六話 夢のような夢の世界
息を潜めてドラゴンが森の木々を薙ぎ倒して去るのを見送ったあと、どちらからともなく顔を見合わせる。初対面で息がかかるほどくっついているこの状況はなんなのか。
気まずさを誤魔化すように咳払いして体を離して向き直り、改めて自己紹介をした。
「えー、こんにちは、で良いのか? まあこんにちは。
「ニクスですよろしく。呼び捨てでオッケー、フランクに行こっか。一応聞いとくけど、あっ嫌だったら答えなくてもいいんだけどさ、もしかしてそれって本名?」
「え、なんか不味い?」
素で返すと、ニクスはやれやれといった感情を隠さずため息を吐いた。なんだその反応。奇行が多い自覚はあるが、本名を隠さないといけないような後ろめたい事はしてないぞ。
「そりゃ不味いよ。
「あー、アレかネットに顔写真と名前セットで情報流すようなもんか」
「そうそう、大体そんな感じ……ちょっと待ってまさか見た目も現実と同じ?」
「同じ」
「あーあーあーあー! 警戒心無さ過ぎ! 見てない見てない! 聞いてない! あっち向いてるからサッと見た目変えて偽名考えて! 忘れてあげるから!」
ニクスは顔を覆って後ろを向いた。
そうか、本名も現実の姿も駄目なのか。考えてみれば当たり前だった。ここが異世界なのか仮想世界なのかは知らないが、どんな世界であれ知らない人に身バレして良い事なんて無い。ニクスのピンク髪と碧眼も身バレ予防なのだろう。現実でそんな髪色をしていたらドン引きだ。
忠告に従いトカゲ人間の姿に変わろうとしたが、創造パワーが切れている事を思い出した。馬を変化させた時に使い切っている。以前はアレぐらいなんともなかったが、弱体化した今では二、三回の創造でエネルギー切れになってしまう。後悔はしていないが少し不便だ。
「あー、ニクス、さん?」
「さんは無くていいよ、たぶんそんなに歳違わないだろうし。もう大丈夫?」
「いや、エネルギー切れで変身はちょっと無理」
「……分かった、今回は黙っとくから、次から
「ヒプノスで」
「ヒプノス……君のためだから。私も自分だけアバターってなんか居心地悪いしね」
「あー、言いにくかったら俺も呼び捨てでいい」
「そう?」
とりあえず座ろっか、と言ってニクスが杖を振りぶつぶつ何か唱えると、木製のロッキングチェアが二脚出た。勧められ、ありがたく腰を下ろさせてもらう。悪どい性格ではないようだし、俺より色々知っている事がありそうだ。聞きたい事、知りたい事は山ほどある。会話は望むところ。
ニクスは帽子をとって膝に乗せ、顔にかかったピンクの髪を後ろに払ってから改めて聞いてきた。
「色々話したい事はあるんだけど、その前にヒプノスは
頷くと、ニクスはやっぱりド素人か、という顔をした。
まあ分かるよな。超基本的な事ができていなかった訳だし、都会に来たお上りさんの如くだ。
「じゃあ軽く説明しようか。基本的な事知ってないと話伝わらなさそうだし。えーと、まずこの世界は
「現実と人魂の座標がリンクしてるし、何か関係はあるんじゃないのか」
「それは知ってるんだ。それは無関係じゃないんだろうけど、細かい事は分かってない。えーと、それで、ヒプノスが言った人魂は
人はみんな寝ると
「OK」
単語は知らなかったが、内容そのものは大体知っている事だ。ネーミングも分かりやすい。普通に話についていける。
「
「勧誘……あ、俺?」
「ヒプノス狙い撃ちって訳じゃないんだけど、そうだね。別に無理に入れなんて言わないからさ、頭の隅にでも置いといて」
一瞬、怪しげな宗教勧誘的な人だったかと身構えたが、ニクスはさらっと流した。話のついでに言っただけらしい。良かった。
