第19話刑罰

 案の定というか、ブッキーは負けたようだ。

 戦争をする前段階で、野菜娘達は次々やって来る偵察や斥候を、蹴散らしていたと言う。

 あー、ソイツ等は最初から見逃しておくか、全滅させておかないと。情報を持ち帰って、対策を練られるだけなんだよなぁ。


 奇襲にて戦闘が始まるも、砲が通じたのは最初だけ、次射は風と水の複合式防壁を展開され、ほとんど効果が無かったと。

 携帯性が悪いという事は、偽装と隠蔽しても、隠しきれないと言う事になる。小回りも利かないし、遠目からでも目立つ程度には大きい。

 で、砲撃や大口径の銃弾は、水面上で弾かれてしまう。貫通なんてしないのだ。

 これは、高所からプールとかに飛び込むと、腹が痛いのと同じ理屈で、抵抗が働き水面から下が、コンクリート並みの硬さとなる。銃弾や砲弾は、自身の出す速度によって砕けてしまう。

 小口径の銃弾でも、水深二十五メートル以上しか進まないし、その距離内で当たっても、威力は大幅に落ちているので、余程の事がない限り死ぬ事はない。

 ただし、オートマチック・ピストルやリボルバー、アサルト・ライフルの単射に限られる。分隊支援火器のマシンガンとかで連射されれば 、空気が混じって水の抵抗が拡散する為、威力が乗る距離も延びる。

 まぁ、一瞬では水深二十五メートルも潜れないので、狙われて飛び込んだとしても、大抵は蜂の巣になる訳だが。


 水の膜がどの程度なのかは知らないが、薄くても水と空気の層を二重、三重に重ねていけば、玉ねぎ装甲や中空装甲と同じ原理になるので、爆発物すら阻む。

 故に、砲弾は対処されてしまう。


 バットや木刀で白兵戦をしても、まずサイズが違い過ぎるので、エルフ達に蹴散らされてしまうだろう。

 擬人化したからと言っても、身長は元の姿である野菜の体積分しか伸びない。仮に五十センチの大根が あったとしよう。葉っぱは含まず、断面にした円の直径が最大七センチあるとする。

 その体積分、もしくはその一・五倍が大根の野菜娘が身長となるのだ。

 エルフが約百七十センチあったとするなら、大人と幼児並みの体格差となる。体重差はもっとある。

 てんで、お話にならないのだ。

 勿論、その体格差を埋めるべく、連携した格闘の訓練は施した。

 それでも、巨人を狩る装備が貧弱過ぎたので、エルフの防御を抜けず、野菜娘達は次々と死んでいく。

 立体的な機動力がほぼ無いのだから、当然と言えば当然だ。

 植物である以上、素早さなんて望めない。防御も野菜には期待出来ない。

 あるのは、耐久力のみ。剣で串刺しにされても、しばらくは擬人化したままで居られるので、肉薄して攻撃するしか無いのだ。

 これは、擬人化したままで料理されたという、グロい情報が元にしてある。

 あの地獄絵図を踏襲した、ゾンビ的近接戦だ。

 しかし、悲しいかな。野菜娘達には腕力がないので、遠心力だけでは冑に弾かれてしまう。植物に筋肉なんて、あると思うなって事だな。


 ブッキーも一緒に戦ったが、接近してすぐに劣勢を強いられ、これはアカンと悟ったそうだ。あまりにも遅すぎる判断であろう。

 殿として、野菜娘達は突撃を行い、その散り様を見届ける事すら許されず、ブッキーは敗走した。

 だが、エルフの弓による追撃の矢が、右肩に命中してしまう。

 ブッキーは痛みからか、根っこの多脚が不安定となり、植物部分から分離してしまうも、立ち上がって走る。けれども、運動不足から足がもつれ、少ししか走れずに倒れてしまった。

