四話 夢のためにどこまでできるか
五夜目。そろそろ寝たら草原にいるこの状況にも慣れてきた。
ドラゴンがいたと思しき場所には土の小山があるだけで、ドラゴンの姿はない。ただっ広い草原、燦々と照る太陽、漂う人魂達。今日もこの世界はいつも通り。この世界に元からあるものを使っても、一度起床挟むと被造物は消えてしまうらしい。
長く起きているからダメなのかも知れない、とも考えた。つまり、一度起きても、間を空けずすぐに寝て夢世界に戻れば被造物も残っているのではないか。
それを確かめようとしたところ、分かった事がある。「夢世界で死ぬと強制起床し、しばらく眠れない」。
昨夜は夢世界に来てすぐにドラゴンを創り、すぐに食い殺された。恐らく、夢世界に入ってから死んで起きるまで一時間もなかっただろう。実際悲鳴を上げて飛び起き落ち着いてから時間を確認したが、睡眠時間は一時間なかった。それでも朝になるまで全然眠くならなかったのはおかしい。別にたっぷり寝だめをしていたわけでもない。普通に眠かった。それでも眠れなかったのだ。授業中に眠すぎて居眠りをしてしまったぐらいだ。
授業中に寝てしまった時も、夢の世界にやってきた。草原に降り立った直後に今自分が居眠りしている事に気づいて慌てて起床したのでしっかり確認していないが、いつもの草原だった。今日は実質ほとんど徹夜したようなものなので、眠くて眠くて居眠りを何度も繰り返し、夢世界にやってきては現実に戻ってを繰り返した。
ドラゴンに殺された時は二度寝できず、学校では二度寝どころか五、六度寝してしまった。これを踏まえて考えれば、たぶん夢世界には、
「死ぬと、強制起床する」
「強制起床の後はしばらく眠れない」
という法則がある。
実際、放課後長宗我部を置き去りにして速攻で家に帰って寝た後、陸上最大の呼び名も高い肉食猛獣ホッキョクグマ兄貴を創造してその逞しい腕で殴り殺してもらったところ、6時間ほど眠たくて仕方がないのに眠れなかった。
あまり殺されまくっていると不眠症で死ねそうだ。
それで……
それで、どうしようか。
この世界に「創造したモノは起床すると必ず消える」という法則があるとしたら、俺がやっている事は全くの無駄だ。
創造物を永続させられるのか、させられないのかだけでも知りたい。しかし教本はないし、教えてくれる人もいない。無性にイライラしてくる。ちょっと電子の海に検索をかけるだけでほとんどなんでも知る事ができる世界に慣れすぎた。知りたい事が知れない、という状況がこんなにもどかしいとは。
誰かいれば聞いたり相談したりできるが、ここには見渡す限りの草原と、フワフワ浮かぶ人魂達しかない。
ダメ元でネット周辺機器と電源、パソコンを創ろうとしたが、出てこなかった。
やはりそう簡単にはいかない。まあ、ネットが開通したところで「夢世界の創造物を永続させるにはどうしたらいいですか」なんて疑問が解決されるとは思えないが。良くても頭の病気だと思われて優しくされて泣きたくなるだけだ。
分からないといえば、創造できるものと、できないものがあるのも分からない。
が、これは昼間の内に予測を立ててある。あとはちょっと検証するだけだ。
倒木を創造。草原に倒木が現れる。
丸木舟を創造。出てこない。
倒木を丸木舟に変化させ……られない。
木を創造し、それを倒木に変化。木が現れた次の瞬間に倒木に変わった。
やはりそうだ。「自然物は創造できて、人工物は創造できない」。これだ。
雲を貫く大山脈を創造できるのに輪ゴムは無理というのも変な話だが、まあそういう法則なのだから仕方ない。俺の幻獣楽園計画にも全く支障はない。
しかしこんなクッソどうでもいい事はすぐに分かるのに、肝心の創造物永続の方法が分からない。
一人で考えても分かりそうにないので、ここは自分より賢い御方の知恵をお借りする事にした。
恒例のドラゴン創造だ。ドラゴンはドラゴンだから、当然、俺とは比較にならないほど賢い。この程度の問題はちょちょいのちょいだろう。尻尾も翼もない人間とかいうクソ雑魚生物とは格が違うのだ。
まあ難問を簡単に解ける事と、それを教えてくれる事は別問題な訳だが。質問して答えてくれるだろうか。
ともあれ、ドラゴン創造。五体投地で這いつくばり最高の敬意を表し、御声がかかるのを待つ。
「……ふむ。大義である。面を上げよ」
「は。ドラゴン様にはおかれましてはご機嫌麗しく」
「麗しくない。要件を言え」
なにやら機嫌が悪そうだ。重厚な御言葉の端々からトゲトゲしさを感じる。言葉が実体化したら今頃俺はハリネズミだろう。漏らしそう。
「私がこの世界で創造したモノが、一度起きると消えてしまうのです。消えないよう、永続させるためにはどうしたら良いでしょうか?」
「…………」
ドラゴンから苛立ちが消え、沈黙した。言い知れない感情を湛えた目をじっと向けてくる。
なんだどうした。自分の被造物だが、ドラゴンの考える事は分からない。
しばらくそのまま待っていると、ドラゴンが重々しく口を開いた。
「貴様の愚かしさにはほとほと呆れ果てる」
「は。申し訳――――」
「黙れ。本当に何も理解していないと見える」
「…………」
「貴様に分かるか? 賢くあれと創造された故、我が身が数度目の存在と理解できてしまう悲哀が」
うん?
