第29話弟子達の戦い

 左右に持つ鉛筆で、それぞれ違う字を書く。

 これが急遽、ハザード達の修行に取り入れられた。


(反応に腹が立ったからって、この仕打ちは酷い)


 師匠はこの鍛練を繰り返したからこそ、魔法陣を描く速さが違う。

 更には同時に複数の魔法陣を描き、陣を連結させる事でまた違った魔法を扱える様にもなる。

 勿論、強化や発展版の魔法にも使えるから、出来る様になって損は無い。


 だが、素早く文字を書くにはかなり時間が掛かる。


 それでも繰り返し描き、師匠の道を辿るのには、師匠に勝つだけでなく、各々の理由があった。

 ハザードはただ単に、ディープ以外の師匠とも戦いたいから。

 ヤマトは調理の更なる上達、サモン等は武器のまだ見ぬ形態を見る為だ。



「その位でいいだろう」


 ガンダムの号令で、集まった弟子達は、腕や手のマッサージを始める。



「ガンダムは随分と素直じゃないな」

「フィロ・フィナーレ」


 コリーの軽口に、マスケットを突き付けて応えた。


「おいおい、危ないな」


 全身を闇に変え、緊急回避する。

 次いでに背後へ回るも、互いに手刀を首筋に添えていた。

 一触即発だが、誰も焦ってはいない。


「止めて下さるかしら、師匠の前で死合うのは」


 ニーソが双方を宥める。

 仕方なくといった風に、二人は離れた。

 これ以上は師匠が介入して来るので、それだけは避けたい。


 師匠は修行部屋の隅で、妖精と魔力の球を作っている。

 ただの魔力球では無く、妖精と波長を合わせた上での、協調性同化無詠唱魔法。

 上級の詠唱魔法よりレベルが上の難易度を持つ魔法だ。

 ディープと妖精の魔力を、協力して同じ一つの無詠唱魔法として発現させている。

 戦闘には向かない魔法技術だが、そもそも魔法とは術者の思いを、その通りに実行できるか否かが本分だ。


 できない者は魔法に使われ、できる者は魔法を使う。

 これを履き違えていては、駆け出しだろうと一流だろうと、魔法使いとは言えない。

 それに魔法は戦い以外の使い道こそが本領であり、最も習得と熟練が難しい。


 故に近道は無い、これは科学も同じ。



 ディープと妖精は弟子達へ、何の合図も無しに球を放る。

 咄嗟に防壁を張る者、避けようと走る者、威力を削ぐため球を作り、ぶつけようとする者。実に様々な反応を見せる。

 中でも目を引いたのが、我が身を盾にするべく動いた弟子だ。

 いや、盾と言うより、自分自身を緩衝材の代わりにし、球の威力を殺すための様である。

 炸裂させた時の鉄片で、相手を殺せる手榴弾なら、これで仲間達を守れるだろう。

 生憎と、魔法で出来た手榴弾たる球では無意味だ。

 爆光と可聴領域を超えた音が、弟子の身体をすり抜けていく。



「スタン・グレネード……」


 しかし、身を挺した弟子のおかげで、威力はすこぶる弱い。

 球をテレポートさせようと、座標指定に手間取っていたハザードが、獣耳を寝かせつつ爆心地へ近づいた。

 目を回しているのは同級生であり、家事担当の一人でもあるサキモリだ。


「洗濯当番が犠牲になったか。隅に寝かせておけば、そのうち気がつくだろう」


 コリーはひとまず状態を確認すると、サキモリを闇で包み、部屋の隅へ運ぶ。


「悪くない対応だったが、非戦闘員が取る行動ではないな」

「闇の精霊は悪魔とは違うんだろう?それなのに自己犠牲は嫌うのか?」

「自己犠牲は時と場合を選ばないと、ただの自殺行為でしかない。それだけだ」


 ガンダムはコリーに問うが、さも当たり前な事を返される。

 この当たり前の事や、世間一般の常識がズレているからこそ、ニーソは惹かれた。

 馴れ初めは甘酸っぱく無いが、コリーもニーソの常識へ捕われない行動力に、不覚にも魅力されてしまう。


 師匠は弟子がどのような人生を歩もうと、口出しはしない旨を伝えている。

 だから、弟子同士や余所の人と恋愛しようが、結婚したりしても問題無い。

