十話 絶対ドラゴンなんかに負けたりしない!
俺が
例えば猫が絶滅した場合、それが引き起こす結果は「猫の絶滅」だけではない。猫という天敵を失ったネズミは文字通りネズミ算式に増え、大群で食料という食料を食い荒らす。更にネズミは病気を媒介し、多くの生物が死に絶えるだろう。
それと同じように、ドラゴンがこの楽園の生物を食い荒らし個体数のバランスを崩してしまった場合、連鎖的に崩壊が起こり、自然は壊滅する。ドラゴンが直接捕食した生物をはるかに超える数の生物が痛めつけられるのだ。
もちろん、自然は再生力と適応力を持っている。俺が
他の誰でもない、俺がそう創った。
強くあれ。傲慢であれ。そう
歯向かってきたクラーケンを焼き殺して喰うとか、フェニックスをぶちのめして無理やり支配するとか、そういった行動は予想していたのだが、まさかこの楽園そのものを崩壊させにかかるとは。意図して壊そうとしているわけではなく、好き勝手に捕食を繰り返した結果崩壊が近づいているだけかも知れないが、結果的には同じ事だ。俺より遥かに賢いドラゴンがそれに気づいていないとも思えない。
ドラゴンが俺の想像を超えた動きをしてくれるのは純粋に嬉しい。それが生きているという事だからだ。ドラゴンが何者にも束縛されず、自由にその本質を見せつけ体現している。素晴らしい事だ。
しかし楽園を壊すのは本当にやめて欲しい。
ドラゴンほどではないが、この楽園を
楽園には、俺のこだわり、信念、執念が詰まっている。ドラゴンには俺の全てが詰まっている。どちらを取るかといえばドラゴンだが、だからといって楽園の崩壊を座視する理由にはならない。
俺がこれこれこういう訳でヤバいからドラゴンを止めるつもりだ、と話すと、ニクスは渋面を作った。
「私あのドラゴンの事あんまり知らないけどさ、やめてって言って止まるの?」
「絶対止まらない」
「力づくで止めるって事?」
「絶対勝てない」
「……じゃあどうするの?」
「それは俺が知りたい」
「ノープランかぁ」
ニクスは苦笑いしているが、たった今危機を知ったのに即座に対策を立てられたらそいつは天才だ。
「まあなんだ、そういう訳で俺はドラゴン対策に専念する。ニクスには悪いがしばらく付き合えなくなる」
「んー、手伝おっか?」
「は? いやそれは手伝ってくれたら助かるが。報酬払えないぞ」
妙に親切な事を言い出したぞ。ドラゴンの恐ろしさ、ドラゴン様の御意志に逆らう事の無謀さは充分知っているはずだ。自殺に付き合うよ、と宣言したようなものである。
そんなに俺の好感度を稼いで組織に引っ張りこみたいのだろうか。いくら良くしてもらっても、感謝はするが「世界征服」などという頭の腐った目標を掲げる組織に入るつもりはない。
訝しむ俺に、ニクスは朗らかに笑った。
「いいよいいよ、友達でしょ」
「……友達なのか?」
「え、もしかして私が思ってただけ?」
「……いや」
改めてニクスを見る。地毛だと分かる自然な彩食のピンクのポニーテール。研究者を思わせる整った顔。魔術師定番の白のローブ、両手に抱え持った杖。
そこには「ニクス」がいた。ただの人間の雌の若年個体ではなく。こんなに早く、はっきり人間を区別できるようになったのは両親と長宗我部以来だ。
そうか、友達か。ニクスは友達なのか。二人目の友達だ。変な気分がする。落ち着かない。モニョモニョする。
「友達のニクスさん」
「えっ、はい」
「ドラゴンを止めるのを手伝ってくれますか」
「手伝うけど。なんで固くなったの……わっ」
「ありがとう、ニクス!」
快く頷いてくれたニクスを思いっきりハグした。ありがとう、ありがとう!
こんな俺を認めてくれてありがとう!
助けてくれてありがとう!
