5話:薄紅の小人戦姫
────あたしには両親がいない。
顔すら知らない。聞いた話では、戦に破れたが名誉な死を遂げたのだという。
そんな両親をあたしは誇りに思っている。いつか、両親のように何か大切なものを守りたいって思う。
両親はいないけど、別にひとりぼっちで育ったわけじゃない。
あたしは『鏡ノ桜家』というところの一人娘で、『桜ノ巫女』と呼ばれる役割を持って生まれてきた。家の人達があたしを大事に育ててくれたから、寂しい思いはしなかった。
あたしの屋敷の奥には、『暗黒ノ扉』っていうのがある。
それは絶対に開いてはならない。絶対に。
タルタロイ。それが扉の奥にいる禍々しい地獄の神の名。先祖がはるか昔に封印し、二度と世へ姿を現させぬようにした。もし封印が解ければ、タルタロイはこの世界を瞬く間に地獄絵と変えるだろう。植物は枯れ、生物共々はかき消され、この世界は終焉を迎える。
扉の封印が解けぬように祈りを捧げるのが、桜ノ巫女・あたしの役割。毎日、朝昼晩祈りを捧げることで封印は強化される、はずだった。
────封印が、解け始めていた。
三ヵ月前。それまで順調に強化されてきた封印が、急速に解け始めたのだ。
あまりにもショックだった。先代達が守り続けてきたものが、あたしの代で終わろうとしている。世界の滅亡と共に。
しかし、阻止する方法がひとつだけあった。
かつて、先代は『ザンクトの石』という特殊な力を持った石を七つ集め、封印に使用したのだという。ザンクトの石は世界のあらゆる場所に眠っている。形や大きさは様々で、米のように小さいのもあれば岩のように大きなものまであるという。
ザンクトの石は希少であるが、世界には百以上あるという。
つまり、あたしはなんとしてでもザンクトの石を七つ集めなければならない。
封印が解ける速さから、タイムリミットは三年。三年以内にザンクトの石を集めなければ世界は終わる。
問題はザンクトの石のありかである。この三ヶ月間で家の人達と協力し、過去の文献を調べあげたりしてようやく、それらしき情報をひとつ掴んだ。
一つ目のザンクトの石のありかである。詳しくは分からなかったが、大まかな場所は掴めた。
ルーイッヒの春日ノ樹海というところ。運悪く、ここから随分と遠い。
あたしは、すぐに向かうことにした。
* * *
────グォォォォォォォ!
目の前に立ち塞がった巨大な鬼。
金棒を持った鬼は、小さな少女に襲いかかる。
さっき倒したやつより大きい。
切りそろえたボブカットの栗色の髪。それを彩る桃色の花飾り。桜色の袴にサイズの大きな草履。そして何よりも目立つ翡翠色の瞳。
少女は見た目の可愛らしさに似合わず刀を腰に納めていた。
少女は納刀した刀に手を触れ、構える。
鬼の金棒は、少女の顔面に僅か数センチであった。
少女は目を見開く。
氷をまとったかのような刀が抜かれたかと思えば、刹那、鬼の身体は複数回切り裂かれていった。
────オオオオオオオオン······
傷だらけになった鬼は、ストンと跪いた。
少女は、その瞬間を逃しはしなかった。
刀は真っ直ぐに鬼の首を捉え、斬る。
少女は返り血すら浴びずに着地し、納刀した。
鬼の身体は跪いたままであったが、やがてバランスを崩して真横に倒れた。
しばらく、静寂が森を包み、やがて少女は鬼の元へと歩み寄る。両手を合わせて指を絡ませて目を閉じ、鬼へと祈りを捧げた。
* * *
町の広場にて。
レイが「素材が重いから早く売りたい」とのことで、三人は武器屋を探していた。
広場には子供連れの母、老人、若い冒険者のたまりなどで賑わっていた。
若い冒険者のたまりから大きな話し声が聞こえてくる。
「なぁ、知ってるか? 最近噂の」
「
「またデカイ魔物瞬殺したらしいぜ!」
「は!? マジで!? ヤバすぎだろ!」
『小人戦姫』という言葉にレイは疑問を持つ。小人の、女戦士ということだろうか。
「なんだ、
レイはシドに問う。女の子の事ならなんでも知ってそうである。
案の定知っているようで、即答される。
「最近噂の新米冒険者らしいぜ。俺は見たことはないからよく知らんけどな、相当強いみたいだ。あの鬼の魔物を一人で倒したらしい。それで! 最強なのに、見た目は少女っていうのがギャップなんだよ!」
話の後半辺りからシドのテンションが上がったのが、声のトーンで分かった。
だが、レイは「鬼の魔物を倒した」辺りが引っかかっていた。
あの鬼の魔物は複数体いるのか。あれは、新米の冒険者には危険過ぎるはずである。
「鬼の魔物はどういうものなんだ?」
その質問にはジャンが答えた。
「なんかね、ここ最近突然現れたらしいよ。おかげで怪我人続出。俺達は連携してなんとか倒せたけど、一人じゃとても倒せない。だから小人戦姫は凄いんだ。とにかくまあ、鬼は危険だよね。ってなんか向こうから肉の匂いがする!」
「オイコラ! さっき食べたろ! てか鼻よすぎだろ!」
右の方へ曲がろうとするジャンの首根っこをシドが掴む。
掴まれたジャンは、不満そうな顔をし、頭を垂れた。
レイは二人の会話をよそに、何か異変に気付く。
街角に置いてある樽の側。
────誰か倒れている?
すぐさま駆け寄ると、倒れていたのは女の子であった。シドとジャンも慌てて駆け寄る。
「大丈夫か!?」
シドがしゃがみこみ、容態を見ようとするそのとき。
────グーギュルルルル。
「えっ」
「シド、お腹空いたの?」
「いや······この子」
シドは倒れている女の子を指さす。
女の子は傷を負ったりして倒れていると見るより、空腹で倒れているように見えた。
シド達の話し声に気付いたのか、女の子は顔をゆっくりと上げる。
「食べる物を······」
それだけ言葉を発すると、力尽きて突っ伏してしまった。
「ジャン! さっきの肉、買ってこい!」
「りょーかい!」
ジャンはぱっと嬉しそうな顔をし、全速力で走っていった。
「······
「え?」
レイは女の子を見てそう言った。シドも改めて視線を向ける。
確かに女の子は薄紅色の異国風の服を着ていた。おまけに腰には刀を提げている。
そして、何よりも身長が低く小柄。
彼女は、そう通り名が付いても違和感が無いというよりは、そう付けるべきだと誰もが思う容姿であった。
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