12話 本物の魔女


「マジで!?」


 ドラゴン事件の幕引きから数日後。俺はこの一ヶ月で何度目になるか分からない驚愕をした。口から出たのは月並みな台詞だったが、心底驚いた。

 それは夢世界ドリームランドでは珍しい、雨の日の事だった。通常、夢世界ドリームランドの天気は晴れか曇りしかなく雨は降らないのだが、俺の楽園には雨が降る。

 大山脈が蓄えた豊富な地下水は、麓で湧き出て、川になり、森を通り、湖を経由して、草原に出て湿地を作る。一連の流れの中で蒸発した水分は太陽に温められて膨張し、空に昇って雲になる。そしてその雲は山脈に棲む幻獣・雲雷猿によって集められ雨雲となり、雨を降らせ、その雨は山肌に吸い込まれ地下水になるのだ。

 それはそれとして、俺が驚いたのはニクスが雨よけのためにローブに付いているフードを頭にかけた時、防水性について質問したら、


「大丈夫、ポリエステルだから」


 と抜かしたからである。

 ポリエステル。魔術師のローブが、ポリエステル製! 神秘も何もあったものではない。

 火鼠の皮衣とか、月光の下で編んだ千羽の白鳩の羽でできているとか、それなりの云われはあるんだろうな、と思っていたら、事もあろうにポリエステル! 工業臭ぇ!

 嘘だろ。騙してたのか。俺の純真を弄んでいたのか……! どこが魔女っ子だ! 資本主義の豚め!


「そんなに驚く事?」

「驚きもしたがガッカリだ。このガッカリ魔女! 物質主義者かお前は。魔力でローブ編むぐらいしろよ」

「私だってできるならしたいよ! でも妄創イメージしか使えないからしょうがないじゃない。半日かけて儀式して聖別したり呪いかけたりしても一度起きたら消えてやり直しなんだから、作る気失せるよ。言っときますけどね、私はヒプノスの百倍このローブなんとかしたいって思ってるから! 最初から創造クリエイト使えたヒプノスにはこの気持ち分かんないだろうけど!」

「お、おう」


 罵倒したら逆ギレされた。なんちゃって魔女に堕ちたかと思ったが志は高く持っているらしい。

 残念ながら志に実態が追いついていないが……ふむ。そうだな。


 俺は幻獣の楽園を創ったが、そこにエルフやドワーフなどの亜人の類はいない。奴らは亜「人」であって、獣ではない。俺の守備範囲外なのだ。

 しかしこうして魔女ロールプレイヤーと親しくなってみると、魔女もなかなか悪くないのではと思えてくる。

 長い詠唱か儀式がなければ意地でも魔法(妄創イメージ)を使わないそのこだわり。コッテコテの魔女武装。ここは一つ、本物の魔女になる手助けをするのも楽しそうだ。何かこう、存在するはずのない幻獣の生態をひたすら妄想していたあの頃と似ているようで違うワクワクを感じる。


「ニクス、それなら本物を作ろう。俺も手伝うから」

「いやだからね、ヒプノスは簡単に言うけど創造クリエイトは神話クラスの偉業だから。私物心ついた時から夢見人ドリーマーだけどまだ妄創イメージしかできないし、ボスも天才だけど幻創ヴィジョンまで十年ぐらいかかってる。あれだよ、幻創ヴィジョンがもうオリンピック金メダル級で最高峰なのね。創造クリエイトは頑張って習得するとかそういう次元じゃないから。分かる?」

「勘違いしてるみたいだが創造クリエイトを習得しろと言っているんじゃあない。クリエイトではなくメイキングだ」

「メイキング? 何? どういう事?」

「あー、つまりMPを使わず、例えばそうだな、フェニックスの巣に忍び込んで抜け落ちた羽を拾い集めて布を織ってローブを仕立てるとか」


 既に夢世界ドリームランドに存在する物を材料して加工すれば、夢見人ドリーマーが起床しても消滅しないのは実証済みである。草や土で無理やりドラゴンを創るような真似をすれば壊れてしまうが、草を編んで藁靴を作る、というような自然な加工なら問題ない。

 俺の提案にニクスは目を輝かせた。ローブについた雨粒を撒き散らす勢いで突っ込んできて俺のまえあしを握りぶんぶん振る。


「それだーっ! 名案! ナイスアイデア! さっすがヒプノス、伊達に鉤爪生やしてないね!」

「よ、よせよ」


 こ、この褒め上手め!


