16話:ルーイッヒの真実


「なぜあなたが」


その問いに彼女は答えなかった。ただ、鋭く冷たい視線を浴びせながらこちらへとゆっくり歩み寄ってくるだけだった。


振り返るとシドは治療中で、その前にジャンが守るように立ちはだかっている。マッドスネークも、いつもの素っ頓狂な声を出さずに微動だにしない。


皆、酒場娘が漂わせる異様な空気に警戒しているようだ。


「······彼女はお前がやったのか」


歩み寄ってくる酒場娘に質問する。すると立ち止まり、レイへ視線を向けた。ゾッとするほど冷酷な瞳をしている。それに対抗するようにレイは目を細める。


「やったと言ったら」ようやく彼女は口を開く。


「────どうするの?」


どうって言われても。彼女の反応と、さっきまで酒場娘とシモンしかいなかった状況から見て、酒場娘がやったことには間違いないだろう。なのにどうして曖昧な答え方をする。余裕をかます酒場娘にだんだん怒りが込み上げてきた。


「······そうよ、私がやったの」


酒場娘は真っ直ぐレイを見つめ、ストン、と言葉を言い落とした。


怒りがふつふつと煮えたぎってきた。酒場娘は傷一つついていない。シモンは傷だらけで気を失っている。こんなにも一方的だなんて。


「なぜって聞きたいのね。でも、先に襲ってきたのはあの子よ」


彼女の瞳はレイから一瞬それ、後ろでぐったり倒れているものを見る。そして再びレイに戻した。


「あの子はザンクトの石が死ぬほど欲しかったようね。でも、それは私も同じよ。絶対に譲れない」


「まさカ」


マッドスネークは酒場娘の後ろにある祭壇の上、閉じ込められた巨大鬼を見る。


「察しがいいわね。これがザンクトの石。一個でこの怪物を閉じ込めているわ」


一個? 確かシモンは七つ石を集めていたはずだ。もしかして、何か基準があって、それによって個数を決めているのか。封印する対象の大きさとか。


「······ルーイッヒは鬼に支配された村だったのよ」


急に酒場娘の瞳から、冷たい色がふっと消えた。レイから視線を外し、ぼうっと俯く。


「あなたたちが闘ったあの鬼よ。彼らは高い知能を持っていて、当時のルーイッヒの小さな町を襲ったわ。ルーイッヒは元々農業が盛んで、冒険者とは全く無縁の町だった。それが裏目に出たの。戦力を持たない町は一気に侵略されてしまった」


酒場娘は僕らに向き直ると、ルーイッヒの町の真実について語り始めた。


それは、現在のルーイッヒからは想像もつかないような話だった。


────人々は昼間は農作業をし、日が暮れれば酒場で友と飲み交わして楽しく暮らしていたのだという。


鬼が町に攻めてきたことで状況は一変した。女、子供、老人は建物に隠れ、男は農具を手に取り抵抗したという。だがそれもすぐに終わる。鬼の圧倒的なパワーでなぎ倒され、多くの人が殺された。


鬼は全て同じ人間族と判断しているのだろう。女、子供、老人達も情けをかけられることなく次々と殺されていった。


残った者達は奴隷として、一日中鬼の為に働き続けた。


十年間も。


「この崖城はね、鬼の為にルーイッヒのみんなが建てたのよ。その過労のせいで、母は亡くなった」


酒場娘は唇を微かに震わせた。


一部の体力のある者は、冒険者として樹海で狩りをして働いた。力ある故に、鬼に反発することもあった。


鬼は戦いを好むため、そういった者には鬼と人間の一騎打ちをやらせた。


当然、鬼の圧倒的パワーに敵うはずもなく、戦いを挑んだ人間は次々と負けていった。


しかし、僅か数年前のことだった。


一騎打ちに勝利した人間が現れたのだ。


彼の名はドルト・ガルシア。狩人であったが、呪術の心得があった。


驚いたことに、彼は武器を一切用いず鬼を打ち負かしたという。彼の戦術は呪術を巧妙に用いること。鬼は高い知能を持つが人間ほどじゃない。ドルトはまず呪術で手足を封じた。そして、呪術で恐怖させ精神を破壊する。鬼は怯え、ドルトに降参した。


この一騎打ちがルーイッヒを変えた。


ドルトは戦いに勝てば、人間の労働時間を短縮させると鬼に約束していた。労働の後の少しの時間を用い、人々は呪術を学び始めた。


不思議と疲れは感じない。むしろ、鬼を倒すことに執着した人々は、呪術を学ぶことに生きがいさえ感じていた。


それから数年後、人間は鬼に反逆した。


結果は人間の勝利。


戦法はドルトの一騎打ちを真似たものだった。ひたすら呪術で鬼を恐怖させる。


「······でも、ボスには敵わなかった」


酒場娘は振り返って祭壇の上、巨大鬼を見る。


「あまりにも強すぎたわ。呪術が全く効かなかった。ドルトは力の差を実感し、ボスだけは倒すのではなく封印する事にした」


「それが、この鬼よ」


どんな表情をしているかは分からない。でも、彼女の後ろ姿は小さく見えた。


ザンクトの石の力は永遠ではない。いつかは封印がとけてしまう。そのときは同じ悲劇を繰り返すまいと、ルーイッヒは春日ノ樹海をアピールし冒険者を呼び寄せたという。結果、たくさんの冒険者が集まった。


「······悪いことをしたわね、本当にごめんなさい」


そう謝ったのは、酒場娘ではなかった。声は後ろから聞こえてきた。


「もう大丈夫なの?」


ジャンが心配そうに尋ねる。


「ええ、シドって腕だけは天才級ね」


シモンはそう言ってレイの隣に並ぶ。さっきの傷が嘘のようになくなっている。むしろ、今朝よりも顔色が良くなってないか。


振り返ると、ビッと親指を立てて誇らしげにしている男一名。女の子に褒められてまんざらでもないようだ。


「酒場娘さん」


シモンは真っ直ぐ酒場娘の背中を見つめる。


彼女はゆっくりと振り返り、シモンと向き合った。シモンと目が合うと、彼女の瞳にぼんやりと色味が灯ったように見えた。


微かに、笑みを浮かべた。


「サリー・ガルシア。私の名前よ」


「ガルシア······」


レイはそのラストネームに反応した。


「私はドルトの娘。代々呪術を受け継いでいるガルシア一族の一人よ」


やはり彼女は呪術師のようだ。それなら武器を用いずにシモンを倒したのも納得できる。きっと、思いもよらぬ戦法でシモンは翻弄させられたのだろう。だから手も足も出なかった。


サリーは自己紹介したところでシモンに再び目を合わせた。


「私こそ、ごめんなさい。あなたにはひどいことをしてしまったわ」


彼女はもう敵意は無いようだ。そう感じ取ったシモンは思わず笑顔がこぼれた。


「ふふっ、これでおあいこね」


シモンは顔をくしゃっとさせてえくぼを作る。突然の無邪気な笑顔がサリーにも連鎖したのか、サリーもふんわりとした優しい笑みを浮かべた。


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