22話:タイムリミット

「これをナァー!」


マッドスネークは誇らしげに縄を振り上げる。


「オッ、ちょうどいいところに岩発見ッ! これにこのパーフェクト・ウルトラ頑丈縄をくくりつけテェッ!」


何がパーフェクト・ウルトラ頑丈縄だ。ズボンに入れてたただの臭い縄だ。


「これをホイッ! 下まで垂らしてェーー!」


最悪だな。


「フハハハハハ! 完成したゾォ! これで下りられるゾォ!」


マッドスネークは岩にくくりつけて崖から垂らした縄が下まで届いてるか確認すると、大笑いし始めた。


「うわー······」シモンは完全に引いていた。


「すっげー!」


唯一ジャンだけがマッドスネークに感心し、目をキラキラ輝かせていた。


そこで関心する意味が分からない。だが確かにこれで崖を下りる手段ができた。縄はとても汚いが。


もう一度言おう、とても縄は汚い。


不快感に浸る間もなく、巨大鬼の暴走は再び始まった。


明らかに僕を狙い、続け様に突進ストレートを繰り出してくる。攻撃が来ることがあらかじめ分かっていれば、ただひたすら距離をとる。


巨大鬼は僕ばかり攻めるので、背中ががら空きだった。


すかさずマッドスネークが膝裏に向けて拳を食らわそうとするが、やはり『ため』の時間が生まれてしまう。巨大鬼は振り返りざまに殴ろうとする。マッドスネークは『ため』を直ぐにやめて後方へステップする。


巨大鬼が僕に背中を向けたので剣を抜く。剣と鞘さやの掠れる音が思いのほか響いた。巨大鬼は聴覚も敏感になってるのか、その音に反応してクルリとこちらへ首を回した。······気づかれたみたいだ。


これじゃあ埒が明かない。


それに身体が少し重いような気がする。


このまま戦い続ければこっちの体力が尽きてしまうだろう。みんな口には出さないが、疲れ切っているはすだ。今は一人でも崖を下りて増援を呼ぶべきかもしれない。


僕が囮となって巨大鬼を引きつける。その間に他の仲間に下りてもらう。


ヒュー······ヒュー······ヒュー······


巨大鬼が肩で必死に呼吸している。こいつも今、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているのだろう。


頭がズキズキする。どうやら僕の気力も体力も底をつきそうなところまできているようだ。


「僕が囮になる! その間に全員崖を下りてくれ!」


最後僕一人になったときはどうする? いや、今はそういうことは後回しだ。


僕は剣を鞘に納める。できるだけ音が鳴るように乱暴に。


案の定、巨大鬼は僕に向き直り、猛スピードで攻めてくる。上、右、左、下。あらゆる方向から鉄塊の拳が飛んでくる。僕はそれに合わせて左右や後ろへかわす。


巨大鬼の攻撃は回数を重ねる事に鈍くなるどころか、速さや威力を増している気がする。


崖の隅まで追い詰められたら右か左に全力疾走。こればっかりは運である。攻撃する方の腕がどっちか見ていたら間に合わないからだ。


僕は右へ踏み出すが、正解だったようだ。巨大鬼は反対側の拳を繰り出しているので当たらずに済んだ。


そのとき縄を握るサリーの姿が一瞬見えた。巨大鬼に対して恐怖心を持つ彼女が、崖下へ先に下りるつもりなのだろう。


その近くにいるシドは、僕に向けて手をかざして目を閉じている。するとシドの手先に淡い暖色の光が灯る。


何してるんだ?


すると、急に頭の中に光が浮かんだような感覚に襲われる。それと同時に全身が軽く感じ始めた。


「それ10分くらいしかもたないからな!」


シドはそう叫び僕に向かってグーサインを突き出す。


「お前も早く下りて来いよー!」


とりあえず僕は礼を言おうとしたが、暴走している巨大鬼はそうさせてはくれない。右の拳が勢いを増して襲ってくるのを、僕は素早く剣を引き抜いて弾いた。


────!


鬼の中指から赤黒い血液が流れ落ちる。


鬼に攻撃することが出来たのだ。これはさっきの僕までなら剣を抜くことすら出来なかっただろう。


魔物と戦うとき、調子が良いと身体が軽く感じて思い通りに動くことがある。今はその感覚と似ている。そういう時は難しく考えるよりも身体から動く方が良い。さらに良いことがもう一つある。頭がぼんやりしててだるさがあったのがすっかり消えていることだ。これも医術の効果だろうか? しかしさっきシドと僕の距離は大分離れていたが、あれほどの距離からでも医術が効くなんて驚きだ。


とにかく助かった、これで十分に時間を稼ぐことができる。


鬼は驚いたように自身の拳の切り傷を目の先まで寄せ、目玉が飛び出そうなほど大きく目を開いてまじまじ見ている。


僕の一振りは巨大鬼にとってただの切り傷になるに過ぎなかはたが、感情を乱れさせる効果はあったようだ。


だがそれはあまり良くない事だった。


鬼の暴走は、感情の乱れによって更にヒートアップした。目をギラギラさせてめちゃくちゃに腕を振り回しながら僕の方へ迫ってくる。


僕はひたすら後ろへ退く。今剣を伸ばせば確実に巻き込まれるだろう。


「······厄介だな」


流石にいたちごっこには腹が立ってきたので僕が思い切って剣を右上に振り上げると、上手く入った感触と共に鮮血が飛び散った。巨大鬼は突然立ち止まって腕の傷を確認する。


おそらく攻撃を加えれば加えるほど暴走は激しくなっていくだろう。


「スキあり!」


甲高い声が発せられて巨大鬼の背中に鋭い刀が振り下ろされる。


「シモン!? 先に下りたんじゃなかったのか!」


「······だってほっとけないじゃない!」


巨大鬼の図体の隙間からシモンの顔がひょこっと覗く。


······ヒュー······ヒュー······


不気味な呼吸音。それと共に巨大鬼の暴走が始まる。


「ちょっとこれ聞いてないわよ!?」


シモンはスクリューのように繰り出される拳を後ろへステップして避ける。そのときの目は常に拳の動きを追っており、攻撃の機会をうかがっているように見えた。


やがて無理だと思ったのか、鬼と距離をとって僕の元へ来る。


「あたしもシドに補助医術かけてもらったんだけど、あの攻撃を避けるのに精一杯ね。どうする?」


僕もシモンも10分以内に医術の効果が切れるだろう。今すぐ縄の所まで走り崖を下りる? いや、この速さでは間に合わない。それならばなんとかして倒すしかない。


「医術が切れる前に片をつけるしかないだろうな」


「······そうするしかないわね」


僕とシモンは鬼を睨み、それぞれ武器を構えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る