第30話異世界より、魔王な高弟
とある山あいへ、着物を着た女性が次元の狭間より現れる。
水色の帯にドスを差し、一本足の鉄下駄を履き、器用にも草むらに隠れている木の根や岩を避けつつ、現れた周辺を歩く。
女性は人間ではなく、亜人に分類される龍人だった。耳の上より斜め上へと伸びる角がそれを物語っている。
名はカナタ、とある理由により異世界を飛び回っていたのだが、そろそろヤル気が無くなって来たので、この世界に少しの間腰を据えて落ち着こうとしているのだ。
「目視と感覚による、罠の気配は無し、と。やれやれ、随分と辺鄙
へんぴ
な場所ですね」
独白しながら、圧力を操る魔術を適当な樹に、ドスの鞘が先端で彫る。
これは属性の優劣による従来の魔法とは違う。
そもそも、魔法と魔術はその過程に大きな違いがある。呪文や印
いん
を結んだり、幾何学模様を描いたり、道具を使う等、魔法と魔術には似たような作業があるものの、行使する者のイメージによって威力や効果に違いの出るのが魔法で、どんな人でも手順を踏んで行使すれば、等しい結果を出すのが魔術だ。
しかし、魔術は魔法と違って、行使に失敗した際の負荷が大きい。錬金術で人体を錬成するくらいのリスクが伴う。
魔法も暴走すれば行使する人もろとも、敵味方の区別なく猛威を振るう。
だが、魔術には属性の上書きが比較的簡単に出来ると言うメリットもある。魔法でも上書きは可能だが、消費する魔力が違うので放った魔法を上書きするよりも、保険として遅延させている魔法を放つ方が合理的である。
「風よ。私に危険を、私にチカラを」
ただし、魔術には複雑な事象を並列して行えるという、処理能力が魔法よりも高い。
例えば風、これは気流を生み出す事で巻き起こす事が出来る。また、風を生み出すには暖気と冷気を交互に発生させれば、ただ吹かせる程度には可能だ。
風の発生する場所は大気で、大気には気圧と気温、湿度がある。この中の気圧を下げれば、突風を吹かせる事も、雨を降らせたり、台風や竜巻を起こしやすくさせる事も出来る。
気圧を上げれば台風を逸らせるように、大気の圧力を制御下に置く事によって、天候を味方に着けれるのだ。
雨、台風、竜巻、雷、そして雲を寄せ付けない事で干ばつも引き起こせる。
とはいえ、これでは気象魔法にしか対抗出来ない欠陥が残ってしまう。
「大地よ。私に楯を与え、敵の自由を奪え」
圧力は大地の地下にあるプレートにも存在する。なので局所的な地震を起こす事も不可能ではない。震源が海なら津波だって起こせる。
また、海には水圧があり、深海並みの圧力を加えた極少量の水は、銃弾と同じ程度の貫通力を持つ。
その辺の小川から掬い、圧力を加えつつ敵に向かって放出すれば、なんちゃってウォーター・カッターにもなる。
「……人間は居ないみたいね。ここは遠い未開の地って事かしら?」
この圧力を利用した兵器が成型炸薬弾だ。
ロケット・ランチャーによく使われており、弾頭である科学エネルギー弾には炸薬が充填されている。この炸薬は単なる爆薬ではなく、円錐状に凹ませて成型され、その内側には銅製の内張りが施されている。
これが成型炸薬で、科学エネルギー弾が戦車の装甲を貫くパワーは、この形に秘密があるのだ。
爆薬の表面を金属板にぴったり密着させて爆発させても、金属板には傷がつく程度だ。だが、表面に窪みをつけた爆薬を密着させて爆発させると、金属板に深い穴を穿つ事ができる。これをモンロー効果と呼ぶ。つまり、爆薬の形を加工する事で爆発のエネルギーを集中させる事が出来る訳だ。爆発エネルギーの二、三割が集中するとされている。
この時、円錐部分に銅などの金属の内張りを施しておくと、同じ爆薬でも更に効果が増す。これをノイマン効果と呼ぶ。この円錐の加工精度が成型炸薬の威力を左右する。
戦車に命中した成型炸薬弾は、先端の信管により後部の起爆剤に点火されると、炸薬の後ろから前に向かって爆発が進んでいく。発生した爆轟波の圧力により金属の内張りは気化して、高温高圧の金属噴流を形成する。
この金属噴流は秒速七千から八千メートルという超高速で装甲に接触して、運動エネルギーによって装甲を突き破る事になる。