「そうだよね! 夢世界ドリームランドなんだから夢があってもいいよね! こういうのでいいのこういうので! はぁーもうポリエステルもケブラーもポイだよポイ! フェニックスがアリなら猫の足音とか山の根とか集めてグレイプニル造ってみちゃったり!? えへっ、えへへへへへへへ! へへ………へ……………」


 俺の手を掴み、足元にできた水たまりの泥水を跳ね飛ばしながらクルクル回り気色悪い笑い声を上げていたニクスだったが、急にトーンダウンした。動きを止め、手を離してうつむく。そしてそのまま黙ってしまった。

 なんだ、躁鬱かお前は。


「どうした。テンションの上げ下げ激しいぞ」

「いやその……えーと……ヒプノスが創ったものを私が貰うのは、その、心が痛いっていうか」

「はあ?」

「だってフェニックスとか、この森もあの山もこの雨も、ヒプノスが物凄く時間かけて苦労して創ったって事知ってるからさ。自分を削るぐらい大切だって思ってる訳でしょ。それをかすめ取るような事するのは……どうなのかなって」


 みみっちい理由だった。

 女は貢がれると「え~悪いよぉ~」とか言いながら内心では舌打ちしてもっと良い物寄越せよと悪態を吐くような生物ではなかったのだろうか。俯いて居心地が悪そうにしているニクスは本気で俺に引け目を感じているように見える。こんなに謙虚で気が回る繊細な感性を持った女性が実在するのか? ……そうか! これは夢!

 ……夢なんだよな。


 実際のところ、ニクスが実在するという完全な証拠はどこにも無い。恐らくニクスも俺と同じように現実で眠ると夢世界ドリームランドにやってくる人間で、恐らく同年代の女性だ。しかしあくまでも「恐らく」であって、現実世界でニクスの中の人に会った事が無い以上、ニクスが俺の妄想の産物でないという確証はない。


 時々、怖くなる。

 唐突に夢見人ドリーマーになったように、唐突にこの力を失うのではないか。

 全てが文字通り夢のように消え去るのではないか。


 悪い想像はいつまで経っても無くなりはしないが、哲学者デカルトは良い事を言った。「我思う、故に我あり」。ニクスの実態がどうであれ、今この時、この俺が彼女に友情を感じているという事実は揺るがない。だから俺は自分の気持ちに従って言うのだ。


創造クリエイトした俺がいいって言ってるんだからいいんだよ。いや厳密には今はドラゴンの物だが」

「でも」

「相手がお前のボスだったらこんな事言わないさ。友達だから誘ってるんだ」

「……ありがとう」


 ニクスはフードの端を引っ張って顔を隠しながら、か細い声で言った。照れ屋め。















 そうしてニクス魔女化計画が始まったのだが、いきなりフェニックスの羽を盗りに行くのはハードルが高いので、手頃なミスリル採掘から行く事にした。

 ドラゴン騒動で楽園を駆けずり回り、結果的に幻獣は一通りニクスに面通しを済ませる形になってしまったので、まだ解説していない無生物・鉱物系のファンタジーを是非知ってもらいたい。歯に衣着せず言うなら自慢したい。


「ミスリル採掘が手頃……?」

「魔法金属の中では一番手頃だ」

「…………」


 ミスリル鉱脈を探すために山に入ったのだが、ニクスのテンションが低い。まあ雨の山、しかも傾斜地を歩いているのだから喋る余裕もなくなるのは分かる。雨の山は登山家どころか動物も移動を控えてじっとするぐらい危険なのだ。

 だが、行く……! なぜなら早くニクスに自慢したいから。もし落盤や土砂崩れに巻き込まれて死んでも現実で目覚めるだけ。死んでも大丈夫というのは地味に夢見人ドリーマーの最強能力ではないだろうか。


「本当は山を遠目に見て植生から鉱床の痕跡を見つけるところから始めたいんだが、それは後回しにする。ああ植生から鉱床を見つけるっているのは鉱物の成分が草木の成長に影響を及ぼすからで、例えば足尾銅山事件は知ってるよな? アレは有害な鉱物の影響が草木を枯らすという形で植生に影響を及ぼした事件なんだ。足尾銅山ほど顕著ではないにせよ、銅を多く含んだ土では育ちにくい植物や鉄分が多い土でよく育つ植物がある。従って鉱床が地表付近に露出して土壌成分に影響が出ている場所とそうでない場所で植生に差が出るからそれを遠目に見ると葉の色や木の形で鉱床がある場所が浮いて見え……ニクス聞いてるか?」