 もうダメだと、諦めが頭をよぎる。

 しかし、生き延びる事を約束した手前、簡単に生を手放す訳にもいかない。

 何か打つ手をと考えるが、そんな最中でもエルフは迫る。

 顔が強張り、思考が真っ白になりかけるも、突然現れた乱入者が、ブッキーとエルフ達の間に割って入った。

 乱入者はフード付きのローブで、顔やその下すら隠していた為、性別や素性が全く分からない。

 そしてこう言ったそうだ。


「お前達は帰った方が良いかもー。村が魔王とギルドの連合軍でー、包囲されているよー?」


 少しの沈黙の後、エルフの一人が鼻で笑い、乱入者に対し急接近して、槍で刺突を繰り出した。

 間延びした声音から、女性とおぼしき乱入者は、ピクリとも動かない。避けようともしなかったのだ。

 ブッキーは息を呑むも、槍の穂先がローブより生えてくる事すらない。

 乱入者が、突き出された槍の穂先を、真正面から握り潰していたのだ。刺突したエルフは唖然としている。それを見た仲間のエルフ達も、放心状態だった。

 魔法による身体強化なら、これはあり得る。だが、魔法すら使わずに、ただの動体視力と握力のみで、点に見えて視認しずらい金属の穂先を、紙屑の如く潰せるなんて、普通はあり得ない事だ。

 そんな事が出来るのは、よく訓練されたオートマトンか、竜が人化した存在だけ。

 分かる事と言えば、エルフ達が対峙する乱入者には、現状の装備が通用しないと言う事実。

 素手で槍を壊す以上、魔法も本当に効くか怪しいところ。矢は掴まれてしまうだろうし、剣は折られる

 。

 伏兵による物量と波状攻撃も、おそらく通じない。

 既存の武器が効かない以上、策を練ったところで無意味だ。

 仮に、ブッキーを執拗に狙ったとして、庇いながら戦ってくれる、という保証もない。

 見殺しにされて、エルフ達が一人ずつ死んでいくのが、オチとなろう。


 エルフのリーダー格が撤収すると、仲間に告げる。

 憎々しげに、槍を失なったエルフが睨み付けるも、乱入者の表情は分からない。

 弓使いが閃光の矢を放つと、伏兵達も撤収していったようだ。


「なんだクマー。せっかく助っ人として、暴れようと思ったのにクマー」

「つまんにゃいニャー。負け戦の観戦なんて、時間の無駄だったニャー」


 のそのそとクマー達が、ブッキーの後方から現れる。


「……居たんだ」

「夕立にお願いされたんだクマー」

「ところで、もしかして緑閃石のあねさんかニャー?」


 乱入者がタマーの方へと向き直る。


「うむー。その通りー。私の部下を知っているのだねー。ならー、都合がいいしー、案内してもらおうかなー?」

「……おったまげたクマー。そろそろいらっしゃるとは聞いていたけど、このタイミングでやって来るとはクマー」

「ふはははー。部下とその友人がー、なにやらそこそこしていたのでー、少し待っていたのだよー。そしたらー、エルフの村へと軍隊が向かっているのをー、察知したので先回りしてー、事情を聞いたのさー」


 そう言って、女性はブッキーを引き起こす。


「あ、ありがとうございます。緑閃石が姐さん。いえ、今は違いましたね」

「そうだねー、名前は捨ててるねー。まー名前なんて姐さんでいいけどさー。そう言えば初めましてだねー、アルウラネさんー。山吹色から少しだけ聞いているよー」

「ブッキーと申します。以後よろしくお願い致しますね」

「立ち話もにゃんだし、山吹色がおられる場所まで、ご案内しますニャー」

「姐さん、クマーはクマーだクマー。こっちはぬこなタマーだクマー」

「語尾が煩いようなー?」

「姐さんもですニャー。お互い様ですニャー」


 そんな訳で、山吹色の上司が来ている。

 上司さんに名前は無いが、役職名を襲名しているとの事。まぁ、人間の職業にもよるが、よくある話だな。

 でも名乗ったりはされない。それを問い掛ける事はしない。と言うか、暗に聞くなと言う雰囲気だった。

 存在感は人間並みだが、それは完全に、気配やオーラを制御している証拠でもあった。全く洩れていないし、それなのにザコすら近付けない。

 見た瞬間に、山吹色の上司だと察した。勿論、山吹色はイスから立って、地面の上にてひざまずいている。

 俺も一拍遅れて、それに倣うように跪いた。

 おそらく、水戸のご隠居を前にしたのって、こんな気分なのだろう。

 もし戦うとしたら、勝つか負けるかの話しにもならん。その前に、楯突く気概も湧かないのだが。

 気安く話し掛ける事すら、憚られるのだろう。


「頭を上げていいのにー。ここは既に山吹色のモノなんだからさー?」

「木龍のナンバー2が御前である以上、我は末端の一員でしか御座いませぬ」

「相変わらず堅苦しいねー。もっとフランクにいいんだよー? フットワークは軽くなきゃー」

「ナンバー2の頼みと言えど、これは一族の規則でもありますれば」


 上司はのんびりとしていらっしゃるが、山吹色は態度を変えない。


「まぁいいやー。さっさと用件を済ませるよー。えーとー、そこのブッキーの処分は、老子っていう雑草に任せるからねー。そうそうー、一応は山吹色に勝ったんだからー、この森がある一帯を連盟で治めてもらうからー。具体的には山も含むのでー、結構広大だけどねー」


