第26話使徒

 翌日、ディープは修道院の近くを流れる川に入り、魚の動きを見ている。

 スターはチャクラを足の裏から出して川の上に立ち、独特な形をしたナイフである苦無くないを魚目掛けて投擲していた。

 会うまでは二人ともあれこれ悩んだが、会ってしまえば気恥ずかしさはなくなり、仲良く遊びつつ鍛練している。何故か今日は川に行ってみようと思い、引き合うようにスターと再会してしまったのが、つい先程のこと。まだ子供なのに、大人の真似事はするものではない。


 ディープはスターのことを意識するうちに、少しずつ前世の記憶を思い出していた。

 中でも印象深いのは、破壊神の謝罪と、使徒の運用に関することだ。

 自分が死んだ原因は、神魔の喧嘩に巻き込まれたことだった。運良く神魔が気づいた時には遅かったが、破壊神の制裁で敵討ちは成される。その後に個別転生させられ、弟子に護られて今日に至る次第だ。

 スターに確認したところ間違いないらしい。スターもまた自分の弟子に護られつつ、弟子達に課した試練を、達成させる手伝いをしている。

 使徒の運用には、破壊神が召集を掛けた際、使徒達は全盛期の力量と記憶を持って、復活し本懐を果たす。その後再び記憶や力量は、現状にまで低下するという便利な仕組みだ。

 当の使徒本人達からすればややこしくて仕方ない。

 それでも面倒臭がらずに努力するのは、前世を糧に第二の人生をより良く生きる為だった。実際には第二どころではないのだろうが、今を生きるので忙しいから考えない。


 ディープは川の流れを掴み、少しずつ掌に集めて球体にしていく。

 同時に額には風を集める。目には見えない水流と風流、それを手元に置くことは、至難の業であり奥の手に通じるモノ。

 スターは既に会得しているので、自分が連れている存在への、食糧を確保するのに躍起だ。

 スターができるのなら、ディープにもできる道がある。使徒同士の方向性が似通っていることは多く、多少の差はあれど応用次第で会得できるのだった。

 徐々に形が出来てくる。

 掌から水流の速度を感じ、更に上げては球体内で縦横無尽に渦を巻く。額も同様にできた。

 あとは威力のみだが、下手に放つと危険なのでビンに封印しておく。ビンは自前の魔力が液体になるまで、満たしていたので割れない。

 乱回転する中身を妖精が遠巻きに見ている。近づかないのは、それだけ威力があるからか、珍しいからのどちらかだ。前者だと思いたいが、おそらく後者だろう。

 川から上がり、スターの真似をして釣りをする。魔力の糸の先には餌の代わりとして水の妖精達。お魚さんが面白いように釣れた。

 スターから釣りじゃないと苦言を言われるも、釣った魚を全部あげたら、苦笑いでお礼を言われる。

 糸は相手の魔力を乱したり、魔力の流れを調整が基本的な使い方。妖精を餌に釣糸として使うことは、普通なら出来ない。糸は魔力であり、魔力は物質ではなくエネルギー体だから。

 でも、ディープは糸を実体化させることが可能なので、素早く振るえば木を切断するくらいの強靭さと、鋭利さを発揮する。自身に巻き付けて、頑丈さを求めれば剣や槍にも負けない。

 あとは武器や防具の錬成が素早くできるようになれば、余計な出費を抑え込める。

 これはスターもまだ出来ない技法だ。


 影を歩いていく存在は光が無いと迷う。前世との繋がりを断つ気は無い。

 だからこそ、忍者見習いとは仲良くしないと本当に一人ぼっちだ。隣を歩くのはまだ見ぬ兄弟姉妹か、スターでないと安心出来ない。

 弟子は確かに強いが、背中を預ける程には心もとないと思うのは、単なる我が儘か、師匠としての意地か。兎も角、ここいらでスターの好感を上げて置けば、後々から借り貸しも巧く進む。

