18話:うぬぼれ過ぎている
今まで戦ってきたどの鬼よりずっと響く咆哮。まるで地震のように、巨大鬼を震源に町まで届いたかもしれない。
僕の予感はよく当たる。良い予感にしろ、悪い予感にしろ。
なんとなくだが、この鬼に勝てる気がする。
もちろん過信は良くない。けど、この鬼を倒さなければ乗り越えられないものがあると思う。冒険者として旅を始めてから最初の大物であり、倒せばまた一つ強くなれる。何よりこのままでは町が危ない。サリーの話から考えると、鬼はルーイッヒを再び侵略しようとするに違いない。仮に侵略されたとしても、以前とは違いルーイッヒには冒険者が集まっている為、被害はマシになるだろう。だが、被害が出るよりここで食い止めた方が良い。
もう、白蛇のときのような誤ちを二度と犯してはなるものか。
僕は鬼を睨み、闘争心を奮い立たせた。
サリーは怯えながらも首元を探っていた。何か紐の様なものを掴むと、服の中から引っ張り出す。それは遠目からでも分かるもので、藍色の透明な硝子に似た石だ。
それを見たシモンは慌てて彼女の元へ寄る。
「もう一回封印したって、またこうなるわ」
「あなた達が適う相手じゃないのよ、今はこれしかない」
サリーはシモンから守るように、藍色の石を胸元に手繰り寄せて握りしめる。そして、鬼の正面まで歩いて行く。鬼は彼女を見ると、嫌なものでも見たかのように目を細めた。
サリーの額から一滴の汗が流れ落ちる。
ザンクトの石を再度握りしめ、静かに目を閉じた。それと同時に、シモンが慌ててサリーの腕にしがみつく。
「······私が、食い止めて見せる」
強くしがみついた手が離される。シモンは軽やかに地面を踏み駆け出した。
「ちょっと!」サリーは即座にシモンの腕を掴もうとしたが、掴めず空中に手を出したままの状態となった。
巨大鬼は高速で向かってくる薄紅の小人を見下ろすと、それに向けて岩のような腕を振り下ろした。かと思うと、既に腕の一部は床にめり込んでいた。
明らかに他の鬼とは格が違う。動きが速すぎる。
「シモン!」僕は咄嗟に彼女の名前を呼んだが、返事は無かった。
一瞬の事で状況を理解するタイミングが少し遅れた。
────こんなのに敵うはずがない。
僕の中は、ただその言葉で埋め尽くされていた。
うぬぼれてたのだ。鬼の倒し方は大体身に付いていて、巨大鬼は大きさだけが違うものだと思っていた。
ふとサリーの方を見ると、藍色の石を祈るような手の形で握りしめていた。指の隙間から青白い光が漏れている。サリーが唱えるにつれて、光は強くなっていく。どうやら、石がサリーの言葉に反応しているようだ。
ザンクトの石? しかし、石は封印に使われたのではないのか。
サリーがもう一つザンクトの石を持っていた? 封印に使われた方を再封印に使うことは出来ない。これなら、シモンがザンクトの石に反応していたことに説明がつく。シモンは封印された方ではなく、サリーの持っているザンクトの石に反応したのだ。
「それは私が貰うの。勝手に使わないでよ」
瓦礫の側から、シモンの姿が現れた。
「シモーン! 無事で良かったよ······」シドが泣きそうな情けない声をあげる。
「大丈夫よ! でも、私のスピードで避けるのはほんとぎりぎり!」
シモンはこちらを振り返ると、にっと笑った。
なるほどな。
その瞬間、僕はシモンの事を少し理解した。
彼女は単に、戦いを楽しんでいるのだ。
そう思った瞬間、僕の中で溢れかけていたものがすうっと消え失せた。
「シモン! 出来るだけ鬼の視界に入るな! 僕が囮になる!」
僕はそう叫び、仲間のいない場所まで一気に走り抜けた。そして、術式を発動させ火球を鬼に放つ。火球は鬼の肩に当たったが、直ぐに消えてしまった。やはり、この程度の攻撃では一切通用しないようだ。だが、おびき寄せる効果はある。
鬼は僕の方へと体を向けた。僕を見ると、気に食わない、と言いたげに目を細める。
────そうだ、それでいい。
巨大な手が恐ろしい速さで迫ってくる。咄嗟に左側に飛び込んで避けたが、次から次へと手が襲う。攻撃しようと考えてはいけない。ただただ避けることに専念しなければ、僕の身体は持っていかれる。誰かが助けに来なければどうしようもない状況だが、今の僕は誰よりも調子が良い。そして、うぬぼれ過ぎている。避け続ければ勝つと信じる。
僕は錬金術師だが、割と体力には自信があるのだ。
「シモン!」ジャンが声を張り上げた。
「あそこに登れる?」
ジャンはそう言って、祭壇らしきものの右上、左上の両端にある大きな出っ張りを指さす。おおよそ四階建てくらいの高さであり、周辺の壁にはデザインなのかツタのような模様が立体的に浮き出ていた。あれを利用すれば、大きな出っ張りに登れるかもしれない。
「出来るわ! なんで?」
「あそこからなら、飛んで攻撃出来ると思う!」
シモンは改めて出っ張りを見る。「名案ね」と呟くと右側の出っ張りに向けて走り出した。それに合わせてジャンは左側へと走る。
「サリーこっち!」シドは鬼が移動するのに合わせて、サリーを安全な所へ誘導させる。サリーはシドに付いて行きながらも、ザンクトの石を握りしめ俯きがちになっていた。何か言いたそうに顔を上げると、シドと目が合う。
「······その、何も出来なくてごめんなさい」
サリーはそれだけ言うと、ゆっくりと俯いた。
「そんなことない。そもそも封印しようとしてたサリーを止めたのは俺らだよ」
シドの優しげな口調は、いつもの軽薄さからは想像もつかないものだった。
「そうじゃなくて······私、呪術師なのに、ちゃんと戦えるのに、それなのに怖くて何も出来なくて······!」
サリーの声は恐怖のせいなのかかすれかすれだった。自身の肩を抱き、鬼が轟音を立てるたびにびくっと震えた。
「大丈夫。俺強いよ? ちょっと普通の人とは違うところで育ったから。もしサリーが援護したいなら、俺に任せて」
サリーは鉛のように重い瞳を白衣の男へと向けた。
彼はナイフを一本握っていた。
ナイフしか持っていない男に、巨大鬼を前にして何が出来るというのだろうか。普通そう思うだろうが、彼の表情を見てサリーはどうしてもそうは思わなかった。
おそらく、俺に任せろという彼なりの表情のつもりなのだろう。
だが。
酷く、冷たい表情。
そして、強烈な殺気。威圧感。
おそらく無意識だ。しかしサリーが断れば、今すぐにでもそのナイフで喉を掻き切られそうなほどの殺気に満ち溢れていた。
彼は、ただの医術師?
接客業をしているからこその癖なのか、サリーはシドのことをもっとリサーチしたい衝動に駆られた。いや、本当にそれだけ?よく分かんないけど、それだけじゃない気がする。
そういえばこの人、最初会ったときいきなりナンパしてきたっけ。確か、一緒にいる赤髪の子と浪費癖で口げんかしてて。赤髪の子は食費。この人は女の子へのプレゼント費。
プレゼントし過ぎって何それ。変な人。
サリーの肩の震えは次第に小さくなり止まった。
「ふふっ、お願いするわ」
「えっ、なんか楽しそう?」
シドの冷たい表情は消え、いつものヘラヘラ顔に戻った。
「何でもないわよ」
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