Bugle Call
虚を突かれたクルベは、数秒間返答ができなかった。
(こんな女の子に化け物との近接格闘戦を? 許可できるか、そんな――)
とっさに口をついて出かかる言葉はしかし、たった今までの現実の前に説得力を失う。
肉体のほとんどを失って火星までたどり着いた少女に、無機質な装甲と火砲を与えて前面に立て、要塞砲よろしく化け物をつるべ撃ちにさせていたのは他でもない。自分たちではないか。
格闘戦だろうと砲撃だろうと、戦わせることに違いはない。本質的には何も違わない。だが、それでも――
おのれの横にうずくまるこの鉄の塊は、いったい何なのだ。民間人の少女なのか? タチバナ大尉の試作兵器なのか?
タルシス常設キャンプでの歓迎パーティーで見た、アルミの姿を思い出す。急ごしらえのドレスに身を包んで、楽しそうに歩きまわっていた小さな女の子を。
「いや……いや、それは」
迷うクルベの耳に、母音が変調した合成音声が静かに、だが焼けつくように響いた。
「クルベ中尉。アたしはサイボーグです。戦闘用義体ヲ選んだのはアたしです。戦ウために。アイつらをぶっ殺すために」
それは、十七歳の少女が口にするにはあまりにも過酷な言葉だ。
「だから、行かせてくださイ」
彼女がそういうとほぼ同時に砲撃が途切れ、五十ミリ砲のイジェクションポートから最後の薬莢が転がり落ちた。
「アルミ、クルベ中尉をあまり困らせてはいかんな」
声に振り向く。いつの間にか、マンスレック軍医がそばに近づいてきていた。この迎撃戦の間、彼はやや後方でクレーン周りの作業につきながら、負傷者に備えていたのだった。
「確かに君は重要な戦力だし、それを無為に温存するのは愚かしいことだ。だが戦力には投入すべき場所とタイミングというものが有る。戦術は私の専門ではないが、士官ならだれでもそれを考えるように教えられる――そうだな、クルベ中尉」
「……おっしゃる通りです」
「我々がこれからシャトル到着までやるべきことは何か、アルミに説明してやりたまえ」
クルベは面食らった。状況を一歩引いて冷静に見れば、その答えは明白だ。だがまさか、マンスレック軍医からこんな口頭試問まがいのことを言われるとは。
「……あー、現在の状況にかんがみて我々の今後の任務は――シャトル到着までここの滑走路を防衛し、人的犠牲を最小限に抑えることです」
「よろしい――アルミ、聞いた通りそういうことなんだ。タチバナ大尉と私のコンビがいれば、君の拡張フレームから余分な装甲と火器を取り外して微調整を行い、格闘戦対応にすることはたやすい。だが、だからと言って君を単独でいま出撃させるわけにはいかん。ここでみんなを守るんだ、我慢強くな」
「……はイ」
幾分沈み込んだ声になったアルミに、軍医が言った。
「なあに、どっちにしろ奴らを殺すことになるさ、いやという程に」
* * * * * * *
アルミの陸戦用拡張フレームは、直立したクマかゴリラを思わせる、どっしりしたボリュームのあるフォルムを持っている。
その姿を最も強く特長づけるのは、すねから膝に一体化して脚部前面と胴の中ほどまでを覆う分厚い装甲モジュール。それと、砲撃の反動を吸収して機体を固定するための、腿の後ろに取り付けられた駐鋤の働きをする補助脚だ。
「緊急時に自力でパージできるように爆砕ボルトを使うこともできるが……今回のテストでは通常の物を使ってる」
タチバナ大尉の説明を聞きながら、ごく簡易な工具と小型クレーンで足回りの付属パーツを外していく。作業が終わるとあとに残ったのは、小回りの利きそうな脚部とパワフルな両腕を備えた、ヘビー級ボクサーのような姿だった。
そのアルミにキーボート付きの端末をつないで、マンスレック軍医は膨大な数の設定項目を矢継ぎ早にチェックしつつあった。
「バランサーとトルクコンバーターの
「そうは言っても、もう有効な弾薬がほとんどありません」
ライフルを構えて周囲を警戒する隊員たちから、心細そうな声が上がった。
「泣き言を言うな。いざとなったら俺たちも白兵戦だ――そうだ、今のうち銃に着剣しとけ」
ホフマンが重機の操縦席から身を乗り出して、タクティカル・ベストにぶら下げたM33多目的ナイフをかざした。
――本気かよ。
兵士たちがさもうんざりしたようにぼやくのが聞こえた。
クルベは知っているが、M33は非装甲の自動車を突き刺して、ドアごとその向こうの人体を貫ける程度には強靭で鋭利な刃物だ。アフリカでは何度その性能に助けられたか。
だが、それでも銃剣と生身であの巨大なカギ爪と装甲の塊に対峙したいかといえば、もちろんお断りだ。
ふと、ここ数時間見続けてきたものが脳裏によみがえる。過酸化塩素塩との反応で想定以上の爆発を起こす、こちらの火器による攻撃が――
「ホフマン軍曹、他にもたぶん役に立つものが有るぞ。残念ながら
「ほう。そいつは何です、中尉殿」
「五.五六ミリライフル用の
「どれくらいも何も……伝統的に我々の携行弾薬には四発ごとに一発の割合で――あ!」
ホフマンも気づいたらしい。操縦席に置いていたライフルを取り出し、一番近いところにあるアリの残骸に一連射を加えた。
ドン、と音がして数メートルの高さに火柱が上がる。
