第24話古城

 この二ヶ月で魔力による念動力をほぼマスターした。

 オーラで地理を把握すると、見えない的に石を次々当てる。一番離れたところに薪を組み火の玉を運んで着火。妖精がボコった魔物を丸焼きにする。

 栗鼠に木の実を分けてもらい、猪と兎を足して割った魔物の丸焼きを食べ、朝食を済ませた。

 目を瞑ったまま、精霊が連射して繰り出す水の玉を止め、一列に並べたり円を描いたりする。木々の間引きも兼ねて斧を複数操り、身体強化で木こりの真似ごとをすると、切り倒した丸太で泉を囲う。

 本来ならば、身体強化で保護した手刀で十分だったが、威力が違い過ぎる為に、木を切断ではなく粉砕する可能性が高いと、精霊から注意された。幼い子供ができる芸当では無い事ぐらい、ディープは知っているからこそ、詠唱魔法が使えなくてもコンプレックスにならない。

 修道院の道具部屋に斧を返し、冬はあまり動けないという水の精霊を院長の部屋に案内する。院長はディープの向かう仕事先に宛てた手紙を持たせ、精霊とともに見送ってくれた。


 目的地は街の郊外に聳え立つ古城。ギルドでも軍の要塞でも、ましてや学校でもない。かつては貴族の住む場所だったが、戦争の折りに没落した。

 今では人や、エルフやドワーフの気配も無い。魔物や山賊の死骸が無造作に転がる中、ディープは森の妖精と、道中で知り合った雪の妖精を連れ、日の光りも注さない薄暗い廊下を歩く。

 武器や防具は無いが、おっかなびっくりもしていない。奥の扉を妖精達と一緒に開けると、漂う障気と舞い上がる埃に咳き込む。

 扉が開いたのを聞いていたのか、髪が黒い少年と光の玉を掌に灯した女性が、ロビーから左右へ別れた、二階へ続く階段を別々に降りてくる。

 少年が何故灯りをつけないのかは一目見て解った。光の玉すら使わずに、階段を危なげもなく降りて来たのは、闇の精霊だから。障気や埃は魔物の死骸が此処まであり、意図的に掃除をしてないためだ。

 そんな中でも貴婦人然とした女性は、エルフ族の中でも魔族と親しいダークエルフ族の生まれか。耳は尖っているし、肌が黒く髪は明るい銀髪をウェーブにしている。精霊や魔法使いの外見年齢は、熟練の魔法使い並みに当てにならない。

 あの院長ですら見た目は三十路だが、実年齢は三倍以上あるらしい。

 おっと、これ以上は院長がくしゃみしてしまう。

 ディープは手紙を女性に渡す。お礼を言って手紙を開けると、読んだ女性は少年にも読ませる。

 読み終えると二人は、遅い自己紹介を始める。少年は闇の精霊で、名前をコリーと言う。この古城につい最近住み着いたそうだ。

 女性の名はニーソ。魔槍使いとしては、街で有名ギルドのAランクに入る程の実力者だ。しかし、それも昔の話で現在はフリーの傭兵になっている。

 スバル院長と同じ錠前があるものの、開いている場所と閉まっている場所が違う。

 ディープも自己紹介すると、妖精達も会釈した。コリーは精霊の魔力を感じたので問うと、ディープは水の精霊であるリミーのモノと応える。

 コリーは次に右目とペンダントを指摘した。質問攻めに慣れてないディープは、百文は一見に如かずとは思わずに、面倒なのでペンダントを外す。

 二人はディープの右目から、魔力が急激に膨れ上がるのを感じた。第二の心臓や、腹部の魔力貯蔵庫なんかでは、比べ物にならない。本当に洒落にならないレベルなので、思わず片膝を着く。

 ディープはそれを見てペンダントを着け直すと、森と雪の妖精を宥める。


 コリーは魔王と決闘した事があり引き分けたが、魔王ですらディープの右目のような、圧倒する魔力を発した覚えはない。

 とても、興奮する。

 このエルフの少女が持つ、右目を除いても尚、豊富で上質な魔力と使い込まれた線。元々の生まれつき天才では、こんな歪にならない。幼いながらも努力している証が、妖精を連れている事だ。

