6話:金がなければ飯も食えない


街角で倒れていた、薄紅の小人戦姫ローザクラインらしき少女は、ジャンが買ってきた骨付き肉をちまちまと食べていた。


「······もうちょい、がっつけば? お腹空いてるんだから」


ジャンは少女の食べ方を指摘する。

行儀正しく食べる彼女にとっては理不尽な指摘である。


「だって、げひんでひょうが!」


「あのだな······食いながら喋る奴が言うことじゃねぇ」


そこでシドがすかさずツッコミを入れた。


「うるひゃいうるさい!」


少女はシドを睨む。


「うひひ、嫌われてやんの」


「るっせ」


ジャンは口に手を当て、ざまあみろと言わんばかりに笑う。


三人の会話をよそにレイは樽に腰掛け頬杖をつき、ぼうっとしていた。


これからどうしようかとあれこれ考えていた。この旅で自身の目的を果たせるのか。師匠は、「長くなろうが構わないから旅を楽しんでこいよ。あと、困ってる奴は助けろ、絶対にな。恩は遠まわしでも必ず返ってくるぞ」と僕に助言してくださった。


僕の旅の目的は、故郷へ帰ることだ。その為には、故郷へと繋がる扉を探さなければならない。扉はこの世界にあともう一つあるそうだ。僕がこの世界に来たのは七歳のときで、その時通った扉は、師匠曰く既に壊れていたそうだ。僕は運良く師匠に拾われ、師匠の元で育った。


師匠の為にも、この目的は果たさなければならない。


「おいしーー!」


ジャンはもう一本の骨付き肉にかぶりついており、肉汁が垂れそうになる。


「やっぱりもう一本はお前のだったんだな······」




* * *




「ふぅ、おいしかった! ありがとう、えっと······」


「ジャンでいいよ」


「ありがとうジャン」


少女はジャンにお礼を言うと、その場から立ち上がった。


「お前、名前は?」


シドに名前を聞かれた少女は、眉間にしわを寄せて不機嫌そうに答える。


「お前って何よ! 初対面に失礼ね。鏡ノ桜シモンよ、シモンでいいわ。」


シモンはシドにそう言うと、ふいっとそっぽを向いた。シドは、頭をかきながら苦笑いした。


随分、嫌われたようである。


「なあシモン、お前って冒険者か?」


それでもシドは構わず質問する。


「冒険者じゃないわ、ちょっとこの辺の樹海を調べに来ただけ」


「そういうのを冒険者っていうんじゃ······」


「じゃあそれでいいわよ」


シモンの腰には、背に合わず長い刀を提げられている。刀はルーイッヒではあまり見ない武器だが、素早い斬撃が繰り出せる強力なものだ。しかし、使いこなすのが難しいため新米冒険者ルーキーはあまり使用しない。


つまり彼女は腕利きということだ。


「ねえ、あなた達は冒険者なの?」


シモンはレイに問いかける。

さっきから何も話さないレイのことを気にかけていたようである。


レイは初めてシモンの方へ振り返る。

栗色の髪の、可愛らしい少女がにこりと笑い、翡翠色の瞳がキラリと輝く。


何か、変だ。


何かとは、よく分からない。でも、レイは強烈な違和感を覚えた。


────彼女を知っているような気がするのだ。


もちろん、彼女とは初対面であり、知っているはずはない。


「······大丈夫?」


ぼうっとしているレイの顔を、シモンが覗き込む。レイは我に返った。


「ん? ああ大丈夫だ」


「名前なんていうの?」


「······レイだ」



名前を聞くと、レイの前に手を出し、握手を求める


「よろしくね! レイ! あなたとは仲良くなりそうな気がするのよ」


「よろしく、シモン」


レイは軽くシモンの手を握り、少し微笑んだ。


「俺の名前聞いてくれよ!?」


シドがガックリと肩を落とした。




* * *





あの後、レイ達とシモンは武器屋に寄って鬼の角を売却した。


レイが店長の前に角を置くと、店長は顎が外れそうなほど、あんぐりと口を開けて驚いていた。


「たまげた! あれを倒したのかね!」


角は5万シルバーで売れた。新米冒険者には十分すぎる値である。


例えば丈夫な剣なら二本は買え、レイの持つ属性強化なら一個は買える。


あの魔物を倒して生活するならば、熟練冒険者よりも高い収入が得られることを意味していた。


「ふーん、魔物の素材って売れるんだ」


シモンのその言葉に、レイたちは少し驚く。


冒険者の常識である、魔物から素材を頂戴して稼ぐことを知らなかったのだ。


────どうやら、本当に冒険者になる目的でこの町に来たのではないことは明らかだ。


「でも、あの角、どっかで見覚えあるのよね! 何だったかしら」


シモンは顎に軽く手を当て、考える仕草をする。


「あれは鬼の魔物の角。最近、春日ノ樹海に現れる異様に強い魔物だ」


レイが説明するついでに、これまでの経緯を軽く話した。すると、シモンは閃いたかのように目を輝かせ、ポンと手を叩く。


「知ってるわ! あたし倒したから。あの角って売れるのね!」


シモンの答えに、三人は仰天する。


「マジか!? あんな強いやつを一人で!」


シドは声を高らげる。


「······そんなに強くないわよ、逆に聞くけどどうしてそんなに驚くのよ」


「そりゃ驚くよ。あの鬼は、僕ら三人がかりで倒したんだ」


ジャンがそう答えると、シモンはさらに複雑そうな顔つきになる。


「一人も三人も一緒よ。それに聞くところ、あなたたち怪我人を守りながら戦ったんでしょう? あたしは攻撃に集中する癖があるから、そういうの絶対にできないわ。まだまだ未熟よ」


「攻撃が得意ってことだな! 俺は回復役だから、お前と相性抜群だな!」


「お断りよ」


「えー! なんで!」


シドが変な方向の話に繋げるが、シモンは上手く回避した。


「そういえば、武器屋の店長、『鬼の魔物に関するクエストが酒場に出てるから、いい金儲けになると思うぞ』って言ってたよな」


ジャンがふと思い出す。


「おーし! じゃあひとまずそれ受けるか! この四人なら確実だろ!」


「ちょっと、あたしも一緒にってこと?」


「当たり前だ!」


シドがそう決めつけた。


「嫌よ。あたし他の事で忙しいわ」


シモンはそう言いそっぽを向いた。


「金が無ければ飯も食えない」


レイの正論は、先程まで飢え死にしかけていたシモンに刺さるものであった。


案の定、シモンは黙り込んでしまう。


「分かったわよ! クエスト終わるまで協力するわ。でもきちんと分前はちょうだいね!」


不貞腐れた顔でそう言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る