第25話ギルド
ギルド名はワルキューレの導きと言い、構成員はギルドマスターを含めて、たったの五人しかいなかった。ギルドに入るためのテストが厳しく、また人間がギルドマスターをしているので、それなりに有名なギルドである。
少ない人数だから、酒場ではなく道具屋が表向きの顔だ。他のギルド構成員も愛用する程、良質な道具が多い。
ニーソに案内人として付き添ってもらい、ディープは道具屋へ入る。
妖精達は変装用に着たローブの中で、街中の人混みに緊張したのか、大人しくしていた。
店内はこざっぱりしているも、さほど広くもないが客は多い。
奥の方にあるレジカウンターにいた店員の受付嬢へ、ニーソは手を振りながら近づく。受付嬢も微笑みつつ声を掛ける。話しによるとニーソの抜けた穴には、魔法剣の使い手が就いたようだ。
世間話も程々に、ニーソはカウンターの隣へ設置してある、依頼のボードから一枚の依頼書を取り、受付嬢に渡す。
受付嬢は困った顔でニーソを見る。
別に部外者が受けてはいけない規則はなく、ニーソはギルドマスターの計らいで、今だワルキューレの導きに所属していた。当の本人には勿論秘密だ。困る原因はフード付きローブで、素顔と身を隠したディープの存在である。
しばし押し問答を繰り返すも、幼い子供を連れて受けるような依頼では無いので、取り付く島もなく断わられた。
内容は光の精霊と雷の妖精を探し、街の電力供給に働いてもらうというモノだ。詰まる所、エキスパートの人材派遣を手伝い、街から予算をせしめてしまおう。という腹黒いお馬鹿な案件だった。
でもAランクと書いてある。
電気は古城や修道院には通っていない。街では富裕層のみが電気を使う。家電品は貧困層にも出回っており、この道具屋でも見掛けたが、無用の長物だ。
しかし、光の精霊と雷の妖精は、まだ出会ったことも見かけたことも無い。
だが、興味はあるも、連れていってもらえないのなら諦めよう。
そんな時、外回りから帰ってきた、ギルドマスターが満を持して現れる。ガンダムは分かっていたのだろう、こうなる事を見越して、わざと外回りに行っていたようだ。事態を察してカウンターに立つ。
ギルドマスターであるガンダムが、直々に着いていく事で、ようやく受付嬢も折れた。
この依頼書に纏わるやり取り自体を、受付嬢は闇に葬り去るつもりのようだ。許可を出すと、頑なに遠くを見ている。可哀想なのでさっさと店から出ると、光の精霊が居そうな場所へ向かう。コリーから予め、全ての精霊が居るであろう地域は聞いていた。
郊外に出ると瓶詰め妖精を外へ出し、八本足で駆ける馬と馬車を合体で作ってもらう。スレイプニールは硝子を擦らせて嘶くと、ディープ達を乗せて走る。
地図を見た限りでは目的地まで遠かったが、スレイプニールの馬車は速かった。速すぎて景色を楽しむ余裕もない。弟子も唖然としていた。
ディープは降りると、スレイプニールの頭を撫でて、再びローブの中へ入れるべく分解を頼む。
妖精達はビン自体を圧縮させたり、薄く伸ばしたりして、ローブやディープの服と一体化し、堅牢な鎧を成す。
ただし、ご褒美はかなり高くつく。
ディープを悶死させるか、袋いっぱいの砂糖を与えるか、事前に問う。魔力の詰まったビンでは納得してくれないので、報酬は身体で払うしかない。新たな目標を見つけるついでに、お金を稼がないと貞操の危機だ。六歳で不感症は困る。
弟子達もそれではあまりにも忍びないので、一攫千金の方法を考え、ギルドで不正に稼ごうという事になった。