「あとは、んー、
「いやめっちゃ興味ある」
思わず身を乗り出す。
やはりそこが一番気になる。魂を削る創造には副作用があるのか。なぜ生物しか創れないのか。何ができて、何ができないのか。
……いや、あまりにも自然で流していたが、そういえばニクスは椅子を創っている。人工物も創れるのだ。何かコツがあるのだろうか。杖か。呪文か。
「そう思ってくれるとこっちも話しがいあるよ。それで話す前に確認したいんだけど、ヒプノスはゲームする? ファンタジー系の」
「ドラゴンファンタジーとかファイナルクエストとかなら」
「おっけーそれなら分かると思う。MPってあるよね。魔法を使うエネルギー源的なやつ。簡単に言えば創造もそれと同じでMP使って色々できる。呼び方もそのまんまMP」
「分かりやすいけど身も蓋も無いなおい。一気にゲームっぽくなったぞ」
「文句はウチのボスに言って、名前つけたのボスだから。一応Mの由来は
「Pは?」
「
日本語と英語ごちゃ混ぜなんだよなあ。ボスとやらの年齢が気になる。中学二年生じゃあるまいな。
「で、雑に言うとMP1あたり10万円分の創造ができます。
「え、それマジで言ってんの? なんつーかこう、恣意的? 人為的? 過ぎないか。なんで1MPで10万円? この世界の管理者が日本の為替相場でも監視してんの?」
なんでもアリな夢の世界なのだから、そういうものならそういうものなんだろうが、何か納得いかない。MPと現金の換算が成り立ってしまうと、途端に量産型のやっすい課金ゲームのように思えてくる。
理解に苦しんでいると、ニクスは苦笑いして補足した。
「ごめん雑すぎた。1MP10万円っていうのは基本というか統計的にそれぐらいって話。創造のコストは
「はあ、価値観に依存……?」
「そう。例えば、そうだね、私がトレカにハマってるとして、
「俺? いや、よく分からんがカードに興味はない。10万は払わない」
「幾らぐらいなら払う?」
「レアなカードなら、まあ、100円ぐらい」
「それならヒプノスは1MPでそのレアカードを100枚創造できるね。同じ1MP消費でも、私が創造するかヒプノスが創造するかで効率が100倍違う。価値を感じている、大切に思っている、重要だと思うモノほど大量のMPが無いと創造できない。どうでも良い、ゴミだと思っている、無価値だと思っているモノほど少ないMPで創造できる。だから
なるほど。1MP=10万円の公式は、本来数値化できないものに強引に数値を当てはめているわけだ。幸せをパーセンテージで表すようなものか。
聞いている限り、1MP=10万の公式を鵜呑みにするのは無理があるが、何かの統一基準がないとそれはそれで困る。俺の創造パワーは都心の二十階建て高層ビルとフェラーリ三台創れるぐらい、なんて表現するより、俺のMPは1000だ、と言った方が遥かに分かりやすい。
目安にするには優秀な指標だ。厨二病扱いしてすまんかった、ボスとやら。
「ん? 待てよ、じゃあもう極端な話、日本に1円ぐらいの価値しか感じてなかったら、1MPで日本創造できるって事か。凄いな!」
「その通り。でもそんな価値観の人が現実でマトモに生きていけると思う? 社会的に死ぬよね」
「酷いな!」
人がゴミのようだ! とか素でいっちゃうような人は現実世界では狂人だけど
なんかヤだな。イカレ野郎ほど強いって事になるじゃないか。あらゆるモノに感謝して大切にする天使のような人は
欲しいモノほど創り難い。皮肉な法則だ。求めれば求めるほど遠ざかっていく。俺なんてもう幻獣好き過ぎるから……
……うん?