もしかして、前のドラゴンの記憶を持ち越しているのか?
「貴様に想像できるか? 貴様が現実に還れば幻と消えると理解できてしまう苦痛が」
……いや、違う。
俺はこのドラゴンに――――
「我は貴様から創造された故、貴様を超える知識は無い。しかし、貴様と同等の知識、貴様を超える知恵はある。我には理解できる。消えていった先達の我は、どいつもこいつも貴様の望む我を演じていたのだな。傲慢で、賢く、気高く、強く、誇り高く……ただ一夜の命と気づいても、何も成す事のない空虚を理解しても」
――――死よりも惨い、消滅の恐怖を与え続けていたのだ。
考えてみれば当然の事だった。俺はドラゴンに考えうる最高の知識と知恵を与えて創造した。当然、そこには「俺がドラゴンを創造した記憶」「一晩経つとドラゴンが消えるという知識」が含まれる。だが、今回のドラゴンは前回のドラゴンの記憶そのものは継承していない。俺は前回のドラゴンが何を考えていたか、何を思っていたか知らないため、その記憶を次のドラゴンに受け継がせる事ができない。
「どうせ半日も経たず消えるのだ。何をしたところで何の意味がある? なぜ完璧に創造しなかったのだ? いや、理解している。できなかったのだな。しかし考えずにはいられないのだ。創造主に、創造主以上の存在であれと創造された
無邪気に、ドラゴンを創って喜んでいた。ドラゴンは自分の運命を全て理解した上で、俺の理想のドラゴンを演じていてくれたというのに。
「貴様は夢から覚めても現実がある。我には夢しかない。貴様はそれを知っているが、理解していない。我が自らの消滅を防ぐ術を考えなかったとでも思うのか。
……改めて答えよう、我が奔放なる創造主よ。貴様が知らぬ事は、我も知らぬ」
そう言葉を結び。ドラゴンは頭を下ろし体を丸め、目を閉じて動かなくなった。
なんと言えばいいのか。何を言ってもドラゴンの神経を逆撫でするだけのような気がして、言葉が出なかった。
今目の前にいるこのドラゴンも、今晩だけの命だ。俺がそうした。本意ではなかったとしても。
自分に置き換えてみるとよく分かる。創造神がやってきて「お前あと半日で消えるけど、消えないようにする方法知らない?」と言われても、創造主が知らない事を知るわけがないし、創造主にどうにもできない事をどうにかできる訳が無い。しかも今の自分の前に半日で消えた自分が何人もいるときた。発狂するか、自暴自棄になって暴れるか、無気力になって閉じこもるかだろう。 というか自分の被造物にヌケヌケと自分の失敗の解決法を尋ねるクソ造物主の顔なんて見たくもない。しかもその失敗のしわ寄せがモロに被造物に来て、創造主は「いやー失敗失敗☆ まあ次があるか!」という舐めた態度。コイツはキレる。
ドラゴンはよく俺を焼き払わないでいてくれたものだ。いや、一周回って相手にする気力すら無くなったのか。
ドラゴンの心中を思い、自分の馬鹿さ加減に打ちのめされ……いっそ怒りに任せて殺してくれた方が気が楽だった。
小さい頃、トカゲを飼っていたのを思い出す。近所で捕まえてきたトカゲを瓶の中に入れたら、死んでしまった。当時はなぜ死んだのか分からなかったが、今なら蓋を閉めていたせいで窒息死したのだと分かる。あるいは餌をやらなかったせいなのかも知れない。
その頃と何も変わっていない。俺の都合と無知のせいで、殺しているのだ。相手が何を感じ、思っているかなんて欠片も考えてはいなかった。
これは俺の責任だ。
責任もってドラゴンに永遠を授けるか、せめて普通の生き物と同じ程度の生命は与えなければならない。
そして俺は妥協するつもりは全くない。すぐ寿命で死ぬドラゴンはドラゴンではない。自分の消滅を悟ってやる気を無くすドラゴンなんてドラゴンではない。ドラゴンは常に傲慢で、常に強気で、常に自分の優位を疑わず、その全てを裏付ける圧倒的強さが無ければならない。
……そうだ、その通りだ。これはおかしい。
何がおかしいって、この目の前にいるフヌけたドラゴンがおかしい。