光の精霊がいるであろう目的地は、湖が近い草原のようだ。明確に此処と言っていないから、精霊に気配を感じられる手前で止まったのだろう。
オーラを消し、ガンダムに習って気配も消す。
ニーソは槍に股がると、空高く飛び上がる。
そういえば、空はまだ飛べない。
目標が決まった。空を飛び、水の中でも自由に動けるようになろう。
ふと思うが、ニーソはスカートのまま空を飛んだ。風で中身が見えてしまう心配をするも、見せても大丈夫なようにしていて杞憂だった。それ以前にガンダムは妹弟子に興味ないのか、師匠の前だからか、前方を向いたまましゃがみこむ。
視界がどれ程利くのかを調べているようだ。二人は草原に腹這いになり、光の精霊を待ち伏せする。
精霊はなかなか現れない。
そもそも精霊は自然と同化している事が多く、人として暮らすのは少数派だった。
弟子は妖精や精霊を意識しているから、見えているのであって、無意識でも見える訳では無いらしい。ディープの周りにいる妖精は、意識しないと魔力の塊が勝手に動き回っているように見えるそうだ。
ディープは正直、独りの方が精霊や妖精と出逢いやすい。好かれている旨をコリーは、むず痒くも恥ずかしそうにしながら教えてくれた。
なので話すと、ガンダムはニーソへ向けた信号弾を放つ。ニーソは華麗に着地すると、ガンダムと揃って後方で待機する。
弟子の気配が消えたことに慣れたのか、しばらく湖の周辺を散歩していると、光の精霊がボートを漕いで現れた。ただ単に、湖を調べていなかったというオチではない。
湖や遠方はニーソが先程偵察しているので、どこからか湧いて出てきただけ。しかも逢い引きのようで、男女一組だった。
二人とも髪は白く、服の上から淡く燐光を発している。男性は右、女性は左に伸ばした髪をまとめて、お揃いのサイドテールにしていた。
ボートから岸へ飛び移り、光の精霊達は笑顔のまま挨拶する。
ディープも挨拶を返すと、迷子の妖精を見かけなかったか問う。
魔法で作ったボートなのか、瞬時に解体すると、精霊は首を横へ振る。邪魔そうなサイドテールはきちんと押さえていた。
精霊達は一期一会だが、袖触れあうも多少の縁とばかりに、探すのを手伝うと申し出てくれる。
ディープは心苦しくなるも違和感を覚え、少しカマをかけてみた。
自分の親はどこにいるのか聞くと、精霊は顔を見合せ悲しそうな表情で、親はここにいないと答える。
閃いた通り、精霊は自分の事を知ったうえで、接触していたようだ。子供がこんな場所に一人で来る道理はない。普通は心配するか、怪しいと警戒する。
初対面なのに気さくなのは、こちらを安心させるためではない。親の居場所を聞いたら、嘘でもいいから後方の二人へ、引き合わせるよう案内するはずだ。
ディープはため息をつくと、ポニーテールの輪にくっついて、擬態までしている森の妖精を、つつき起こす。後方の二人を呼んでもらう。
精霊は特に驚かないものの、笑顔が若干引き吊っている。
弟子の到着とともに謝り、光の精霊と交渉していく。向こうも悪ノリが過ぎたことを自覚していたようで、交渉はすぐに終わった。
ギルドと街の手形、ディープ個人の契約書。計三枚を書き、精霊二人はニーソとともに、一旦ギルドへ帰還する。
移動はニーソの持つ魔槍で封印されていた、翼竜の召喚を実行し街の近くまで飛ぶ。
昼食をギルドマスターが横流しした携帯食料で済ませ、雷の妖精が居そうな場所たる雷雲が発生しやすい山岳へ向かう。幸いにもスレイプニールで行くほど遠距離ではない。妖精に頼み、四足歩行の獣でゆっくり行くことにする。
