七話 戦わなきゃ、現実と

 ニクスによれば夢世界ドリームランド夢見人ドリーマーはコスト制限こそあるものの、自由自在に創造の力を振るう事ができるらしい。なぜか俺には余計な創造制限がついている上に、MP最大値もおかしな事になっているが。創造を使えない人魂……夢無人リアリストとは根本的に違う。そう、夢見人ドリーマー、つまり俺は、夢世界ドリームランドの神にも等しい。創造神だ。


 もっとも、その創造神はドラゴンに文字通り一息で殺されるし、現実ではただの高校生に過ぎず、期末試験が近くなれば試験勉強に忙殺される。

 神も期末試験には勝てない。悲しいね。


 土曜日、朝から長宗我部を部屋に呼んで勉強会を開く。俺一人でやっているとついつい眠って夢世界ドリームランドに行きたくなってしまうので、長宗我部がいないと勉強に手がつかない。昨夜仲良く焼け死んだニクスともう一度会って話の続きを聞きたいのは山々だが、もう一度会えるか分からないし、そんな事をやっていて時間を潰すと赤点が見えてきてしまう。

 夢世界ドリームランドでドラゴンを創ろうが知識を蓄えようが何をしようが数学の公式は身につかないし年号も覚えられないのだ。


 テスト範囲の新出英単語をひたすら書き取る。同じ単語をノートが真っ黒になるまでびっしり書き取る。英語は単語だけ覚えておけば文法が分からなくても割となんとかなるというのが持論だ。指が痛くなり腕が疲れ果てるまで書くべし書くべし。暗記には反復あるのみ。

 脳みそにシワの代わりに英単語が刻まれるほど書き続けていると、問題集を広げて眉根を寄せた長宗我部が聞いてきた。


「明、明、1えぬのNってなんのNだっけ」

「物理ならニュートンだろ」

「ニュートン一人分って意味か」

「ちげーよお前絶対授業聞いてないだろ。それぐらい教科書読め、書いてあるから」


 コイツはピーナッツから油を圧搾する方法には詳しいクセに物理の圧力計算は苦手だ。かくいう俺も大抵の神話上の幻獣の名前は原語と英語と日本語の三言語で書けるが英語の点は悪い。興味の無い事は全然頭に入らない。スフィンクスが教師やってくれるなら興味の無い事でも丸暗記する自信があるが。

 俺も長宗我部も勉強会と称して集まってゲーム大会になるような意志薄弱なお気楽学生共とは違う。普段真っ当なお勉強を放り投げている分切羽詰っているとも言うが。

 ぽつりぽつりと分からないところを教え合いながら、ひたすら勉強する。


 やがて昼になり、そろそろ休憩しようかという流れになった。勉強中菓子はつまんでいたが、腹もかなり減っている。


「ウチ今日親いないから飯出ないぞ。どっか食いに行くか? カップ麺なら家にあるが」

「んー、食いに行こう。牛丼とかどう?」

「OK」


 ぶらぶら歩いて近所の牛丼屋に入り、大盛りを注文する。品物が来るまでの間、夢の話でもして時間を潰す事にした。


「昨日見た夢の話なんだけどさ、馬に乗って森の端パッカラパッカラやってたんだけど、まあ……なんやかんやあって他の人に会ってさ。ピンクの髪の同い年ぐらいの女だったんだが、そいつが言うには」


 昨日あった事をつらつら話す。といってもそう長々話すほどの事でもないので、牛丼が来る頃には話し終わった。

 元々暇つぶしで話していただけなので俺はさっさと牛丼についてきた卵を割って黄身だけ肉の上に慎重に落とす作業に取り掛かったのだが、長宗我部が話に突っ込んできた。


「それで、実際どういう話なん?」

「ん? どうって、さっき話したので終わりだ。ドラゴンに焼かれてエンド。この店ベニショウガ取り放題じゃなかったっけ」

「10円でトッピングできる。取り放題なのは駅前にこの前できた店の……ベニショウガの話はいいんだよ。夢の話だ夢の話。いや夢の話っていうかさ。そろそろ白状しろよ、何かの話を夢に例えて話してる事ぐらい気づいてんだからな」

「……ん?」


 黄身をぐちゃぐちゃ肉と混ぜ合わせる手を止めて、顔を上げる。コイツは一体何を言っているんだ。例えるもなにも、語った通り夢の話しかしていないが。

 長宗我部はダルそうに椅子に背をもたせかけてお冷を飲みながら更に言った。


「この二、三週間で何回夢の話したと思ってんの? 今まで夢の話なんて全然しなかったのにさ。ぶっとんでるけど話のスジは通ってるし生々しいし、馬鹿でも何かを夢に例えてるって分かるわ。な、言ってみろよ。本当はなんの話だ? 俺の推理だとオンラインゲームのクローズドテストだな。守秘義務で言えないんだろ。どうだ?」