 精霊と妖精は簡単には契約しない。

 努力を見聞きしても、精霊と戦って勝ったとしても、契約しない場合が多いのは才能や努力の他に、精霊や妖精が求めるモノがあるから。それは様々だが、共通しているモノが必ず二番目にあり、それさえ満たせば戦わずとも自ら契約を求める。

 精霊や妖精を思う気持ち。

 これだけでいい。

 おそらくディープは、妖精の真似事をしたいが為に、努力したのだろう。森の妖精を見れば分かる。ディープの為なら、魔物とも戦う覚悟を眼に宿しているのは、相当なついているから。

 だからこそ歪な鍛え方をしているのが勿体無い。

 まだまだ幼いのが救いか、これから鍛えればもっと強くなれる。そう思うと興奮を抑えきれない。

 コリーの異変に気づいたニーソが、魔槍を召喚し柄で殴る。反射的に防御したのか、当たる箇所を霧状に変え、柄を素通りさせた。

 リミーは液状に変えて、こちらの攻撃を防いでいたな。と、ディープは思う。


 ニーソはコリーとは違う観点でいる。

 魔力にはたじろいだが、よく見ると、かつての師匠に面影が似てならない。姉弟子は確信が欲しくて寄越したのだろう。手紙には、冬の間預かって欲しい。とだけ、短く綴られていた。

 しかし、この状態でたった三ヵ月で見極めろとは、姉弟子も難しい事を依頼してくれる。せめて鍛練前に紹介してくれれば、自分が育てる為に引き取ったものを。

 まぁ、兄弟子たるあの野郎に、拾われていなかったのが不幸中の幸いだ。奴に拾われていたら、鍵を作製するように仕込まれ、一抜けしていた可能性は大いにある。

 背中を追いかけた者が、後ろ姿さえ利用するとは。真に魔法使いと謂えるが、知られれば唯では済まない。

 あの人は鍵と錠前を造った張本人だ、錠前を全て開けても、勝てる見込みは少ないだろう。さて、自分が話す事もできるが、ここは姉弟子に任せよう。まずは、どこまでできるのかを試す為、障気に釣られてきた魔物を退治させる。


 ニーソの思惑を悟ったコリーは、ディープに魔物の退治を言い渡す。

 ディープは試されていると察知し、妖精に待っているように言うと、扉に近づく。

 独りでに開く扉のその先には、レッドキャップがいた。

 血色の帽子が特徴の残忍な妖精だ。一人だけでなく、後からぞろぞろと入ってくると、その数三十人はいた。

 手には自分の背丈より倍近くあろう、斧や剣を持っている。

 話し合いは無理そうなので、ため息を小さく吐きながら、火の玉を作り出す。その隙を逃すレッドキャップではない。

 しかし、得物が動かないので、前のめりに倒れそうになり、後続と玉突き事故を起こす。ディープは全ての剣や斧を、魔力の念動力で奪うと、喉元へ突きつけた。

 コリーとニーソは鮮やかな無血勝利に感心する。

 だが、レッドキャップ以外にも招かれざる客はいた。そいつは行く手を遮る、レッドキャップの後続を蹴散らし、ついには前衛も薙ぎ倒す。オークと呼ばれる亜人種の一つで、脳味噌筋肉な社会のゴミだ。鬱陶しいので溜めていた火の玉を使い、登場と同時に焼く。

 まだいるようだ。海老で鯛を釣るように、魔物の入れ食い状態となっていた。コリーはこうなると知っていたから、掃除や換気をしないでいたのだろう。

 次はゴーストが現れる。死後も尚醜態を晒しているのは見るに耐えない。

 魔力の網で一纏めにすると、無詠唱魔法で光の玉を作り、ゴーストを照らして無理やり昇天させる。闇に光はとても効果的だ。

 次から次へと魔物が現れそうなので、ディープは扉を閉める。何故か閉める時は一人で大丈夫だった。


 ディープの戦闘技術は幼い故か、ワンパターンである事を指摘するコリー。

 するとディープは、詠唱魔法が使えない旨を話す。

 コリーは驚くが、魔力のみで立ち回れる事に納得できた。

 そして、ますますこの幼く名前も無い原石を、磨きたくなる衝動に駆られる。ロビーの隅に置いてある机から、紙と鉛筆を持ち簡易な契約書を作製した。ディープの目の前に差し出し、契約するよう促す。

