三話 I have a dream

 三度目の明晰夢で、流石におかしいと気づいた。

 二度目は連夜の明晰夢に驚きつつも特に何も考えずドラゴンを創って、ペロペロしようとして踏み潰されミンチになる何も学習していないオチだったのだが、三夜目も人魂がうろつく草原フィールドにやってくるとなれば、いくら馬鹿でも変だと思うだろう。


 周りを見渡す。一度目の夢でドラゴンはブレスを吐いていた。俺を一瞬で蒸発させるほどの炎だった。その名残だろう、草原の一画、野球コートほどの面積の草が焼き払われ土がむき出しになり、爆心地がガラス化している。

 二度目で俺を食肉処理した時にできたのだろう、巨大なドラゴンの足跡もはっきりと刻まれていた。


 わからん。三回も同じ舞台の夢を見て、しかも前回の夢の痕跡がここまではっきりと残っているなんて有り得るだろうか?

 それにおかしいと言えばこの世界のリアルさもおかしい。

 いくら明晰夢といっても、しょせんは夢だ。脳の活動が創り出す幻に過ぎない。

 だというのに。


 足元の草を一本引っこ抜く。葉っぱを一枚ちぎって見てみれば、葉脈が規則正しく並行に並んでいて、臭いをかげばツンと青臭い。端っこを齧れば苦く、手の中で揉み潰せば緑の汁がべっとりとついた。草のカスを投げ捨てて空を見上げれば、白い雲がゆっくりと流れていき、視線を横に移せば太陽の光に目を焼かれそうになる。

 いくらなんでもリアル過ぎた。人が脳内にここまで精密な幻を創れるとは思えない。


 しかし夢でなければ何なのか。

 ここは夢だ、という感覚があるのがまた分からない。目覚めようと思えばいつでも目覚められる、というのが感覚的に分かるのだ。歩いたり深呼吸したりするのと同じぐらい自然にそれが理解できる。

 睡眠中に選ばれし者だけがやってこられる特別な世界?

 いやいや馬鹿な。何かあるとすぐに「自分が特別だから」という結論に飛びつく事が許されるのは中学生までだ。


 では実際、これはどういう事なのか。

 夢の世界で冒険する類の物語はそれこそ神話の時代からあるが、まさか本当にそんな非科学的な世界だとでもいうのだろうか。

 しかし現実的に考えるとすると、俺が寝た頃合を見計らってどこかの科学者集団が部屋に忍び込んできて脳波を弄る機械をセットしてリアルな夢を見せ俺が起きる前に片付けて撤収する、というような、それはそれで非現実的な理屈付けが必要になる。なんだか怖くなってきた。一体、俺の身に何が起きているというのか。


「タテガミナマケモノッ!」


 タテガミナマケモノを創ってみる。のっそぉおおおおお、と逃げようとするナマケモノをホールドして草原に座り込み、考える。

 一つずつ確認していこう。まず事実として、状況的に毎晩の夢が連続している事は間違いない。なぜ突然こうなったかは分からないが、どうやら夢を見るたびにこの草原にやってくるようになったらしい。

 そして早くも逃走を諦めて俺の肩にだらんとぶらさがるこのタテガミナマケモノ君が示しているように、どうやら夢の中で俺はなんでも創れるらしい。


 これが意味するものは!

 意味するものは……!

 ……何を意味するんだ!

 わからん!


 とりあえず、寝ると草原世界に来て、起きるまでなんでもできる。

 重要なのは、ここなら絶滅危惧種の生物どころか幻獣と触れ合いたい放題だという事だ。ゴブリンを捕食するドラゴンの食事風景すら拝む事ができる。絶対に叶わないと思っていた、幻獣の楽園をこの世界なら再現できる。重要なのは何ができるかで、ここが何かではない。リモコンつけて面白い番組を見れるならテレビの仕組みなんてどーだって良いのだ。


 そうだ。なんでもできて、しかも毎晩それが続くというなら。

 俺は俺の楽園を創造したい。


 おおおおおおおッ!

 燃えてきた!

 俺は!

 ここに!

 幻獣の楽園を創造するッ!


 ドラゴンが空を駆け!

 天を突く霊山の山頂でフェニックスが歌い!

 樹海をオークが棍棒片手に獲物を探して徘徊し!

 木立に紛れたツリーフォークが落ちた雛を枝ですくい上げ巣に戻す!

