第37話弟子戦線異常無し

 四時間目の授業も終盤に差し掛かる、正午の十二時を指すほんの少し前の事だった。突然、教室全体が赤く発光し、オレンジ色に変化した光を放ち、教室の壁から呑み込まれていく。

 長い閃光から目を開けると、どこかの地下室か何かだろうか。

 教室の壁や天井、床すら以前とは違うようで、電気が通っていないのか、ところどころ蝋燭だけの光源が、妙に明るく感じる。

 当初、クラスメイトの皆は席順のまま、机と椅子ごとのままだったので座っていた。だが、端にいる明らかに物騒な武器を持った、中年っぽいおっさん達が威圧するせいで、今は中央に身を寄せている。

「こ、ここは一体どこなんですか!?」

「責任者を出しなさい!」

 学級委員長と国語科の女教師が、ヒステリックに問い掛けるも返事はない。

 見たところここに居るのは、ただの兵士のようで発言すら許されていなさそうである。

 そこへ、扉の開く音がした。どうやら地下室ではなかったらしく、扉の向こうを覗き見た際、窓があり空が見えた。

 二人の男と一人の女性が入室して来る。

 男の一人は背が低く、白く足元まである宗教関係の服を着ていた。もう一人は近衛の兵士なのか、隅にいる中年兵士よりも豪華な甲冑を着込んでいる。最後の女性は明らかに住む所が違う人だった。歩き方からして、礼儀作法の手本の如く、綺麗な動きをしている。

「おい、お前、ここはどこだ。なんでこんな処にいる! どうなってる!!」

 声を荒げながら、現れた小さいおっさんの方に詰め寄る男子生徒。

「控えろ! お前らの話は後で聞いてやる」

 詰め寄ったところを筋肉ダルマの兵士に遮られ、更に突き飛ばされた。

 おっさんはさらに続ける。

「お前達は姫様の天上召喚魔法により、偉大なるマックイーン様が治めるハロッズ国へ招待されたのだ。まずは有り難く頭を下げ、礼を述べよ」

 何故に良く知りもしない奴へ、頭

こうべ

を垂れなければいけないのか。

「え、なに? 召喚?」

「ふざけンなっ、誰が頼んだよ!」

 男子生徒が何事もなく立ち上がり、再び近づくも筋肉ダルマは通さない。

「異世界? 召喚? チート?」

 周りは、少しずつ理解できた生徒が現れて来た。

「申し訳ありません。まずは私の説明を聞いて下さい!」

 姫らしい女性が前に出てくる。

 テンプレートな単語が聞こえ、隣国で何かが起こっているらしい。

 お姫様が必死に言い訳染みた説明を言い始めてるのだが、まともに聞いている生徒は、頑張りも虚しくほとんどいない。

「どうでもいいから、さっさと元の場所に帰せ!」

 さっきから喚いている生徒は、おそらくそう遠くない未来にノされてしまう事が予想出来る。

「--では皆さん、ステータスと唱えてみてください。皆さんにはマックイーン様の加護が与えられているはずです」

 どうやらお姫様は、説得を諦めて話しを先に進めるようだ。

「まず体力ですが、この世界の人間は年齢と同じ位の値です。鍛えれば上がり、怠れば加齢と共に下がって行きます」

「おおっ、俺は体力が千もある!」

 通りで男子生徒は、突き飛ばされても平気なはずだった。

「あれ?」

 それとなく盗み見た、ある女子生徒のMPらしき魔導力は、五百万もあるではないか。

「という訳で、皆さん! どうかこの国をよろしくお願いします!」

 呆然としていると、お姫様が締めくくってしまう。

「今からお前達を、用意した部屋に案内したいところだが、こんなに多く受け入れる予定ではなかった。今、兵宿舎を開けて用意しているから、しばらくここで待て」

 そう言うと三人は出て行ってしまった。

「なんで? 帰してよー。お母さん……」

「くそ! どうすんだよっ!」

 泣く女子生徒を慰める別の女子生徒。頭の回転が追いつかないのか荒れる男子生徒。

 これはさっぱりと理解出来ない、幾人かの生徒達。未だに現状に対して適応したくないのだろう。

「ひとまず、ここで住むことになりそうなのは仕方ないことだと、皆はなんとなく把握してると思う。そこで、この国に対して処遇改善や直談判、と言った要求をしてみるのはどうだろう」