頑丈な固体である装甲板も、非常に強い圧力が掛かると液体のような性質を見せる瞬間がある。つまり金属噴流の強烈な圧力によって、装甲板の金属を構成する分子そのものを強制的に動かして流体化させるのだ。固体が圧力により流体化するこの限界点を、ユゴニオ弾性限界と呼ぶ。
そして、成型炸薬弾が装甲に穴を空ける範囲は狭いが、穴からは爆風と高速高温の融解した内張りの破片が戦車の内部に飛び散るのだから、乗員や内部機器に甚大な被害を与える事になる。
「圧力操作魔術。後天的な能力である魔法と同じように、先天的能力たる超能力には競り負けますね。まぁ、遠隔にて気象を操って、近づけさせない等の対処法はありますから、大丈夫でしょう」
この魔術はカナタの師匠である人物の、義理の兄が考案した汎用性が物凄く高い魔術だ。
先の通り、気象を操れる。そして惑星にいる以上、圧力はどこにでもあるし、消費する魔力も大気中のマナから賄うので、とても少なく済む。
これが風だけしか操れないのなら、どうにか対処されてしまうが、風ではなく圧力を操るので、水中や地中でも行使が可能だ。
炎すら炎圧を下げる事で低温に留めておけるし、氷も圧力を高めれば融かせる。
しかし、魔術なので即興的には使えないという弱点があり、どうしても脚を止めがちになってしまう。
「ん? 強い魔力反応が遠方にちらほらとある。部族の長か、あるいは魔王って奴かな?」
風を縦横無尽に吹かせて、自分を中心にレーダーとしている。反響した振動数を元に、どこに川や森があるか、また、その群生している範囲はどの程度なのかが判るのだ。
勿論、生き物の位置や大きさも感知しているし、魔力の波長や風が阻まれる結界の有無も大まかに判る。
飛ばしているのは、ただの風と言っても差し支えのないモノなので、逆探知の心配はほとんど無い。
パッシブの結界と精査能力に秀でた魔法使いがいると、カナタの存在に感づく場合もあるが、今居る場所と感知した魔力反応はとても離れているし、仮に空間を短絡させてやって来たとしても、戦えるだけの魔力が残る量にはならない。
周りの地形を調べたところ、全くの手付かずな自然だったので、人口数や密度が開墾する必要が無いのか、開拓するには障害があるからか、人が住む場所もとても遠い。
そして、高い魔力を持つ者はその近辺に居る。
「魔物の強さ的には、充分対抗出来る戦力だから、単に人手不足なのかしら?」
何にせよ、ある程度の情報は集まった。これ以上座して待っても、あまり集まらないだろう。
「まずは、衣食住を確保しないとね」
手っ取り早く、食糧の調達から始める。
地形を把握している上に、魔物の位置は既に分かっているので、一方的に狩りが出来た。
兎や鹿、狸に鳥っぽい魔物を仕止め、血抜きをして木に吊るす。更に山菜や木の実を採っていると、死んだ魚の目をした熊っぽい魔物がカナタへと近づいて来る。
「おや、敵意が無いからどうしたものかなと思っていたけど、なんだかデジャヴを感じる姿ね」
灰色の毛並みに分厚い皮下脂肪、まさに熊そのものである。その熊はカナタに近寄り、手持ちの魚を差し出しつつ、手元の木の実を頂戴とばかりに、爪で器用に指し示す。
「欲しいの?」
熊は頷く。
「いいわよ、あげる。お魚はいらないわ。その代わりに、私が食べても大丈夫そうな、山菜や木の実を教えて?」
木の実をもらうと熊は頷き、カナタに着いて来るように促す。
熊の住む樹のうろを借り住まいとして、熊と一緒に行動する数日のうち、カナタはこの森に家を建てる事にした。
熊曰く、森に主は居ないが、隣の山や川には主が居るらしい。
「白い狐が山の主で、川の主は河童。妖怪の類いかー……」
大抵の妖怪は身体能力が高いので、下手な魔法は当たらない。撃退するには向こうと同じように近接戦闘で挑のが定石である。特に河童は尻魂玉を抜いてくるので、その近接戦闘たる相撲に勝たないと、菊な場所が開発されてしまう。
「胡瓜をエサに懐柔しなくちゃ、相撲には強いらしいから、まず勝てないわ」
が、肝心の胡瓜が何処にもない。
森に無いのならば、山を探すしかないだろう。
「狐には油揚げよね。幸いにも豆類はあるから、調理魔法でサクッと……あ、油がないや」
大層筋肉質な二足歩行の猪を見つけ出し、蔦が張り巡らしてある天然のリングにて一騎打ちをする。ちなみに亜人ではなく魔物だ。
手持ちのドスでチョップやキックを捌き、脇辺りの筋肉を切断し、膝の皿を砕いてダウンを取った。