 エルフとか獣人系の連中はどうでもいい。人間に興味はないです。


 思い立ったら即行動。じっくり造園計画を立てるまでもなく、既に脳内には構想ができていた。長年の妄創を形にするだけで良いのだから、楽なものだ。


 地平線の彼方まで続く、広大な大森林をねっとり想像し、創造する。土と草原の景色は一瞬にして鬱蒼とした木々に塗り変わった。

 もちろん、ただ単純に木を創造したのではない。24種の木本、20種の菌類、16種の草本、4種の蔦植物、2種の寄生性植物、12種の土壌微生物を上手くバラけさせて配置してある。倒木もあれば、若木もある。歩く木、喋る木、攻撃的な木、引っ込み思案な木。動物の死体に蔓延る菌、貴重で強力な薬効成分を持つキノコとそれに擬態するキノコ、水の代わりに魔力を吸って育つ草などなど。

 全て現実の自室の本棚に研究ノートが書いてあるが、読み返すまでもなく頭に入っている。全てに名前があり、生活サイクルがあり、生態系を形作る柱の一つになっている。

 最後に森の幻獣、つまり妖精やサテュロス、ケンタウロス、ユニコーン、ゴブリンなどを食物連鎖ピラミッドが成り立つよう数に調節して放って完了。


 山頂に雪を頂く険しい山をじっくり想像し、創造する。

 中腹までは緑があるが、それより上は岩肌を晒している。当然のように火山で、ミスリルやオリハルコンといったファンタジー金属の鉱脈が眠っている。ここにはフェニックスや土精霊を放つ。

 湖を創造したら、クラーケンを住まわせ。

 砂漠地帯にはバジリスク。化石や琥珀を埋めるのも忘れない。 


 創って創って創って。

 夢に思い描いた幻獣の楽園を全て創造し、最後にドラゴンを創り。

 ドラゴンが幻想的な周囲の光景を見渡し、歓喜の咆哮を上げて飛び去ったのを見送って。

 そこでふと冷静になる。


 確かに目の前には楽園が出来上がった。

 森の端では動物の死骸を引っ張って取り合っている二匹のゴブリンがいる。その頭上からするすると蔦が降りてきて、瞬く間に両方のゴブリンの首に巻きついて締め上げた。そのまま地面に体を叩きつけて内臓を破裂させて殺し、動かなくなった死体を縛ったままするすると木の上に戻っていく。

 それは食物連鎖だった。俺はゴブリンを雑食性と設定はしたが、死骸を取り合えとは設定していない。「悪魔の蔦」は狡猾で動物を殺し養分を吸うとは設定したが、獲物を叩き殺すとは設定していない。設定に沿う形で、設定を超えた行動をしている。

 まさに生きているのだ。

 創造されたばかりの楽園は早くも俺の手を離れ、生態系の循環を始めている。悪魔の蔦に吸い尽くされ骨と皮になった動物は、種子を植えつけられるだろう。その種子が発芽すれば、死体を蔦で操って移動し、手頃な木に登る。そうしてそこで成長していく。


 しかし。この楽園の寿命は、その生命サイクルを見れるほど長く続くのだろうか。

 一昨日と、昨日創造したドラゴンは、次の夢では消滅していた。

 今回は日を跨いでも消えないように設定したつもりではあるが、どうにも成功した気がしない。

 いままで溜めに溜めてきた妄想の集大成を吐き出して完成したこの楽園が、明日にはきっと消えている。

 嫌な「創造」だった。


 もちろん、この楽園は消えてもまた創れる。

 しかし俺は楽園を創造してその支配者を気取りたいのではない。

 むしろ楽園の壮大な自然の一部として生きていきたいのだ。

 毎夜毎晩創っては消えて。これだけの想像&創造作業を繰り返すのは考えるだけで面倒を超えて欝になってくるし、そんな儚いものは望んでいない。


 人の夢なのだから儚いのは当然かも知れない。

 が、夢の中でぐらい夢を見たくなる。

 消えないで欲しい。

 でも……


「なあ、お前、消えるのか?」


 結局夢は夢なのか。寂しさを覚えて樹上で獲物を消化中の悪魔の蔦を見上げて話しかけた途端、素早く伸びてきた蔓に首を絞められ、地面に強かに叩きつけられて俺は死んだ。

 コイツら創造主にホント容赦ないな! いやそうあれと創造したのは俺だけど!













 起きて寝て四夜目。

 やはり、創造したモノは一切合切、夢のように消え去っていた。これだけ綺麗さっぱりなくなっているといっそ笑えてくる。しかし半ば予想できていた事なので落胆はなかった。どうやら腰を据えてかからなければならないようだ。

 正直、目が覚めるようなクレバーなワンアイデアで手っ取り早くなんとかしてしまいたいところだが、手っ取り早く被造物に「消滅しない属性」をつけようとした結果がこの有様。焦っても良い事はない。幻獣の楽園は既に半分実現しているようなものなのだから、あとはじっくり詰めていけばいい。


 さて。

 起きている昼の間ずっと、授業を右から左に聞き流しながら、どうすれば創造物が消えないか考えていた。

 目をつけたのは草原だ。この草原、今改めて見ても、ガラス化した地面と刻まれた足跡が残っている。俺が創造したモノが消えても、草原の変化はそのまま。

 という事は、夢の世界に元からあるものは、俺が起きても消えないのだ。

 これは充分合理的な理屈付けではないだろうか。


 早速、草原の土を使ってドラゴンを創ってみる。夢世界に元からあるものといえばちらほら浮いている人魂もそうだが、ちょっと得体が知れなくて不気味なのでとりあえずスルー。

 さあ! 土を以て現界せよドラゴンッ!