 まー、頑張ってー。と言って、髪飾りを虚空から出してくる。


「山吹色と対等である証としてー、この髪飾りはー、古龍の鱗で作ったんだよー。部下の友人でもある以上ー、私の友人も同然だからー、私とも親しげに話してくれてー、全然構わないからねー」


 暗に、お前だけでもこっちに合わせないと、話が進まないだろうが。と言う圧力を感じるのだが。


「……山を含むと言う事は、地下資源もですかね?」

「んー、鉱脈はエルフ達がちょっと手を出してるけどー、アイツ等はやり過ぎたからー、村ごと解体されるしねー。関係無いからー、使いたければ使って良いよー」

「温泉は出ますか?」

「たぶんー、深く掘ったら出ると思うよー」


 鉄が採れる。守護者の一人だから、火を堂々と使える。温泉を掘る事も出来る。

 邪魔しそうなエルフも、来なくなるらしい。モンスター達は捕獲して兵隊に組み込むし、擬人化でコミュニケーションも取れるな。

 配下から不満が出ないなら、日常生活は便利で豪華なモノにしていけそう。

 俺の邪魔をする奴は、ほとんど居なくなるのだから、農作業や採掘が捗る事となる。

 それを元手にすれば、加工品や兵士が増えるのだから、余所の町へと行商を行う事も出来るはず。

 行商を通しての情報収集は、諜報の基本だ。

 行商部隊を護衛する兵隊も、自前で用意可能。その護衛が使う武器は、ほぼ使い捨てだし、自前で生産も出来る。

 まぁ、こちらの武器が通用するかは、指揮官にもよるのだが。

 少なくともブッキーは兵士であって、将軍を任せるには勉強不足。戦闘の玄人であるからといって、組織立った行動まで出来る訳ではない。

 だから、リーダーとして素人。集団戦の素人となる。


「あー……お引き取り頂いたエルフ達はー、近くにあるエルフの村に向かっているー」


 そう言えば、やり過ぎたって言っていたな。


 山吹色の上司から話を聞くと、何でもエルフ達は稀少な植物の密売を、人間のせいにしたり、遠方から来た人間の旅人を眠らせ、人身売買の商品として売り飛ばしたりしていたらしい。

 森の資源は半ば独占状態。未払いの税金も多い。

 軍にニセの情報を渡し、守護者への一方的な攻撃も行っている。

 軍には自分達の村から出ている者が居たので、そのツテとソイツのコネを使い、口止めに賄賂まで握らせる始末。

 無論、ソイツとその上司や部下、同僚にもそれなりのお土産を持たせているという、念の入れようだ。

 村には不釣り合いな程に金を持っているので、その金と資源に目が眩んだ奴も出てくる。その連中すら抱き込んで、悪巧みの過程で裏切らないように、ある植物から採れる白いナニカで洗脳していく。

 これで隠れ蓑とトカゲの尻尾が作れる、と言う寸法だ。

 犯罪事は、いくつかあるトカゲの尻尾へと、分散もしておく。ヤったのは連中なので、自分達は被害者であり、関係無い罪は問われる筋合いがない。

 これ等が暴露したのは、魔王直々による記憶の抜き打ち調査が行われた為だ。

 前々から疑いはあるも、証拠が無い犯罪が多かった。それも、このようなエルフ達以外の種族にも、村や部署ぐるみでの組織的な行動があったと、おぼしき形跡が朧気ながらもあり、まことしやかに噂話も飛び交っていたのだとか。

 そこで一人一人を、尋問していくのは時間のムダだし、突き止めるまでに時間が掛かると、アリバイに関する目撃情報も薄れやすい。要は尋問という脅迫による、冤罪が起きやすくなるのだ。