 スターには見破られているだろう。でも指摘しないのは、免疫が無いか満更でもないからのどちらかだ。

 別にどちらでも構わないと思う。まだ幼いのだから、余り大人びた事を急く必要がない。

 しばらく鍛練を二人で行った後、夕暮れ時となったのでスターは家に帰った。


 ディープは院長から論理的で長い説教を聞かされる。どうも昼食に帰って来なかった事へ対し、とても心配したらしい。ディープは過保護な弟子に呆れつつ、むず痒くも嬉しい気持ちになり、終始笑顔でいた。

 院長も解っているのか、合間で笑っている。

 そして最後に、明日は魔王へお使いに行ってもらうと言う、爆弾発言を聞いた。

 ディープは少し呆然となるも、返事をして聖堂へ向かう。


 ディープは弟子の性格も思い出してきた。

 初期の弟子は才能と人格両方に恵まれた者が多い。次に戦闘や才能だけ特化した弟子。魔法だけや武器の扱いだけに秀でた弟子。戦闘以外に道具を作ったり、運営面が得意な弟子。魔力や体力等はあるが、基本的に家事しか出来ない弟子。能力は低いが性格に難有りの個性的な弟子。才能が無くも努力を続ける弟子。

 どれもこれもが初めから師匠より勝っている。

 弟子自慢ではないが、運営面や家事は向こうの領分であり、師匠としては見習いたい程上手い。

 魔王は初期の弟子であると聞く。

 ただし、才能に富むが性格が最悪だった。優しさの裏に黒い刃が見え隠れする。それが計算ずくであり、天然なのだから堪ったものではない。

 弟子の中では順調に錠前を開ければ、ディープにも太刀打ちできるであろう有望株だ。

 だが、今のディープは師匠の時より格段に弱い。

 今回は弟子に負けるとマスターキーを、差し出さねばならくなる。試練を一抜けするのは別に構わない。

 本来ならディープが負けるはずがないのだが、生きている限り負ける事もある。

 問題は兄弟姉妹の弟子とも戦う事を、告げていない方が重要だった。おそらく弟子は憤慨するだろう。

 こんな無茶苦茶な試練を終えても、戦わされる事に正気でなくなり、闇雲に突っ込むか、下手に暗躍し過ぎて策士、策に溺れる。

 それでは今までの修行や苦労が報われない。

 故にこそ、師匠として戦いの最中に教える他なくなった。


 ディープはラフなワンピースから、迷彩色の長袖長ズボンに着替え、ローブを纏い妖精達を潜める。全て院長のオーダーメイドだ。

 ギルドマスターに護衛と案内を任せ、院長と魔槍使いを引き連れ、魔王の住む城へ向かう。西洋と東洋の城を混ぜた様式なので遠くからでも目立った。

 内部もあべこべで、常駐する兵士の鎧兜や武器さえまぜこぜだ。謁見の間には畳が敷かれ、西洋の玉座が鎮座している。

 魔王が威圧感を迸らせて座っていたが、ディープ達には関係ない。

 黒を基調とした服に、飾り角と冠を被っている。組んだ手には片手剣を杖替わりにして床へ突き刺す。

 まず最初は来賓の者が口上を述べるか、兵士から紹介があるのが普通だが、魔王から声を掛けてきた。異例中の異例であり、内容も魔王の威厳がまるで無いものなので、居並ぶ兵士や大臣達は面食らう。

 ギルドマスターは横に並んだディープへ目配せするも、魔王の口上が長く正座により足が痺れて動けないようだ。震えて少し涙目になっている。どうやら足を崩そうにも、それすら出来ない状態まで我慢しているらしい。

 予定ではディープが前に出て、マスターキーを使い錠前を外すのだが、それを読んでわざと口上を長くしたのか。前に進み出ない師匠に対し、難癖付けてマスターキーそのものを奪うつもりのようだ。

