15話:彼女を知っているような気がする


────彼女を知っているような気がする。


僕はふと、シモンの翡翠色の瞳がキラリと光り、彼女が握手を求めてきたときのことを思い出した。


何故あのとき違和感を覚えた?


僕は七歳より前の記憶が無い。無いと言うよりは、そのときから僕の記憶が始まっていたという感じで、人生の途中で一部記憶を失ったというわけではないので、あまり変な感じはしない。


七歳のときに先生の弟子になり、ずっと錬金術を学んできた。先生は主に戦闘に使える錬金術や、剣や槍、ナイフや弓までも幅広く教えてくれた。先生は本当にすごい人で、冒険者の最高レベルのSS級冒険者だ。SS級冒険者は世界でまだ十二人しかいないらしく、国からも一目置かれている存在だ。上級冒険者協会からは、SS級を対象に特別クエストを発行したりもする。そのため先生は、たまに数日、数週間家を出ることもあった。


僕はこれまで錬金術のことしか考えてこなかった。でも、やっぱり空白の期間があったことには疑問を抱くこともあった。それは僕が成長するごとに大きくなっていく。僕は何者なのか。僕の家族は生きているのか。


先生に聞いたら、知っていることを話してくれた。


僕は幼い頃、遺跡で倒れていたのだという。そこは先生が個人で研究していた遺跡で、頻繁に訪れていたので偶然見つけることが出来たと先生は言った。


『いやあ、こいつはいい弟子に出来そうだね。あんたを見た瞬間そう思ったよ』


先生は僕を見るとそう言ってニヤッと笑った。


その遺跡についても話してくれた。遺跡は巨大な扉と二軒の建物で構成されていて、明らかに当時の技術、現代の技術をもってしても造れないものだという。


学者達は、これらは高度な技術をもった宇宙からの来訪者によって造られたものだと決定づけた。だが先生は違った。


これは異世界人の技術ではないかと。


簡単な仮説で、何らかの方法で異世界から扉の造り方の信号を送り、その信号をキャッチした人に造らせた。そして、扉を通じて異世界とこの世界を繋いだ。これが先生の仮説だった。


その仮説に対し学者達は賛否両論。だがある一人が、『扉があるのにその異世人とやらは現れないではないか』と口にしたら、先生の仮説を信じる者はいなくなった。


しかし、僕が遺跡で倒れていたことで先生の仮説は立証されたと言っても良かった。


僕は扉の前に倒れていて、服装が少し変だったのだという。


────僕は、本当に異世界から来たのか。


その疑問を抱いたとき、手がかりを探すことを決意した。


先生はその遺跡の扉は僕が遺跡で倒れていた以降は壊れていたのだという。だが、扉はこの世界にはあともう一つあるらしい。僕は、その扉を探せば記憶が蘇るんじゃないかと考えた。


もしかしたら、僕が記憶を失う前シモンに会っていたのかもしれない。


生まれた僅かな違和感。そこから記憶をほじくろうとするが、全然ダメだ。


なぜなんだ。どうして何も分からない。


「おい、なんか今聞こえたぞ」


目の前には1本の細長い階段が延々と続いている。


「え?」


「いやお前なにぼーっとしてんだよ」


シドにバシッと後頭部を叩かれ、前のめりになる。


「奥から物音がしたんだ」


そう言われ、レイは階段を見上げる。ダッシュで登ったら結構疲れそうだ。


いきなりマッドスネークが走り出した。それに釣られてシドとジャンも走り出す。レイはワンテンポ遅れて反応したので最後尾となった。


マッドスネーク、年の割には早い。


三人に置いていかれないように走っているうちに、上まであともう少しだ。


「シモン!」


二番目、三番目に上に着いたシドとジャンが彼女の名を発し、走り出していた。


慌てて登りきると、広々とした、さっきのホールよりも遥かに広い空間に出た。その真ん中辺りに何か倒れている物体を見つける。薄紅色の服。それはすぐに彼女だと分かった。


────ここで一体何が。


レイとマッドスネークも、シモン元へ駆け寄る。


「大丈夫、気を失ってるだけだ」


シドは彼女の息があるのを確かめてそう言う。首や腕に切り傷があったり、服が汚れていたり、かなり激しく戦ったようだ。······いや、一方的にやられたようにも見える。


シモンに気を取られていて、皆気づかなかった。正面に、怪物がいることに。


「······!」


レイが顔を上げると、鬼の巨大な怪物がいた。今までとは比べ物にならない。巨大すぎる。閉じられた口からは長い牙が伸びていて、耳の上からも鋭い角が伸びており、恐怖を煽りたてる形相をしている。


一番はその大きさだった。こんなのが町中で暴れれば、忽ち壊滅してしまうだろう。


気づかなかった理由はシモンに気を取られていた意外にももう一つあった。


鬼は壁に埋め込まれていて、顔辺りの一部が出ていた。顔は氷漬けにされていた。


────いや、これはクリスタル?


鬼はクリスタルに閉じ込められていて、かつ壁に埋め込まれているようだった。手前には祭壇のようになっていた。まるで封印されているようだ。


『封印をかけるには、ザンクトの石が最低七つ必要よ』


シモンが以前言っていた言葉を思い出した。まさか、このクリスタルがザンクトの石なのか?シモンはこれに反応して。


「······オイ、何かいるゾ」


マッドスネークは祭壇をじっと見つめていた。


祭壇に誰か座っている。マッドスネークとレイの視線に気づいたようで、ゆっくりと立ち上がった。その姿は小柄で、女性だ。


「なぜあなたが」


見覚えがあった。僕らが上級クエストを受けることを禁止していた人。マッドスネークに娘がいることに、真っ先に驚いた人物。


ブロンド髪の酒場娘。


どうして彼女がここにいる。魔物がいるこの樹海で、武器も持たずどうやってここまで来たんだ。それよりも、どういう理由でここに来たのか。


彼女と目が合う。微動だにしない無表情。氷のような冷たい瞳。


それは酒場で見せる表情と全く異なるものだった。


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