新規の妖精やまだ変形に不慣れな妖精だと、犬と馬を足したかのように見え、不思議な造形をしているが、速度調整はできる。
ガンダムはこの世界に、弟子達が集まって来ている情報を伝え、修道院のスバル院長に警戒と対策を話し合う日時を、師匠であるディープに聞いてもらうよう頼んだ。
帰ったらギルドマスターの仕事が溜まっているのだろう。察したディープは頷く。
雷の妖精に出て来てもらうためにも、ガンダムはまた後方で待機。山岳に生える木々はどれもとても大きく、日光があまり当たらないのか、茸類がよく目立つ。
その為に
樹や土の妖精がディープを見かけたので寄って来た。既に仲間として居るが、同じ妖精は複数おり、土地に寄っては個体差があるため、新たに勧誘する。
しかし、あまりにも軽率だった。
この山に居る妖精達は仲間を呼び集め、集団でディープに押し寄せて来る。雷の妖精も居たが、妖精の数は膨大でビンが足らない。
仕方なく、なついている妖精達に、ビンから出てもらう。妖精も流石に苦笑していた。
山岳部に住む、辺り一帯の妖精を根こそぎ拐うも、自然に影響は無い。
妖精とは長い年月を経て、魔力を含んだ樹や石が具現化や擬人化したモノだが、自然に影響を及ぼして暮らしている訳ではない為、逆に環境に左右されやすく、とても不安定だ。
そこへディープという、妖精や精霊を大切にしてくれる存在が現れた。契約する代わりに保護してもらおうと考える。
天敵は多く、今は少ないが昔は人間に捕まると、欲望の赴くままコキ使われ、魔物には油断すると食べられた。エルフや精霊が妖精の味方であることも大きい。
ディープはガンダムを呼ぶ。すると後方より熊に追われて現れた弟子に吃驚する。
冬眠中の熊に腰かけて待っていたところ、山中の魔力が一ヵ所に集まり出したので、警戒して殺気を巡らすと起こしてしまった。
無表情で並んで走りながら、そう説明を受ける。
ディープにも責任はあるので、妖精達にお願いした。振り返らずに連携して無詠唱魔法を連射すると、弟子も応じてマスケットを撃つ。
熊はお腹一杯に、無詠唱魔法や銃弾を食べさせられ、冬の山で永眠した。
ガンダムは手際良く熊を解体すると、道具袋に生臭い毛皮や臓器を詰め込んでいく。残ったのは、血と胃腸の中身に売れない部分のみ。
妖精達が怯えるので、離れた場所で耳と目を塞ぐ。ディープも怖いのだ。
血生臭い弟子とは離れつつ、別れてギルドへ帰る。弟子は自前の転移魔法で直接帰還したようだ。
ニーソと精霊達が、呑気に買い物しているところを見るに、さほど待たせてはいないらしい。
受付嬢はあまり驚かない。
身内のギルドマスターと、傭兵として名高い魔槍使いが、少女の子守りがてら依頼を達成した。そんな風に思っているのだろう。目立たなくて都合が良い。
しかし、ディープのそんな思いも、自らの行動で打ち砕いてしまう。瓶詰めにした雷の妖精を取り出した。
てっきりギルドマスターが熊の精算後に出すと、思っていた受付嬢は驚く。
極めつけはギルドマスターが発した、師匠と言う言葉だった。ギルドマスターの師匠なら、その実力は折り紙つきだろう。
実際、女の子のような仕草をしていた少女が睨んだのか、それだけでギルドマスターは口を抑え縮こまり、受付嬢に箝口令を敷いた。
ニーソも兄弟子の失言に顔を被う。
ガンダムから手持ちの所持金全部を、謝罪の言葉とともに貰い、ニーソ達と一緒に古城に帰る。
コリーを妖精に連行させ、ディープの部屋で、精霊が知っていた事について尋問し洗いざらい吐かせた。
妖精達もノリノリでイタズラしたので、しばらくは起き上がれない。
