パーティーはそのままに
アルミはフロアの上をあちらこちらとそぞろ歩いていた。光学センサーに飛び込んでくる何もかもが目新しく、わくわくさせる。
ビュッフェボードに並べられた、見たこともない料理やデザート。それにこざっぱりとした服装に身を包んで談笑する大人たち。こんなに大勢の人が集まっているのを見るのは、いったいどれだけぶりだろうか?
そして、今夜の主役はまちがいなく彼女だ。出席者のほとんどが、ちらちらとアルミを視線で追っていた。ときおり、目が合った大人が手を振って自分たちのテーブルに呼んでくれる。軽い握手と、いたわりに満ちた抱擁。あれこれと勧められる果物や焼き菓子。
アルミは身にまとった明るいグリーンのケープもどきをわざと揺らして、翻る布地の動きを楽しんだ。
よく見ないとわからないが、医療機器の防塵カバーを流用したものだ。
彼女の義体の外装はボディスーツ風のデザインで、少女らしい胴部の曲線がそのまま出る。 それを人目にさらすことを避けようという、マンスレック軍医の配慮だった。
ホールの正体はこの赤道タルシス常設キャンプの一部をなす、天井の低いカマボコ型の居住ユニットだ。
本来は倉庫などに使用するものだが、テーブルを並べて可搬式の衝立で空間を区切り照明を調整すれば、ややシャープな印象を与えるパーティー会場に早変わり。
キャンプに起居する兵士や技術者、それにシャトルで降りた人員、合わせて五十名ほどがここに集まっていた。
「アルミ、こっちへおいで」
マンスレック軍医がアルミを呼んで、手招きをした。軍医の傍らにはえんじ色のジャケットにタイトスカートを合わせた服装の女性と、緑色のジャケットの襟元を緩め、いくぶん崩した感じで着込んだ男性がいた。
(あ、ダルキースト中尉とおんなじ服……)
そう思っただけで不思議と親近感が心を染め上げる――なんといっても「緑色の服」だ。
「アルミ、紹介しよう。こちらがクルベ中尉と、タカムラ大尉だ」
「こンにちは! アルミ・ロビンソンです」
「初めまして。軌道砲兵中尉、リョウ・クルベです。こちらはヴィクトリクス号艦長、マユミ・タカムラ・ロバチェフスカヤ大尉」
「ありがとう、中尉――統合軍艦隊士官、マユミ・タカムラです。初めまして、ミズ・ロビンソン」
「……じゃア、アなたたちがアたしをつかまエてくれた……? アりがとウござイます」
クルベと名乗ったその若いハンサムな士官は、微笑みながらうなずいた。
「まあ、そういって許されるなら。我々はたまたまこの基地に来て、君とこうして対面してるが、あのミッションにはほかにも大勢の人間が関わったからね」
「そウなの?」
「ああ。救出作戦にGOサインを出してくれたタイバーソン提督を筆頭に、推進剤補給のために完璧なタイミングでランデブーを決めてくれたエコー艦長、質量削減のためにあえて艦を降りた第三中隊の面々。タカムラ大尉の背中を押してくれたモリ艦長に、ヴィクトリクスを守って危うく漂流しかけたダルキースト中尉……」
「ダルキースト中尉……?」
アルミは愕然として言葉を失い、つづいて後悔に唇をかんだ。なんということだろう、恩人の一人に出会っていたのにそのことを知ることもなく、散歩を助けてもらってアイスクリームをご馳走になって――
「エっと、エっと……どウしよ。アたし、
「あれ、面識があるのかい?」
不思議そうな顔をするクルベ中尉に、アルミはシルチス基地で助けてもらった顛末を説明した。語彙が乏しくてどうしても舌っ足らずな表現になるのがもどかしい。
「なんとまあ。俺たちが天丼食ってる間に、中隊長はこんな美少女とデートしてたわけか」
「うらやましそうね、クルベ?」
タカムラ大尉がウインクしながら、クルベの顔をすくい上げるように覗き込んだ。
「や、まさか。あの時の『菜種』の座敷席をほかの何かと取り換える気は起きんね……仮に天丼が品切れでもだ」
「あら。まあその答えなら六十点あげるわ」
けらけらと笑い出す二人を見て、アルミはひどく懐かしいような、せつないような気持になった。胸の中が温かい――そこにあるのは、拡張フレーム用のサブシステムに過ぎないはずなのに。