良い奴だ! ニクスは良い奴だ!
「ちょ、ごめん、気持ちは嬉しいんだけど、一度離れて離れて。その、臭いが」
そういえば今は爬虫類だった。生臭くてすまんな。でも生臭くない爬虫類なんて牙の抜けた狼みたいなもんだから。
体を離すと、ニクスはモジモジと服を整えて咳払いした。
「あのね、いきなりこういうのは困ります。私は女で、ヒプノスは男……男?」
そこでニクスは俺のワニ面とゴキゲンに揺れる尻尾、鱗に覆われた逞しい肉体美を見て当惑した。
「えーと、オスだから。友達でも節度は守っていこう」
「それはすまん。友達なんて人生二人目だからテンション上がってつい」
「あっ、うん、なんかごめん」
怒られたかと思ったら今度は憐れむような目を向けられた。解せぬ。
「私はそろそろ起きないといけない時間だから
「おっけー、それで」
「ん、おやすみヒプノス」
そう言ってニクスは掻き消えた。もうニクスがいた痕跡は何もない。なるほど、
俺はもう少し情報を集めておこうとドラゴンの再追跡をしようとしたが、現実で鳴っている目覚まし時計の音に引き戻され、まともに調査する前に目が覚めてしまった。
おやすみ夢。おはよう現実。
「長宗我部、聞いてくれ、ニクスと友達になった」
朝、教室に着いて真っ先に報告すると、鉛筆をカッターで削ってロボットを彫っていた長宗我部は椅子からひっくり返る勢いで驚いた。彫りかけの鉛筆がポッキリ折れたが気にした様子もない。おい大丈夫か。
「はあ!? 明と友達になったぁ!? ニクスちゃんってそんな変人だったのか!」
「三人まとめて馬鹿にする器用な台詞やめろ」
「いや、だってビビるだろ。あんな美少女だったら友達選び放題だぜ。俺並の変人を選ぶ理由がわからん。女子って変な奴友達にすると自分の評判悪くなるとかそういうの気にする人種じゃなかったのか?」
「だから変人なんだろ」
「なんか納得いかねぇなあ。どうやって友達になったんだ」
「ハグした」
「マジで!? おまっ、やるなぁおい!」
「臭いから離れろって言われたけどな」
「あっ……やっちゃったなそれは。どんまい」
ヒートダウンした長宗我部に最新の
「封印とかどうだ? どうしようもない奴は封印ってのがRPGの基本だろ」
「ドラゴン
「何なら効くんだ?」
「何も効かない。何か効く攻撃を当てても一瞬で適応解除されるし二度目からは効かなくなる」
「ひっでぇなおい。そんな『ぼくがかんがえたさいきょうのいきもの』をなんとかしないといけないって訳か。無理じゃね」
「だよなぁ」
簡単に解決策を思いつくなら俺も相談していない。
「ドラゴンが腹減ってるなら明が羊とか牛とか創って献上? したらどうだ」
「ああ、それは良いかも分からん。俺が創れる量で足りればいいんだけどな」
「足りるか?」
脳内で計算してみる。俺の残りMPは、体感で50程度。つまり500万円分だ。安物では食べてもくれないだろうから、上物の肉を用意するとして。
特上和牛が一頭約100万。羊が60万。惨劇の跡を調べた限りでドラゴンが1日に食べる最低量は狼二十、ルーン熊三、トロール四、ゴブリン五、コミミカーバンクル三だから……
「……無理っぽい。やるだけやってみるが」
長宗我部は頷き、鳴り始めた予鈴に嫌そうにしながら自分の席に戻っていく。
「んじゃ一限の間に二案三案考えとくわ」
「いや授業は聞いとけよ」
それから休み時間のたびに二人で知恵を出し合ったが、あまり良い案は出なかった。考える時間が足りない。
「んじゃ、ニクスちゃんによろしく。明日結果聞かせてくれ」
「りょーかい。また」
放課後、長宗我部と別れ。宿題を片付け、夕食を食べ、風呂に入って、もう一度案を練り直し、眠った。
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