 草と土が渦を巻いて浮き上がり、集まり、それが血肉になり鱗になり、意思となる。四度目の創造。慣れたものだ。

 再誕し、毎度のように周囲に熱波を撒き散らすドラゴンは俺に薄汚い豚を見るような冷徹な目を向けた後、ゆるりと首を回して周囲を観察している。


「ドラゴン様、ご機嫌麗しゅう」

「…………」


 幻想の覇者の御機嫌を損ねないよう、平服する。ドラゴンは何も答えない。

 この対応でもまだ無礼だっただろうか。やっぱり足を舐めた方が良かった……? いやそれは俺が嬉しいだけだ。

 不安になってチラッと顔を上げ様子を伺う。ドラゴンは俺をじっと睨んでいた。反射的に失禁しそうになる。ゆ、許して下さい! ブレスは、ブレスはやめて!


「あ、あの、私めに出来る事ならばなんでもさせて頂きますので、どうか命だけは。へ、へへっ」

「……ならば生贄を寄越せ。我を満足させる財宝もだ」

「はいただいま!」


 おおン! このドラゴンの重低音ボイスで命令されたらOKするしかないだろ! 断ったら焼かれるしな!

 そういえばもう四度も創造しているが、まともな会話(?)をするのはこれが始めてだ。ちょっと感動。


 早速文字通り生贄の羊を数匹創り、召し上がって頂く。怯えて立ち竦む羊が次々と喉の奥に消えていく間に、とりあえず適当なデザインの金貨の山を創造。

 創造……

 ……創造?

 創造、できない。


 あれ?

 あ、ああそうか、イメージが曖昧だとダメなのかも知れない。今までは動物や森だから良かったが、どうにも人工物の創造はテンションが上がらない。

 仕方ない。黄金ではないしチャチだが、イメージし易い五百円玉でいいか。ドラゴンが羊を食べ終わって大きく火の粉の混じった息を吐いている。早いところ何か創って献上しないとデザートにされてしまいそうだ。


 が、駄目……!

 五百円玉一枚出てこない……!


「我は気が長くないぞ」

「はい申し訳ありません! 今! 今出します!」


 言外に催促されて焦る。やべぇよやべぇよ。なんだなんだどうして創造できないんだ。通貨だからか?

 なら金塊! ……出ない!

 ダイヤモンド! 出ない!

 え? 財宝っていうと他になんだ!? 芸術品!? ピカソのひまわり! 出ない! ミロのビーナスとか!? これも駄目!

 

 あああああああドラゴンの目がどんどん冷えていく!

 銀食器! 出ない! なんでだ! さっきは羊出ただろ! まさかMP切れ的なアレか!?

 羊! ……出た! よしMP切れじゃない!

 なら金貨の山! やっぱり出ない!


 くっそ、何か凄く空回りしている気がする。パパッとドラゴンに満足頂いて創造物消失問題に取り掛かろうと思っていたのに、そもそも創造できないってどういう事だ。

 いや創造できないわけじゃないのか。羊は出てる。財宝は出ない。なんでだ! 鉱山は創造できたから、無生物を創造できないなんて事もないはずなのに。


「羊はもうよい。財宝を献上せよ、と命じたぞ」


 冷徹なドラゴンの視線が俺の体に突き刺さり、全身の血が氷水になったような錯覚を覚える。威圧的な唸り声を浴び、思わず漏らしそうになった。

 待って待って待って待って待ってわざとじゃないんですよ命令無視しようとか馬鹿にしてやろうとかそんな事は全然!

 出ろ! 財宝出てこい! なんでもいいから!


「出ろ出ろ出ろ出ろクソが出ない! あっ、違います! 違うんです! あの、俺は本当に頑張っ」

「黙れ。貴様の媚びた鳴き声は耳が腐る。我の勅命も全うできぬ無能に息をする価値はない」

「ちょ、待っぐああああああああーっ!」


 命乞いもそこそこに、この世の何よりも鋭い牙に上半身を食いちぎられ、俺は死んだ。ちくしょう慈悲の欠片もない! 流石ドラゴンだ!

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