 これだから魔王に近づけさせたく無かった。

 ディープはギルドマスターの視線を的確に読む。

 元暗殺者は目で口以上にものを言う。足音や衣擦れすら発てない職業だからこそ、独特な目配せで会話する。

 仕方ないのでマスターキーを囮にし、足の痺れを回復させておく。

 魔王はディープが操る念動力により、マスターキーを掴み外したい錠前を解いた。

 ディープは立ち直り、すぐに返却を求める。

 だが、半ば想定通りに魔王は拒否した。マスターキーを魔王への献上物と宣う姿勢は、滑稽ながらも筋が通る。

 黙っていないのは魔槍使いと合成導師の院長で素早く構えた。ギルドマスターもマスケット銃で兵士達を牽制する。

 不敵に微笑む魔王は、手で臨戦態勢の兵士や慌てる大臣を諌めた。

 ディープも三人を宥める。場所が悪い為に外の演習場への移動を、魔王が提案しディープは了承した。


 道中で弟子を説得し、ディープと魔王が直接戦う事になる。演習場には罠や伏兵はいない。中と違って広いから全力で戦える。

 魔王は片手剣を構え、ディープは城で借りた身の丈程の杖で挑む。

 魔王の剣は見た目と違い、リーチが長剣程もあり、取り回しはナイフ並みに速い。記憶が思い出してきたと言うより、閃きに近い認識で見破る。

 距離を常に取りなるべく遠距離で戦うが、魔王の戦闘力は一筋縄ではいかない。妖精がいないので鉄壁の防具が無い今、防御は身体強化が主だ。

 剣の切れ味は中々だが、油断に漬け込まれるヘマはしない。魔王の魔法は波長を合わせる事で威力を軽減できる。


 今のところ劣勢ではないが、ディープはまだ子供なので長期戦になると不利だ。

 それはディープ自身がよく分かっていた。だからこそ、出し惜しみはしない。

 右目から無詠唱魔法を放つ。

 しかし、これは囮。


 本命は右目の奥に刻まれてある、召喚魔法の起動だった。右目には魔力以外にも秘密がある。

 それは数々の鍛練で感じられるようになった奥の手。使えば何が起こるか分からないが、これだけは言える。前世の残した形見は、現世の自分の望みを、どんなものでも叶えるだろう。それが召喚魔法であってもだ。

 視線を追うように魔力で描かれる六芒星、その内側には五芒星も追加される。


 ビームを避けていた魔王は驚く。遅れて妨害をしたが魔法陣は揺らがない。

 ディープは右手を挙げ、魔王に向けて振り下ろす。陣から勢い良く射出されたそれは、狙い違わず魔王の剣に命中した。

 堪らず放す魔王と見守る弟子達は、それを良く知っている。

 行方知れずのそれは、師匠だけが扱える万能型魔法機杖。


 持っていた杖を静かに置き、手を翳すと機杖は手元へ帰ってきた。ひんやり冷たい金属製の杖は、上部が浮遊した球体で、下部は鏃に宝石がついている。重さは感じず、この杖で魔王と戦うには心許ない。

 迷う間に剣を拾う魔王は、隠形で気配を絶ちながら接近する。

 ディープはもう一度召喚魔法を行使すべく、魔法陣を描いていた。

 完全に隙だらけの危険な状態だが、魔王はある距離で止まる。

 機杖が此方を捕捉しているだけでなく、ディープの描く魔法陣を含めた結界が展開されていた。

 ディープの持つ杖の特長は意思を持つ武器であること。故に杖単体でも簡単な魔法が使え、主人を守る盾となり警告する矛となる。

 魔法剣で幾ら切っても結界は壊れない。流石は師匠の杖、簡単な結界魔法でも達人級の域だ。

 陣が完成すると、今度は重火器が現れる。簡潔に言い表すならば、その重火器の名称は、バスターライフルと呼ばれる代物だ。人型機動戦士と言う異世界の兵器が扱う武器を縮小した危険物。