 ニーソが微笑ましくそれを見ているが気にしない。

 妖精や精霊の仮契約に人数制限は無く、契約をどう行うかも自由であり、呼び掛けに応じるか否かも気分次第と、とてつもなく緩く甘い為、契約者からは口約束と揶揄される程いい加減だ。そのぶん本契約にはとても厳しい規則が設けられている。

 生返事でサインするディープに、妖精達も契約書を書きたいとねだった。頷くと、コリーの契約書に続けて書く。コリーはそれを受け取ると、大事そうにポケットへしまう。教える事は山程あるが、とりあえずはディープが使う部屋に案内する。


 ディープが使う部屋は、院長室よりとても広かった。掃除して障気を祓えば、まともに使える。

 しかし、立ち込める障気のお蔭で、先客を見落としていた。

 障気とは魔物の死体から出た魂の名残である霊気が、残留思念で変質した空気のこと。古城に住み着いていた妖精が抗議すると、森の妖精は頭を下げるが一向に納得しない。

 妖精の魔力は障気に蝕まれ、とても弱々しかったので、ディープはおもむろに掴まえる。激しく抵抗する古城の妖精を、雪の妖精が抑え込む内に素早く障気を祓う。

 部屋を満たすオーラで魔力による、霊力との融合を起こし、障気のバランスを崩す。残留思念は呪い程強くない場合が多いので、すぐに思念も霧散した。

 霊力を取り込んだ魔力を還元すると、ディープの魔力量が増える。これも一つの増やし方だが、修道院の近くには霊力を流す、龍脈が無いので諦めていた。

 古城に住まう妖精は障気が無い事に気づいた途端、抵抗を止めてディープを見る。握っていた掌を開くと、妖精はディープの服の中へ入り、襟首から顔を覗かせた。雪の妖精も続いて入ると、森の妖精は呆れてしまう。

 隅に置いてある掃除道具を手にし、作業へ取り掛かる。


 部屋掃除が終わる頃、ニーソは遅めの昼食を用意したと呼びに来た。昼食はロビーより広い食堂で、魔物の肉を調理した一般的な料理を食べる。

 何故かコリーは闇の精霊として勝手に、生き残りのレッドキャップを従え、使用人として調教しながら食事を摂っていた。その数は十人、全員が包帯をあちこちに巻いている。

 ニーソは別にゴブリンを捕まえており、私兵として雇い訓練の報告を聞いていた。私兵ゴブリンの数は五人。鍛え抜かれた小さな体躯は、ニーソの課す訓練がとても厳しい事を物語っている。

 午後はレッドキャップの調教も兼ねて、使わない部屋を掃除させる。監視はゴブリンが担当だ。

 食堂並みに広いが、道具によって狭苦しい武器庫内にて、ニーソはディープのペンダントを点検し、自分の持つ知識と技術で、魔法具をどう作るか模索する。

 点検されながらもディープは、コリーから魔力の貯蔵量が増える方法を聞いていた。

 貯蔵庫を意識して木箱を思い浮かべ、中の紙きりを各属性に分ける。第二の心臓から流れる魔力を木箱へ注ぎ、属性ごとに合うよう紙きりに沿って、中身を満たす。

 実際に木箱を手に持ち、イメージを明確にすることで、貯蔵庫を確固たる物にする。木箱はすぐに出来上がったので、次に鉄の箱を持たせた。

 コリーはニーソより魔法技術が上なので、眼を凝らしディープの貯蔵庫を観察する。

 強度もだが、魔力の質を隠す意味でも、貯蔵庫の改変は大事だ。流れる魔力に木箱では強度不足だし、質も見抜かれやすい。

 この鍛練は貯蔵庫の量を増やす事より、質を隠す事に重きを置いている。自己鍛練による成長で、ペンダントの封印は限界寸前だった。この鍛練が上手くいけば、右目を自分の力で抑え込める。


 二時間後、鉄の箱も完成した。

 それを更に変えるべく鎖の鎧を持たせて、中と外に鎖を巻き付けるイメージで箱の強化を図る。また、右目にも同じモノをイメージさせ、魔法具無しでも大丈夫なよう、寝ている時でも無意識で作って置けるように言う。