「何でお前が指揮ってンだよ!」

「いや、能力に指導者ってあるからね。統率等は有利になると思うよ」

「あら、私は交渉人だわ。だったら交渉は任せて!」

 事態を把握した生徒達が、状況を自分達に有利となるよう、団結しようと奮起する。


 しかし、この召喚されたクラスは普通ではなかった。

 状況を真っ先に把握した幾人かの生徒達は、教師と共に見張りの兵士へ、数の暴力にて襲い掛かって当て身を喰らわせ、ある生徒が机の中に隠していた鎖や紐で縛り挙げていく。

「クリア」

「此方もだ」

「よし、ハザードとサモンは、出入り口を見張ってなさい」

「了解しました、ニーソ先生」

 獣人の乱破らっぱと魔法剣士の生徒が、教師の命令に従って増援の確認と警戒を行う。

「全く、突然の団体召喚とは。焦ったけど、指定領域の幻覚魔法が、巧く発動してくれたから良しとしますか」

「即興の魔法陣だから、バレないか焦りました……」

 女子生徒とニーソという名前の女教師が苦笑する。


「はい、皆注目!」

 ニーソの声に、指導者の生徒と団結していた生徒達が振り向く。

「このペンを良く見て下さいねー」

 教師という存在の言葉に、状況を呑み込めない生徒達も、掲げられたペンへと目を向けていき、視線が集まった。

 ニーソがサングラスを掛けた、次の瞬間、眩い閃光が教室内を蒼白く照らす。

「ぐわあああー!!」

 異界の床の上を、苦しげに目を抑えて、のたうち回る生徒達。

「……しまった。ペン型閃光装置だったわ」

「ニーソ先生、わざとでしょ?」

「アリア、先生は真面目に間違えたのよ」

 真顔で言われても説得力は皆無だ。

「どうするんですか、この阿鼻叫喚な地獄絵図の収集は?」

「まぁ、ユイは黙って見てなさい」

 生徒の机を両手で持ち上げ、床の上に叩きつけて派手な音を発て、復帰し出した生徒達の身をすくめさせる。

「はい、もう一回注目! 今措かれた状況へ、新たに説明を加えるわよ。今、皆の姿は人間と遜色無い格好として、お姫様や兵士には見えてました。そこの指導者らしい君、どうしてそうしているのか判るかな?」

 ニーソの振りに、指導者の称号を持つ生徒は面食らう。

「……え、えーと。亜人や獣人のままだと、問答無用で奴隷にされるから?」

「その通り! で、そういう認識を阻害させる魔法は、召喚される直前に、私とアリアちゃんが協力して書き上げました。皆はアリアちゃんに感謝しておきなさい」

「なんでだよ、ニーソ先生!」

 しかし、不服そうな顔をした生徒が、ニーソの言葉に反抗する。

「君はミノタウロスのロース君だったわね。もし、手元の異空間に隠してある、石のつちを振り上げて、この城だか王宮だかよく分からない場所を、走り回ったとしましょう。それは、犯罪者を街中で野放しにしているのと同じ状態となるのよ?」

「だったらそいつを、さっさと捕まえてしまえばいい!」

「国語科の点数が赤点な君には、少し難し過ぎたようね……」

 ニーソが匙を投げる、それでいいのか先生と言う視線が集まるよりも早く、ロース君は周りの生徒達から、肉体言語を交えた分かりやすい説明を受け、ようやく意味を理解した。

「おそらくこの世界では、私達のほとんどが歩く犯罪者や奴隷。だから人間の変装をしているのよ」

 教師と言う立場を利用して、ある事ない事を交えつつ生徒へ説明し、なるべくグループで固まって動くように煽動する。

 流石大人、ヤる事が汚ない。

「まぁ、そんな訳だから、もうしばらくは先生と、先生が信頼している生徒で、情報を集めるからね。嘘を教え込まれて、後悔するような事は避けたいでしょう?」

「分かりました。先生がそうおっしゃるのなら、慎重に行動するようにします」

 指導者の生徒はひとまず、混乱している生徒達を宥めて、結束力を強くしていく事にした。


「まず、お姫様の話しによると、隣国が魔王を雇いダンジョンを次々と攻略させている。次に戦争で万単位の歩兵を虐殺し、貴族が一人犠牲となった。……ゴメン、国語科の教師だけど、お話の内容がイマイチ分からないわ」