 妙に静かなので振り返ると、ニクスは転んで泥水に顔を突っ込んでいた。すぐに立ち上がり妄創イメージで綺麗な状態に戻ったが、不機嫌……というより物憂げにしている。


「大丈夫か」

「……あんまり。ヒプノスはよくそんなにすいすい歩けるよね。なんで滑らないの」

「ニクスも逆関節にしたらどうだ」

「そんな眼鏡じゃなくてコンタクトにしたら? みたいに言われても。っていうかヒプノス今逆関節なの?」

「お、見ろ。蜘蛛山椒だ。見つけたぞ、ここに鉱床がある」

「聞いてよ」


 切り立った崖に生える蜘蛛山椒――――山椒に似た植物――――をむしり手で軽く岩肌についた苔や土を削ってやると、崖に黒と白の縞模様が現れた。この白い部分が地表に露出したミスリル鉱床だ。山脈も鉱床も全て俺が創造クリエイトしたのだから、自らの意思で移動する幻獣ならまだしも移動しない鉱床が記憶通りの場所にあるのは当たり前なのだが、ドラゴンが幻獣だけでなく鉱床も再創造クリエイトして配置が変わっている可能性もあった。普通に見つかってまずは一安心である。


「ミスリルはトールキンの指輪物語に登場した架空の物質で、二十世紀から登場した出所が明らかな比較的新しい魔法金属だ。特徴は鋼よりは頑丈である事、頑丈さに比べて軽量である事。これに加えて魔力を通しやすいだとか、聖属性を持っているとか、魔族に特攻があるとか、まあ色々な性質が創作者によって追加されている。俺が創造クリエイトしたミスリルは基本的な特徴の他に魔力を持っている、という特徴を与えてある。ミスリルはそれ自身が持つ魔力が他の魔力への抵抗力になり、結果的にミスリルは触れた魔法をある程度減衰する。精錬加工すれば魔法を切り裂く剣とか魔法防御力がある鎖帷子とか、そういうファンタジー装備になる。融点は3000℃。魔法金属の中でも最も加工しやすい。まあミスリルは魔女より魔法剣士向きの金属だから、ミスリルで何か作るなら指輪とか首飾りとかそのあたりを勧めたい」

「3000℃かー。普通の炉だと精錬は無理だね。なら電気分解……ああそっか分かった、ドラゴンとかサラマンダーの炎で精錬する想定なんでしょ」

「おお正解」


 長宗我部に同じ説明をした時はアセチレンバーナーを引き合いに出してきたというのにこの理解力。流石ニクス、よく分かっている。やはり俺の思想とニクスの思想には通じる部分があるようだ。一般人に話すとまず七割理解してもらえないし、3000℃が具体的にどの程度の高温なのか説明するところから始める事になる。

 その点ニクスは普通に話せば分かってくれる。いい。すごくいい。実に見せびらかし甲斐がある。


「ちょっと掘ってって良い?」

「おお掘れ掘れ、この鉱床の鉱石は平均ミスリル含有率1%ぐらいのはずだからそれ考えてな」

「ん、分かった」


 そう言ってニクスは明らかに岩盤をぶち抜くような掘削ドリルを妄創イメージし、爆音を轟かせて掘り始めた。

 掘るのはいいんだが、なんでそんなドリル妄創イメージできるんですかね。普通に生きていてそんなドリルを見る機会は無いと思うのだが。

 やがて崖に露出していた鉱床に大穴を開け、ガッツリ鉱石を掘り出したニクスはドリルを消して不思議そうに聞いた。


「ミスリル1%ならなんでこの地層白っぽいの?」

「そりゃお前、ミスリルは別名モリア銀なんだから銀に紛れて採れるのは当然だろ。銀含有率10%はある」

「あんまり高くないね?」

「いや、普通の銀鉱石が0.1%ぐらいだぞ」

「えっ」


 そんなやり取りをしながら俺達は一週間ほどかけて楽園素材ツアーをした。

 ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトを筆頭として魔法金属、杖やローブに使えそうな幻獣などは大体紹介を終え、差し当たり魔女らしい体裁を整えるための採りやすい素材は採ってしまった。

 そしてこれからその加工作業に入る、のだが……気になる事があった。


 幻獣に、また異変が起きていた。

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