 ディープは取り敢えず杖を地面に突き刺し、バスターライフルを構える。

 魔王は射線上から素早く飛び退く。

 引き金を引くと、魔王が一瞬いた場所から、遥か後方までを蒸発させた。反動で後ろへひっくり返るも、魔王は追撃してこない。

 魔王は衝撃波だけで服が擦りきれてしまい、着替えを一瞬で済ませ、ディープの行動に警戒する。迂闊に動けば負けるだけでなく、弟子達から私刑を受けてしまう。

 ディープは危険物をギルドマスターへ放り投げ、また召喚魔法の陣を描く。

 魔王も召喚魔法を詠唱しながら陣を描き、二重召喚を行う。魔王は精霊二人の呼び出し、雷と炎の前衛だが遠近両方で戦闘ができる。


 ディープの召喚魔法陣は完成すると、向こう側から物凄い殺気が溢れ出し、演習場周辺を圧迫した。陣から刀身が見え、ディープを大人にしたような、そっくりの青年が姿を現す。

 ディープは次に武器ではなく、人を召喚したようだ。

 弟子の中で院長だけは殺気に気圧されない。青年を見たことがあるためだ。


 ディープは次元隔離召喚魔法を使い、一時的に前世の兄弟を此方へ呼び出した。

 召喚魔法と一括りににすると、一般的には精霊か獣の召喚を指す。ディープが嫌うのは精霊や妖精の召喚だ。

 契約召喚は無機物と有機物を呼び出す事で、主に武器や食べ物。天使や悪魔の呼び出しは高次召喚と名称される。

 次元隔離召喚は対象の時空間を丸ごと模倣し、特定の人物に関する過去の再現を行う。術者の記憶頼りであり、どれだけ対象の人物について知っているかで、イメージや行動が変わる。今回は機杖が構築したのか、やたら好戦的な兄弟が現れた。

 再現とはいえ実体はあり、故に倒す事もできる。ただ、記憶の中で、強烈な印象を抱いている場合が多いので、かなり難しい。特にディープの前世での兄達は出鱈目な強さを誇る。


 青年は殺気に鑪を踏む魔王達を一瞥し、背後に居るディープを見た。

 小さき召喚者は、殺気を受けても涼しい顔をしている。右目の魔力が殺気を相殺させている様だ。

 幼いながらも妹の眼差しは強い。今回は現状を見るに弟子が相手か。意図して兄を喚んだ訳でもないのか、ディープはお辞儀してくる。

 名前を聞いてくるのでライトと答え、抜き身の刀を後ろへ振るう。隙と見て隠形で近づく、精霊二人の四肢を浅く斬った。

 精霊は倒れながら自力で、自分の住む場所へ還る。

 魔王はギルドマスターの持つ、バスターライフルを瞬時に召喚。ギルドマスターは妨害したのだろうが、魔王との魔法での力量には差が有りすぎた様だ。

 バスターライフルを撃つ魔王に対し、ライトはディープの防御陣より一歩踏み出す。息を呑むディープの顔にライトの影が伸び、瞬きすら忘れてしまう。


 ライトはたった一振りの刀で、光の束を真っ二つにしてみせた。


 魔法を使った形跡や仕草もない。どんなに刀が鋭くとも光は斬れないのが常識。

 その常識の外側にいる存在達をアウターと呼ぶ。

 ライトは振り返りもせずに説明する。

 光とは波であり粒である、原子の核を周回する電子と陽電子を始め、太陽光からビームに至るまでがそう。更には魔力の元である魔導力子に、霊力の元の霊子等、非科学的素粒子に元素を構成する素粒子にも電子はある。粒である以上はどんなに小さくとも、剣で斬る事は難しい。

 しかし、刀は違う。

 元々刀とは破魔の性質を持つ呪具の一つであり、邪気を祓う物だったが、いつしか人殺しの道具になり、中には人を呪う妖刀も誕生した。障気等の眼に映らない類いを斬り、妖怪や龍を滅ぼし、人としての情けを断ちて、神に出逢うては神を斬り、仏に出逢うては仏を斬る。