 なので、魔王は一定の場所を通る際、魔王軍関係者の記憶を見るため、極秘に魔導装置を作らせたという。


 その成果がエルフ達の処罰を行うべく、村への出兵となっていた。

 亜人達は人間と違って、刑務所暮らしだけでは反省しないそうな。

 故に、現行犯や確たる証拠がある場合、立会人の下、その場で刑罰を処す事が出来る。

 今回は記憶という強力な証拠があった。改竄や捏造は出来ない仕様であり、魔王が自分の魔法にて直接見たモノでもある以上、簡単には覆せない。

 改竄や捏造が出来るのは、魔王以上の実力者や装置の開発者くらいだ。開発者には、冤罪を作るだけの理由も無いため、魔王を嵌めるメリットすら皆無だろう。


 トップの命令である以上、部隊は迅速に動き、ギルドにも事情を話して、村一つが消えるという混乱を、最小限にしてあるそうだ。

 ギルド側も不正を疑っていた冒険者が、その村の出である事を知っていたので、ついでとばかりに監査班を送り出し、その村に居る冒険者をシメに赴いたとか。

 ギルドと魔王軍の連合軍は、村を完全包囲し、武装解除と今すぐ投降して、横一列に並ぶように勧告した。包囲の説明はしない。罪状の読み上げに掛かる時間の分だけ、相手へ抵抗を許す事に繋がるからだ。

 考える暇や反撃に移る余地を与えてやる程、軍隊というのは甘くない。

 はっきり言ってしまうと、村に大規模な魔法を打ち込んで壊滅させ、死体を確認後に調書を作る事だって許されている。

 それが現場で正しい判断となるなら、民間人ごと犯罪者を消しても、致し方無し。

 事後承諾や事後処理がまかり通るのだ。

 これが人間相手なら、普通に手順を踏む。亜人よりも弱いのだから、下手に追い詰めると自殺だってあり得る。

 で、村の反応はと言うと、一部の村人だけが軍の指示通りに動いた。

 並んだエルフ達を拘束しつつ、他の部隊が強制連行の為に突撃していく。

 家のドアをハンマーで粉砕し、剣や魔法で抵抗するエルフを、局所結界で相手の魔法ごと家の隅へと押し込み、間髪入れず、軍人が爆撃魔法で吹き飛ばした。その後、原型を保つ家に火を着け、生き延びたり、隠れている住人を炙り出す。

 外を結界で守っている家は、周辺の魔力を一時的に消失させる装置を使い、結界を維持する魔力ごと、結界そのものを消す。

 そして、家という家を爆撃して回り、村人達を拘束しつつ強制的に並ばせては、回復魔法や治療魔法で治していく。

 まぁ、流石に突入時の爆撃魔法で死んだエルフは、別の場所に安置されているそうだ。


 並んだエルフ達は、老人、大人、子供等に分けられていく。

 まだ幼児とそれに満たない赤ちゃんは、即時解放される。

 老人は、弱ってまともに動けなくても拘束対象となり、記憶や深層心理を覗かれ、その本性や罪を数えていく。

 大人や子供も同様。例え精神異常や発達障害、事故での手足欠損や先天的疾患、障害があろうと拘束され、男女の区別なく行われる。恩赦や配慮もされないという。

 記憶が不明瞭で、深層心理がうまく覗けなくとも、村人全員の記憶を平均化して、相関図を組み上げれば、老人や子供といえど、悪事の片棒を担いでいる事となる。

 人間換算で十五歳未満の子供は、罪が重いと手足の生爪を全部剥がされる。ちなみに、村人達には発狂やショック死防止の精神プロテクトが、拘束時に施されている。

 その上で、罰として子供全員が、別々の孤児院へと送られてしまう。


 十五歳以上の少年少女は、治療されながらも体中を、余す事なく切り刻まれていく。

 仕上げに偽の記憶を部分的に上書きされ、孤児院へと送り出される。正しい記憶と偽の記憶、そのどちらが本当の記憶なのか、苦痛に苛まされつつ、自分自身で決めろという事らしい。

