Long Way Home (2)

 ダルキーストは恐慌状態に陥りかけていた。考えてみればここまでの事態は、全て自分の失策ではなかったか?

 クルベたちをアリの侵攻から守るにしても、もう少し位は余裕があったかもしれない。なにも大気圏に足をつっこまなくとも、砲撃は適切に行えたのではないか。


 リー少尉は腕利きのベテランだ。実用試験を経ていないアンカーを先走って使うよりも、彼の腕を信じて着陸を行わせればよかったのでは――己の判断を疑いだすと、何もかもが愚かしいことだったように思われてくる。

 

(そもそも、大気圏をかすめたときにアンカーの点火装置か固形炸薬に異常が起きた可能性を、なぜ考えなかった!)


 この上こんなところでリーを失うわけには行かない。

 

 レーザー通信の回線を維持するため、ガンフリント1は頭部を可動範囲いっぱいに動かして、リーのセンチュリオンを自動追尾していた。カメラがとらえた彼の機体は今、後部姿勢制御スラスタ―を噴かしたモーメントによって軸線が大きくぶれ、機体そのものよりずっと後部に重心を置いた形で回転しつつある。

 数秒後にはブルームの本体を地表に叩きつけ、その反動でフォボスから離脱してしまうと思われた。

 そうなった場合にもう一度機体の制御を取り戻し、フォボスに舞い戻るだけの推進剤があるかどうか――

 

「リー! モジュールの手を手動に切り替えろ!」


 通信機に向かって叫ぶ。同時にダルキースト自身も、センチュリオンのマニュピレーター・コントロールを火器管制プログラムによる射撃制御モードから、脳信号読み取りによってアシストされる、多目的作業モードに切り替えた。

 

 シルチス基地が襲撃を受けた際の記憶がよみがえる。あの時、クルベはこれを使ってその場に一本しかなかったRK-303Aレールガンを各機にパスし、機動殻マニューバ・クラストを殲滅したのだ――

 

(今度はあんな気の利いた使い方じゃあないが、RK-303Aこいつの長さなら!)


 モジュールの左手をハンドルから放し、残る右腕を使ってレールガンをリーの方へ押し出した。

 

「こいつを掴むんだ!」


 振り回す動きでダルキーストのセンチュリオンもまた大きく姿勢を崩しかける。だが膝から伸びたケーブルの張力が、その影響を最小限に抑え込んだ。

 

〈中隊長殿……!〉


 リーの機体が回転しながら懸命に左腕を伸ばす――その指先が、砲口に突き出した電極に辛うじて引っかかった。

 

「いいぞ! 右手も添えろ!」


 ブルーム装備のセンチュリオン二機――センチュリオンそのものの質量にして二十機分を超える荷重に、RK-303Aが軋んで曲がる。それでもケーブルはよく耐え、二人をフォボスにつなぎとめた。

 

 安定を取り戻しかけた機体を恐る恐る試すように、リーのセンチュリオンが本体側のスラスターを断続的に噴射してフォボスに寄せていく。

 十五分に及ぶ苦闘の末、彼らはようやく機体を停止させ、機外作業のためにコクピットから外へ漂い出た――救命ケーブルを何度も確認したうえで。

 

 

         * * * * * * *

 

 

「副長、多分フォボスだ。中隊長ダルキーストたちはフォボスにいる!」


 勢い込んでそう主張するクルベに、メイナード副長が困惑しながら返した台詞は、その後しばらくシルチスの語り草になった――

 

〈多分も何もたった今、本艦はダルキースト中尉からの救難信号を受信したところだ。その……クルベ中尉が有能なのは存じ上げているが、どうやったら火星地表からフォボスとシルチスの間を飛んでる指向性の通信波を傍受できるのかと――〉


 クルベはタルシス常設キャンプの通信室で、マユミと顔を見合わせた。

 

(聞いたかい、今の)


(メイナードらしいといえばそうだけど……とにかくあなたの推論は裏付けられたわけね。タイミングが最悪だけど)