 第二の心臓には休息を与える意味でも、貯蔵庫の鍛練が終わるまでは、魔力の使いきりで寝ないように言いつける。


 一ヶ月で貯蔵庫の改変は修得した。

 鎖で編まれた魔力の貯蔵庫外枠では、魔力同士が衝突を繰り返し、より上質な魔力が内部で圧縮されて、属性別に溜め込まれる。右目も同じように溜め込むが、こちらはすぐに第二の心臓を通して貯蔵庫へ流れた。

 しかし、丸一日魔力を使わない事もあるので、使わない場合は線の強度を上げる為、常に流して循環させている。だがそれだけでは、貯蔵庫が破裂し暴走の危険を伴うので、予備の貯蔵庫と線を臓器に添って作り出しておく。

 それでも間に合わない場合は物に詰め込むのが手っ取り早く済む。

 方法は小さなビンに魔力を放出し、圧縮に圧縮を掛けてエネルギー体である魔力を気体にし、液体、固体と詰め込み、蓋をして魔力を保存する。とても手間が掛かる消費だが、無詠唱魔法を使って探知されるよりはマシだ。

 余剰魔力であるオーラを操る術を持つディープは、もう少し鍛練すると、内部身体強化だけでなく外部身体強化もできるだろう。


 次に外部身体強化を使えるように鍛練をする。

 魔力の身体強化とオーラの身体強化による違いは、魔力を全身へ流しつつ無詠唱魔法を放つか。周囲を漂うオーラを消費して、無詠唱魔法を放つかの二つだ。

 外部の方は防御が下がると思うだろうが、オーラは魔力が枯渇しない限り自然と身体を包むから問題は無い。内部は外部と比べて、無詠唱魔法の発動が遅いが、威力は若干高めだ。両方使えば発動時間と威力を気にしなくて済む。

 ビンに魔力を注ぎつつ外部身体強化の鍛練を行い、一週間でビンを満たせるまでになった。一週間の内、外部身体強化が三日後には無意識で展開でき、四日後はその状態で魔力の念動力を使えるまでになる。


 次は掌以外の場所で無詠唱魔法を、自由自在に放てるようになってもらう。これは奇襲向きだが上手く出来れば、例え身体が動かなくても相手を攻撃できる。

 一週間で足、背中、膝や肘、額、臀部と腹部。全身のありとあらゆる場所から放つ。特に右目から出す無詠唱魔法は、ディープ本人も驚く高威力で、火の玉がビーム状になった。

 ニーソ曰く、あれはドラゴンを軽く葬れるらしい。

 タイミング良くニーソが作った、ブローチ型の封印魔法具が出来上がったので、付けてもう一度放つ。今度はきちんと火の玉になった。


 次の鍛練は属性の違う無詠唱魔法を同時に射つ。上級の詠唱魔法では無いが、同じくらい高い難易度の魔法戦術だ。

 しかし、一ヶ月と二週間で全属性を同時に連射した時は、流石のコリーも頭が下がる思いで、強がりしか言えない。


 春が来て修道院へ帰る日に、冬になるまで妖精を増やす事を課せられる。後ろ髪牽かれつつも、ディープは古城を後にした。

 別れる際に院長宛ての手紙と、大量の小さなビンを持たされる。

 契約した妖精を入れる為のビンだ。

 帰り道に水と火の妖精を見つけ、魔力の固体が詰まったビンを餌に捕まえ、雪の妖精と一緒に瓶詰めする。森の妖精は贔屓で瓶詰めしないが、他の妖精は怒らない。

 ディープの思いは、一度話しただけで信用できる何かを、妖精へ与えているからだ。

 修道院に帰ると子供達は修道女と一緒に、昼食の準備中だった。久しぶりの護衛や子供達に挨拶もそこそこで、院長室へ向かう。皆元気そうで何よりだったが、働ける子供の中では、ディープだけが労働もせず修道院へお金を入れていない。