 剣の鬼と呼ばれた前世の兄は、ようやく振り返って近づき、ディープの頭を撫でた。

 今だけは守ってやる、と言いつつ魔王へ刀を向ける。

 当然ながら、魔王はライトの動作一つ一つに怯え、逃げるように後退してしまう。光すら斬る剣士に勝てる見込みは皆無だ。

 だが、魔王としての意地か、ライトの後ろに向けて魔法を放つ。

 要は精霊召喚と同じで、倒そうと思うのが間違い。狙いとなる目標は召喚主で問題ないのだ。

 狙いは悪くないが、ディープにはまだカードがある。

 機杖がディープの魔力を吸い、ディープが使う防壁より複雑で堅い障壁が、魔王の無詠唱魔法を弾く。

 杖の名はワルキューレ。

 ギルドの名前はこれが由来。

 杖は機械音を上げながら、ディープの無詠唱魔法を本人より鋭く放つ。玉を球に変えた上で回転を加えたのだ。

 魔王は無理せず回避し、更に後退する。その僅かな間でも魔法の陣と詠唱は止めない。発しては区切り、繋げては止める。魔法の才能が秀でた弟子だから出来る遅延戦術。


 でも、相手が悪すぎた。

 ディープが元々居るべき世界に、その名を轟かせた兄貴には、悲しい程に通用しない。

 ライトはかつて最強と言われた第一位の中でも、殊更異質な強さを持つ人間の始祖たるアダムと戦い、後もう少しと言う処まで追い詰めた存在だった。

 しかも刀のみで、異能や罠を使わずに。だから幾ら小細工をしても、ライトとの差は埋められない。経験も場数も戦闘能力だって敵わないよう、ワルキューレが記憶していた全盛期のライトだから。弟子たる魔法使いごときでは、到底勝てない相手だ。

 ライトは魔弾を斬りながら接近する。

 魔王は片手剣に、全属性を相殺させる事なく、付加させ迎え打つ。

 しかしながら、鎬を削るような鍔迫り合いすら、ライトはしてあげない。

 剣と刀が触れ合うかどうかの一瞬後、魔王は喉元に刃を突き付けられた。魔王の片手剣は、鋒から鍔元にかけてまで、粉々に切り刻まれている。こうなってしまえば武器の再生に多大な時間が掛かってしまう。

 勝敗は決した。

 ライトは戦闘終了の言質を聞き出すと、幻の如く欠き消える。


 ディープは兄の前世を呼び止める真似すらしない。前世は所詮前世でしかないのだから、亡霊に頼りきってしまうと、自分が停滞し衰退する。

 それを分かっているからこそ、弟子達も何も言わないのだ。

 バスターライフルを異世界の倉庫へ戻し、機杖も戻そうとする。

 しかし、弟子達に止められたので、布切れに変型させ、魔王の監視として剣の柄へ巻き付けた。機杖へのアクセスは、マスターとしているディープだけ。転生しても尚、ディープをマスターと認めるインテリジェンスは、並みの武器ではまず無い。

 それだけに希少な武器を持つ事は、一つのアドバンテージになる。

 ディープはそれすら不要とばかりに、己を追い込む事に躊躇いが無い。魔法使いでありながら、白刃の如き人生を歩む。これは今でこそ珍しいが、昔の魔法使いは求道者や世捨て人が当たり前だった。

 ディープはふと思い直す。昔といっても前世の話、今と昔が違うのは仕方の無いこと。


 弟子の魔王は膝を着き、王冠を被せようとする。

 ディープは首を横へ振り、お飾りで人形の次期魔王へはならない。

 油断も隙もなく、負けた場合すら考えていた弟子には呆れるばかり。確かに王冠なら敗者としては当然なのだろうが、生憎ながら権力に興味がない。

 より上の権力を既に持つ身としては、たかが魔王の座なんて、塵屑にも等しいものだ。

 だから、魔王には魔王のままで居て貰う。

 勝者なので敗者からの献上品を突き返す。代わりに魔王を呼び出す為の契約書を書かせる。次いでにオトモな保護者である、弟子達にも書かせてしまう。

 そのついでに兄弟姉妹の弟子同士とも戦う旨を話しておく。当然の事ながら嫌そうな顔をされた。


 過去の姿とはいえ、兄という存在を見れて良かった。

 強さを追い求めた結果があの最強種。最強種とはどの分野であれ、突き詰めた極め人の事を指す。自分も魔法では最強だったはずだ。スターも忍として最強だったのだろう。負けてられない。

