第18話武装蜂起
ブッキーは今日も野菜娘達を従えて、テリトリー内の巡回や農作業をしている。
「ボス! 本日の新入りを、連れて参りました!」
「ボス! スライムと芋虫を撃退しました!」
「ボス! モッチー殿の配下が、本日の挨拶にいらっしゃいました!」
恐怖によって統一されたのか、軍隊の如く、キビキビと野菜娘達が動いている。
「ボス! ボス! 我らがボス!!」
どこのボスなんだろう。傭兵団でも作ったのだろうか?
ブッキーの部下であるモン娘が手を挙げると、一斉に黙り、気をつけの姿勢で動かなくなった。
「……皆ご苦労。今日も異常が無いようで、何よりだわ」
「ありがとうございます! ボス!」
「さて、話していたと思うが、そろそろエルフが痺れを切らし、強行手段に打って出るだろう。交渉材料の方はどうかね?」
「歓迎の準備は、万端を期しております」
「森の管理を嘯く愚か者を、いつでも地獄に落とせます」
「結構。大いに宜しい」
アレ? エルフって前々から来てたの?
わざわざ来て頂いたのに、追い返していたのか?
え、ちょっとよく分からないんだけど……。
「諸君。私は争い事がキライだった。チカラも、物量も乏しく、泣く泣くヤツ等の言う通りに、果実や野菜を用意してきた」
「しかしボス!」
「おう。みなまで言わずともいい。諸君等も知ってる通り、これからは違う。堂々と逆襲に転じよう。その機会を与えてくれた、老子に感謝せよ。此度の戦は勝利しようぞ。でもって、私の身を老子に捧げようとも思っている」
「応援しております。ボス!」
俺の知らないところで、エルフと植物の戦争が、始まろうとしていた。
「ブッキー……いや、ボス!」
「おう。なんだ老子か。何かな? 芋の差し入れ?」
「エルフと戦争するのか?」
「あぁ。入ってくるエルフは、始末してくれるわ。私達が全部、やっつけちゃうんだから!」
惜しい、じゃなくて、怖いよ!
怖いだけじゃない、何もかもが黒いよ!
なんとなく分かっているけど、それを抜きにしても真っ黒だ。
動植物園の無限のパワーを食らうがいい! みたいな黒さ。ボスじゃなくて、皇帝じゃね?
「この近辺に住むエルフとは、色々と確執があるのよ」
ブッキーがアルウラネに成り立ての頃は、チカラの制御がまだまだ甘かった。
猿や蜘蛛のモンスターには勝てても、武装したエルフには勝てなかったそうな。
負けたので、相手が望むモノを提供する。それがこの森のルール。
軍人なドワーフや、商人なコボルトにも勝てない。
果ては村人なエルフすら撃退出来ず、自信を粉々に砕かれてしまう。
その心の闇に漬け込まれたのか、エルフは勝ったあとに、ルールが変えられたと伝えた。
ちょうどその頃、山吹色が新しい守護者になっていたので、エルフはからかい半分に言ったのだろう。
山吹色の強さを疑う訳もなく、また、山吹色も挨拶回りで忙しく、ブッキーは確認を怠ってそれを信じ、今まで無償で提供していたらしい。
そうでなくても、エルフは火の魔法が使える。得意な魔法は風だが、そんな事は関係ない。
仲間の植物は、魔法すら満足に使えなかったので、火攻めされたら終わりなのだ。
ブッキーだけ生き残ったとしても、森が無ければ無意味。
テリトリーから動けないのもあって、エルフは狼や猿、ブッキーのテリトリーが隙間を縫うように、奥へと進む。
たまに、慢心したエルフが狼に追い立てられ、ブッキーの仲間が絡めとったりもしたが、それで溜飲が下がる訳もない。
武装したエルフやドワーフが、森の新しい守護者に挑むも、山吹色は元冒険者、多少錆び付いたとはいえど、知識と経験を持つドラゴン。
回復薬の元手がブッキーや、自分のテリトリー外に生えている植物から、得ているのも知っていた。
知った上で、回復薬が詰まっているリュックを狙う。勿論、回復薬以外の道具も入っているので、エルフ達は必死に守る。
この時点で引き返せていたら、エルフ達は全滅しなかった。
道具を燃やされ、武器を失った冒険者の末路を、山吹色は嫌と言う程知っている。
森のモンスターから逃げ惑い、散り散りになったエルフ達は、自身の魔法しか頼れない。
その魔法も、魔力が無ければ使えないし、休息が取れる安全地帯は皆無。