 その為引け目を感じるが、大量のビンを持って現れたディープを見ても、院長は変わらず笑顔で出迎えてくれた。どうも、修行に明け暮れていた事は、お見通しのようだ。

 突然ペンダントを外しても、驚いた表情すらしてくれないのがその証拠。

 しかし、ブローチを見て鼻で笑い、手紙と共に渡すと、新しいペンダントを貰える。ペンダントが限界だったことも作った本人は分かっていたようだ。

 手紙を読み終えた院長は、冬の間にすっかり居着いた水の精霊へ、返事を持たせて郵便を頼む。これを機に、精霊を森の泉へ帰す腹積もりは見抜かれていたが、ディープも頼み込むと渋々了承してくれた。


 妹弟子の手紙には判断保留との旨が記されており、妖精や精霊との契約で無詠唱魔法の更なる火力上昇と、武器や魔法具の訓練に就く理由もある。

 嬉しい申し出だが、依頼料は既に護衛達のギルドへ払ってしまったので、予算は割けない。

 姉弟子としての上下関係を押し出してもいいが、そんなに困ってもいないのが現状だ。有名な傭兵を雇う事で箔は付くものの、変な噂が流れかねないので遠慮したい。

 それに妹弟子より自分は強いので、安い依頼料で護衛をコキ使い囲っていても、護衛は文句一つ言わないのだ。

 もし護衛が裏切るような真似をすれば、一族郎党を組織総出で潰すなり、自分が一人残らず抹殺する。それがここでの暗黙のルールだ。

 しかし、妹弟子も自分と同じで判断がつかないとは、弟弟子や兄弟子にも連絡をつけるべきか否か迷う。

 師匠はとても強く、いつも兄弟姉妹に囲まれていた。その兄弟は別の分野で師匠並みに強く、戦闘面では師匠以上に強い方もいた程だ。

 ディープは師匠に良く似て、右目の魔力は師匠と全く同じである。

 そんな彼女に関する報告は組織にも伝えていない。

 背信行為に接触しかねないが、もしも師匠ならば気づいたときに、組織を壊滅させる事もいとわないだろう。

 弟子としては一番近くで、師匠の強さの秘密を見守れる役得は、とてもおいしいモノだ。環境次第で成長する方向は変わるのだろうが、転生しても基本スペックこそ変わらない。そういう特殊な人だからこそ、可能な限り情報の拡散は避けたいところだ。

