旅立ちの歌

 クレメンス爺さんの操作で、シャッターが口を開けた。アルミをカプセルごとタンクの後部に固縛しなおして、軍曹はファブニールを奥へ進めた。

 

〈軍曹、聞こえるか? こっちは管制室についた〉

 爺さんの声が通信機のヘッドセットを通して、すぐ耳元で聞こえる。

 

「受信感度は良好だ。で、どうだ? そこの機器はちゃんと動くんだろうな?」


〈問題なく、全部生きてる――〉

 爺さんが一瞬言いよどんだのは、何かコンソール上で操作しているらしかった。


〈……パスワードもそのままだ。どうやらモナカには……というか奴らTHEMには創造性ってものがないらしい〉


「創造性、か……」

 軍曹はしばし言葉を失った。単純な数字や文字、記号の組み合わせを選びそれを設定する――それくらいのことは、人間の記憶を利用できるなら可能なはずだと思っていた。

 

 だがどうやらそれは、人間の、前頭葉の所産であり特権なのだ。そこは意志の座であるとされる――ならば、創造性とは意志そのものだ。

 

「統制された社会を持っているように見えるが、奴らTHEMは所詮、肉と甲殻でできたロボットなんだな……与えられたプログラムを遂行し、タスクを処理するだけの」

 

〈そうかもしれん。さて、電車のホームみたいな場所が見えるだろう? そこへ行ってくれ。コンテナ倉庫から一個送り込むからな〉


「電車?」


 軍曹の知らない単語だったが、指示自体はまちがえようがなかった。水平リフトの、床に埋め込まれたケーブルが伸びる先には、横幅十五メートル程の深い溝が口を開けている。さらに近づくと、溝の底には巨大なレールが敷設されていることが分かった。

 

 右手の壁が開き、そこから低重力用クレーンでつり下げられた巨大な箱が近づいてきた。発電衛星用の射出コンテナだ。

 全長およそ三十メートル。この種のカーゴコンテナの常で、外殻はトラス構造をもった金属製の枠で囲まれていた。軌道上で組み立てられる際などには、作業艇や無人作業機がこれを手掛かりにする。

 

 クレーンは軍曹の頭上やや斜めの位置で停止し、保持アームを伸ばしてコンテナをレールの上、定位置に据え付けた。


〈軍曹、コンテナの前面に光学標識取り付け用のブラケットがある。例の電波標識ビーコンをそこにねじ込んでくれ。ネジ穴の配置は合わせてあるから、支障ないはずだ〉


「……恐ろしく細かいとこまで把握してたんだな。たまげたもんだ」


〈コンテナの設計にはわしも直接関わったからな。今でもデータをとってある……まあ、当時から数えると端末は五台目なんだが〉


「そうか。あんたも、プロなんだな」


〈まあ、こんな形で役に立つとは思ってなかったがな〉


 管制室からの操作で、コンテナ前面へ向かってタラップ状の足場がせり出した。軍曹はそこを足場にしてコンテナに標識ビーコンを取り付けていった。

 

 作業の合間にふと周囲に目をやる。そこには岩塊からこぼれた小さな破片や、廃材からはく離した塗料片、何かの廃液のようなシミといった、これまでこのコンテナに積み込まれて射出されたゴミの痕跡が残っていた。 

 頭上には、それらのゴミを搬入するためにあとから作りつけられた、巨大なコンベアとバケットが見えた。それは、今やクレメンス爺さんの手で完全に停止させられていた。 

 

「よし、取り付け完了だ。あとはアルミをコンテナに収めて射出するだけだな」


〈そうだな……あとは、内周軌道を周回してる発電衛星が、こっちへ送信アンテナを向けてマイクロ波ビームをよこしてくれるまで待てばいいんだが……念には念を入れておくか〉


「何をする気なんだ?」


〈この『オオヤマ』の通信アンテナから、どこまで届かせられるかわからんが、太陽方向へ向けて通信を送ってみようと思う。あの子を射出したことを、内惑星インナーズの連中に伝えるんだ〉


「なるほど、やってみる価値があるな」


 そこから二人はそれぞれの作業を進めた。軍曹の方は楽な仕事だった。オオヤマの質量はそれなりに大きなものだが、それでも重力はほとんど無視できるほどのものだ。

 カプセルをかついでコンテナの上面へ跳びあがり、内側へ降りて最後部の壁に押し付ける形で安置した。

 内部には接続したボンベから酸素が満たされている。水や食料は、彼女のスーツに内蔵されている分を使い切るころには、もう必要なくなるはずだった。

 

(これでお別れか……)

 最後に、もう一度だけカプセルを撫で、ヘルメットのバイザーを押し付けた。固く冷たい、口づけだった。軍曹はまぶたにたまった水分を瞬きして絞り出すと、コンテナの外に出て爺さんに呼びかけた。

 

「全部すんだよ。上部の蓋を密閉してくれ」


〈分かった。軍曹は念のために、さっきのシャッターの外で警戒しててくれ〉


 遠隔操作とは思えない、よどみのない動きでクレーンの作業アームがコンテナを閉鎖していく。軍曹はそれを確認すると、ファブニールとともに先ほどの水平リフト通路へ戻った。

 

