドリーマー、あるいは天狗の仕業。

 コスい真似をしやがる。野郎、絶対心へし折って獣式腹見せ服従ポーズ取らせてやるからなぁ……! 

 腹見せポーズは哺乳類の弱点である柔らかい腹を剥き出しにする、生殺与奪権を相手に与えるに等しい実質奴隷宣言。無駄にプライドが高い人間だからこそ、そんなポーズを取らされれば恥辱のあまり憤死は免れないだろう。なにしろ恥の文化が根付き、ハラキリやドゲザが存在する日本民族ですら採用しないほどの屈辱ポーズなのだ。俺もこのポーズの存在とその意味を知った時は、あまりの恐ろしさに失禁しかけたものである。


「しかし外部犯となると探すのは難しいな。どこにいるか分からん」

「……ボスに頼めば犯人探してくれると思うけど」

「その代わりに組織に入れと」

「うん、まあ……」

「ニクスには悪いが何度誘われても断る。せめて自分で頭下げに来いって言ってやってくれ」

「だよね」


 ボスとやらは現実世界で金持ちなのか、所属報酬としてリアルマネーをちらつかせて来る事もあったが、その勧誘の全てがニクスを通した交渉だった。その態度が気に入らない。幻創ヴィジョンを使えるからといって調子に乗っているのではないだろうか。それぐらい俺だって使える。

 正直現実リアルの現金報酬にはグラッと来たのは事実だが、名を明かさない、交渉人任せ、実態不透明のボスが牛耳る組織にホイホイ入るほど俺は無用心ではない。世界征服とかいうトチ狂った方針にも同調できない。真面目に勧誘する気があるなら真面目に好感度稼ぎに来い、というのが偽らざる本音だ。仮にも上司なら毎度伝言役にされるニクスの事も考えてやって欲しい。最近のニクスは勧誘のたびにうんざりしたような顔をしている。


「じゃ、ドラゴンに話聞きに行くか」

「ななななななんで!? ……また死にに行くの!? やだよ私!」

「ビビり過ぎだろ。ドラゴンを快楽殺人鬼だとでも思ってるのか? ……いやそういうとこあるな。そういうところある」


 少なくともドラゴンが俺達を殺す時に一切の良心の呵責を感じていないのは確かだ。覇王が羽虫を潰して心を痛めるわけがない。

 結局、ニクスが同行拒否したので寂しく一人でドラゴンを探しに行く。ドラゴンなら確実に何か知っているはずだ。


 ドラゴンの足跡の一つでも見つからないかと目を光らせて森を歩きながら、俺はため息を吐いた。ニクスは最近付き合いが悪い。俺は再創造クリエイト事件で空回りした事による燃え尽き症候群だと睨んでいるが、長宗我部は「生理重いんだろ。聞いてみたらどうだ」と言っていた。流石の俺でもそれを言ったらドン引きされる事ぐらい分かる。やっぱりアイツはダメだな。


 ドラゴンはどうも最近山脈の頂上付近に巣作りを始めたようなのだが、もちろん場所は分からないし行動も読めない。連絡手段が無いため、会おうと思ったら適当にうろついて偶然を祈るしかない。もちろん、エベレストを見下せる標高の山脈を登頂して巣を訪ねるのは自殺行為だ。登山半ばで普通に死ぬ。

 かといって偶然の遭遇に期待できるかといえば全くそんな事はない。俺が創造クリエイトした山脈の長さは日本列島二つ分で、それを囲むようにして大森林が広がっている。あてもなくうろつくだけでドラゴンに遭遇するほど甘くはない。再創造クリエイト事件で捕食の跡を追跡してドラゴンを発見できた事すら奇跡に近い。


「我が命ずる。財宝を献上せよ」

「奇跡だった」


 気がついたら目の前にドラゴンが降ってきて、単刀直入に俺に要求(脅迫)していた。

 何を言っているか分からないと思うが俺も分からない。この遭遇率はもう奇跡ではなく必然ですね。ドラゴンと俺は運命の糸で結ばれていた?