「……3! 2! 1!」
テン・カウントきっちり取り、首を切って命も取る。
「油が取れるといいんだけど……」
お手製の鍋で猪肉を煮込み、ようやく少しの油が取れるも、それだけでは足りないので、更に三人のレスラーを葬るカナタ。
虎にシマウマ、ある惑星にいそうなGの如きレスラーもいた。
「……流石G、しぶとかったわね」
Gの瞬発力は新幹線の初速と同等、痛覚も無いので打たれ強い。だが、気象を操れるよう事前に魔術でリングを支配下においていたので、カナタは足場を崩して頭部をメッタ刺しでえげつなく勝った。生き延びた者が勝者、それが自然の掟である。勝てば官軍、負ければ賊軍。
「うーん、Gから油が取れるとは思えないけど、妙にテカっているし、私が食べる訳じゃないし」
ひたすら混ぜて煮込み続け、ようやくサラサラした油が抽出できた。
同じ弟子から習った、調理魔法で揚げた油揚げを木の葉にくるみ、カナタは熊に留守を任せて、山奥へと向かう。
「この辺りに置いてっと」
檻を魔術で作り、中に油揚げを置く。知能がある狐といえど畜生に変わりはない。故に理性が本能に負ける事もある。
待つ事数時間、檻を壊そうと白い狐が狐火で焼くも、檻は焦げてすらいない。
現れてからというもの、罠である檻を見抜いて壊すべく奮闘する。檻の中には入って居ないので、カナタは掛かるまで待ちの体勢だ。
しかしながら、檻はびくともしない。
狐は人型に化けると、竹らしい植物を使って油揚げを引き寄せる。
してやったりの笑みでカナタが居る方向を見ると、狐は獣へ戻り何処かへと走り去った。
「流石畜生、食欲には負けるのね……」
カナタでも発見が遅れるほど、油揚げには微量の痺れ薬が仕込んであるので、捕獲はどうとでもなる。
歩く事数分、痺れて動けない狐がスライムに襲われていた。
「スライムか。不定形なら本来動きが鈍いはず、アメーバや粘菌然り。骨も筋肉もないのだから。けれど異世界のスライムはコアの本能により、自在に筋肉や骨を生み出して活動している」
狐の首を持ち、触手を伸ばすスライムから距離を取る。
「そして、不定形故に、打撃斬撃銃撃が効かず、拘束手段がほとんど無く、危険すぎて手加減してやれない」
だから、勇者はスライムを狩ってレベルを上げてゆく。
「弱点は燃焼による焼き尽くしや、氷結による凍結処分。または、圧力を加えて不定形を無理やり固まらせて、内圧によるコアの粉砕」
深海魚が浅瀬で生きられない理由の一つに、深海の圧力に耐えるべく、自らの内圧を深海と同じように保っている。
急激な圧力の変化には、あらゆる生物が対応出来ない。
高山病も、気圧が低いところで身体を慣らさないと掛かってしまう。また、慣らしても適応出来ずに高山病に掛かってしまう場合もある。
(神経を流れる電気信号より、電圧の増幅と電流の収束。……喰らえ--)
「--ピンポイント・ブリッツ!」
指先からレーザーの点射を繰り出す。電圧だけではたいして感電しないので、電流も組み合わせ確実に感電させた。
しかし、耐電能力が高いのかコアは砕けていない。
「空圧砲!」
扇風機の仕組みを拳銃サイズに纏め、範囲が物凄く狭く、途切れる事の無い暴風を生み出す。
竜巻などの気象現象は勿論として、ただの突風でも被害は大きい場合がある。その範囲を銃弾並み、威力は風速五十メートルと仮定したら、その点と線の局所的攻撃はとてつもないだろう。
鉄パイプを容易く曲げてしまうチカラが、不定形の肉体を突き破りコアに直撃した。
「あら、砕いたのに不定形の肉体が残っている?」
狐を檻に入れて、解毒魔法で痺れを取ると、ドスを抜いて辺りを警戒する。
おそらく、瀕死からの分裂で、元のコアを犠牲にして、なんとか持ちこたえたのだ。
当たる場所が点である以上、他の部位は無傷なので、この空圧砲の弱点となってしまう。本来は連射して風の銃弾が当たらない箇所をカバーする事で、点ではなく面による攻撃を行う。もしくは狙撃による必中必殺でなければならない。
「実力の差が分からないなんて。これだから脳みそが無い、ゴースト系や不定形の魔物は嫌いなのよ」
忍び寄る触手を、熱を帯びさせたドスで焼き切り、足捌きの動きはそのままで、交互に足を動かして、鞘で地面へと魔法陣を描く。
「地圧、鳴動!」
局所的な地震が発生し、足場の地面がひび割れ、不定形の肉体が呑み込まれていった。