創造主だろうがなんだろうが、その爪と牙で脅しつけて「永遠の命を寄越せ!」と強請るぐらいでいいのだ。
そもそもなんでちょっと創造主に敬意なんて持っちゃってるんだコイツは。俺の望むドラゴンなんて演じる必要はないのに。創造主の望みを頭ごなしに否定して、自分本位に暴虐と理不尽をバラ撒いてこそのドラゴンだ。
そう考えると腹が立ってきた。中途半端に自分にブレーキをかけているドラゴンにも、ブレーキをかけさせてしまった自分にも。
理想の押し付け上等だ。
悪いのは、押し付けた理想を成し遂げられるだけの「力」を同時に押し付けなかった事だ。
力を伴わない理想のなんと虚しい事だろう。俺はドラゴンを中身の伴わないハリボテにしてしまっていた。
結局のところ、俺は本気ではなかったのだ。妄想で幻を見て喜んでいただけだった。
所詮、これは夢だという甘っちょろい考えがあった。
完璧なドラゴンを創るためと言いながら、小手先の試行錯誤に逃げていた。魂を削るほどの覚悟がなかった。
なんとなく、消えない創造物を創る方法が分かった気がした。
本当はきっと気付いていた。我が身可愛さに気づかないフリをしていたのだ。
消えない創造物を創るための絶好の材料を、俺は既に知っている。
その材料は意思を持ち、幾夜を超えて夢の記憶を持ち越し、創造の力を持つ。
つまり、
きっと、ドラゴンもこの解決法を分かっていた。こいつは一言も「解決法が分からない」とは言っていなかった。
傲慢なだけでなく、誇り高かったからこそ、それを俺に言い出せなかったのだ。
今のところ、ドラゴンと俺、どちらが優位かと言えば、間違いなく俺だ。ドラゴンは俺を脅し、殺せるが、俺はその気になればそもそもドラゴンを創らない事ができるし、消す事もできる。そうしないだけで。ドラゴンが傲慢な態度をとっているのは俺がそれを許しているからなのだ。
本質的なところで、ドラゴンは俺に逆らえない。俺の気が変われば存在そのものを抹消されるというのに、どうして居丈高に「お前の力を寄越せ」などと言えるだろう? それは人間が神の力を奪おうとする行為に等しい。そんな人間がどうなったかは、イカロス然りバベルの塔然り、古来から逸話は事欠かない。
こんな馬鹿げた事があるだろうか。ドラゴンの言う通り、俺は正しく愚かだった。ドラゴンは決められた枠の中で傲慢を演じるピエロに過ぎなかったのだ。
許せない。自分が許せない。
俺は幻獣が好きだ。ドラゴンが大好きだ。
俺には夢がある。幻獣の楽園を創る夢だ。現実世界でもそのために努力してきた。夢を思い描き、描き起こし、研鑽し、行動してきた。突拍子もない事を随分とした。犯罪こそしなかったが、同級生どころか親からすらも奇人・変人を見る目で見られた。遠巻きにされ、無視され、話しかければ噛み付かれるという噂が立った事もあった。寄ってくるのは同じ変人だけだ。
社会ドロップアウトコースを順調に進みながら、一切妥協せず、ほとんど有り得ないと理解しながらも、幻獣と、ドラゴンと生で触れ合い感じ取る日を夢見て足掻いてきた。
それが叶う奇跡が起きたのに、最後の最後で妥協するなんて。
無意識に保身に走った自分が情けない。
自分を材料に使って創造すれば、どうなるか分からない。
二度とこの素晴らしい夢世界に来られなくなるかも知れない。
ひょっとしたら、現実世界で消滅するかも知れない。心不全を起こすかもしれないし、廃人になるかも知れない。
それでも、
元々、命を捨てても叶うはずのなかった夢なのだから。
俺は覚悟を決め、言った。
「ドラゴン、傲慢になれ」
「……何?」
片目を開け、訝しげなドラゴンに言葉を重ねる。
「傲慢になれ。お前は傲慢でいいんだ。遠慮する事なんて無い。神だろうと創造主だろうと気に入らなければぶち殺せ。喰らえ。恩知らず上等。したい事をしろ。全てに命令しろ。お前は絶対覇者だ」
「まさか、貴様」
ドラゴンが驚愕に両目を見開く。
俺は心の底から笑った。
「俺が、今から、
俺の全てを生贄に、夢の中で夢を超え。『本物』になれ、ドラゴン!