 ただし、弟子が戦闘で危険な状態ならば、手助けくらいはしてやる。

 それが次元を跨いでいたとしても、ワルキューレが自動で感知し、機杖内部の魔力で転送や跳躍系の魔法を放つ手筈だ。


 全盛期から愛用している機杖ならではであり、最強だから出来る力業となる。

 まさに能力任せのチカラ任せ。



「良し、今日はここまで」


 コリーの号令と共にへたりこむ弟子達。同時に師匠と組み手していた弟子も構えを解く。


「各自、復習しておくように」


 放課後のハードな修行も、一週間続けると強くなった実感が湧いてくる。

 ハザードはサモン達と一緒にクエストを受け、モンスターを撃退するたびにそう思う。


「ファイアッ」


 野良ゴブリン達へ、ナイフを持つ左手から拳大の炎球を放ちつつ、鎖を巻いた右手で、パチンコ玉を石礫代わりに投げつける。


「スパーク・バニッシュ」

「サンダー・アロー」


 サモンとユイが合わせて付加斬撃や電撃魔法を放つ。


 炎熱でパチンコ玉は融け、付着したゴブリンは電気が流れやすく、またアース代わりにもなり避けにくい。

 最後の一体は鎖を鞭のように扱い、縛り上げて電気を流す。


「ゴブリンもニーソ先ぱ、違った、先生のところと比べると弱いよな」

「いやいや、最早あれは別物よ。新種申請すれば絶対通るわ」

「体術や武器の扱いが弟子並みって、下手すると一個中隊より強いって」


 戦闘を想像しても、苦笑するしかない。


「まぁ、一番強いのは妖精ゴーレムだろうな」


 サモンの呟きにユイとハザードは、何を今更と思いながらも相づちを打つ。


 師匠の妖精達は特別な訓練すら受けていないが、師匠を守る為ならばドラゴンだって殴り倒す。

 そんな事をニーソ先生から聞いていた。

 実際は兎も角、防御力が桁外れに高い為、簡単には一笑出来ない。

 とは言え、師匠の心配をするくらいなら、自分の心配をする様に言われている。

 依頼であるゴブリンの退治を終え、ギルドで報酬天引きの買い物を済ませ、ハザードは二人と別れた。

 帰路の途中で瓶詰め妖精達に会い、古城へ乗せて貰う。

 お礼に駄菓子を細かく千切り、妖精達へ渡す。

 妖精達からケチな奴を見る目を向けられる。


「師匠と違って、弟子は妖精に甘くないんだよ。それにこの方が悪平等にならないし、師匠から貰う菓子がより良く思えるだろう?」



 ハザードの言い分に、妖精達は目に見えない優しさもある事を知り、少し戸惑う。

 思い返せば、ディープからは形ある優しさの方が多い。

 それしか表現の仕様はないとばかり思っていたが、ディープはまだ子供だ。

 ハザードより若いのだから、毎回違う表現方法を求めるのは酷と言うもの。



 弟子のハザード達は試練を受ける前、転生前のディープ直々に、次元跳躍関係の装置を魂に組み込ませた。

 この時から別次元に移動しても、各世界の時間に取り込まれての老化速度や成長速度等、それらの影響を受け付け無くなる。

 ただし、厳密な不死でも不老でもない。

 獣人は他の種族より老化が遅いという定説があり、見た目は若くとも年寄りな場合が多いのはその為だ。




 ハザードの部屋には先客がいた。

 ベッドの下へ潜り込み、何かを隠しているか、探しているようだ。


「……よし、ここならバレまい」


 ハザードは直ちに部屋から離れ、ニーソへコリーの秘密を話す。


「どうもありがとう」


 笑顔が怖いので離れておく。


「コリー」


 ハザードの部屋へ向かう途中で、ニーソが呼ぶと、真後ろから気配がする。


「呼んだ?」


 なにくわぬ顔をするので、無性に殴りたくなるも堪えた。


「ニーソ先生、凄い」


 小声でハザードが呟く。


「コリー、渡しなさい」

「主語述語が抜けてるぞ?」


 冷静にツッコミを入れる。


「ハザードの部屋に隠したブツを、持って来て渡しなさい」

「何の事かな?」


 惚けるコリーを見て、呆けるニーソは、我に帰るとハザードの部屋へ走った。


「ブツが無い……」