 しかし、他の弟子にはバレるだろうから、早めにチカラを着けて貰わなければ、守り通すにも限度がある。

 なので、ここは一つ錠前について話しておこうと思う。弟子同士は勿論、基本的に造った本人である師匠くらいしか見えない。果たして見えているのかどうか。


 院長が神妙な顔つきで問う。

 無論、ディープは見えているので、どこが開いているか、どこが閉じているかを正確に言い当てた。更にニーソの錠前も言うと、何故それがあるのか、疑問に思っているようだ。

 この錠前は身体の至るところにあり、弟子のチカラを封印する為に、師匠が施したと応える。

 錠前の数は皆同じで、最初に一つだけ開ける事ができ、開ける場所によって戦闘力等が変わると言う 。

 鍵は弟子ごとに違うモノを持って旅に出る。唯一、師匠だけがマスターキーを持つ。師匠と弟子は、それぞれが異世界を渡りながら、鍵を交換していく。

 それが最後の試練であり、目的は全ての錠前を外したうえで、師匠に勝つことだ。

 途中で師匠に出逢えば、外したい錠前を一つ開けて貰える。

 一人で気長に旅をするも良し、弟子同士協力するも良し。師弟とも異世界には好きなときに移動でき、そのための装置は魂に埋め込まれていた。

 おそらくディープの魂にも装置があるだろう。

 一体どういう原理と技術なのかは、師匠の兄弟姉妹しか知らない。

 ディープは弟子の人数と、目的を達成した後のことを質問した。

 弟子の数は院長でも把握しておらず、正直なところ分からない。試練を終えた後は、師匠と肩を並べてある方に仕えるだろうと話す。

 院長はディープが、何かしら反応してくれると少なからず期待していた。

 しかし、ディープは途方もない試練に苦笑いするだけ。これが普通の子供なら、胡散臭いと馬鹿にしているだろう。

 一定の成果はあった。まず、師匠で間違いない。院長はディープに協力を求める。

 いつか、錠前を一つ外して欲しいと。

 ディープは快く請け負う。

 自分は知らないが、前世では師匠となり、弟子達を指導していた事に動揺する。でも、師匠ならば弟子の前で、無様なところを見せる訳にはいかない。

 最後にもう一つ聞く。

 院長のように旅をしない弟子は旅を諦めたのか。

 答えは他の弟子が来るのを待つ、と言うものだった。


 院長室を後にして、道具部屋に向かう。

 弟子であるが故にディープを恐れない。タネを明かせば簡単な事。だからといって師匠の自覚は無い。これまで通りの関係だ。

 道具部屋では金属の妖精達が、片隅でお茶会をしている。鉄、銅、鉛、銀等が喧しい程に、炊事場からくすねた食器と匙を鳴らしていた。

 しかし、妖精が見えない者には聴こえない。便利な結界を敷いている為、護衛でも気づかない人は多い。見えている人は、たまに菓子をあげてくれるそうな。基本的に関わっても、余計な問題が増えるだけだから、積極的には交友せず、子供でも妖精とは距離を置く。

 そして、次第に成長とともに視えなくなる。精霊も同じだ。

 それでもディープは話し掛ける。妖精の間では有名なのか、ディープを見ると寄ってきた。

 そしてイタズラをされる。決まって服の中に入ってくる事が多く、よくくすぐられた。

 妖精達は満足したのか、悶死しているディープの側にあるビンへ、勝手に入る。

 ディープは少し挫けそうになりながらも、修道院と周辺の森や川に住む妖精達を、身体を張って集めた。

 だが、問題もある。それは妖精達のご機嫌取りと食糧だ。

 機嫌を損ねると手伝ってくれないから、自分にイタズラさせるのが、周りに迷惑もかからず自己完結できる。しかし、このままだと身体が持たなくなるか、不感症にでもなりかねない。妖精は甘い物が好物であるも、修道院は基本的に質素な食事だった。おやつの配給にも限りがある。早急に対策を練らなければいけない。

 ディープは思いきって院長にねだってみた。

 院長は少し思案すると、ディープに魔力が個体化するまで、圧縮したビンを出させる。

 その中身を液体にすると、ビン七本分が満ちた。それを与える事で、食糧面と機嫌は自然と取れるらしい。

 問題は解決した。定期的に魔力を液体に還る必要はあるもの、妖精達はとても喜んだので良しとしよう。

 妖精を集める目的は、精霊との交渉を円滑にするためだとは、ディープの知るよしもない。


 一ヶ月過ぎ、文章を書けるようになった。まだまだ雑な文字の集まりだが、妖精達は及第点を出す。

 魔力の核を繋げることにより、矢を作り出せるまでになったから、文字を書いてみたのだ。

 一つの目標を達成したが終わりでは無い。魔力で絵を描けるようになるのが次の目標だ。

 その為にも、流暢な洒落た文章くらいは、簡単に書きたい。魔力の文章を書きながら、魔法陣の練習を始める。魔法陣に使う基本的な文字は、夜に院長から習った。

 しかし、魔法陣の作成は難航する。

 魔力で書いているからだ。

 普通は練習ならば紙に鉛筆で書き、魔力を籠めるか、魔法名を言うだけでいい。陣そのものが大気中の魔力を消費するから、魔法は発動する。

 瓶詰めの妖精は自力で、浮遊というか宙を飛び回り、ディープの警護をしてくれていた。

 どうも、瓶詰めされたからとはいえ、一見して不自由ではないようだ。それどころか、連携して波長を合わせ、魔力同士を繋げた時は吃驚したモノである。更に、瓶詰めなのを利用してビンの周りに石を纏わせ、合体してゴーレムになったりもやってのけた。