それを盗み見ていた光の精霊達は、妖精が近づくと逃げる始末。ちょっとした下剋上に妖精は大満足の様子。
翌日、雷の妖精と光の精霊をギルドへ見送り、ディープはゴブリン達が使う古城内の訓練所で、魔力の羽をイメージする。
オーラを羽に合わせて魔力を背中に流すと、他は漏らさないように集中していく。出来るのはここまで、飛べはしない。試しに跳躍するも、羽ばたかないのでは飾りもいいとこだ。
古城の屋上に移動する。
下は城の外壁が広がり、横は景色の眺めが良い。羽を動かして跳躍するも、滞空時間が少し延びただけに終わる。鳥の翼に変更してみるものの全然飛ばない。
その時、上昇気流に煽られた。
ここでも流れを掴む事にする。
風の流れる道を探り、手摺から身を乗り出して、翼を突っ込ませると浮いた。しかし、バランスを崩して落ちてしまうディープを、着いてきていたニーソは黙って見ている。
弟子として冷たいが、詠唱魔法が使えない師匠の手助けをするのは、ニーソの仕事ではない。
ニーソは魔法以外の訓練には付き合うも、魔法や魔力はコリーに任せている。他ならぬ師匠の頼みだ。
ディープは防壁を張りながら、翼で羽ばたく。あわや階下に激突する手前で、浮き上がり飛翔した。
古城をそのまま旋回する。上昇と下降も繰り返す。
ニーソが魔槍に乗って飛行してきた。手助けはしないが、空中戦や水中戦は領分だ。宙返り等、飛び型の手本を見せながら、膝で姿勢を固定し弓矢を引く。
飛んですぐは回避行動が多かったが、次第に矢を魔法の矢で反らしたり、風でいなして軌道をずらしたりしてきた。
地上ではゴブリン達が弓矢や投げ槍で迎え撃つ。魔法陣を描き、石の雨を降らせるも楯に隠れられる。日頃から訓練しているだけはあり、動きが素早い。
ディープは魔法陣を翼に描き、圧縮された球を作る。
ニーソは危険を察知するも、魔槍を空中で構えると、宙を走りながら果敢に肉薄していく。虚空瞬動術と言う、縮地の空中版だ。
オーラの防壁をすかさず張るも、砕かれ勢いは止まらない。ディープは魔槍に当たる箇所を中心に、身体強化で防御する。
衝撃で球が霧散するが防ぎきったので、大気中に舞う己の魔力を無詠唱魔法にし、技後硬直しているニーソへ、カウンター気味に畳み掛けた。
魔力の爆煙が晴れると、魔槍の能力でも使ったのか、無傷のニーソが額の汗を拭いつつ、ため息をはく。
どうやら油断していたようだ。幼いながらも、空中戦をここまで戦えるとは、師匠は本当に強い。
ニーソはゆっくり下降すると、ゴブリンに次の指示を出す。ディープにはそのままの高度を維持してもらう。ゴブリンは上手く隠していた大砲を準備。
機動力と攻撃に回避を見たので、次は防御力をもう少し確認する。持続力が空中戦では大事だ。
大砲の砲弾は鉄の塊と、兄弟子に作って貰った魔法弾ならぬ魔砲弾で狙う。
ディープは防御魔法陣を十重二十重に重ね合わせ、楕円状にして曲面も作る。
どんな攻撃も正面から、防ぎきれる自信があるのだろうが、弟子として意地悪をさせてもらう。
角度的に曲面は端が脆い。更には回り込まれると、楯や障壁も意味を為さないモノだ。
端に集中攻撃し曲射で直接本体を叩く。ゴブリンは訓練の成果をニーソへ見せつけた。満足気に頷くと、煙の向こうを見る。
ディープは煤けてすらいない。防壁もそのままだ。砲弾が防壁に当たる度に魔法陣を書き加えていたのだろう。
ディープは着地すると、ニーソに空腹を訴える。
春が来るまでの残り期間に、ディープは助走も跳躍もしないで、飛べるようになった。もう少しで常時浮遊が出来る。
帰る際に、またビンを大量に貰う。