 ツッコミどころ満載で、最早どこから突っ込んでいいのかも分からない。

「ステータスが見れるんですから、ダンジョンやRPGの世界観、でいいんですかね?」

「魔王を雇うって事は、称号としての魔王が、何人か居るのかしら?」

 アリアとユイの疑問に、ニーソは思案する。

「ダンジョン・クリスタルを用いたダンジョンなら、魔王って存在はかなり強い事になるわ。……魔王の称号を持つ者は、おそらく少ないはずよ。でなければ、召喚されて直ぐにも関わらず、称号を持つ生徒が複数居ると言う事実を鑑みるに、知識と召喚前の役割分担だけでは説明出来ないもの」

 生活水準に知識水準が、現地の世界観とかけ離れていれば、それだけで此方が有利となる。その知識が欲しいのなら、まず殺される事はない。また、知識を披露しても理解出来ない事は多々あるので、実践させるためにも生かしておく。

 つまり、召喚された者は問答無用で脅して、その知識や知恵を絞り尽くすまで飼い殺しにするのだ。

 召喚魔法の対価は人一人では済まない程高く着く。

 何故なら、自分達よりも進んだ世界から引き抜くと言うのは、生きている時間も違う上に存在価値そのものも全く違うからである。

 天使を召喚したとしよう。天使は基本的に不死身で、召喚者よりも強い魔法が使えるし、何よりも翼を使うだけで空を飛べる。

 人間は魔法で空を飛べる者もいるが、道具もなしには飛べもしない。

 だから、上位の世界より召喚する際には、常に犠牲がつきまとう。それが等価交換と言うものである。

 しかも、個人ではなく一クラスという団体だ。一体何人の魔法使いが死んだのか、考えたくもない。

(このクラスが正常に機能すれば、この国を内側から滅ぼす事も、決して不可能ではない。けれど、そんな事を実行しても、隣国や周辺の国々が黙っていない。何よりも民衆が一斉蜂起したら、食料等のライフラインが絶たれる。果ては見知らぬ土地で死ぬ事となってしまう)

 ニーソ達以外は、自力で自分達が居た世界へ帰る事は出来ないので、見捨てる訳にもいかないのだ。

 逆に、ニーソ達だけならいつでも帰れる。

 とは言うものの、自分以外の人物を連れて帰る事までは出来ない。

 教師として、クラスの全員を連れて帰る責任がある以上、おいそれと下手に動く事は、すなわち生徒の命があやぶまれる事を意味する。

「……貴族が一人だけ犠牲となった。この言葉から察するに、歩兵ないしは平民は人間にあらず。と言う選民思想が根強くあるみたい。そこから推測するに、王族や貴族は称号持ちが多く、平民にはほとんど居ないのでしょう」

「なら、称号の獲得方法は?」

「ダンジョンでの活躍や、有名かどうか等で決まるとみているわ。冒険者くらい居るでしょうし、いきなりダンジョン・システムが広まったとも考えにくいからね」

 有名になるには世間に浸透しなければ、その名は全く轟かない。そういった情報の発信と理解には時間が掛かり、また正確さも求められる。

「ユイ、ハザードと交代して。ハザードは一旦帰還し、マリオンさんやスバルさんに報告しなさい」

 ハザードは敬礼して、次元の裂目を展開すると、この世界から消え失せた。

「アリア、結界魔法の準備を。ここが始点であり終点である以上、皆の拠点とするから。要塞並みの防壁がいるわよ」

 アリアは指示を受けると、自分とハザードの机をひっくり返し、結界魔法の魔法陣に必要な道具を選別していく。

「ニーソ先生、兵士が近づいてきます」

「足音から三人、うち一人は先ほどのお姫様のようです」

「皆、兵士とアリアを背中に隠して」

 ニーソの号令に生徒達は自分達を壁とする事で、アリアの工作を見せないようにする。


「お待たせしました。皆さんの部屋が用意出来ましたので、ご案内します。ただその前に、国王様が謁見する時間がとれたとの事で、まずはこの国のトップであらせられる、国王様にお会いして頂きます」