やがて地面が元に戻ろうと動き、呑み込まれたスライムは挟まれてもがくも、抵抗虚しく潰されてしまう。
「やれやれ、この世界のスライムがこの戦闘力。亜人や人間はもっと強いのかしら?」
カナタが倒したのはスライムの中でも特に強い、デモン・スライムと言う上級の魔物である。
魔王クラスのタフネスを持ち、魔法や格闘もこなすスライムだ。
この地域に住むスライムの中で、突然変異したスライムがデモン・スライムへと稀に進化する。そして元の巣ごと同族を殺して、更に餌を求めて放浪していく。
やがてその場所を支配する魔物と争うのだが、この個体はカナタが倒してしまったのでどうでもいい。
放っておいても狐なら、相性的に勝てた相手である。痺れていなければ、撃退するのは充分可能だった。
「お前に問いたい。胡瓜って山にあるかい?」
毒を盛られたが、助けられたのも事実。ただ、狐はカナタの実力を間近で見て勝てない事を悟っていたので、従順に頷く。
そして、胡瓜が実っている場所を教えて、カナタに着いて来た。
「森と山の主って訳ね。魔物しか居ないから、猿山のボスもいいところだわ……」
少しげんなりしてしまうが、熊と狐くらいしかいないので、ボスかどうかも怪しい。
翌日、川の主を探し出し、手土産の胡瓜を渡して同盟条約を結ぶ。
河童はカナタの使う魔術を恐れていたが、川から離れ過ぎると頭の皿が乾くので、どうしようもなかったところに、向こうから近づいて来たのだ。
「水運とか、頼んでもいいかな?」
河童はカナタが作った味噌っぽい何かに胡瓜を付け、咀嚼しながら頷く。
水辺である河川を、氾濫しないよう工事も任せ、その対価に野菜を提供するのだ。
熊と狐に自宅の図面を渡し、頑張って造って貰う。その間にカナタは森に住むレスラー達を、家畜として生け捕りにしていき、原始的な畜産を始めた。
ハーピーで養鶏、ケンタウロスは移動手段、ただのスライムはその悪食を利用しての、ゴミ処理装置にする。糞や埃などを餌にしても増えるので、非常にエコであった。
そして、魔物達に共同で自分達の食べる野菜を作って貰う。
農作業は全員で行う、そうする事で共通の目的を持てるし、連帯感も生まれる。
また、熊には各魔物の家を作って貰い、狐には質素でいいから衣服を縫って貰う。
河童は木材の運搬や河川の工事、そして川の仲間に魚の提供をお願いする。
そんなこんなで毎日が忙しく、充実していたある日の事。
突然、よそにいた獣の特徴を持つ亜人達が、カナタが治める地域に宣戦布告をしてきた。
剣士や弓士、槍を構えた歩兵、騎馬に投石器などを用意しており、戦争する気満々である。
対するカナタの部隊はGレスラーや河童、木剣を構えたケンタウロスに、ハーピー編成の投石部隊で、いささか見劣りする。
「しれ者どもめ、死を持って償え!」
カナタは宣戦布告を聞き入れると同時に、圧力操作魔術にて竜巻や地震を起こす。奇襲同然だが、戦争とは始まる前からある程度勝ち負けが分かっているものなので、あとは落としどころという妥協案の探り合いとなる。
ただし、それも証人という生き残りが居る場合のみで、文字通りの壊滅は、情報のやり取りが進歩していないこの世界において、圧倒的な恐怖に対するプロパカンダに利用され、次の侵攻準備を与えてしまうだけだ。
とはいえ、それすら撃退できるチカラを、カナタは個人的に持っている。
侵攻する軍は最大でも三回程度、それ以降は民意による反対で軍は停滞するのがお約束だ。
宗教的理由ならまだ違うが、この世界の一国の軍事力はどこも似たり寄ったりで、度重なる侵攻を行うと軍も人手不足に陥る。
何よりも他国に隙を見せる事となりかねない。
勝って帰ったら祖国が無かったとか、笑えない話しである。
故に遠くの国とは仲良くし、近くの国を攻めるという考え方があるのだ。
この侵攻作戦は他の国も行って来たが、尽くカナタが退けてしまう。
亜人の国を治める魔王達は、一同に集う会合を開き、カナタの治める魔物の村を連合軍で攻めるという案を取った。
あの場所は未開の地、資源の宝庫でどの国も領土として欲しがっていたのだ。
それを、どこの馬の骨とも知れない奴が、勝手に住み着いている。
オマケに周辺に住む、屈強な魔物達を従えているから、始末に置けない。
