SILVER BULLET

 軌道上からの対地砲撃、二発――その熱量と衝撃波は、隕石アリメテオ・アントの巣船に痛打を与えていた。着火した有機物が夜目にも赤々と燃え上がり、不快な匂いの煙がクルベたちのところまで押し寄せてくる。

 

「中尉、危なイ!!」


 アルミの声とほぼ同時に、クルベが覗き込んだ双眼鏡の視界半分ほどを、何かがさえぎった。金属に重いものがぶつかる大きな音がして、その何かが上方へはじかれて消える。

 

(何だ、今の!?)

 

 戸惑って辺りを見回すクルベの数メートル後ろに何かが落下する。端末画面のバックライトで照らし出すと、それは甲殻に覆われ先端に鋭い爪を備えた、虫めいた肢だった。

 

 再び同じ衝突音が響き、今度はクルベもはっきりと視認した――爆発で粉砕された壊し屋ブレイカーの巨大な歩脚が何本も、でたらめに回転し跳ね回りながら、ただならぬ速度で飛んできていた。それをアルミが拡張フレームの腕部で弾き飛ばしたのだ。

 

「ダメ! まだ頭を上げなイで!」


 鋭い警告の声。少し離れたところで、片膝立ちの体勢に戻ろうとした隊員が一人、頭を消し飛ばされた。

 

 ――ヤングがやられた!!

 

 誰かの悲痛な叫び。だが動揺している余裕などなかった。爆発の衝撃から立ち直ったアリが、さらに距離を詰めてくるはずだ。

 クルベは双眼鏡で闇の奥を探った。地形の起伏に沿って敷き詰められたような、赤い光点の列――それは、行くべき方向を見失ったようにその場にとどまっていた。

 

「アれ……?」


 クルベ自身の戸惑いを代弁したようにアルミが声を上げる。だが、それはアリの動きに対して発されたものではなかった。

 

「消エてる。さっきの、引っ張る感じ……」


(何のことだ?)


 そういえば。降下してくる巣船を最初に発見したときも、アルミはそんなことを言っていなかったか?

 確か――『変な感じがする。アたまの中で、何かが私を引っ張ってるみたイな』と。

 

 だがその追想はいったん打ち切られた。通信機にマユミからのコールが飛び込んで来たからだ。

 

〈クルベ! クルベ! 無事なら返事をして。今の爆発は――〉


 マユミがいる通信室は、弾薬庫を構成するカマボコ型ユニット建造物の中にある。そこには直接外を見られるような観測窓は設けられていない。

 衝撃波でガラス窓が割れるようなことがなかったのはクルベとして心休まる事だった。だが建物の中で振動だけを感じる側としては、それはそれで気が気では無かったことだろう。


「……モジュールですよ。おそらくスケールハイト直近まで降下しての軌道砲撃です。試射を要求したつもりでしたが、中隊長ダルキーストたちは初弾で決めてくれたらしい」


〈えっ。で、では、効力が?〉


「ええ、充分以上に。二百ミリ弾の炸薬が土壌中の過塩素酸塩を反応させたようです。本来ならあんな効果があるわけはない……で、ダルキーストとの通信は?」


〈まだ回復しないわ……やはりアンテナの故障のようね〉


「そうですか……じゃあ、たぶんあれが最初で最後の一発だ」


 クルベは暗澹とした思いにとらわれた。ダルキーストたちは砲撃タイミングを速めるために、危険なほど高度を下げた。そうせざるを得なかった。そして、限られたチャンスで最大限の効果を上げたのだ。


「与えられた条件下で最高の砲撃だった……あとは何とか生還してほしいが……」 


 大気の影響を受ける高度を何周も回るだけの耐久力は、センチュリオンにはない。

 回れたところで、通信途絶したままでは地上からのデータで射撃諸元を修正することもできない。

 

〈クルベ。そちらに被害は?〉

 