 普段より自由度が凄い。水の精霊も妖精達に引き吊った表情を浮かべている。


 半年後、魔法陣を魔力で書けるようになった。

 妖精の合体したゴーレムは、数が増えるにつれ巨大になっていく。果ては本物のゴーレムを粉砕してみせ、兵器並みの戦力を誇る。

 それでいて肝心な妖精には、戦う意思すら抱いてないようだった。歩くだけで魔物は潰れる程。まさに鎧袖一触。

 これを聞いた院長は、自ら手合わせしてみると言う。

 妖精ゴーレムは強い。

 途中からは流石に余裕な表情を消して挑み、弟子の本気を出す事でようやく勝った。

 遊びに来ていたコリーとニーソは、次は自分達が戦うと言い出したので、ディープが魔法陣を描き牽制する。

 ディープにだけ、妖精ゴーレムは細心の注意を払って接した。

 ちなみに、妖精ゴーレムでも、ディープの右目から繰り出されるビームには、呆気なく負けてしまう。合体してゴーレム化しても尚、ディープには敵わないようだ。


 拾われた日や預けられた日が誕生日となる修道院で、ディープは妖精達から、フェアリーダガーと呼ばれる宝物を貰う。

 ニーソやコリーからは角砂糖とビン、院長はニーソのブローチを改良した物を送った。

 本音を言うとブローチはどうでもよかったが、受け取る際に頭を撫でてくれたので、凄く嬉しい。

 魔力を武器に伝達させる事は比較的容易だった。また、魔力を武器に籠める技術は、魔術形態の応用で修得する。

 二ヶ月でこれらを早々に覚えたディープは、魔法使いの中でも指折りの強さに登り詰めることとなる。


 冬の季節が来ると古城に足を運ぶ。

 妖精ゴーレムの改良版で、四足歩行の獣に乗り込むと、移動がとても楽だった。道ですれ違う人々に不審がられないよう、巨大な犬に変装させることも忘れない。

 コリーは変わり果てた妖精を見てため息をつく。最早妖精使いというより魔獣使いだ。せめて精霊使いになって貰いたい。

 ニーソも苦笑いしている。

 妖精の獣を分解して、自分の使う部屋に入ると、レッドキャップの使用人が掃除していた。終わる頃合いだったのか、ディープに会釈して立ち去る。

 妖精達に解散を言い渡す。途端に妖精は古城内を探索しに出掛け、残ったのは森の妖精だけ。少し悲しい。


 昼食になり食堂へ赴くと、見知らぬ旅人がいた。錠前がある事から、弟子の一人だと分かる。

 ニーソに聞き、兄弟子でありギルドマスターであると紹介された。つまりニーソの元上司だ。そう言われなければ、わからない程の存在感しかない。

 ギルドマスターはディープに気づくと、床に片膝をついて自己紹介する。

 名前はガンダム。

 街に複数あるギルドの一つを束ねる長。院長より上の兄弟子であり、ディープの弟子だ。人間だが実力は院長と同じくらいある。

 旅人の格好の下には薄い鎧を着込んでおり、動いても音はしないが、よく見ると輪廓がおかしい。だから鎧とわかる。

 ディープが顔を上げるよう言うと、ギルドマスターは顔だけ上げた。

 精悍な顔つきだが無表情なので、一般人のその他大勢に紛れてしまう。掴み所の無い人物。 おまけにあまり喋らない。

 困ったディープはニーソに聞く。するとニーソは、兄弟子に師匠らしく、何か命令しろと言う。

 見知らぬ弟子に命令するのは躊躇われるので、仕方なくディープはコリーにすがる。

 コリーも振られると困った顔でいたが、試しにくつろいでほしいと頼む。だが、師匠の手前で、他人の言うことには従えない、と言われた。

 一体自分はどんな師匠だったのか、もの凄く気になる。

 覚悟を決め咳払いして、楽にして構わないと言う。

 立ち上がり、普通に椅子へ座るガンダム。ニーソが何故か姿勢を正す。

 弟子の上下関係だろうか、ディープは幼いながらもそう思った。

 レッドキャップに頼み、お茶の用意をしてもらう。

 するとガンダムはニーソを見る。首を振っていたので、コリーに向く。コリーは首を傾げるだけだ。

 ディープも首を傾げ、ガンダムの意図を探る。

 そこへ銀の妖精が中心となって、合体したゴーレムが入って来た。

 ガンダムは眉根すら動かさず、腰に下げていたバックから、短剣を抜き放ちゴーレムの胸部へ打ち込む。しかし、本物のゴーレムではない為、その程度では倒れない。