 おそらく闇のゲートで自室へ回収したのだろう。

 これではコリーの弱味を握れない。


 煙に撒けたコリーは、内心で安堵する。

 ブツを見られる訳にはいかない。

 ハザードなら大丈夫だろうと思っていたが、弟子でも何でもない精霊には容赦しないようだ。

 男なら誰でも見たことや、聞いたことがある本の類いでは無い。

 あれは小説の資料であり、エルフ等の亜人種がモチーフの四十八手。

 見られたら破滅か服従のどちらかだ。


「ハザード、ちょっと本気出して追い詰めて」

「見返りは?」

「弟子を含めた、上玉な女の子を紹介してあげる」


 現金なハザードは、獣人特有のしなやかな筋力と複合させた異能で、空間を固めて急接近しコリーの鳩尾と顔面を同時に狙い突く。


「ちょ、まっ、ヘブライっ!?」

「これが、弟子の意地だ!」


 割りと呆気なく倒されるコリー、決してニーソの睨みが効いているので逃げなかった訳では無い。

 結構本気で避けようとしたが、思った以上に複合での結界は固く、ハザードの鬼気迫る気迫に負けたのだ。


「先輩、自分も先輩達のように砂を吐くような、リア充をしてみたいです」

「……勝手にすれば?」

「え、紹介の約束は……」

「ん、気が変わったからしないわよ?」


 言質を取っても、弟子の上下関係を押し出す事で黙らせる。

 一応、ハザードの発言にも非があるので、概ねニーソの対応も間違ってはいない。亜人

ひと

としてどうかと思うが、それはそれ、これはこれである。

 ハザードは落ち込みながら自室へと向かう。



 翌日に屋上で独り昼食を食べていると、同じクラスであり弟子の一人でもある女子生徒が訪ねて来た。


「何落ち込んでんのよ。あ、さてはフラれたー?」

「……フラれては無い。ニーソ先生に約束を反故されただけ」

「何の約束?」

「言えない、少なくとも女子には絶対に」


 女子生徒の名前はアリア、銀髪でセミロングのポニーテールをしている。身体的な特徴に乏しい体形だが、貧乳も立派なステータスなので問題は無い。

 付け加えるなら、ハザードの撫で方がスバルの次に上手い事だろう。

 魔法陣を主に使う後衛なので、魔法使いらしい弟子とも言える。


「言えないほど卑猥な約束をするからよ」

「思春期の男子に謝れ、エロスな頼み事じゃないし!」

「なら言えるでしょう?」


 ハザードは言いくるめられつつも、視線を泳がすしか出来ない。

 しかし、このままではあらぬ疑いを掛けられてしまう。

 そうなるとリア充生活からは遠のく、早めの決断が迫られていた。


「……笑うなよ?」

「あはは、おかしい!」


 ジト目でアリアを見るハザード。

 だが、アリアはおかしいと言いながらも、目が笑っていないのだ。

 おそらくは前フリが笑って下さい、と言っているに等しい台詞だから、最初に笑っておくつもりのようである。そうすれば後から笑う事は少ない。

 配慮してくれているのだろう、そう思いたい。


「先生のように砂を吐くようなリア充を送りたいから、女の子を紹介してと頼んだんだ」


 コリーの前後については伏せておく。


「うん、余計な事言いたいのも分かるけど、言わない方が良かったと思う」


 他の弟子ですらニーソ先生とコリーの仲は、見るに堪えないそうだ。


「んー、分かった。そんな軽い気持ちで付き合うと、他の相手が可哀想だし、私がお試しで付き合ってあげてもいいわよ?」


 凄い軽い気持ちで交際を申し込むアリアだが、内心ではハザードを存分にモフれるまたと無いチャンスだと思っている。

 そして、ハザードも特に断る理由も無いし、撫でて上手いからいいかなと思い、簡単に承諾した。


 恋に恋している訳では無いので、お互いに軽い気持ちだから別れる際も後腐れなく済む。


 後にズルズルと互いへ依存しあう歪な関係を築くのだが、この時の二人は知るよしもない。

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