 マユミはクルベからマイクをひったくるように受け取ると、モニタに映るメイナードに正対した。

 

「副長。私は当分シルチスまで戻れそうにない。アリの残存個体掃討に降りてくる兵員の輸送と、燃え残った死骸の回収のためにシャトルは全部動員されてるの。今回はあなたがヴィクトリクスの指揮を執って、二人を救助に行ってもらいます」


〈……了解しました〉


「お手並みを見せてもらうわ、私たちを救助したときのように。艦隊上層部にいい報告ができることを期待しています」


 それは、マユミの裁量でメイナードの昇進に有利な計らいをする、という含みだった。メイナードはマユミの意図を読み取って表情をほころばせ、威儀を正した所作でこちらへ敬礼を送った。


〈最善を尽くします!〉


「よろしく」


 マユミが優雅に答礼を返す。

 

 

 通信が終わってモニターとカメラを切った後、クルベたちはどちらからともなく寄り添い、互いを抱きしめた。

 

「良かった……今まで消息が分からないなら、もうダメかもしれないと覚悟してたんだ」


 深々とため息を漏らすクルベを、マユミが微笑みながら見上げた。


「貴方たち、そんなに仲良かったっけ」


「俺はともかく、アルミが悲しむだろ、ダルキーストを失ったらさ」


「あら。 ……そうね、『お礼を言わなくちゃ』って言ってたものね」


「いい子だよ、あの子は」


 そのアルミは、今も現場付近でアリを追って駆けまわっているはずだ。この短い期間に、彼女は急速に義体と拡張フレームの扱いに習熟していた。戦闘を経験するごとに、多大な経験とデータのフィードバックを得ているようなのだ。

 

 砲戦と格闘のモード変更も今後は今回行った設定がプリセットされ、装備に合わせて自発的に切り替え即応できるようになるのだという。

 今や彼女は単なるアイドル、マスコットなどではなく、ベテランの装甲歩兵たちをも実務面で助け得る存在になりつつある。

 

「それで……この間の話、考えてくれた?」


「ええと……シルチスで君の宿舎にアルミを同居させるっていう件だっけか?」


「よろしい、ちゃんと覚えてたわね」


 それは彼らが地表に降りた翌朝、シャワーの後でマユミが言い出したことだった。

 年齢相応の社会経験も、アルミ自身がそうありたいと願っているような、全身全霊で恋に生きるようなタイプの女性としてあるべき振る舞い方も、何も知らない十七歳の幼な子のために。

 マユミ・タカムラ・ロバチェフスカヤがその私生活を教材として共に体験させる――聞くだけならばいかにも立派で意義のある計画プラン

 

「実はこの一週間、戦闘の時以外は頭の片隅でずっとそのことを考えてたよ。どうやったら考え直してもらえるか、ってね」


 クルベにとっては、それは次の出撃までの間に残されたマユミとの貴重な時間を、アルミのために差し出すということに他ならなかった。普通に考えれば容認しがたいことだが――

 

「……そう言われるのは仕方ないわね。私だってまだちょっとだけ、未練があるもの。でも、あなたがそういう言い方をするときって――」


 いたずらっぽく笑うマユミに、クルベはもう両手を上げて降参したい気分だった。

 

「お見通しって訳だな。ああ、考えた結論はこうだ――俺も、アルミのお勉強に協力するさ。男と女がそろってて『子供』がそこにいたら、演じなきゃならない役割はある意味決まってるようなもんだ。君がそんなことを提案してくるなんて、つくづく思いもよらなかったが」


「ありがとう……リョウ」


「あの子に、『家庭ホーム』ってものを味わってもらおう。そういうことだろ?」


「ええ。いつか、あの子が本当のホームに帰れる時まで、ね」


 顔を見合わせて微笑むと、二人はお互いの背中にまわした腕にもう少しだけ力を込めた。


 その後数日――残存個体の掃討が終了し、往復するシャトルにもようやく空席が目立ち始めたころ、クルベたちはダルキーストとリーが無事救出されたとの一報を受けた。


 地表での休暇は、あと一日だけ残っていた。

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