 でも、ディープはガンダムを睨み付け、魔力の念動力で椅子から宙へ浮かせる。

 ガンダムは勿論慌てつつ、逆鱗に触れた事を謝った。

 ガンダムの対応も無理からぬことで、説明していないディープも悪い。

 コリーが宥めて落ち着かせると、ガンダムは乱暴に着席された。ニーソがガンダムへ現状を説明し、ようやく昼食を食べれる。

 ガンダムはギルドマスターなだけあって攻撃の際、間を誰にも悟らせなかった。魔法に頼らない技量は暗殺者並みにある。


 ガンダムはディープの部屋で、防具に魔力を籠める手本をみせた。ディープは武器には慣れたが、防具は部位が多いので、同じようにはできない。

 そこで、魔力や魔法を銃弾に籠める作業を、ギルドマスターとしての仕事をこなす合間に、こっそり隠して行う弟子の出番だ。

 銃弾に魔法を籠める作業は、失敗すれば金属片が飛び散るので危険が伴う。武器も許容範囲を超えれば、木刀や刃を潰した練習ようの剣も木端微塵になる。身をもって瓶詰め妖精が庇ってくれたりしたので、その危険性は分かっていた。

 しかし、弟子は許容範囲を超える際、念動力で弾けないようにカバーしている。更には無詠唱魔法を、鎧に籠めながら圧縮することで、許容範囲内に留めてみせた。

 どれもディープにできる応用ばかり、基本に返るいい機会だろう。

 早速真似してみた。

 鎧が淡く発光しているのを見て、ガンダムが懐から出したマスケット銃を構え、魔法を詰めた弾を撃つ。

 鎧は魔法弾を弾く。

 ガンダムはお見事、と言い硝煙を上げているマスケット銃を冷まし、再び弾を詰めた。


 流石は師匠だ。魔法弾を弾く鎧なんて中々無い。それを見よう見まねで作るとは、かなりの修練を摘んだモノとみる。

 師匠が転生したようだと、ニーソから聞いた時には、にわかには信じられなかった。

 でも、ディープを見て察してしまう。

 幼くともこの少女は師匠であり、追い続けた背中を思えばそれだけで、かつての残像が甦る。

 ディープに弟子としては差し出がましくも、魔力の応用について講釈していく。昔は逆の立場だったのも、今では懐かしい。それでも師匠が為になるなら、弟子として導き直すのも務めだ。


 次の日はコリーがやって来た。魔力の波長を変える鍛練をするらしい。

 これができれば、妖精や精霊だけでなく、魔獣や神獣とも、より仲良くなれると言う。

 実際にはそれだけではなく、仲間と波長を合わせる事で無詠唱魔法の威力増加や、魔力の受け渡しが道具無しで実行できる。また、相手の魔法を妨害したり、防御の際に攻撃魔法の威力を半減させ、魔力に変換し直して吸収する、といった離れ業も修得可能だ。

 そのことに気づかないディープではなく、コリーの波長を感じると、自分の波長を同調させる。

 しかし、波長を変える事は生半可な鍛練より難しい。魔力の発散する方向を見ても一定ではなく、種族ごとにも違う。

 色や属性、無詠唱魔法と詠唱魔法の発動状態。全ての組み合わせを網羅しても尚、波長は千差万別で照合不可能に近いモノ。

 それを前世は完璧に把握していたそうだ。

 コリーも闇の精霊以外では、波長を合わせられない。

 異世界の頂点に列なる存在は、まさに規格外だった。


 師匠の師匠足り得んがための鍛練で、ディープは階梯を少しずつ登る。

 肉体で何度も反復練習した業は魂にも刻まれており、変形した魂にも同様な事が言えた。転生すれば魂は別物に変わるのが普通だが、ディープの魂は前世と変わらない。

 何故死んだのか理由は分からないが、だから階梯を登れる。


 二ヶ月後には、妖精達やコリーの波長だけでなく、ニーソとも合わせられるようになった。

 ニーソは、師匠凄い、と喜ぶ。

 コリーも優しく微笑む。引き吊った笑みだが、ディープは気にしない。

 二ヶ月で修得する方がおかしいのだ。

 精霊も畏れる魔法使いならぬ魔力使い。でも、まだまだ会得する分野はある。

 それを見つける為に、ガンダムの仕切るギルドへ向かう。

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