 自身を鼓舞しながら魔王城を後にする。

 遠くから見守っていたスターも修行に戻った。


 魔王すら顎で従える幼女。意外な事に全然有名にならない。

 それは徹底的な情報管理と、規制が敷かれたからに他ならないのだが、ディープの知るよしもなく、関係者は口を閉ざす。

 ワルキューレの使った魔法の再現に半年費やした。

 特に防壁が難しく、この世界にはない魔法技術が幾つも含まれる。しかし、ワルキューレのアドバイスを良く聞き、コリーと共に熟考しては、試す過程を繰り返した。おかげで大幅に魔法技術の強化となり、全盛期にまた一歩近づく。

 強化に魔王を同伴させなかったのは、スバル院長が嫌がった為だ。

 弟子の魔王である、マリオンを連れて鍛練した方が早く魔法を覚えられるも、技術を盗まれてしまう。だから院長が反対した事は不自然でない。

 師匠であるディープは、弟子の意見に耳を傾ける必要は無いのだが、親同然なので嫌がる事はしないようにしている。

 スバルも師匠に親のように慕われ、満更でも無い様子だ。しかし、師匠には変わりないので、一定の距離感を意識しておく。最近はスターの弟子であるツバキと仲が良い。


 ディープとスターは、練習用に刃を潰した刀を持ち、模擬戦をしている。

 ライトに魅せられた技量の差を縮める為に、刀の扱いを通して、武器を持ったままの戦闘に慣れ、行く末は無手でも大丈夫なように鍛えたい。前世とはいえ、兄と同じ事は出来るはず。その為に元は双子だったのだから。

 冷たい水で汗を流し、スターと別れる頃には夕方になりつつあった。朝からずっと続けていたので、気を抜いたら空腹だったのか、盛大に腹の虫が鳴く。聞きつけて飛んできた妖精が、牽引して持ってきた焼き魚を差し出す。

 最近になって、簡単な調理を覚えてきた妖精は、他人へ施すと喜ばれる事を知ったようだ。対価として魔力を液体になるまで圧縮した、高濃度エリクサーを与える。

 今では新規以外の妖精達に流れる魔力は、ディープの魔力に置き換わっていた。これは摂取していた精霊も同じ。

 魔力を作り出す臓器は双方共にあるが、その臓器から浸透していき、徐々にディープの魔力を吸収しては似た魔力を作り出し、果ては臓器が変革するまでになる。ディープの魔力を作れる以上、いざとなればディープに魔力の供給が出来るのだ。

 これ程頼もしい存在は無い。

 ディープの魔力は相手を問わず蝕み、己と同化させてしまう。蝕まれた妖精や精霊は、防具や外付け貯蔵庫にもなり、従来のチカラを上回る。

 瓶詰めながらも妖精は、服の繊維へ変化し、ディープが思う通りの服へ変わっていく。

 契約した精霊は人型と自然の二つに姿を変えられ、人型の時はギルドで稼いだり、修道院で教師や護衛に紛れて暮らす。自然になった際は修道院を中心とした地域の、天候から大地の内部に至るまでを、良くしようと働きかける。