「どこの馬とも知れぬ、貴様達と会って話しをなさるのだ。光栄に思え!」

 新しく来た近衛兵の言葉に対し、ロースが感情に任せて飛び出すも、ニーソの足払いから首筋への手刀に、呆気なく気絶した。

「……失礼。あの、もう少し柔らかい言い方は出来ませんか? 見ての通りまだ勉学に励む世代ですので、ついつい感情的になってしまう生徒も、少なからずいますから」

「……そ、それがどうした! 貴様等は全員が十五歳以上に見える。この世界では充分に成人扱いだ。大人ならば感情の制御は出来て当然であろう!」

 ニーソの体術に瞠目する近衛兵だったが、負けじと言い返す。

「あなた方の世界と私達の世界では、大人の基準から違います。あなたにこの問題が解けますか?」

 簡単な四則演算で作った問題を、サモンの机から拝借した鉛筆とノート用紙に書く。

「……なんだ、これは?」

「大人ならば解けて当然な問題です。解けないなら黙って、お姫様の護衛にだけ集中していて下さいまし」

「ええい! このような商人が行う計算等、近衛のする仕事ではない!」

 盛大に文句を言いつつ、時間は掛かったが何とか正解した。

「感情の制御がなっていませんよ。もし、この人数を相手に、たった二人だけで勝てるとお思いなら、素人と言えど甘くみすぎです」

 狭い空間である教室内に入り込み、たった二人でお姫様を守りきれる確率は低い。

 剣と魔法が使えるとはいえ、この場には能力値的に近衛を上回る者が多くいる。素人とはいえ、能力値に差がある以上は、数の暴力の前ではこの上なく無力だ。

 近衛兵の目から見て虚仮脅しも甚だしいが、正論でもある以上は論破も難しい。

 何よりも教師という立場の者が、既に近衛兵士並みの体術を使う。つまり、実質たった一人でこの三十人ちかくを相手しなければならない事となる。

 余りにも無謀な挑戦であり、せっかく召喚した者を万が一にも殺しては、自分達の首が物理的に飛ぶ。


「あ、争いは止めて下さい。野蛮です!」

 お姫様に文句言おうとユイが一歩進み出る。

「上司である貴女が、近衛の人に発言を許しているから、こんな事になっているんですよ!」

「姫様。このような下賤げせんな者の言葉に、耳を傾けてはなりませぬぞ」

 ニーソがユイを止めようと動くも、別の近衛兵がユイへと近づく方が速かった。

 しかし、近衛兵が剣を抜き威圧するよりも早く、ユイが柄を踏みつつ、飛び膝蹴りを近衛の顔面に叩き込む。

「誰が下賤ですって!?」

 首相撲にて連続の膝蹴りを打ち込み、近衛兵を物理で整形させてゆくユイ。慌ててサモンが羽交い締めにすると、近衛兵からユイを離し床に押さえつけた。

 一瞬とはいえども一方的な攻勢に、近衛兵は泡を吹いて崩れ落ちる。

「うぉい! 何してくれちゃってんのユイ!?」

「離してサモン! どうして見ず知らずのオッサンに……!!」

 周りの生徒もサモンもろともユイを取り抑えて、何とか収まった。

「……コホンッ! 謝罪と訂正、あと慰謝料に反省文を要求します」

 もうどうにでもなーれと、破れかぶれに畳み掛けるニーソ。

 正直、同じ弟子だと本気を出さなければ止められないので、姉弟子の自分が動かない限りは、弟弟子や妹弟子も動かないと思っていた節はある。

 だが、明確に説明してもいなかったので、ユイは近衛兵の言い分にキレてしまった。その結果は予想通りであり、止められないとも何となく思っていたのだ。

 結論、召喚した者をナメ過ぎた連中が悪い。

「ひぃ! なんて酷い事を!」

