17話:終わらない悲劇
「サリー、俺達の仲間に入れよ!」
そう言ったのはシドだった。
「それ言うの好きだな······」
僕は少し呆れた視線を彼に向ける。
確かに彼女が
入るとしても問題は彼女に攻撃が飛んできた時だろう。前線にジャンとシモン。僕は臨機応変に中衛を。後ろでシドとサリーを守る形になる。そういえばさっき、シドが鬼の目にナイフを確実に直撃させていた。彼はジャンのフォロー役として咄嗟に反応する。もしかしたらサリーをシドの側に居るようにすれば大丈夫かもしれない。
シドが彼女を誘った理由はそれだけじゃないだろう。多分······下心入りなのだろう。小団に女性はシモン一人しかいない訳だから。
『悪いけど、クエストを終えた後、あなた達と旅は出来ないわ』
シモンが前にそう言っていたのを思い出す。
そうか、彼女はこの後小団から離脱するのだ。そうなれば女性はサリーが一人。入らなければ0人。
「······ごめん! 私には酒場の仕事があるもんだから」
後者か。残念だ。
「······ぷっ」
「あー! レイお前今笑ったな!?」
シドはこちらを指さしてわめき散らす。
「人の恥は笑ったらいけないんだよって教わらなかったか!?」
「今知った」
僕は半笑いでそう返す。シドは返す言葉が見つからないようで口をぱくぱくさせている。その様子を見たサリーとシモンは互いに目を合わせて吹き出して笑いだした。ジャンとマッドスネークまでも豪快に笑う。
先程の事が嘘のように皆賑やかに笑っている。
賑やかなのは嫌いではないが、こういうときが一番危険だと思う。ここは建物の中であるが何がいるか分からない。
レイは一人一人の顔色を確認する。
シドの額から汗が流れるのが見えた。気温は汗をかくほど高くない。むしろ寒さの方が勝ってる。
あれは気力の使いすぎによるものだ。術師独特の汗。錬金術師なら術式を発動するときに、体力ではなく気力を多く消耗する。呪術師でも呪言を唱えるときに。医術師なら治療術を使用するときだ。
シモンはかなりピンピンしている。医術のことはよく分からないが、シドはシモンを治療するときに結構な気力を使ったのだろう。
おそらく彼は樹海初心者なのだろう。病院でするのと同じ要領で治療した。だから気力を使いすぎた。
あと何回治療できるかは分からないが要注意だ。気力が尽きれば倒れてしまうからだ。
続けてマッドスネークを見る。顔をくしゃくしゃにして笑う彼の顔には全く疲れが見えない。中年とはいえ、やはり熟練の冒険者だ。その体力は計り知れない。
マッドスネークは問題ないだろう。
ジャンはどうだろうか。元気そうに笑っているが、姿勢がいつもと違うように見える。若干、猫背気味だ。十体以上の鬼を相手にしたのだから、疲れるのも無理はない。動きが鈍くならないかが心配だ。
サリーはどうだ。疲れているようには見えない。だがさっきまで一緒にいたというわけではないので、何回呪術を使用したかは分からない。
自分もそこそこ大丈夫だ。剣と錬金術の使い分けをしていたから、体力気力共に十分に残ってる。
みんな多少の疲れはあるようだが、帰りまでにはもちそうだ。
でも、何か嫌な予感がする。
この光景からなんとなく思い出すことがあるのだ。修行時代、先生の小団と一緒に上級クエストを受けていたときのこと。
依頼内容は街に侵入してきた巨大生物の討伐。先生の小団は「
並の冒険者じゃ太刀打ちできない巨大生物は先生が相手していた。他の
それが良くなかったのだ。
巨大生物はもう一匹いた。急に地中から這い出てくることは誰も予想していなかった。
それは油断していた僕らの判断ミス。
────助けてくれ! 助けてくれぇ!
どこか記憶の中で、叫び声が頭の中をぐわんぐわん揺らしていた。それと同時に、目の前にあのときの光景が流れだす。
人々が街に戻り一安心していた頃。少し先の方で男の叫び声が聞こえた。
慌てて駆けつけると、声の主はぐったりと気を失っていた。
巨大すぎる白蛇。近くの石畳が崩れている。おそらくそこから這い出てきたのだろう。
白蛇の口には男が咥えられていた。上半身だけが逆さまで見えており、僕と一瞬目が合うと見せつけるかのように男を丸呑みした。
僕は男が生きていると信じて、即座に白蛇に飛びかかろうとする。しかし、
「悪いがレイ、お前に死なれちゃ困る。俺がシャーラに半殺しにされるからな」
オスカーの言葉はいつも自己中心的。だけど嘘を言わないのだ。
今の僕に適う相手じゃない。彼は遠まわしにそう言っているのだ。
僕が自分の力不足をハッキリ実感し始めたとき、既に
武器を持つ者で僕だけがその場に取り残されていた。
それにしても、本当に強い。トリッキーな動きをする白蛇に初めは翻弄されていた彼らだが、徐々に動きに慣れて反撃している。
そのうち大剣が白蛇を叩き斬っていた。
レイも駆け寄り、すぐに喰われた男の安否を確認する。
男は死んでいた。
蛇の消化速度は異常に早く、男、その他数人が犠牲となった。
何もできなかった。助けられなかった。
「お前は何も悪くないよ、悪くない」
僕は怒鳴られる覚悟で先生に謝ったが、先生はそう言って僕の頭に手を置くだけだった。
後からオスカーに聞いたことだが、先生は亡くなった人々の家族を訪れて謝罪をしていたのだという。
ちょっとした気の緩みが人々を犠牲にし、挙句、先生に汚名を着せてしまった。
もし、僕が油断しなければ。
「────イ、レイってば!」
はっと記憶の中から覚めた。声をかけられていることに全く気づかなかった。やや下へ視線を向けるとシモンが心配そうに僕の表情をうかがっていた。
「どしたのぼーっとして! ちょっと顔色悪いみたいよ。一旦町に戻りましょ」
「あ、ああ」
シモンはくるりと方向を変えて、出口へと小柄な割には大股で向かう。それに釣られて皆出口へと向かっていた。
心配のしすぎだろうか。頭がちょっと重い。
僕は最後に、振り返って巨大鬼を見上げた。
クリスタルに少し亀裂が入っている。
······亀裂?
目を凝らすと、遠くからでも分かるヒビが入っている。あんなもの、さっきまであったか。先程はサリーに気を取られ気にしていなかったので、覚えていない。それに、今すぐにでも封印が解けてしまってもおかしくない状態のような気がする。
まずいんじゃないのか。
「ちょっと?」
鬼をじっと見つめる僕に気づいたサリーは、同様にその恐ろしい形相へと目を向ける。
途端にサリーは悲鳴を上げて自身の両手で口を抑える。
「どうした」
「いっ今、目が合った······」
彼女は口を抑えたまま、泣きそうな表情で微かに震えている。
「おいっ、大丈夫か?」
怯える彼女の傍にシドが駆け寄り顔を覗き込む。そのときには、皆異変に気づいていた。
地響きが低い音と共に感じられるのだ。揺れは徐々に大きくなっていく。
「あ······そんな······」
割る音。散らばる破片。
────グオオオオオオオオオオオオォォォォン······
樹海全体だけでなく、町までも揺るがすほどの咆哮。それは他の鬼のものとは違い、より響くものだった。
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