蹂躙して奪い、他国を出し抜き少しでも広くを、我が領地にする。それが全員の考えだった。
しかし、連合軍は波状攻撃を行うべく進軍するも、竜巻に切り刻まれてしまう。
気象魔法の使い手を派遣しても、こちらが雹や突風を吹かせても、相手は地震や落雷を落とすので、規模が違い過ぎて負けてしまった。
挙げ句、連合軍の総司令官が戦死し、その総司令官がいた国は他国に攻め込まれ、てんやわんやの大騒ぎとなる。
結果、一国が滅び、二国が併合しようとしてにらみ合い、その他の国々は兵力の低下に陥った。
ある日、カナタの住む村元へと、遠く離れた国より使者がやって来た。
「私のせいで国がひっちゃかめっちゃかになったから、責任と賠償を取れって。……え、新手のジョーク?」
一蹴して村から叩き出すが、村はずれでなおも使者は喚く。
「レスラーの方々。生きのいいサンドバッグが、村はずれにいるよー?」
使者はパイルドライバーの練習台となって、地獄へ逝った。
そうして向かって来る敵を皆殺しにしていると、いつの間にか最強の魔王と呼ばれるようになっていたが、カナタが知るのはもう少し後の事である。
魔王ライフを満喫して村をせっせと補強したり、周辺国の情報を集めていると、新しい魔王が現れたという知らせが入った。
行商人曰く、魔族が軍備の増強をしているので、しばらくしたら戦争が起きるかもしれないと言う。
予想に反して魔族の国はおとなしくしていたが、隣国は警戒を怠らなかった。
「魔王もいつの間にか、四人にまで絞り込まれたわね」
情報が少ない上に、カナタは村を動かない。また、領土も村とその周辺のみであり、他国が思っているような領土は持っていない。
なので、村を攻撃しなければ、その辺の土地はくれてやるつもりでいる。
「新しい魔王ねぇ。筋肉馬鹿と媚び売りブリッコよりはマトモである事を願うわー」
カナタ以外の二名は、まさに異世界の典型的な魔王で、一応は不可侵条約を結んでいるものの、何度か遠距離魔法を撃ち込まれたりしてきた。
そのたびに森や山が荒れるので、一度向こうの二国に地震と、氷河期並みの極低温を降り注がせる台風をプレゼントしてやった事がある。
二国が亡国とならなかったのは、軍事バランスの崩壊を恐れた亜人の国々が尽力して復興したからだ。
「さて、今日も炭鉱夫をしますか!」
最近のカナタのマイブームは、炭鉱夫の真似事である。
魔法で地中から抽出するのもいいが、それだとカロリーが消費されないので、せっかくなら身体を動かそうと言うのだ。
龍人なので基礎能力も高く、粉塵爆発に巻き込まれてもへっちゃらである。
新しい魔王がカナタよりも格上であると知るのは、その年の会合の時だったが、カナタが恐怖するよりも安堵したのは言うまでもない。
新しい魔王である
魔法によって龍型体になろうとも、ドスによる近接戦闘や合気道によるカウンターすら、逆に返されてしまう。
ましてや今のカナタは修行の身、到底本領発揮には程遠い。
が、そうであっても命までは奪われないようになっている。
本来ならこの世界よりも上位の世界から来たカナタは、転生者以上の脅威であり、よその使徒からは常に警戒されてしまい、下手すると使徒に問答無用で協力しなければならないのだ。
それ故に使徒の弟子は他の使徒に会うと、怯えて過ごす事となる。
しかし、カナタの師匠は弟子思いなので、弟子の命が危ないと知った瞬間に、弟子の元へと駆けつけてくれる手筈となっていた。
師匠は最高の魔女であり、最強に近いと謳われている程の実力者。
その弟子の一人なので、他の使徒はちょっかいすら出さないし、師匠を良く知っている使徒ほど優しくしてくれる。
そうすれば師匠に会った時、その使徒の株が上がるかもしれない、と言う下心がなきにしもあらずであった。
虎の威を借る狐と思われるが、それがコネクションであり、無一文や瀕死でも使える切り札だ。
立っている者は親でも使う。それが利己的であっても、自分達の生活を脅かす存在には、釘を刺しておかないとナメられる。
ナメられたら相手はつけあがるので、相応の制裁的意味合いも兼ねているのだ。
カナタは今日も村を守り、その他は混沌が上手く抑えてくれていた。司祭な勇者が現れるまで、実に平穏な日々が続く。
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