 ここで質問をしたり無駄口を叩いたりすると罵倒か死か、という事はとっくに学習している。俺はとりあえず大人しく平伏した。


「財宝、というと」

「我のねぐらを飾るに相応しい財宝を。現実リアルへ赴きあらゆる宝物を見聞きして来い。そして夢世界ドリームランドにて創り出すのだ」

「いや人工物を創るのは」

「馬鹿が。手を使え」


 まあ夢見人ドリーマーとしての創造能力を使わなくてもちょっとした物は手作業で作れる。その手の小技は長宗我部の専門だが、俺も多少は齧っている。

 ここは命じられた通りにして機嫌をとってから話を……いや待て。


「御下命は賜りました。しかしドラゴン様、最近『ドラゴン様の』幻獣が文化的な侵略を受けている事は御存知でしょうか」


 ここはドラゴンのプライドを刺激し、謎の犯人を排除してもらう……!

 幻獣の創造主は現在ドラゴンであり、誰だか分からんがチョコやタバコをバラ撒いている馬鹿はドラゴンの配下にちょっかいをかけている事になる。プライドの高いドラゴンがそれを知れば、俺が何かするまでもなく全てがなんとかしてくれるだろう。今日の俺、冴えてる!

 チラッと上目遣いにドラゴンの反応を伺う。ドラゴンは冷え冷えとした無表情で俺を見下ろしていた。


「貴様が知り、我が知らぬ事はない。当然、今貴様が体良く我を使い走りにしようと企んでいる事も知っている」


 一発で全てバレた。本能的な恐怖に心臓が縮み、全身の穴という穴から水分が吹き出す。

 あああああああああああ! しまったドラゴンをコントロールできるわけがなかった!


「屑が。死ね」

「あっ待った待ったすみませぐぁああああああああああああああ!」


 空気がプラズマ化する超高温のブレスに焼き払われ、俺は死んだ。

 会話が成り立たない。ドラゴンに頼るのはやめよう。飛び起きた現実リアルのベッドの上で頭を抱えながら、そう決意した。















 ドラゴンに財宝献上命令を下された後、急にニクスと会えなくなった。いつもの待ち合わせ場所に行っても一晩中待ちぼうけを食らうだけだった。

 テスト期間が始まったせいで夜遅くまで勉強に駆られ、夢世界ドリームランドにいる時間が減ったのは事実だが、三日の間一目会う事すら無いのはどうなのだろうか。まさか嫌われた?

 私よりテストの方が大事なのね! いいわ! それなら参考書と付き合いなさいよ! って事か……?


 不安になってテスト合間の休憩時間に長宗我部に相談したら鼻で笑われた。


「いくら淫乱ピンクでもそこまで恋愛脳じゃないだろ」

「髪の色は許してやってくれよ」


 ネットのアバターを奇抜なカラーリングにするようなものだ。現実リアルの身バレ防止のためと考えれば穏当な方だろう。俺なんて色どころか種族変えてるんだぞ。


「まあ実際、風邪引いて睡眠リズム崩れたとか旅行に行ってるとかそんなところだと思ってる」

「それか明の趣味について行けなくなったか」

「や、やめてくれよ」


 せっかくできた友達に無言で去られるのは心に刺さる。


「ま、気にすんなよ。そのうちひょっこり顔出すだろ。子供ができました、とか言って」

「人妻かよ。実年齢たぶん俺達と同じぐらいだぞ」

「髪ピンクに染めるとかオバさんにゃキツいもんな。同年代か……ニクスちゃんの胸ってどう?」

「あ? 直接見てないから断言できないが、乳房は二つしか無いっぽい」

「当たり前だろ牛じゃないんだから。数じゃなくて大きさだよ大きさ! 形でもよし」

「あー、どうだったかな。全然覚えてない」

「またそれかよ。よし分かった、動物に例えると? ニクスちゃんの胸に動物が潜り込んでるイメージしてみろ。どんな動物が潜り込んでる? ネズミか? リスか? アルマジロか?」

「エゾモモンガ」

「エゾ……?」


 スマホを出してググった長宗我部は満足そうに頷いた。


「Cぐらいか。成長に期待だな」


 こいつは夢世界ドリームランドでは胸の大きさも自由自在だという事を忘れているようだ。


 下らない話をして癒されたが、問題は解決しないどころか悪化していた。その晩から文化侵略に加えて幻獣の減少が始まったのだ。

 まただよ。


 今度はドラゴンの捕食ほどペースは早くない。草原に近い森の周縁部の幻獣のねぐらに空きが目立つ、という程度だ。

 血の痕も、闘争の形跡もない。代わりに文化侵略の痕跡があった。

 何もいない巣に放置されたオセロ盤。その脇に転がる空のペットボトル。散乱した菓子の食いカス。失踪した幻獣の巣にあるものは大体似たようなものだ。巣によってはオセロ盤の代わりに積み木であったり、携帯ゲーム機であったり、エロ本であったりする。