院長はディープの成長をしたためた手紙を見ながら、師匠本人から弟子の集結を聞く。
弟子達は錠前と鍵の他に、自分の世界から武器や道具を持って来ている。それらはこの世界には無い、技術と材料で造られたオーパーツ。
扱えるのは師匠と弟子のみ。師匠が異世界の武器も扱えるのは、師匠の居た世界が中心核だから。師匠専用の武器もあるにはあるが、師匠自身が何処かへやってしまった。
マスターキーも無い今の師匠は、弟子に何の強制力も、まともな師弟関係すら持てない。
兄や姉弟子たる最初期のメンバーは、長い間師事していたので敬意を払う者が多い中、最後期の弟子は師匠の一面しか知らないだろう。
手を出してくるならば、高弟として師匠を護る義理がある。
故にこそ、師匠に近づくのは信頼できる高弟か、心根の優しい弟子に限られた。見極めるのは院長であり、最初期の高弟の一人たるスバル。
ただ、高弟も一枚岩ではないので注意する。
ギルドマスターの情報は、昨日組織を通じて伝わった。地域に密着しているだけあって、耳が早いのは流石ギルドだ。
対策は既に打ってある。傭兵にギルドマスターがいるのだ。生半可な弟子では近づく事も難しい。
魔槍使いのニーソと元暗殺者だったガンダム。組織の幹部であり、院長をしているスバル。
妖精や精霊がつきまとうディープに、危害を加えることが出来るのは、その兄弟姉妹くらいなもの。しかし、仲は良かったのでそんなことはあり得ない。
ディープは院長に外出許可を貰い、ギルドへ遊びに来た。
登録していないから依頼は受けられないが、ギルドマスターから慰謝料やら迷惑料として、貢がせたのでお金には困っていない。
ディープを見たギルドマスターは財布を出してきたが、首を振って断わる。
何故か残念そうにしていた。
春から秋までは、店以外の場所で露店を開き、アクセサリーを中心に売る。
しかし、ギルドの構成員が掛け持ちで行う為、かなり不定期になりがちだ。店の掃除に商品の仕入れも構成員が手伝っている。もはや本当にギルドなのかすら怪しい。
昼食の時間になると、露店を開いていた構成員が帰って来た。
受付嬢に売り上げを渡すと、ボードの前で妖精と遊ぶディープを見る。受付嬢がギルドマスターの知り合いの子と説明した。
ディープは元気よく挨拶する。
構成員は誉めて次の仕事へ移った。どうやら昼食を食べながら、次に売るアクセサリーを作っていくらしい。
ディープは受付嬢と一緒に外へ出て、街でそこそこ繁盛しているカフェに入る。
店内は昼食時でとても人が多い。エルフのウェイターやウェイトレスが、カウンターの奥から席へと忙しく走る。カフェのマスターはカウンターでドリンクを入れたり、レジ打ちで会計をしていた。回転率は高いが、テーブル席での相席が目立つ。
二人はカウンター席の端に座ると、受付嬢は魔族のマスターにお魚定食を二人前頼む。マスターは奥に注文を伝え作業に戻る。
受付嬢はディープとギルドマスターの関係を聞いてきた。
ディープは知り合いとしか応えない。師匠と発言した事に言及すると、ギルドマスターの師匠に似ているからと応えた。
嘘はついていない。ディープからしてみれば、師匠と言われても前世は前世、現世は違うのだから。
一応納得したのか、受付嬢は引き下がる。話題を変え、ギルドに関連するルールや街のちょっとした歴史を語って暇を潰す。受付嬢はおしゃべり好きなのか、ストレス発散なのかわからないが、兎に角喋っていた。
おかげでお魚定食の味がわからない。食べ終わるとようやく受付嬢も落ち着いたのか、会計を済ませて店に帰る。