 お冷片手にピンと伸ばした指で俺を指し、キメ顔の長宗我部には悪いが全然違う。最初からフルオープンで本当の事しか話していない。

 本当の事しか話していないのに本当の事を話せと言われても。そりゃ俺だって長宗我部が唐突に「昔異世界で魔法使いやってた頃の話なんだけどさ」とか言い出しても本当だとは思わないし信じないが。

 ……ああいや、そうか、俺の話もそれぐらい突拍子も無いモノだと思われているわけか。正しく語る事と正しく理解してもらう事は別、と。覚えた。

 とりあえず説明するだけしてみようか。嘘だと思われて笑われたりドン引きされたりするのは御免こうむるが、そこそこ信じる土壌ができているようだし、別に隠しておく理由もない。

 ふむ。


「そうだな、何から話したもんか。やっぱ事実からか。長宗我部さ、二週間ぐらい前の朝刊に載ってた集団不眠事件のニュース知ってるか?」

「いや。どこのニュース? 国際?」

「いや新聞の地方欄の紙面の四分の一ぐらいのスペースの」

「そんなん知るわけないだろ。新聞なんて1面と最後の方に載ってる四コマぐらいしか見てないわ。あ、食べながら聞いてOK? 冷める」


 そう言いながらもう豚肉定食に箸をつけている。真面目に聞く態度じゃないな。元々「頼む! 信じてくれ!」というほど高くなかった真面目ゲージが下がっていくのを感じる。


「まあそういうニュースがあったんだよ。これは調べれば出てくる。それ以外はぶっちゃけ証拠って言えるほどの証拠は何も無いし、この話だけで俺の言うこと丸ごと信じたらそれはそれで怪しい新興宗教にコロッとハマりそうで心配になるぐらいなんだが、」


 予防線を張ってから、最初に夢世界ドリームランドでの俺の経験について改めて詳しく話していく。MP云々のくだりは話していて無性に恥ずかしくなったが押し通した。「MP」という単語が出てきただけで一気に思春期特有のゲームと現実の区別がついていない痛々しい妄想のようになるから不思議だ。