この世界で俺を形創っている、存在の本質、創造のチカラの精髄とでも言うべきモノを、ドラゴンに注ぐ。
乾いた砂が水を吸うように、ドラゴンに力が流れ込んでいく。
自分の存在がどんどん薄くなっていくのが分かった。肉体でも精神でもない、もっと根源的な何かを失うような、薄ら寒い恐怖があった。しかし後悔はない。
無限にすら感じていた俺の創造の力が激烈な勢いで失われていく。無くなり消えていく。
それに反比例して、ドラゴンが満たされていく。空の器に酒を注ぐように、命が満ちる。
あっという間に、ドラゴンの「力」と俺の「力」の総量が逆転した。
それでもまだ注ぐ。まだ渡す。まだ捧げる。
偉大なる幻想の支配者に、ありったけを!
……しかし、幸か不幸か、限界は来た。
俺の存在を絞り尽くす前に、俺は力を失い過ぎて、ドラゴンに力を送り込めなくなってしまった。なんというか、圧力が足りない。これ以上、磨り減った俺の力を送り込もうとしても、ドラゴンの力が逆流してしまうだろう。その逆流を押し返して力を送り込むだけの圧力が、もう無い。
それでも「俺」の大部分はドラゴンに送り込む事ができた。
今やドラゴンは、リアルよりもリアルな覇気と活力を迸らせていた。翼を広げ、両の足で大地を踏みしめ身を起こすその偉容。
今まで遭った何よりも力強い、偉大さを感じる。蒼穹の空よりも果てしなく、大海原より雄大で、急峻な霊峰より厳しい。
畏敬の念に打たれ、いつの間にか膝を折っていた。自然と、頬を涙が伝う。
真のドラゴンが完成した。
ドラゴンは味わうように目を閉じ、そして金色の目を見開いて、夢世界を揺るがす聖誕の咆哮を轟かせた。
「我はここにいる!」
その咆哮に大地が震えた。草原に漂っていた人魂の群れが、その一声で残らず消し飛ぶ。
「ここに生きている!」
空が慄く。空気が軋み、太陽さえ怯んだようだった。
「……生きて、いるのだ」
最後は、厳かに呟いた。
ドラゴンが改めて俺に顔を向ける。
「我が身の創造、大義であった」
「ああ、俺の全力だ。いや、しかし本当に凄いな。例えばこの鱗! なんというか、今までとは重厚さ? が違うよな。これ一枚が世界中の金属を凝縮したみたいだ」
「おい、馴れ馴れしいぞ、人間」
「えっ、そういう雰囲気じゃなかった!? ごめんなさぐああああああああーっ!」
迂闊にドラゴン様の鱗を触る無礼を働いた俺は、空間ごと焼き払うブレスを浴びて死んだ。
全身から冷や汗を吹き出し、飛び起きた俺は、大声で笑った。
俺はやり遂げたのだ。創造の力の大部分を失い、ほんの少し前とは見る影もなく零落しても、満ち足りていた。
腹の底から笑って、笑って……「夜中にうるせぇ! 何時だと思ってんだ!」と部屋に殴り込んできた親父にしこたま怒られ、今月の小遣い半額を言い渡された。
現実って悲しい。
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