 お飾りのお姫様は聞いていないので、ニーソは立ち塞がっている近衛兵に、視線で退室を促す。

 気絶している近衛兵は、残念ながら置いてけぼりだ。

 仕方ないので縛りあげ、出入口の前に転がしておく。ついでに平兵士達も積み上げておいた。

「……話しが進まない。困ったわね」

 愛しき相棒のコリーも、私兵のゴブリンも居ない。こんな状況は久しぶりなので、どう切り抜けるか思考を続ける。

 そんな時に限ってトイレと空腹の訴えが挙がるので、平兵士の一人を叩き起こして、トイレまで案内させる。幸いにも刃物である剣や短剣を装備していたので、ありがたく恐喝に使わせて貰う。


 トイレ休憩の後は、案内させて全員で食堂に押し掛け、他の兵士達が奇異な視線を送る中、丸ッと無視して黒いパンとスープをすする。

「ここに居たのか、貴様達!!」

 お姫様を護衛していた近衛兵が、食事中に怒鳴り込んで来た。

「ファイヤー・ボール、アイス・ボール、スパーク・ボール」

 不機嫌な顔をしてアリアが、三連発の縮小した魔法を放ち、近衛兵にタップ・ダンスを踊らせる。

「なっ! 魔法を連続で、しかも略式詠唱で放つだと!?」

 この程度で驚くなら、魔法技術はとても遅れている事だろう。

 師匠の弟子ならこれくらいは造作もない。

 アリアが食事に戻ると、先に食べ終えたサモンが食後の運動とばかりに、近衛兵へと斬りかかっていく。

 食堂内なので体術で抑え込もうとするが、ニーソの体術を思い出し、もしかするとと思い直して咄嗟に抜剣するも、打ち込む瞬間と位置をずらして振るわれたので、近衛兵の手が痺れた。サモンが握る剣は、兵士から拝借したモノであり、安い鋳型なので刃が欠けてしまう。

「ちぇっ、ナマクラかよ」

 更に打ち込むが避けられ、下がりながら握力を回復させていく。サモンは近衛兵がようやく繰り出す、反撃の降り下ろされる剣を避け、延びきった剣身へ打ち下ろし、食堂の床に突き刺さらせる。

 振り返すやいばで首元に突きつけ、近衛兵を下がらせると、突き刺さらせた剣の柄を握り、引き抜いて奪い取った。

「……まぁまぁかな」

 視線で鞘を外させ、納めると自分の腰のベルトに二本とも差す。

「あれ、自前の剣は?」

「勿体無いから温存させといたんだよ」

 ユイが疑問に簡潔ながらも応えるサモン。

ライトさんなら、巻き上げて絡め取るくらいは、朝飯前だろうし」

 サモンの言い分に、師匠の使い魔兼剣豪の技量を思い出し、ユイは納得して何度も頷く。

 そんな会話を聞き、自分の剣を奪われた近衛兵と、見物していた兵士達は、サモンが本気ではなかった事を知り愕然となる。

「さて、皆食い終わったかな? では、王様に会いに行きましょうか」

 生徒達は間延びした返事をして、食器を食堂のおばちゃんへと返して行く。


 玉座に座っている国王は、とても太っていた。

 トロール並みの巨体、分厚い脂肪が垂れ下がる手足、豚の顔、毛並みがくすみ禿げ散らかった頭には、申し訳程度の王冠。呼吸するだけで脂汗が滴り落ち、腹が皮下脂肪で圧迫されるのか、息が自然とあがり、顔が苦しそうに歪む。

 どう考えてもそのうち死ぬような状態だが、目が節穴な家臣達は、豚をおだてて業務を敢行させる。

 その隣に座る王妃は、国王がこなせない執務に追われているのか、物凄く痩せており、目の下にくまが出来ているのか、誤魔化す為の厚化粧によって、皮膚呼吸が阻害され、より一層青白い顔をしていた。痩せているので、当然ながら手足は皮と骨だけ、胸部にはまな板を仕込み、浮き出ているあばら骨をコルセットで包み、体型を隠している。