「――――それで最初に話した通り、ドラゴンに仲良く蒸発させられたのが今朝の話」


 締めくくり、顔色を伺う。定食を食べ終わって箸を置き、お冷のおかわりを自分で注いでいる長宗我部はあっさり言った。


「大体分かった。今まで聞いた夢の話と食い違ってるところもない。筋が通ってる、と思う」

「おお? じゃあ信じる?」

「信じるか信じないかでいえば、信じる。けど、信じがたい。何か、こう、そんな感じの事が起きてるか起きてると錯覚するような幻覚、違うな、幻視、でもないか」


 長宗我部がグラスの氷を噛み砕きながらちょっと考える、と前置きしてブツブツ考え込み始めたので、その隙にすっかり冷めた牛丼の残りをかき込む。

 眉根を寄せ、スマホで時々何か調べながら長考の姿勢に入ってしまった。横からチラ見してみるが、集団幻覚だの睡眠時の脳の働きだの、あれこれ調べているようだ。

 なんだか俺よりも真剣に悩んでいる気がする。実体験として超常現象を体感していない分、納得するのは難しいのだろう。

 やがて長宗我部は歯に何か挟まったような微妙な表情で俺に向き直った。


「全部は信じないけど、大枠は信じる事にするわ。明はこんな手の込んだ話でっち上げるほど変な方向に頑張らないだろうし」

「まあそんなとこだよな。鵜呑みにされたら逆に頭疑うわ。自分で言っといてなんだけどな。その大枠、ってのは?」

「あー、明っぽく言うと、そうだな、コンビニの前でユニコーン見たって言ってて、ユニコーンかどうかは知らんけど角生えた馬っぽい生き物はいたんだろうな、みたいな」

「なるほど……うん、ありがとな」

「何が?」

「その、なんだ、俺を信じてくれただろ」


 こんな機会でもなければ一生言わなくてもおかしくないクサい台詞を言ってしまい、少し頬が熱くなる。しかしここは恥ずかしくても言っておきたかった。

 長宗我部は無条件の信用ではなく、理詰め全開でもなく、しっかり考えた上で信頼してくれた。ある意味最高の信頼だ。こんなに長宗我部に友情を感じた事はない。

 俺の照れくささを敏感に嗅ぎ取ったらしい長宗我部はニヤッと笑い、脇腹を小突いてきた。


「大枠でね、大枠。60パーぐらい」

「半分超えてるじゃん。充分充分」


 話が一段落ついたのを見計らったように店員の「お冷のおかわりはいかがですか=はよ帰れ」攻撃が始まったので、金を払って牛丼屋を退散する。

 冷静に思い返すと店員に聞こえるような声で喋ってたな、俺達。夢の中で創造能力だの、集団不眠事件だの、「信じてくれてありがとう(キリッ)」だの。

 …………。

 ……もうあの店行けない。


「そのニクスって女の子かわいかった?」


 帰宅後、新しい菓子の袋を開けながら、長宗我部は興味深々に話しかけてきた。


「すまん、よく覚えてない。人の顔覚えるの苦手でさ」


 猿や熊の顔は分かるのに、人間の顔はあっという間に記憶から抜け落ちるのだ。みんな同じような顔してる人間が悪い。


「またそれかよ。動物に例えてみ? それなら思い出せるだろ。髪は?」

「馬の尻尾みたいなポニーテールで、色はフラミンゴ。あと白のローブ、ローブ分かる? 魔法使いが着てるダボダボの合羽みたいなやつな、アレ着てて、魔術っぽい金の刺繍が入ってた。古き良きファンタジーって感じの杖持ってて、身長は俺より低かったかな。顔は猫科。どっかの金持ちの家の血統書付きの猫が逃げ出して野生化したイメージ。靴とか手とかそこまではよく見てない」

「ふんふん……こんな感じ?」


 長宗我部はノートの端に描いた似顔絵を見せてきた。話だけ聞いて描いたとは思えないほどよく似ている。色がついていない白黒なせいか、逆に現実にいそうなぐらいのリアルなタッチになっていた。コイツはほんとにこういう小技が上手い。恐れ入る。


「そう、こんな感じ」

「マジで? すげー美少女じゃん!」


 長宗我部が自分の描いた絵を見て自分でびっくりしている。俺ももう一度よく見てみるが、正直ピンとこない。

 確かに可愛いが、残念な事に毛皮も鱗も羽もない。せめてエラ呼吸ならなぁ。


「こんなクール系美少女に助けられて仲良く話してたんだろ? いいなぁおい! アイドルでもこんな可愛い子いないぞ」

「魔女っ娘属性入ってるしな」

「そうだよそれだよ。要するに異世界で魔女っ娘美少女とイチャコラしたんだろ?」

「イチャコラはしてない」

「嘘つくんじゃねーよ、お前この娘のグループ? 組織? に誘われたんだろ? 好感度低かったら誘われないって」

「つっても上からの命令みたいな事言ってたからなあ。勧誘は仕事なんだろ」

「……さっきからテンション低いな。美少女だぞ美少女。現実リアルで俺たちなんて一生縁が無いレベルの。こういう娘は好みじゃないのか」

「いや俺も可愛いと思うよ? でもなあ」

「なんだよ」

「ほら、人間だし」

「ああ~……」


 雌のホモ・サピエンスにドキドキするなどという正常な反応は、俺にはとてもできない。

 長宗我部は未練がましくニクスの絵を指でつついた。


「もったいねーなあ。俺がお前の立場だったらこの娘全力でコマしに行くわ」

現実リアルじゃビール腹のオッサンかも知れないのにか」

「そういや見た目自由に変えれるんだったか。んー、VRMMO系のラノベなら現実リアルでも美少女安定なんだけど」

「そもそもコマすっつってもそんな女たらしスキルあるのか?」

「半年ぐらいカーチャン以外の女と喋ってないです……」


 これは駄目みたいですね。

 実際のところは勧誘を匂わせた割に気安く、喋り方に年代差を感じなかった。偶然会った同年代の男を話ついでにアルバイトに誘ってみた、といった印象だ。中の人がオッサンという事はないだろう。同年代の男か女か。


「このニクスちゃんもそうだけどさ、もったいないな。もう全体的にもったいない。特に初期MPバグ投げ捨ててドラゴン創って積極的に手綱手放すとか意味不明」

「何言ってんだお前ドラゴン創ったら楽しいに決まってるだろ! ドラゴン創らない選択肢は無いし首輪付けて飼い馴らす選択肢も無い! ドラゴンは全人類の夢だぞ!」

「ちょっと何言ってるか分からないですね。MPの無駄遣いだわ。なんで全力投球しちゃったんだよ、MP上限削るのはまあ良いけど半分ぐらい残しとけよ。それでもっと良い物創るとかさあ」

「例えば?」

「大型自家発電機とか」

「お前も趣味全開じゃねーか」


 サンタさんに赤外線スコープ(¥49,800)頼むような奴に聞いた俺が馬鹿だった。

 しばらく10MP制限でなんでも創れるならアレを創りたい、コレを創りたい、という話で盛り上がったが、「100万円あったら何を買う?」という妄想と変わらない事に気付いてからは一気に冷めて勉強に戻った。

 長宗我部は妄想しても実行できるワケではないし、俺もこんな妄想している暇があったら英単語の一つでも覚えないとテストの点が危ない。

 夢の中で学力向上させたら現実に反映されたりしないかな(切実)。

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