ディープは気疲れし小休止がてら、しばらくカフェで過ごすと伝え、ミルクを一人飲む。
カウンターで幼女が憂鬱にしていると、一種の変態どもが絡んで来るも無視する。
あまりにしつこいとマスターが睨みを利かせて追い払う。お礼として妖精達に皿洗いを頼み、カフェを少し手伝った。
マスターは驚きつつも感謝して、給金代わりに客の食べ残しをくれる。嫌がらせに見えるが、妖精からそう書き出したので問題ない。日頃からディープの食べ残しを分けて貰っている為、抵抗感はほとんどないようだ。
そんな風に妖精の働く姿を見ていると、ドワーフの男の子がディープの隣に座る。気配がしなかったので大いに驚き、振り向くと目が合った。春だというのに肌は煤けて黒く見える事から、近くの山に幾つかある炭鉱で遊んできたのだろう。街からはそんなに遠くないが、それでも子供の足ではかなりある。
童顔の大人か、ディープと同じような特訓をした子供かのどちらかだ。相手から挨拶の声を聞く限りでは後者だった。
妖精が注文を聞きに来ると男の子はお肉定食を頼む。
しばらく会話すると、男の子の名前はスターと名乗る。
何故かすぐに仲良くなってしまった。長年付き合った恋人や、背中を預けられる程信用できる戦友、といった具合に打ち解ける。
旅する行商人夫婦に引き取られた元孤児で、護衛の忍者と呼ばれる、暗殺や諜報が仕事の人に憧れて、指導を受けているそうだ。
今日も稽古の休憩に立ち寄ったらしい。
ディープも自身の身の上を話す。流石に弟子達がいるとは言わない。
食べながら聞いていたスターは、魔力の鍛練に興味が湧いたのか、修道院へ案内して欲しいと言う。
了承し妖精を全員集め、代金を互いに払うとカフェから出る。
小手調べに身体強化をして走ると、一瞬遅れたが真後ろについて来た。疾風の如く滑走するも、きちんと人混みは避ける。跳躍し建物の屋根へ登ると、横に音もなく着地した。
スターは余裕の表情だ。
次々と屋根を移り、一際高い場所から空を飛んでみる。
しかし、幼い忍者はまだ自力で飛べないのか、忍術にはないのか、大きな鳥を何処からか呼んで股がり、ディープを追う。
召喚魔法は便利だが、妖精や精霊を道具の様に扱うのは気が引ける。だからまだ覚えていない。考え方を改めればいいのだろうが、信念が根底から変わってしまいかねない。
雑念から速度が落ちるも立て直し、修道院が見えてきたところで降りる。ここからは妖精ゴーレムに運んでもらい、護衛の目が届かない森へ行く。
スターは目を輝かせてゴーレムに飛び乗る。
妖精は調子に乗って走る速度を上げた。女の子にはよくわからない。
森の開けた場所で対峙し、模擬戦を行うと、思った通り実力は互角だ。
忍術の技名は特殊な言語ではなく、普通の言葉なのは羨ましい。魔力とチャクラは似て非なる生体エネルギーなので、互いに打ち消した時は驚いた。しかし似ているのなら、どうにかして一つにできそうなモノだ。
簡単にチャクラの流れを教えてもらい、こちらは魔力の流れを教える。練習すること一時間で、双方ともなんとなく掴めた。
夕日が射してきたので切り上げ、スターを院長室へ連れて行く。院長は仕事の手を止め驚いている。妖精や精霊以外を連れて来たのは初めてだから、驚くのも無理からぬことだが、そこまで大袈裟にしなくてもいいと思う。
スターは不敵に笑うと、ディープの肩を叩いて一歩前に出る。
院長を見据え、スターは前世のディープの持ち物であるマスターキーを、腰に挿していた巻物から口寄せした。
ディープは驚く。
初めて見たはずなのに見覚えがあり、見た瞬間に作り方を思い出す。