ああ、そうだ。この感じってクレメンス爺さんとラティマー女史みたいなんだ――
「……二人は、結婚してるんですか?」
えっ、っと異口同音に声が上がり、クルベ中尉とタカムラ大尉がアルミを見つめた。そして二人の間で飛び交う、目配せと小さな身振り。
「ええとね……その、結婚はま――じゃなくて、私たちは仕事上のパー……」
「付き合いが始まってまだ短いからそういう風に考えたことはなかったが、気が合うのは確か――」
二人は互いの言葉を耳にして、途中で言葉を切って見つめあった。
「ね、ねえクルベ。あとでゆっくり話し合わない?」
「うん、そうだな。とりあえずこのお嬢さんへの答えは……君に任せようか」
タカムラ大尉は軽くうなずくと、アルミの方へ一歩踏み出し、彼女の眼の高さまで背筋を丸めてかがみこんだ。軟質樹脂で覆われたアルミの機械の両手を、合掌するようなかたちでタカムラ大尉の手が包んだ。
「アルミちゃん、でいいのかな? 軍人には私的な時間があまり与えられないから、私たち二人の関係はその分少し複雑になってしまうの。所属は微妙に違うし、いつも一緒にいることはできない。でもお互いを大切に思ってるし、それぞれの仕事をしっかり遂行することで相手を守ってる。そう思ってるわ」
「それって、心は一つ、ってことですか?」
「そうね、そういうことかな」
アルミは納得してうなずいた。それが本当なら、この二人は結婚しているのも同然だ。きっと精一杯に素敵な恋をしているのに違いない。
「アりがとウ。二人は、とっくに家族なのね」
「ええ……?」
奇妙なことを言われたかのように、タカムラ大尉が顔を赤らめて固まった。クルベ中尉はこちらに背を向けて、流し込むように何か飲んでいる。
「もう……! 困ったわね」
そういいながらタカムラ大尉はアルミの肩と頭を、自分の胸元に押し付けるように抱きしめた。表皮のセンサーを通じて与えられる情報は生身の皮膚のそれとは違っていたが、アルミはそれを幼い日の記憶と重ね合わせて受け取った。
柔らかくて、温かだった。
* * * * * * *
「……私の仕事は選抜コマンド要員を期間中に太陽系一の殴り込み部隊に仕上げることだったと思うんですがね。蜜月旅行のガイドやら女子高校生のオリエンテーションとかじゃなくて」
「まあそういうな、ホフマン軍曹。どっちも
キャンプ・タルシスの責任者ケネス・ケイスネス大尉は、ホールの隅のソファーに腰掛け、手の中のティーカップとソーサーを弄んでいた。傍らに立ったホフマンは腰の後ろで手を組んだ「休め」の姿勢で、クルベたちのテーブルをうんざりした表情で眺めている。
「あのサイボーグ少女――アルミ・ロビンソンについていえば、戦闘用義体に用いる兵装システムの実地検証。タカムラ艦長とクルベ中尉は休暇返上で有重力環境への再適応訓練だ。軍の建前としても何もおかしくはない」
「そりゃあそうかもしれませんが」
「それにな、軍曹。ヴィクトリクス号の行った先の作戦によって、我々は現在対峙している敵についての認識を大きく改めることになった。あの少女がもたらした情報は、いずれ地球人全てが知ることになる。そして、我々歩兵にもこれまで想定されていた以上に困難な任務が課される――その時こそ、君の腕の見せ所というわけだが」
「虫の巣に、飛び込むってわけですか?」
「そうだ。だからこの際、彼らと信頼関係を作っておくといい。木星圏には歩いて行くわけにはいかんのだからな」
ホフマンはにわかに、なにかずっしりと重いものを肩に載せられたような気がした。
「葉巻でも勧めれば上司として格好がつくんだろうが、ここではきれいな空気は未だに貴重品だ……苦労を掛けてすまんな。次の休暇は長めにとれるよう、君の勤務評価には添え書きをしておこう」
「……ありがとうございます」
大尉に形式的に礼を言うと、ホフマンは手近なビュッフェボードの方へ歩いて行った。
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