 此方もそのうち死ぬだろう。

 王妃が後列に座るは、この国の王太子を初めとした息子や娘、その母親の夫人達。

 彼等は至って普通なので、おそらくは陰謀や暗殺の真っ最中なのだと思われる。

「よくぞ、召喚に応じて--」

 ニーソが率いているクラスは、あんまりな王と王妃に唖然としてしまう。一応は跪いていたものの、敬うのが馬鹿らしいので胡座あぐらをかく生徒も少なからず居た。

 家臣や近衛兵から厳しい視線を向けられるも、生徒は意に介さない。

 校長先生よりも話しが長いので、流石のサモン達もダレてきた。

(長い上によく聞こえない)

 それでも堪え忍んでいると、ようやく話しが終わったので、謁見の間から下がる一同。


 結局何が言いたかったのかと言うと、着飾った言葉を並べ立てていたが、大陸の全土をこの国が統一するまで飼い殺しするらしい。

 魔王を全員倒しても帰さないどころか、術が無いので帰れないのだ。

「着いてこい」

 近衛兵と兵士達に挟まれて住まう兵舎に向かうと、ニーソ達が居た世界の建築方法とは、天と地ほどもかけ離れていたので、思わず家畜小屋か何かと見間違えてしまった。

「ムリ、生理的に」

「ここで寝泊まり、身体が持たないよ」

 確かに亜人や獣人が多いのだが、変装はまだバレていないはずなので、ここの兵士達はまさに素で舎畜なのだろう。

「男子生徒だけ、しばらくここで寝泊まりしてね」

「先生、マジで早めに交渉して下さい」

 女性陣代表であるニーソの無慈悲な言葉に、男子生徒達は項垂れる。

 女性陣は教室だった場所を使う事になるが、それに異を唱える勇者は居ない。

「戦闘やこの世界の常識に慣れた者から、順次旅立って貰う。なお、最初の装備はここの兵士が、使い古した物を貸し与えるので、タダとなる。借金しなくて良かったな」

 全然良くないが、ニーソ達は言い返す気力すら、削げ落ちて無かった。


「ニーソ先生。蓮さんとカナタさん、それにシルエットさんをお連れしました」

 次元の裂目を通りハザードが帰って来る。その背後には仔竜を着物の肩に留まらせた龍人と、質素なドレスを着た女性がいた。

 しかし、タイミングが悪く、女子生徒達は男子生徒が居ない解放感を満喫しており、暑さから制服をはだけていたのだ。

「よーし、ハザード君。そのまま自分の机の上に、跪いていて。絶対に顔を上げちゃダメだからね?」

 アリアが、机の上に跪いているハザードの頭を押さえつけ、顔を上げないようにする。

「片膝を着いているからいいけど、着替え中だった?」

「下敷きで仰いでいたのよ。クーラーも扇風機もないから」

 納得するハザード。そうこうしているうちに、制服を着直す女子生徒達。

「カナタ先生、向こうはどうなっているの?」

「マリオンが大わらわして、PTAや生徒集会を開き、生徒達の家族や友人達に説明しているわ」

 向こうと此方の時間の差は、およそ一日といったところだろう。とカナタが補足する。

「蓮君だけでは、あの人が来るか分からないので、私も着いて来ました」

 シルエットは向こう側に住んでいる訳ではない。だからいつでも自分が住んでいる世界へと帰れる。

 例え此方に居る事で身の危険が迫ろうと、シルエットを守る存在が駆けつけるので、どのように振る舞まれても構わない。

「まぁ、オイラとカナタだけだと。クラス一つを守るのは、ちょっと大変でもあるね」

 弟子達を守る事が蓮に課せられた仕事なので、こうした召喚だろうと動く。とは言え、弟子達を守り切れなくても、別に師匠が助けに入るので、絶対という訳ではないのだ。

 蓮はどちらかと言うと、他の弟子よりカナタを優先的に守る。しかし、肝心のカナタが弟妹弟子を気にして動く。

 故に、大抵は着いて回る事となる。

「あぁ、師匠と被ったりもあるか。シルエットさんの旦那さんが、どう動かれるのか分からないし。ちょうど良かったかも」

 どうなるか分からないが、守備に回せる戦力は多いに越した事はない。

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