隊員たちがどよめいたが、ホフマンは肩をすくめて渋い顔を見せた。
「あー、うん。有機物、それも程よく炭化したヤツがそばにあればイケますな。ただし……迫ってくる化け物を前にして、あえて胴体を直接じゃなく、足元を狙って撃たなきゃならん。そんな冷静さをどこまで保てるものか」
――お前らはどうだ、とホフマンは部下たちに顎をしゃくった。数名が「勿論です、やってやりますよ!」と威勢よく返す。
おそらくそれらの隊員は、実際には役に立つまい。クルベは苦笑いをかみ殺した。
小口径弾はアリに効かない、というアルミの情報は、別に間違ってはいなかった。だがここまで五.五六ミリライフルの出番を封印してしまうことになったのは、火力の温存に役立ったのか、それとも徒に彼らの手を縛ってしまったのか――
「ふふん。まあそれはそれとして着剣はしておけ。見ろ、また来るぞ!」
ホフマンが東を指さして怒鳴った。
闇の向こうから、残存するアリの一群が接近してくる。赤い光点はこれまでよりはるかに少ないが、こちらの備えも格段に薄くなっている。クルベの手には武器といえば護身用の九ミリ拳銃しかなかったが、彼は双眼鏡を覗き込んだまま、そのささやかな火力を右手の中で確かめた。
「設定完了だ、彼女はいつでも出られる!」
マンスレック軍医の叫びと同時に、アルミが拡張フレームをジャンプさせた。そのまま空中でバーニアをふかし、防壁の外へ躍り出る。
先ほどまでと違って、彼女の両腕の先には熊の爪を思わせる三本一組のクローが伸びていた。砲撃中は肘の方へ向けて逆向きに折りたたまれ、補強用のリブか何かのように見えていたものだ。
「いいかアルミ、防壁からあまり離れるな、軍曹たちが吹っ飛ばし損ねたやつを頼む! 推進剤も限りがあるから、緊急時にこちらへ舞い戻れるだけの量は、絶対に残しておくんだぞ!」
「はイ! 見ててください!」
迫撃砲弾も四十ミリグレネードもすでに尽きている。曳光弾を用いた爆発攻撃はそれなりの成果を上げたが、必中というわけではない。ほどなくアルミの前に数匹の隕石アリが到達した。
四対の歩脚を具え、あらゆる障害物を破壊して人間を追う、
アルミがそのうちの一体を目指して駆けた。攻撃に使われる前脚をよけて側面へ回り込み、クローの一撃を見舞う。
小口径銃弾は止められても、一トンを優に超える機体重量が乗った斬撃はそうはいかなかった。壊し屋の胴体が大きくえぐられ、動きが止まる。続く連撃で頭を破壊され、アリは絶命した。
〈やれる! やれます!〉
アルミの弾んだ声が通信機から流れた。
〈アたしだって……グレッグみたイに!!〉
「すごい……」
クルベたちが呆然と見守るうちに、アルミはもう一体をアッパーカットの余勢で空中へ高く跳ね上げた。その時点でその個体は絶命したと判った。
だが戦い慣れていない彼女はついその落下までを目で追ってしまったようだ。その隙をついて、二体が同時に肉薄する。
右から迫った一体の顎が、アルミの右腕フレームを挟み込んで自由を奪った。
「まずいぞ!?」
ホフマンが叫ぶ。
右腕を拘束されたまま、アルミがその個体を左腕で貫いた。だが腕を引き抜く数秒が、決定的なロスになる。
四体目の
「こンの……!!」
憤怒の叫びをあげるが、機体はそのまま大きく跳ね飛ばされ、落下して砂の上にあおむけに転がった。
二者の間に開いた十数メートルの距離を再び縮めようと、
「アルミ!!」
見ていた全員が絶望の叫びをあげる。彼らは射撃を行えずにいた。曳光弾を撃ちこんで燃やすには位置が悪く、アルミが爆発に巻き込まれる可能性もあった。
だが次の瞬間。
「なっ……!?」
(通常の火器が発するような発射音はなかった。レーザーの類か?)
だが周囲にそれらしい火点は存在しない。
そしてクルベは気づいた。頭上から何か大きな音が聴こえる。いつの間に上空に現れたのか、プラズマジェット・エンジンの甲高い唸りと翼がたてる風切り音。
それと何かの音楽――弾むようなブラスセクションの伴奏とともに、高らかに吹き鳴らされるトランペットのフレーズ。
(……『国際救助隊のテーマ』じゃないか、これは!!)
二十世紀にTVで放映された、人形アニメーションによる特撮番組だ。クルベも何話分か見たことはある。地球人ならほとんどだれもが知っている。
当時の現実の社会よりもはるかに科学が進歩した未来を舞台に、人類愛を掲げあらゆる災害に際して人命救助に出動する、とある富豪一家によって編成された秘密チームの活躍を描く物語。上空から聴こえるのはその主題曲だった。
思わず空を見上げた。大型投光器からの目もくらむような白色光が降り注いでくる。その光源によって浮かび上がるのはガルウィングの巨大な航空機。いまやその正体は明白だった。
軍隊は状況が許すかぎりで兵員の士気を鼓舞するために、あらゆる手だてを惜しまない。
「シャトルが来たぞ。シルチス基地からの増援だ!!」
快哉を叫び天にこぶしを突き上げる彼らの上を、C-169降下艇はいったん通過し、やがてバンク角を緩やかにとった大きな旋回をおこなって弾薬庫へと近づいてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます