Into the next stage
「……アルミ・ロビンソン救出作戦『
「……ご苦労だった」
タイバーソン提督は満足げな表情でマユミにうなずいた。
「ジュノー近傍への偵察を行った『アラクネ』以下三隻もすでに帰投済みだ。『アラクネ』は十日間の休暇ののち、月軌道まで観測衛星の再装備に向かってもらうことになるが――」
提督は会議室に集まった艦長たちを見回した。シルチス基地の一角にある小会議室は現在、この秋に行われた作戦を総括する報告会の場に充てられているのだった。
「小さな艦隊を二つに分けての過酷な作戦行動にもかかわらず、諸君はよくやってくれた。敵生命体の実態に迫る情報が得られたこと、ジュノー近傍に確かに何らかの小天体が存在し、そこに
「……できればもっと近づきたかったのですが、接近してきた
『ヒュアキントス』のローラ・キュノ艦長が無念そうに俯いた。
「いや、十分だ。仮にモジュール八機を搭載可能な『タム・オ・シャンタ』が随伴していたとしても、現状では同数の
タイバーソン提督は目を伏せてため息をついたが、すぐに顔を上げて一同に微笑んで見せた。
「幸いにも
会議室の空気が目に見えて和らぎ、艦長たちの表情に安堵の色が見えた。マユミも長い単艦行動の緊張がようやくほぐれるのを感じていた。
「繰り返しになるが、本当にご苦労だった。細かな論功行賞とそれに伴う各種辞令の発行はまた後日となる。その時まで、乗組員をねぎらい自身の英気を養うことに努めてくれたまえ」
報告を終えて廊下に出ると、艦長たちは手近にいる同輩と思い思いに会話を交わしながらそれぞれの持ち場へと向かう様子だった。
マユミにも今日から十日の休暇が出ていた。その程度の日数では大したことはできないが、今の彼女にとってはそれで十分だ。
手荷物を取りに艦へ戻ると、ほぼ同時に携帯端末が震えた。メールが着信している。クルベからかと一瞬期待したが、そうではなかった――オースティン准尉からだ。ブリッジに寄ったついでにメールアプリを立ち上げて詳細を確認する。それは休暇願だった。
本文を確認した瞬間、マユミはシートからずり落ちそうになった。オースティンは八十日間の休暇を申請していたのだ。
「八十日って、どういうこと……」
思わず口にだしてしまう。ちょうどブリッジに残っていたメイナード副長が、それを聞きつけて答えた。
「ああ……オースティンですね? 墓参りですよ。今日が一月一四日ですから、十日後に出発するアラクネに便乗すれば、何とか三月六日には間に合う計算です」
「墓参り」
マユミはおうむ返しにそういうのがやっとだった。
「前艦長――オースティン少佐は、奴の叔父でしてね。唯一の肉親だったそうなんです。で、今年の三月六日で没後一周年になります」
なるほど。任務中に感じた疑問が一つ解消したことになる。オースティンという姓は珍しいものではないが、そこら中にごろごろしているほどではない。
甥を目の届く自分の指揮艦に勤務させるためには、前艦長はいろいろと政治力を発揮しなければならなかったに違いない。
「そう……それは認めるしかなさそうね。でも八十日はちょっと驚いたわ」
「そりゃあそうでしょう、一年の四分の一近くですから。まあ結局のところ、地球基準のカレンダーは我々の生活の実情にだんだん合わなくなってきてる――そういうことなんでしょうな」
「……あなたは、行かなくていいの?」
メイナードと前艦長が長い付き合いだったことは聞かされている。メイナードにとっても、一周年は重要なイベントのはずではないのか?
「必要ありません。いま艦を留守にしたら、艦内秩序も私の立場もどうなるか分かったものじゃない。地球では多分ちょっとした式典をやるでしょうが、それは一切合切、准尉に任せますよ」
「……そんなに警戒する必要はないと思うけど、副長が残っていてくれるのはありがたいわね」
オースティンの休暇申請に許可のサインを入れて司令部へ回し、オースティンにも通知のメールを入れた。彼自身はブリッジに見当たらないが、多分どこかで残務整理をしているのだろう。
「艦長ご自身は、休暇のご予定は?」
「そうね。火星の地表へ降りてみようかと思ってるのだけど」
「地表ですか……」
ぴくりと片眉を上げるとメイナードは手元の端末を操作し、そこに表示されたものをマユミに示した。
「現在、地表では第一七機甲師団の歩兵部隊が、有重力環境下でのトレーニングをやってますね」
「ふむ……ちょっとむさ苦しそうだけど、邪魔者扱いはされないんじゃないかしら」
当座必要な手荷物と着替えをキャスター付きのバッグにまとめると、マユミは艦を降りてベイブロックを出た。ベルトウェイに乗りながらクルベにメールを打つ。彼の休暇が何日あるかわからないが、叶うならばできるだけ長く一緒に過ごしたかった。
重力ブロックへ出ると、あらかじめメールで連絡した通り、まっすぐにあの天丼屋『菜種』へ向かった。以前に店主のナマノシン・ハセガワが予告していた海老の入荷からはとっくに過ぎているが、案外今日は今日で、珍しいタネが入っているかもしれない。
席について待つことしばし。遅いな、と感じ始めたころようやく軒をくぐって現れたのは、三日ぶりに顔を合わせる彼女の守護の剣――緑と銀の制服に身を包んだ、切れ者の軌道砲兵中尉だった。
「遅くなって済まない。今しがたまで
「あら……一緒に来ればよかったのに」
我ながら心にもないことを言う、とマユミは内心で自嘲した。本音としては、愛し合っているという実感の涌き始めたこの男との時間を、今は誰であろうと片時も邪魔されたくない。
「そうもいかないさ。彼は彼で、約束があったみたいだからな……さて、何を食おうか」
クルベの足元はまだ少しふらついていた。指摘すると、彼は苦笑いした。
「あれだけ長期間、ほとんど無重量状態にいたのを三日程度のリハビリで取り戻せるわけがない。どうにもここに来るときは、毎回足元が怪しくなる宿命なのかもな」
「そうね。私ももう少し負荷かけてトレーニングした方がいいかも」
「ふむ……地表に降りる、ってさっきのメールでも言ってたっけ。さすがに日程全部は付き合えないが、そういうことなら――ご一緒しますよ、大尉」
不意に距離を開けた物言いをしたかと思うと、クルベはいたずらっぽくマユミにウインクして見せた。
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