「残念ですが、一人犠牲を出しました。爆圧で飛んできた飛来物に――」


〈……了解。あと、プラントから最新の報告があったわ。たった今、バッテリーからの送電を開始したと。すぐにこの地区のリングが磁場を回復する。成功を祈りましょう〉


「そのことですが、艦長。アリどもの動きは今、止まっています」


〈何ですって?〉

 訊き返すマユミの声が、訝し気に語尾を跳ね上げた。

 

「何が起きているのかは判りません。まだ奴らのことは未知の部分が多すぎる――」


 通話しながら、ふと頭をかすめるものがあった。

 

(もしかすると……)


 小惑星帯でアルミを載せたあのコンテナと接触したとき、機動殻もそこにいた――まるで、そこに幼体がいるのを知っていたかのように。そしてコンテナを切り開いて、おそらくは中のアルミを確保しようとしていた。 

 もしかすると。隕石アリは我々の知らない方法、それも何らかの生体的な仕組みによって、膨大な距離を越えて情報や命令をやり取りできるのではないだろうか?

  

 ――よし、奴らは動きを止めた。何だか知らんが、今のうちに数を減らすぞ……!

 

 ホフマンが気炎を上げる。それをきっかけに、コマンド隊員たちはヤングの惨死を目の当たりにしたショックから立ち直ったようだった。

 迫撃砲の弾道を調節し、これまでより遠い位置にいる集団に狙いを定めて、砲撃の準備を整えている。

 

「装填よし、発射用意!」


 号令が発された、その時だった。


 双眼鏡の視界の中で、赤い点がじわり、と動き出した。それまでいた位置から、大まかに放射状に広がるような挙動だ。そして広がりながら全体として北の方角へと移動していく。その動きには、これまでのような明確な攻撃意図、あるいは意思の存在が感じられなかった。


「う、撃ち方はじめぇ!」


 ホフマンの号令に、わずかに戸惑いが混ざる。ほんの数秒の内に、迫撃砲弾の爆発範囲に巻き込める個体数が激減していた。

 クルベは時計を見た。マユミとの会話からちょうど三分ほどが経過している。リングの人工磁場はもう回復しているはずだ。と、すると。 

 巣船には、奴らの中枢をなす個体か、あるいはそれに相当する何かが存在していたのかも知れない。そいつからの命令が途絶えた結果、隕石アリどもはもっと低次の、本能レベルの欲求に従って動き始めたのではないか?

  

 いずれにしても戦闘の様相は大きく変化していた。この防壁を突破される危険性は薄くなったが、そのぶん殲滅も難しくなったことになる。

 これだけ広範囲に広がられてしまうと、現有の火力だけではカバーしきれない。 

 防壁の方へ向かってくるグループを相手に、クルベたちはなおも散発的な迎撃戦闘を続けた。闇の中で、疲労と倦怠感が募っていく。


 そして、ひそかに恐れていた瞬間が訪れた。

 

「五十ミリ砲弾、これで最後です」


 小型クレーンで持ち上げた弾薬パッケージをアルミの背部ユニットに装着しながら、隊員の一人がそう告げる。


「そうか……」


 クルベは思わず右手で顔の上半分を覆った。

 迫撃砲弾もほとんど底をついた。アリ集団の現時点での主力は、この防壁よりも五十キロほど北に移動している。

 

「OK。では我々にできる事はほぼなくなった、そういうことだな。あとは降りてくるシャトルを管制するだけか……」


 そのシャトルで降りてくる増援も、この様子では予想と随分異なる戦闘を展開することになるだろう。網状地溝帯のすみずみまで覗き込んで撃ち漏らしを追いかける、神経の磨り減る掃討戦だ。

 

「中尉、それにタチバナ大尉」


 アルミが、ふと何か言いたげに二人に呼び掛けた。彼女は今も闇の中に照準レーザーの赤い糸を巡らせ、射程に入ったアリを撃ち続けていた。

 

「どうした、アルミ」

 

「砲弾が切れたら、この五十ミリ砲を外してくださイ。アたし、アイつらを直にブン殴りに行きたいんです」

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