しばらくして、別の武装したエルフ達がやって来る。今度は冒険者等ではなく、軍人が集まったパーティーだった。いや、パーティーと言うより、一個小隊のようだ。
偵察で住みかがバレ、夜寝静まったところを波状攻撃されたとか。
しかし、そんな作戦でも、山吹色は討ち取れなかった。激怒した山吹色は、人化してその巨体を隠し、砲煙弾雨の中を駆け抜ける。
作戦を指揮している指揮官がいるとみて、そのテントを真っ先に狙い、指揮系統を叩き潰した。
あとは残りが、警戒と緊張で疲れるのを待ちつつ、夜通し揺さぶりをかけ、誰一人として逃がさないよう立ち回り、恐怖のドン底に落とす。
残り数人といったところで、一旦狩りを止め、もう来ないと安堵させたり、緊張の糸が切れた瞬間を狙うべく、森の端、つまり外へと誘導していく。
悪夢から脱出出来るという希望を抱かせ、最後は火球の連打で、その生を解放してやったらしい。
それでもエルフは森に入る。だが、山吹色はエルフ達が頼った竜人の仲裁に応じ、同族、厳密には違うそうな、の顔を立てて、それまでを水に流してやる。
和睦した以上、交流もするので、森の代表としてブッキーが選ばれ、エルフの村にたびたび派遣される事となった。ちなみに、エルフの方がブッキーを押したとか。
夕方以降なのは、光合成の邪魔をしない時間帯というのもあるが、エルフ相手に晩酌させる為だ。これもエルフ側の要求らしい。
詐欺まがいというか何と言うか、変なところで、遺伝した人間性が現れた、ダメエルフ達のようだ。
それに文句を言う勇気が、ブッキーにはない。
山吹色もエルフの村までは来られない。
まさにグレー・ゾーンなので、稀にやって来る上司に相談しようにも、改善点が挙げられない。挙げられない以上、上司はただ単に、潰してしまえ。としか言わないそうだ。
更に、エルフ達は森の希少な植物を探し出し、密売したり栽培して数を多めに売ったりしている。
また、希少な植物故に、安定して栽培するまでが難しく、何度か乱獲されては絶滅しかけた。
その乱獲をした張本人達は、なんと人間の密猟者のせいにして、残っていた人間の町に圧力を掛けたり、魔王や付近の種族へ陳情を出しては、経済制裁を行ったりもしたとか。
ダメだコイツ等、早くなんとかしないと……!
「そんな積み重ねた恨みや積み上げたつらみも、今日まで」
ブッキーは、悔しげな表情から冷静さを取り戻すと、魔法陣を刻んだバットを背負う。
「ブッキー。敵勢力はどの程度なんだ?」
「二十人前後よ。武器は弓と剣、槍、ハンマー、鎖で繋いだ分銅付き草刈り鎌もあるわね」
「砲とバット、木刀で、そんな連中を相手にすると?」
「えぇ。潜伏から奇襲し、包囲を確認して殲滅。対話の余地はないわ」
「魔法に気をつけろ。砲は強力だが、使い捨てだ。バットや木刀も、傷が入れば魔法陣が使えなくなるぞ」
「承知しているよ。いざとなったら、自分の根っこで代用するからね」
「勝てないと悟ったら、迷わず逃げろ。負けても生き延びるんだ」
「忠告ありがとう。……出撃しろ」
「ボス! 了解しました!」
今回は、野菜娘と果物娘、モン娘とブッキーだけが、エルフとの戦いに向かう。
これはエルフと植物モンスターの戦いだからだ。
向こうにエルフ以外が混じっていても、手助けすら厳禁となっている。
勿論、狼や猿も戦わない。
森が焼かれるまでは、山吹色も見守るという。
正直言って、森の中とはいえど、ブッキー達は不利だ。
相手の数が少な過ぎる。数的有利は確かにあるが、一対一では野菜娘が負けてしまう。
少ないと言う事は、少数精鋭であるとも取れる。
一対多を覆す方法は、魔法以外でも可能だ。退路を断って、背水の陣で狭い空間を作り上げれば、前だけに集中出来る。
そうなったら、エルフ達が無双じみた活躍をするだろう。経験、武装、連携、全ての地力が違い過ぎる。
「山吹色、ブッキー達は勝てると思うか?」
「戦闘のド素人が群れても、烏合の衆である事に、変わりはないのう。だが、装備が良い。辛勝ないしは、撤退での敗走はあり得る」
「ブッキー達の全滅は?」
「大勢が死ぬだろうな。とはいえ、大半が擬人化した野菜や果物。物的被害はあるが、人的被害はない」