 大人に近い青年は、肉体操作と記憶操作のあと、目や耳、手足のいずれか一つを切除される。肉体的欠損というコンプレックスを背負って生きろ、と言う一生モノの罰だ。

 目だと、見た目がほとんど健常者と変わらないので、特に酷い仕打ちを受けるだろう。

 片目しか見えない事を、一般的には全く考慮されない。理解するのはその場限りのフリだ。

 視野が狭いから、普通の視界とも違う。何よりも遠近感が分からない。

 基本的に両目が見える人は、遠近感は経験でなんとか出来てしまう。それが老眼だろうと、経験で何がどこら辺にあるかが分かるから。

 例えば法廷速度内にて、バイクでカーブを曲がるとしよう。遠近感が分からないから、普通は速度を落とさざるを得ない。しかし、両目で見える人が、わざわざ片目で運転しても、同じにはならないのだ。

 理解を求めてもムダとなる。俺の親がそうだったのだから。あの鼻で笑われた屈辱は、絶対に忘れない。

 老人も生爪を剥がされるものの、痛みに対して鈍い場合があるため、薄着のまま森へと追放される。モンスターによって死ぬか、何も分からずにさ迷い、飢えるか。毒に当たって苦しむかもしれないが、いずれにしても死をもって罪を償って頂くのだ。

 過去にやった悪事を、老人という理由で免除する事はない。きっちり清算してもらうのだ。


 大人の場合は悲惨極まりない。

 罪のある無しに関わらず、体内の魔力を絞り取られ、生爪を剥がされる。

 ちなみに、手足の生爪全てで、刑期一年の短縮となるらしい。

 刑期の年数を、体を削って減らしていくのだ。当然、手足の治療は全員が受けられる。

 治療や回復のあと、再び切り刻まれたり、打撲や骨折を繰り返す。で、限界手前で治療の繰り返し。

 細胞の分裂には限りがある。ヘイフリックの限界だ。回数を重ねるたびに傷は再生しにくくなっていき、いずれ完全に再生しなくなる。

 体中のありとあらゆる細胞を追い込んでいく。そして、残った刑期を刑務所で過ごすのだ。つまり、刑務所が棺桶であり、火葬場でもある。

 例え無事に刑期を終えたとしても、今後の生活を無傷かつ、風邪すらひかずに送れる保証はない。

 罪人だったというだけで、元居た村や町以外では暮らせないからだ。嫌がらせの日々に心が折れる。

 だが、今回はその村さえない。

 村長とその一派は、体中の細胞を追い詰めた上で生き埋めにされ、村人達が苦しむ光景を見せられ続け、最後の最後に首から上を火葬されたらしい。

 男は酷い奴程刑罰も重い。意識があるまま、腹部を切開され、内臓を針で刺されていく。麻酔無しなので痛みはあるが、絶対に発狂しない。理性を保ったままで、自分の肝臓が一部切り取られ、再生魔法で肝臓が再生していく様を見せつけた後に、自分の肝臓を咀嚼させられる。

 更に凄いのもあり、なんと股間のナッツを割っては再生という、拷問じみた刑罰もあるらしい。

 女は全身の肌を火傷させられ、不細工になるような整形までされる。


 エルフの場合、ほとんどが長命なので、細胞の分裂回数が、人間よりもとても多い。

 ただし、度重なる細胞分裂は、ガン化しやすいリスクを孕む。

 細胞促進、成長促進等の、細胞を分裂させる現実魔法には、ガンに蝕まれやすくなるという、副作用があるのだ。

 ガン細胞にヘイフリックの限界はなく、ガン細胞をただ切り刻むだけでは、細胞が分裂して治癒してしまうとか。

 それに、現代で使われている実験用の全てのガン細胞は、元は一人の女性の細胞だと言うらしい。

 ヘイフリックの限界が無いので、培養に培養を重ねて、ガン細胞を増やしたのだ。


 エルフの大人は、ほとんどが極限の減刑まで耐え抜き、刑務所暮らしは数日で終わるらしい。

 ちなみに、罪が軽い者ほど、元の容姿へと戻された。まぁ、これにも細胞分裂が関係するので、ちょっと罰の割合が多くなるそうだ。

 しかしながら、自業自得な面もあるだろう。

 長時間の物理的苦痛と、度重なる細胞分裂によって、個人差はあるものの、白血球が処理出来ないくらい、ガン細胞が多くなっているそうな。

 つまり、早めに医者に見て貰うなり、ガンマ線を幻想魔法で出して、自分自身を治療するなりしなければ、ガンが全身に転移して死ぬ事となる。


「正直言って……グロい! 正気度チェック入りまーす!」

「ハイライトさんが退室しましたー」


 どう転んでも地獄なのだが、それを理解しているかどうかは不明。

 そもそも、それくらいの刑罰を受けるだけで済んだのは、まだマシな部類だと言う。

 細胞分裂を限界までした後に、生き埋めにされたり、脳を物理的に弄られる事もあるそうだ。

 記憶操作は最大限の善意であり、細胞分裂させられた苦痛を、忘れる事が出来るからな。

 生爪を剥がされるのも、手足の欠損に比べればマシである。


 更には、自分自身の種族がエルフというのもラッキーだろう。細胞分裂すると言う事は、普通なら寿命を縮める事に他ならない。

 元が長命なら、ガン細胞の転移を放置してしまっても、まだまだ人間並みの余生を送れる。

 それを受け入れるか、受け入れないかは知らないが。


 容姿が元に戻らないエルフも居る。

 単純に、苦痛を堪えて、刑務所を出所する者だって多い。

 記憶操作を施されていても、記憶が戻ったり、正しい記憶を、自分で見つけ出す者も出てくる。


 そんな連中が、報復しに来ないとも限らない。


「よしっ、アイディア成功した!」

「ハイライト先生ちーっす!」

「ブッキーと老子はー、胆力だけはあるよねー」


 まぁ、次に悪事を働くと、問答無用で死んで頂く事になる。

 どんなに小さな事でもだ。

 それこそ、虫を殺した程度でも、発覚したら殺されてしまう。ギルドはやらないが、魔王軍の下部組織はやるらしい。というのも、監視の目がつくとか。

 今回迷惑を被ったブッキーが、個人的に殺しに向かっても仇討ちとなるので許されるそうだ。

 勿論、ブッキーの代わりにモッチーの配下でも、定期的に向かわせれば、エルフの大人は勝手に始末出来る。


「で、身売りっぽく、孤児院に連れて行かれた、子供達はどうなるんだ?」

「孤児院によってマチマチらしいねー」


 詳しくは知らないそうだが、亜人の孤児院というのは、基本的に自給自足のようだと言う。

 これは推測というか、魔王軍の対応から鑑みた想像だが、どうせろくでもないと思っている。

 読み書き能力は孤児院のグレード次第で、ある程度成長したら、人間の保護区へと売られてしまう。

 売れ残りは孤児院の上部組織の兵隊になる。

 上部組織は、軍とギルドの折衷案のようなモノだろう。

 各種族の貴族や豪商を護るため、私兵として派遣する傭兵団。

 これなら、孤児院出身の兵隊は、肉の盾にも矛にも出来る。


 いかん、だいぶ毒されてるな。正気度を投げ捨て過ぎたんだろう。


「エルフの死体って、まだあるか?」

「そろそろ遠征組もー、軍に捕まってイエーイしてるかなー。原型が残っている死体がいいならー、ソイツ等でニコイチしておけばー?」


 それエルフで造った、フランケンな怪物じゃねーか!

 いや、俺の肉体も当てはまるか?

 キソーはスケルトンだが、肉を張り付けていけば、なんちゃってゾンビにもなるだろうし。


「クマー、キソーを呼んで来てくれ」

「クマー? キソーはエルフだったかクマー?」

「エルフだったのかどうかは知らん。が、骨の仲間を増やしたいし、肉が残っているなら、死体の血肉と便所の土、草土に糞尿を混ぜて、硝石を作り出す」


 木炭も貰って行こう。硫黄は、山を掘れば出るだろう。

 花粉の粉塵爆発では、安定した射撃は難しいので、なんちゃって黒色火薬を作る。割合や分量は試行錯誤するか。


「最後にブッキーだが、しばらくの間、山にこもって貰おうかな」

「それが、処分の内容ですか?」

「野菜娘達の事は残念だが、所詮作物の擬人化だ。耕して育てればいいだけ。今回は亜人的損失が皆無。ならばそこまで重い処分にする必要もない」

「わかった……硫黄を掘り出してくればいいのね?」

「もしくは温泉を堀り当ててくれ」


 硫黄の特徴を伝えておく。腐った生卵より、酷い臭いがするんだよなぁ。

 まぁ、掘るのも簡単ではない。期限は三年から五年くらいでいいだろう。


「よしー。話しも纏まった事だしー、エルフの村跡地へ行こうかー」


 キソーもやって来たので、山吹色に留守を任せ、上司達と共に、初めての外へと出発しよう。

 オラわくわくすっぞ!

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