13話:花の髪飾り


「ここを登ったわけないよな」


シドはどこまで続くか分からないほど高い崖を見上げながら、そう言う。いくら運動神経が良いシモンでも、刀一本で登りきれることは有り得ない。見上げ過ぎて首が痛くなったのか、彼は首を擦りながら目線を落とす。


レイも当たりを見回し崖を登る方法がないか考えるが、何も思いつかなかった。ここからでは無理なのだろうか。


「崩れてる場所があるかもしれない。二手に分かれて探そう」


「二手?」


マッドスネークはなぜ二手に分かれるのか分からないようだ。


「この崖は何かを囲うように円状だ。一周回るより二手に分かれて半周ずつで探した方が時間短縮になる」


「なるほどナ。そうと決まればさっさと行くゾ!」


マッドスネークは崖から右側方向へ走り出す。釣られて、レイも走り出す。


「そっちを頼む!」


レイは振り向きざまに二人に向かって叫ぶ。


「おう!」


シドは「走るぞ」とジャンに言うと、レイ達とは逆方向の左側へと駆け出した。





* * *





「しかし、なかなか遠いな······」


シドとジャンの二人はだいぶ走ったのだが、まだレイ達の姿が見えない。


「ねぇ、シドはシモンの話を聞いてどう思った?」


ジャンは走るのを止め、早歩きになる。


「どうって言われてもなあ······」


正直現実味が湧かない。シモンが変わった服装をしているのは、その『桜ノ巫女』だからなのかと思うくらいで。レイの口からは、世界が滅ぶだのどうのこうの根拠が無ければ信じることの出来ないワードが飛び出してきたのだ。


でもまあ、シモンが何かに悩んでるってことだよな。


「話が全て信じられる訳じゃないけどな。とりあえず、困った女の子を助けるのは俺の役目だな!」


シドはそう言ってウインクをすると、ジャンは「うわあ······」と声を発し引きつった顔になる。


シドは進行方向に向き直り、歩みを速めた。


「急にどうしたんだよ」


「う〜ん、オレ、少しシモンの気持ちが分かる気がするんだ。責任重大なことを一人で抱えてるんだよね。やっぱり、焦りとか不安が募って辛いんじゃないかな」


「確かにな。でも、シモンはレイを信頼してこの話をしたんじゃないか?」


······レイのやつ、一体どんな手を使ってシモンを攻略したんだよ。


「かなあ。何も一人で行くことはないよね。もうちょっとオレ達を頼って欲しかったかな」


「見つけたら、そのこと言ってやろう」


「だね!」


突然、ジャンは何かを見つけて走り出した。シドも慌ててついて行く。


「これは······」


ジャンは、崖にある『それ』を見つけて声を発す。


「見つけた······!」





* * *





「けっこう走った気がするんだけどナ、そろそろ合流出来るんじゃねぇカ?」


マッドスネークは走りながら言う。


「ところデ、お前なかなか体力あるナ! 錬金術師なんてモヤシしかいないと思ってたゾ!」


「一応、冒険者だからな······」


全世界の錬金術師に失礼な発言をするマッドスネークに、レイは少し呆れた。マッドスネークは、技術の視点から言えば大先輩にあたるのだが、どうにもこの単純明快な性格についていけない。良く言えば馴染みやすい、悪く言えば一緒に居て疲れる、といった感じだ。


そういえば、マッドスネークには娘がいると言っていた。娘はどのようにこの父親の性格に合わせているのだろうか。


「しかしシモンはどうして一人で行ったのだろうナ。男四人、そんなに無力そうに見えるカ?」


「僕達に関わって欲しくなかったのかもしれない。シモン自身、クエストを終えたら一人で行動すると言っていた」


彼女は使命に対して責任を感じ、一人で背負い込んでいた。だからこそ他人を巻き込むことに後ろめたくなっていた。全てを一人で成さねばならないと。


「ムムゥ。何にせよ、シモンが探索中に単独行動したことは冒険者として0点ダ。早く見つけて一発言ってやらないと気がすまなイ!」


マッドスネークはそう言うと同時に、更に走る速度を上げた。


しばらく沈黙の中走っていると、二人の姿が見えてきた。距離が遠く小粒のように小さかったが、止まっているので何かあったことがすぐに分かった。


しかし、彼らの側には崖崩れは見当たらない。


二人はこちらに気づくと、手を振る。レイとマッドスネークは、ラストスパートを切るように彼らのもとへ走り込んだ。


すると、『それ』があった。


────崖にぽっかりと開いた洞窟。


レイとマッドスネークは、意外なものだったことに驚き、しばらく立ち尽くしていた。


崖崩れにせよ、洞窟にせよ、シモンがこの先へ行ったことには間違いない。


「びっくりだよな。レイの言う通り、その何かがあったわけだぜ。上に登るタイプじゃなくて崖に入るタイプだったけどな」


シドは洞窟の入口を見ながら言う。


レイが入口に立つと、奥から冷たい風が吹き抜ける。見渡すと、更に驚くことがあった。


崖の中は通路のようになっていた。床は石畳で出来ており、壁には火のついたろうそくが立て掛けられていた。


これではこの崖が一つの大きな建物みたいだ。······いや、樹海の中心にあるならば城と言うべきか。


「一体これは······」


レイが中に入ると、皆続いてぞろぞろ入る。


「なにこれ······ここ誰かの家!?」


ジャンがろうそくを眺めて言う。


「驚いてる場合じゃないゾ。シモンは絶対この先にイル。早く行くゾ!」


そう言ってマッドスネークは歩き出すが、やがて歩みを止める。


「これハ······」


急にしゃがみこみ、大きい図体が小さくなる。


「どうした」


レイが聞くと、マッドスネークは何かを拾い上げて持ってくる。


ピンクで統一された花の髪飾り。


「それ、シモンが付けてたやつだよな」


シドがそう呟く。ピンク一色の花にリボンが結ばれており、特徴的な物なので、皆彼女の物である事に気づいた。


「急ごう。嫌な予感がしてならない」


────彼女は必ずここにいる。


レイはマッドスネークから髪飾りを受け取り、冷ややかな石畳通路を歩き出した。


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