「やっぱり、おとなしく見送っちゃあくれんか」

 軍曹はぼやいた。熱源センサーには少なくない数の輝点が表示され、こちらへ向かって近づいてきている。その前哨部分は、すでに光学センサーでもとらえられていた。


壊し屋ブレイカーがちょいと多めだな……」


〈すまん、軍曹。しばらく持ちこたえてくれ。できるもんならライフルで応援してやりたいが、ここからは中断できん〉


「あんたがこっちに来たら本末転倒だろうが。とっととアルミを出発させろ」


〈ああ……電力がくるまで、あと五分ほどだ〉


 絶妙なタイミングだ。そのくらいなら持ちこたえられるだろう。


 敵は前面に壊し屋ブレイカーを集中させていた。意識せずに口角が吊り上がる――こいつは、古典的な対戦車戦闘と同じだ。


「ここまでで、通常型徹甲弾を使う機会はあまりなかったが」


〈コンテナ、マスドライバー基部へセット完了。上部レール電極を固定、試験通電、正常にチェック進行中――〉

 ヘッドセットに、射出シーケンスをレポートする爺さんの声が響いた。

 

「ここが使いどころらしいな。よし、おっじめるか!」


「距離、三百。火器管制は距離/脅威度評価モード。弾種、有翼徹甲弾。砲戦開始」

 思考制御に音声入力は必要ない。だが軍曹はその思考を明確化するために、あえて口頭で唱えた。

 

 照準器のレティクルが、先頭の壊し屋ブレイカーを捉える。

  

発射フォイア!」

 母国語で叫んだ。八十八ミリ低圧砲の砲身を駆け抜けた有翼砲弾が、隕石アリメテオアントの甲殻を粉砕して破孔をうがった。

 

 続いてもう一発。二番手にいた壊し屋ブレイカーを胴から両断したが、その陰からもう一匹が飛び出し、ファブニールに迫る。


「おおっと!」


 レバーをひねり、前脚一本を格闘モードに入れて叩き付けた。モナカとは違って一撃では粉砕できないが、相応のダメージを与えている。

 

「俺を引きずり出したって、モナカにはできんぜ!」

 軍曹はうそぶいた。彼の脊椎は機械化されて装甲を備え、各種人工臓器の配電シャフトを兼ねているのだ。

 体勢を崩した巨蟲に機銃を一連射。砕氷履帯グラインダーがそぎ取った甲殻の破れ目へ、十二.五ミリ弾が突き刺さった。壊し屋ブレイカーは糸が切れたようにその動きを止めた。

 

〈コンテナ、マスドライバー薬室内にセット完了。絶縁尾栓の閉鎖を確認――〉

 

「いいぞ……ちくしょうめ! あのとき警備隊にこいつファブニールが定数分配備されてりゃあなあ!」

 必要な時に必要な兵器がなかったことへの怒りが、軍曹をさらに衝き動かした。そして娘のような少女への、汲めども尽きぬ愛が。 

 

 主砲を放ち、振り下ろされるカギ爪を避けて、牽制に機銃を撃つ。位置取りを変えて目まぐるしく動き、前脚を振り下ろして血肉を引き裂く。姿勢制御バーニアをふかして浮揚し、次の刹那、集団からはぐれたモナカの上に馬乗りにのしかかった。

 

〈発電衛星GS-24078と受信アンテナが正対する……! マイクロ波送電、来るぞ!!〉


 ようやくか――軍曹はファブニールの操縦席で凶暴な笑みを浮かべた。


「こちらファブニール……現在蓄電池の残量、三十五パーセント。残弾、徹甲3、焼夷クラスター7、機銃45……」


 タンクの戦闘能力は間もなく失われる。だが、どうやら間に合った。

 

「往け、アルミ!!」


 叫びとほぼ同時に――壊し屋の爪の一撃で、ファブニールの主砲がへし折れて消し飛んだ。

 

「クソッたれが!!」


 砕氷履帯を叩き付ける。蟲の頭部がつぶれて水音を立て、モニタの隅で前脚に故障のサインが赤く灯った。勢いをつけすぎたらしかった。

 

〈射出!!〉


 続いて響いた爺さんの声が、天使のラッパのように思えた。

 

 三重のシャッターを隔ててなお、耳をつんざく爆音がファブニールの音響センサーを叩く。大電力によってプラズマ化した、コンテナ後部の導電性ライナーが急激に膨張し、その圧力が尾栓を抜けてここまで達したのだ。

 

 そしてさらに数十秒。レールガン方式で初速を与えられたコンテナは、円周の途中に設けられた高電圧コイルにより、数回繰り返し加速されて――

 

〈コンテナ、木星脱出速度を突破――射出完了を確認〉

 爺さんの声がどこか虚脱したように響いた。


 軍曹は夢想した。直径二十キロに及ぶ長大なリングの中を、人知を超えた速度で駆け抜ける、アルミ・ロビンソンを。 


 それは武骨なコンテナではなく。醜悪なモナカでもなく。

 体を水平に伸ばし、顔を上げて決然と行く手を見据え――脚の付け根から下に渦巻く光の粒子をまとって、彗星のように飛んでいく少女の姿だった。


(なあ、ジェイン)

 静まり返った通路を見渡しながら、軍曹は亡き妻にそっと呼びかけた。

 

(俺には自分の子供は持てなかったが……それでも娘を一人、未来へ送り出すことができたよ)


 素晴らしい娘を。 

 

         * * * * * * *


 

  女神さまが持つ白い天秤の

  お皿の上が指定席


  絵本を一冊――荷物はそれだけ

  暗い宇宙を 飛び越えるのよ


  いつか本当の

  恋をするために



  肩にとまった小鳥の声と

  ずっとおしゃべり していたいけど

  未来をくれた人たちを

  忘れないため 今は眠るわ


  さようなら パパ、ママ

  愛してくれてありがとう


  次に目覚めるその時は

  緑に輝く丘の上



      ※「30光分のワルツ」 


      作曲 不詳/作詞 アルミ・ロビンソン(2141~2212)


         (「懐かしの22世紀・名曲選集」より)

         

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