 しかし、あまりやり過ぎると調和が乱れる為、風を少し多く吹かせる等しか出来ない。

 ディープは契約主としても精霊に無茶をしてもらいたくはなく、のんびり昼行灯を装い、非常時警戒に集中して欲しいものだ。


 弟子にマスターキーを使える回数は、一人一回までと決めている。

 ワルキューレを擬人化させる魔法は覚えていないので、悪いが思い出すか新しく作るまでは、マリオンの監視となってしまうだろう。勿論、ワルキューレとマリオンには内緒だ。

 変化の魔法は魔力を練り込んだオーラを纏い、外見を本人とは全く違うものに見せる。触れたり、術者が眠ったとしても解けない。本来はお手軽な魔法で、術者が気絶等すると解けるのだが、無詠唱魔法で上記のレベルを行うと難易度は跳ね上がる。

 ディープは古今東西全ての魔法を、無詠唱でしか行使出来ない。

 弱点と言えばそうだが、見方を変えると、そうも言ってられなくなるだろう。全ての魔法を指や口すら用いずに扱える、そんな魔法使いは数少なく、居たとしても異世界にしかいない。少なくともこの世界にはいないし、ディープが本来居るべき世界には、全てとはいかないまでも扱える者は居た。

 ディープは魔法使いの頂点に君臨していたが、全てを無詠唱でこなせる程の、技量は持ち合わせていなかったのだ。

 しかし、不慮の事故で転生したとはいえ、今回のは見つめ直す良い機会でもある。詠唱不可のバグがあるものの、もしかしたら良い方向へもバグっているかもしれない。

 何れにしろ、兄弟姉妹に会えれば、バグも矯正できると断言できる。転生ごときで弱体化する程、柔ではないから使徒なのだ。


 約一年間、みっちりと魔法について勉強していると、いつの間にか八歳になっていた。今では上級までの魔法は全て無詠唱で放てる。

 その半年後、水中や空中、更には地中だろうと、地上と変わりなく戦えるようにもなった。

 それはスターも同じように強くなったと言える。

 比例するように弟子もまた強くなった。それは只単に経験を積んだとか、飛躍的に能力が上がったからと言う訳ではない。錠前には欠点もあり、封印を解くと全盛期に近づくが、また一から修行し直す必要があるのだ。

 とても面倒だが、修行のやり直しに成功すれば、封印される以前よりも強くなれる。その逆もまた然り。そうでなければ、絶え間無い仕事と戦いの連続に、心が壊れてしまう。


 修道院から学校へ通う事は無い。

 職に就かなければ一定の年齢になると、組織の研究機関へモルモットとして寄付される。開発された義手や義足のデータ録りを務めながら、村や町を転々と移る日々が続く。時には魔物と戦い、またある時は戦争に参加する等の指令が下される。足りない資金は組織から貰えるが、監視されているので無駄遣いは出来ない。

 戦闘が得意でない者は研究機関の補佐に回り、どちらも出来ない者は、得意分野が見つかるまでありとあらゆる訓練をする。それはディープのような、見た目では分からない者もだ。

 職に就けばそのまま資金源の一つとなる。だからこそ綺麗な資金が集まり、寄付金と合わせると潤沢なのだった。

 組織の末端から、頂点に至るまでが仲間なので、一見繋がりが無いような場所で働いていても、情報は筒抜けとなる。敵対組織は完膚無き迄蹂躙し、報復には総出で事に当たり、きっちり落とし前を着けていく。

 そんな組織の幹部が一人、スバル院長はとても悩んでいた。悩み過ぎて幹部会を開く程に追い詰められている。

 普段とは違う一面を見た他の幹部達は、一体何事かと思い資金と武装の準備をした。幹部の悩みは、大抵が金と武器であるからだ。

 しかし、今回ばかりは見当外れだった。

 話しを聞くと孤児の一人が、近辺のギルドに入りたいと言う。十歳にも満たない子供が、だ。

 幹部達は拍子抜けしたが、その孤児が前から噂されていた、スバルの懐刀でありながら、魔王を倒すまでの実力者と知り、しばし黙り込む。

 特例を設けるべきか否か。

 幹部会は荒れに荒れた。スバルの詰問から始まり、特例の具体的内容とその落とし穴を埋める解決案、資金と人員に責任者の采配。組織に対するメリットとデメリット、世間体と情報操作に至るまで。最終的には関係ない問題まで持ち上げては、他の幹部を吊し上げて蹴落とす。