振り向いてマスターキーをディープに渡し、確かに返した、と言うと抱きしめて頭を撫でる。
初めて抱きしめられたが、何故か懐かしい。そして、何故か物足りない自分がいた。
頬を紅潮させて離れるスターを、唖然と見つめるディープ。咳払いして院長に説明しだす。
スターはディープの兄弟姉妹の関係者であり、前世のディープからマスターキーを預かっていたと言う。関係者なんて曖昧な立場だと思うが、スターは小さな声で、恋人だったと漏らす。
ディープも頬を紅潮させ、気まずい雰囲気になるも、院長が目の前まで来て片膝を着く。開ける錠前は額と決めていたので、惚けながらもマスターキーを差し込み回す。院長の錠前が一つ外れ、封印していた魔導等の知識と、師匠の詳細な教えを思い出した。
師匠も含めた八人は戦場の死神と恐れられ、破壊神に仕える使徒である。
戦乙女になぞらえて最後の一人を、それぞれの弟子から選び抜き、勝ち残った一人を使徒に加える計画。
それが試練の本当の目的。その真っ最中に師匠達は事故に巻き込まれ、転生を余儀なくされた。
ディープはキーをポケットにしまうと、スターの手を掴む。スターは身構えたが魔力の念動力に圧迫され、体勢を崩すとディープの顔が近づく。
頬に口づけする。
院長は口に手を置き、子供の行動力は予想出来ない、と思う。
照れ隠しにスターを追い出し、妖精に案内役を押し付ける。妖精はからかいつつ院長室を後にした。
ディープは少しウンザリするも、後悔はしていない。
マスターキーの作り方は思い出したが、現時点で鍵の複製は無理だ。魔力のみでは扱えない技術が多く、弟子達のチカラを借りてようやく作れる程度。マスターキーさえあればいいと普通は思うが、少なくともそれに至るまで、技術を極めなければ、前世の栄光に笠着せたお飾り師匠で終わる。
そんな事は自分自身が許せない。
だからこそ、妖精や精霊に囲まれても、目標を探すのを止めないし、鍛練に手加減はしないのだ。
ディープは院長にお伺いを立てて、ガンダムとニーソの錠前を外す。師匠だが保護してもらっている身なので、意見を聞く以上は院長しか頼れない。
院長としても師弟関係の逆転を、意図して行っている訳ではないので困り気味だった。
それでも、師匠に頼られのは嬉しい。
しかし、良い影響を与え過ぎても師匠像は歪む。師匠の恋人も転生し、聞けば同じだけの力量を持つらしい。
ここは危険を承知で、師匠に悪い影響を与えるだろう、あの弟弟子に引き合わせるべきか。妹弟子は反対だろうから、兄弟子に意見を聞きたいところだ。
相談する為にわざわざ呼ぶと、思案気な顔をされる。
しばらくすると予想を告げるべく口を開き、まず、戦闘は避けられないと言った。右目の威圧も効かないかも知れないだろう。今の師匠は、武器を自らの魔力のみで造れない程、弱体化している。全盛期と比べて技量も弟子以下とくれば、勝機は皆無に等しい。
妖精や精霊に補助を頼むのはお門違いだ。ならば、引き合わせるだけ無駄と言うもの。
院長はギルドマスターの反対理由に納得する。
しかし、正論だけが世の中を回す訳でもない。危険な橋を敢えて進むことも、魔法使いならば必要だ。
院長の言葉にギルドマスターは閉口する。
弟子に負ける事を経験させる気か。それも良いだろう。でも、あの弟弟子が相手なら、負けで済めばいいが、下手すると師匠は死ぬ。
院長はギルドマスターの考えを見透かしたように微笑んで、その為の私達だと言ってのけた。
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