「流石だな。ブッキーは部下のモン娘が守ると思う。死んでもモン娘は植物に戻るだけだ」
そう、擬人化は所詮幻術だ。増えたように錯覚するが、解ければ野菜や果物、肉食植物となるだけで済む。
実質、ブッキー一人対エルフの集団という構図だ。
何より、ブッキーは装備を間違えなかった。
砲に限らず、銃火器というのは、当たらなければ意味を成さない。
銃声は怖い、銃弾の威力も怖い。が、弾数は限られてしまう。
しかも俺が作った砲は使い捨て。とにかく嵩張るので、携帯性が死んでいる。
不便な武器で潜伏しようって言う発想が、ド素人と言われる由縁だな。
普通、携帯性が悪い武器は選ばない。選んだとしても、持ち運ぶ事はしない。
戦場となる地域に先回りして、埋めておくのが最善だろう。戦場が空ぶったら、作戦を一から考え直すしかないが。
そもそも、奇襲するのに相手がやって来るのを、わざわざ待つ事自体が、もうアレだね。
情報は鮮度が命だからって、報告を聞いてから配置に着くなっつーの。
戦場とする場所に潜伏して、相手が来るのを待ち構えておけよな。完全に後手後手だぞ。
「忠告したけど、不安しかない……」
「だからと言って、我やお主が出る必要性は、皆無だろう」
「エルフの数が二十人前後なのかも、めっちゃ怪しいぞ」
「頭の中までお花畑なのだよ。あ、お主は違うからな?」
「俺の場合は草だよ。正確には草の根っこだがな」
ブッキー、死んじゃうかも?
なんてフラグを建てておこうか。
せめて、夕立だけでも連れていってくれたなら、ブッキーの生存も確定したのに。
「ふっふっふー。夕立に秘策があるっぽい!」
「ほう。聞こうか」
「クマーとタマーに、今日は偶然を装って、戦場近辺で、お昼寝をお願いしたっぽい」
クマーは、熊が擬人化した女性だ。アホ毛が本体と言われてもおかしくないほど、ギザギザに立っている。
タマーは猫が擬人化した女性で、三毛猫みたいな髪色をしていたな。猫なんだが、自分は猫ではなく、ぬこだと言って聞かない。どちらも同じ意味なんだけど、日本語は翻訳しても難しいと言う事か。
「偶然、か……」
「偶然なら仕方ない。そんなバカな!」
「ぽい!?」
「偶然が許されるんなら、俺達も着いていってるから!」
「夕立のせいで、ブッキーの死亡率が高まったのう」
「そんな~、夕立は良かれと思ってっぽい~」
「伏兵が動くかな」
「おう。撤退も難しいとなる。クマー達が動かなければいいのだが……」
クソッ、キソーが居ないのが悔やまれる。
キソーとは、クマーとタマーがよく居る川辺に住み、エルフか人間が死んで骨となった、スケルトンを擬人化した存在。たぶん、女性だと思う。
骸骨だけど、左目に眼帯を付けている。
クマー達と仲が良く、三人とも夕立並みに強い。
ブッキー自体は一人前に戦えるが、指揮官としては素人も同然。
クマー達は戦闘の玄人だ。割り込んでブッキー一人くらいを逃がすのは、そう難しくない注文ではあるだろう。
伏兵がどの程度の強さなのかが、未知数であり、不安要素だ。
クマー達が動けば、伏兵も動く。
これは、ブッキーの作戦が通用せず、エルフ達とは正面から戦いを挑む事になるだろう。
その場合、伏兵は伏したまま動かない。
真っ向勝負な正面からの戦闘で、植物相手に挟撃なんてする筈がない。
何故ならば、立て籠りを続ける一個人の犯人に対して、建物ごと爆破するというやり方を、警察組織がしないのと同じ事だから。
説得や交渉もせず、重機で容赦無くぶっ壊すくらい、非道な行いである。
それを許すほど、山吹色は寛容ではない。
森に住むモンスターを、全て敵に回す度胸や戦力があるなら、もっとその手腕を有効活用した方が、ずっと現実的である。
勝てるとは思っていない。死ぬとも思っていない。
素人が玄人に勝てるような状況でもない。
負けたって良い。命あっての物種だからな。
捕まって、慰みものになろうとも、生きろとしか言えない。
もどかしいが、これは自分で望んだ事だ。
本来なら、無理やり巻き込まれるか、喜んでヒャッハーするパターンなのだろう。
だが、俺は敢えて動かないでおく。
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