 全部スバルの掌で操られているとも知らずに。

 たまに狼狽える姿勢を見せることで、人間味を思わせないと孤立してしまう。また一歩頂点に近づいたと思うスバルだった。


 ガンダムは妹弟子のスバルから寄せられた手紙を読み、自宅兼仕事場たる道具屋の見取り図を思い浮かべる。ギルドの構成員と一緒に住んでいる為、空き部屋はニーソが使っていた場所しかない。一応、帰って来ても大丈夫な様に掃除はしてあるし、ベッド等の家具もそのままだ。

 ニーソは武器と着替えしか持って行かなかった。金は必要な時に稼ぎ、食べ物は現地調達が傭兵としての生きる基本。根っからの兵隊気質と言える。

 今は古城で闇の精霊、コリーと宜しくヤっているそうだ。

 部下も鍛え上げ、たまに依頼を受ける。本人もコリーと一緒に依頼を受けていると聞いた。

 相手がクソ野郎なら兄弟子として葬ってやれるが、残念な事に人格者だ。

 別に先を越されたから焦っている訳では無い。いざとなれば相手くらい簡単に寄ってくる、はずだといいな。

 この世界では人間は肩身が狭い。実力者だろうと、権力者だろうが、人間はよく馬鹿にされる。

 あの魔王であるマリオンすら、臣下達にナメられていたのだから。とりあえず魔王はハブっておこう。ガンダムはニーソに確認後、スバルへ返事を出す。


 ディープは院長の思惑を即座に見抜いた。

 院長は苦笑いでお願いする。

 テンプレートな事を回りくどくやる意味が分からない。組織の都合上と言われればそれまでだが。

 なので、頭を撫でて貰う。次いでにハグも要求する。

 スバルは素直じゃないディープに言われるがまま、撫でたりした。

 あの師匠がここまで可愛く見える、これが子供特有の魔法か。

 ディープが去った後、隠し録りした動画を弟子達へ送る。全員が目を疑ったそうだ。流石師匠。

 ディープはギルド兼道具屋に着くと、ガンダムが直接部屋に案内する。視線がおかしかったので、軽く尋問すると全部ゲロった。

 死体同然のガンダムを放置し、スバルの元へ引き返す。バスターライフルの銃口を向けると全力で謝ってきたのは言うまでもない。


 与えられた自室にて、しばらく荷物の整理をする。着いてきた精霊は部屋に溶け込み、部屋を通して道具屋全体に拡がり、光熱費を掛からなくした。電気なしでも点く電化製品、勝手に動く洗濯機、必要な時に溜まる風呂の湯、よく乾く様になった洗濯物。掃除も室内なのに突風が吹き、埃や塵一つ無くなる。

 無駄に凄い精霊の恩恵に、ディープですら吃驚した。

 夕食時の歓迎会からこのポルターガイストは始まり、最初こそ気味が悪いと引いていた構成員達も、三日で慣れたようだ。受付嬢は家事の負担が軽減され大喜び。妖精達も掃除や製品の陳列を手伝う。

 対価はお菓子とワイン、そしてディープへの悪戯。

 ギルドマスター秘蔵の、ワインコレクションが犠牲となり、ガンダムは静かに黙祷を捧げる。

 ディープは将来の不感症に悩む。


 月日が経つのは早いもので、あれから丸二年間が過ぎる。十歳になったディープは飛び級で秘立の魔導中等学校へ編成された。

 勿論、ギルドマスターがお願いして、院長の財布から学費、マリオンのコネでクラスは問題児ばかり、ニーソたっての希望で教師に就かせ、ディープは初めての学校生活が始動する。

 教師にはニーソの他に初期の弟子も何名か居て、生徒にも紛れてたが、ディープはスターが居た事に一番驚いた。聞くと別に魔法以外でも能力者なら良いらしい。きっと退屈しないだろう。


 ここで記憶情報は終わっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る