 明らかに計画的犯行だった。何者かが幻獣にを与え、恐らくは誘拐している。

 を与えられた幻獣は懐柔され、俺の調査に非協力的になっていた。人間の言葉を理解できる幻獣に犯人像を聞いて回ったのだが、どいつもこいつも協力を渋り、口が堅い。中には俺に襲いかかってくる奴もいた。元々幻獣は俺に協力的ではないし襲いかかってくる事もあるのだが、それを差し引いても酷い。コミミカーバンクルなどは特に酷く、パイプではなくシガレットでタバコを吸い、綺麗な若草色の毛皮を煤けさせるヘビースモーカーと化しサングラスまでかけている。

 そしてそんなコミミカーバンクルも、次の日にはいなくなっているのだ。


 誰かが幻獣を餌付けして攫っている。それは間違いない。

 事情を知らない夢見人ドリーマーの仕業かも知れない。何も知らなければ草原しかなかった夢世界ドリームランドに山脈と森が突然生えてきて、そこに魅力的な幻獣が無防備にうろついているように見えるわけで。欲しい、と思い餌付けして連れて行くのは極めて自然な流れだ。俺が(ドラゴンが)創造クリエイトしたとは知らないのだから盗んでいるという自覚もないだろう。

 だが、自覚があろうがなかろうが、ドラゴンが自分の支配下へのちょっかいを見逃すわけがない。犯人特定→死刑の二段階裁判で解決……のはずが、ドラゴンが動いている気配はない。


 ドラゴンはこの件を看過している。ドラゴンはこの件について「知っている」と言った。不可解な事にその上で放置している。ドラゴンのプライドが許すはずがないと思うのだが。

 一体なぜ、と考え、考えるほどにちょうど事件発生直後に姿を消したニクスがどうしても頭に浮かび上がる。


 状況的に非常に怪しい。ニクスには楽園の幻獣についてそこそこ解説してある。好みそうな嗜好品、巣がある場所もある程度は知っている。文化侵略を仕掛けて幻獣を手懐け、誘拐するのは容易いだろう。

 しかしそれはそれで解せない。こんな事をしなくても、俺に一言「幻獣が欲しい」と相談してくれれば良いのだ。ニクスは相談もせず一方的に俺の理想を壊しにかかるような奴ではない。やはり何か事情があって偶々会えない時間が続いているだけなのだろう。


 ドラゴンは犯人ではない。ニクスは犯人ではない。ニクス曰く、ボスの仕業でもない。と、すると、未知の敵という事になるが、それに対してドラゴンが動かないのも不可解で。

 ぐるぐる仮定と想像と混乱が頭を回る。ワケが分からない。


 イライラしながら今日も一人で文化侵略が激しい地域を警邏する。森の落ち葉に混ざって菓子の包み紙が落ちているのが更に苛立ちを煽った。

 いっそトラップでも仕掛けてやりたいが、幻獣を避けて人間だけ捕まえるトラップは知らないし、夢見人ドリーマーなら誰でも大抵のトラップは解除できる。最悪現実に帰れば良いのだ。無敵の逃亡法である。


「……?」


 ふと、森のざわめきに混ざった音を拾った。獣の立てる音とは違う。金属音だった。

 心臓が大きく高鳴る。とうとう見つけたか?


 俺は四つん這いになり、姿勢を低くしてじわじわと音源に近づいた。鎖が鳴る音、金物が擦れる音が段々はっきり聞き取れるようになる。

 やがて木々の間から見えた犯人の姿に、俺は愕然とした。


「ニクス」


 思わず漏らした声に、ぐったりしたコミミカーバンクルが入った小型の檻を抱え上げたニクスが弾かれたように振り返った。

 フードを目深に下ろし、髪も隠しているが、俺にはそれがニクスだとはっきり分かった。骨格や重心が間違いなくニクスのものだった。


 呆然とする俺に対し、ニクスは檻を抱えたままじりじりと下がり、懐に手を入れた途端、目の前から消失した。

 後にはもう見慣れた主のいない巣と、タバコの吸殻だけが残された。


 幻覚ではなかった。

 何かの間違いでもなかった。

 信じられない。


 犯人は、ニクスだ。

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