いや待ておかしいぞ。
俺は幻獣が大好きだ。心の底から愛している。言葉では言い尽くせないぐらいに思っている、とても、とても、とても大切だ。もしドラゴンを現実でも創造できるなら、俺は自分の命と引換えにしてもいいし、きっと地球を破滅させる事すら厭わないだろう。
つまり、俺にとってドラゴンの価値は地球より重い。そのドラゴンを、俺は創造した。創造できた。
ニクスの理屈だと、俺は地球が買えるぐらいの値段に相当するMPを持っていた事になってしまう。
お か し い 。
普通の
地球の価値はネットかどこかで見た怪しげなデータによると、たしか50京円。
1MP=10万円で換算すると、50京円=5兆MP。
俺は最低でも5兆MPを持っていた事になる。一般
いくらMPという単位が目安でしかないといっても、流石にこれはおかしくないだろうか。
そうだ、地球規模だと実感が湧かない。もっと小規模に考えてみよう。
日本が一年分の国家予算をつぎ込んでも創り出すだけの価値がドラゴンにはあると俺は思っている。これはガチだ。日本の総力を上げて遺伝子操作か何かでリアルドラゴンを創る、というのは、地球破滅と引換えよりはまだ現実味のある想定だ。
日本の国家予算が96兆円だから、MPに換算すると9億6千万MP。
なんだこれ。やっぱり無茶苦茶な数字になるぞ。
指折りゼロの数を数えて計算ミスをしていないか何度もチェックしていると、ニクスが塾の研修アルバイト教師のように自信が無さそうにソワソワしながら聞いてきた。
「この説明で大丈夫? 分かる? 何か質問あったらなんでもは答えられないけど答えられるところは答えるよ」
「じゃあ一個質問。MPについてなんだけど、さっきドラゴンいただろ」
「いたいた。やっぱあれどう見てもドラゴンだよね。ドラゴン創ってみたいって話?」
「や、あれ創ったの俺だから」
「ほんとに!? へー、良い腕してるね。コスト重そうだけどよく創れたね? ドラゴン嫌いなの?」
「いや愛してる」
「愛っ……そ、そうなんだ。じゃあMP多いんだ。大体でいいからさ、どれぐらいMP持ってるか聞いていい?」
「5兆」
「え?」
「5兆MP」
ニクスは驚きも笑いもせず、なにかモヤっとした顔をしている。俺もモヤっとしている。なんだよ5兆って。インフレってレベルじゃねーぞ。
「さっき私言い間違えたのかな。1MPで創造できるのは10万円分です。10円じゃなくて」
「だから1MP10万円で、5兆MP」
「あー、言いたくないなら言いたく無いって言ってくれればいいよ」
半笑いのニクスも俺の真顔を見ているうちに段々笑みを消していった。
「え? 本気?」
「何度か計算してみたが5兆MPになって俺も混乱してる。5兆MPって有り得るモンなのか? 一度起きてもMP繰り越せたりする?」
「無理無理、繰り越せないし増幅もできない。受け渡しはできるけど、5兆MPはおかしいよね。世界中の
「それは……そっちの言い方だとどう言うのか知らんけど、なんというか、永久創造? 目が覚めても消えない、こう、魂というか、MPの最大値削って創るようなやつ。それ使ってドラゴン創ったから。今は100も無い」
短い間だが、ニクスは
今度はなんだ。
「それが本当なら――――」
言いかけて、ニクスが顔に浮かべていた驚きの質が変わる。一瞬で血の気が引き、青ざめる。
視線が俺から逸れている気がして振り返ると、ちょうどドラゴンが隕石のように空の彼方から突っ込んできて、地響きと共に木をなぎ倒し俺たちの鼻先で止まった。振動と熱気が全身を貫く。
恐怖が振り切れて頭が真っ白になり、ハッと意識が戻ると股間が生温かくなっていた。
ウッソだろ、もう高校生だぞ俺。人前でこれか。
バレてないか横目で様子を伺うと、ニクスは立ったまま白目を剥いて気絶していた。
俺も気絶したい。ドラゴンは血に濡れた牙をむき出しにして恐ろしい形相で俺たちを睨んでいた。なんか知らんがお怒りだ。
「我の縄張りに侵入し呑気に雑談とは。牙も爪もない下等生物が偉くなったものだな? 死ね」
「ぐあああああああああああーっ!」
言い訳をする暇もなく。俺とニクスは空間すら溶解させる怒れるドラゴンブレスをまともに浴び、森の一画を巻き込んで仲良く細胞一つ残さず蒸発した。
なんかもういつものって感じだ……
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