3話:雛鳥

レイがルーイッヒの町を到着した頃には、先の鋭い三日月が真上で輝いていた。普通なら皆眠りについているはずの時間帯ではあるが、灯りがあちこちに見え、騒ぐ声も聞こえた。


必要なものを沢山詰め込んだずっしりと重い黒いリュックを背負い直す。


しばらく闇雲に歩くと偶然、視線の先に大きな宿を見つけた。ひとまず、旅の疲れをここで癒すことしよう。


入口には、『宿・雛鳥』と書かれた板があった。


中に入ってみると、黒髭を生やした中年の宿主が本を読んで暇を持て余していた。レイの姿を見ると本を閉じ、話しかけてくる。


「こんばんは、見ないお客さんだね。この町に来るのは初めてか?」


「ああ」


「この町が初めてならちょっとびっくりしたろ?こんな時間帯なのに騒がしいからな。まあ、そのうち慣れるさ」


宿主はレイに同情するように言う。


「ところで、あんた冒険者か?」


「そうだが」


「ここは冒険者専用の宿でな、いわば借家のような所なんだ。空きがあるから一般人も泊められるけど、冒険者優先だからな。先払いで一泊二千シルバーだ」


レイは財布を出し、宿主に支払い、部屋の鍵を受け取った。


「部屋に入れば静かだから安心しろよ、ごゆっくり」


「ありがとう」


お礼を言い、フロアに上がった。





* * *





「おーい、準備まだかよ? 俺はいつでも出られるぞ」


朝早く、二人の冒険者が騒がしい。


シドは部屋のドアを開けて、外から中の様子を見ている。中には、ジャンが焦った様子で探索への出発の準備をしている。リュックには食料が沢山、無駄というくらい入れている。その様子を見ていたシドは呆れた。


「そんなに食料いるか?」


「もちろん! もしものときに役に立つだろ」


「まあそうだな······」


食料を多めに持っていくのがいつものジャンであり、むしろこれがないとジャンがおかしくなったと思うだろう。


ジャンとは長い付き合いになる。頼りない所もあるが、相棒とも呼べる存在であり俺は絶大に信頼している。


4年前、俺は医術師を目指す為に猛勉強していた。病院学校で働きながらも寝る間も惜しんで勉強。そのときに外部活動でジャンのいる村へ訪れ、そこでコイツに出会ったのだ。面白そうなやつだと思って話しかけてみたら、割と素朴で純粋な性格をしていて、俺はなんとなく気に入った。病院に戻ってからも暇があれば村へ行ったり、ジャンが病院に遊びに来たり、度々会っては積もる話を消化していた。


「準備出来たよ、行こう!」


ジャンはリュックを背負って、少年のような無邪気な笑みを浮かべる。


「おう。行こーぜ」


「ちょっと疲れ気味? また夜遅くまで勉強してたろ、まったく」


「まあな! 俺偉いからな。お前より頭いいし」


シドが疲れていたのは事実であり、少し威張ってエネルギーを無理矢理出す。


「いやいや、女の子のケツをすーぐ追いかけるシドよりはマシだと思うけどな」


「素敵な女の子を追いかけるのが男の使命だろー? まあ、行こうぜ」


二人はワイワイ盛り上がりながら、探索へ向けて出発した。


ちょうどその時、レイが二人が去っていく姿を見ていた。


──── 剣使いと、医術師か。


剣使いは、魔物と戦う上で担い手となるが、医術師はあまり冒険者のイメージが湧かないだろう。だが、樹海探索には危険が伴い、怪我がつきものとなる。傷を癒す者として医術師を連れていくのは冒険者にとって必須である。


僕も、有能な冒険者を探さなければ。


そう思いながら、レイも出発することにする。


ロビーへと降りていくと、相変わらず黒髭の宿主が本を読んでいた。


「おはよう。昨日はよく眠れたかい?」


「おかげさまで」


「それならよかった。ところで、お前さん錬金術師だろ?」


腕に装着した奇妙な機械装置・属性強化から分かったのだろう。


「そうだが、一応剣も使える」


「今探索に行ったんだかな、若い二人組見ただろ? あの二人が、属性攻撃が出来る冒険者を探しているそうなんだ。錬金術師は炎とか出せるだろ? まあ、お前さんも冒険者を探しているなら、考えといてくれ」


「わかった」


彼らを仲間にできたら、かなり戦力は増えるだろう。しかしそれは意気投合出来ればの話である。


「お前さん地図は持ってるか? 探索に行くんだろ?」


「持ってない」


「そうかそうか」


宿主はそう言うと、引き出しを開けて何かを探し始め、それを見つけるとテーブルの上に置き、レイの方向に向ける。それは、ルーイッヒの町とその周辺の樹海の地図であった。宿主は、ルーイッヒから南方にある部分を指さす。


「春日ノ樹海。ここなら強い魔物が出ないうえに素材もそこそこいい物が取れるから、安定して稼げるだろう。ここで探索の感覚を掴むといい」


そう言うと宿主は、地図を丸めて紐で軽く結び、レイに渡した。


「それはお前さんにやる。ところでお前さんは、熟練冒険者を目指して強くなりたいのか? それとも、安定して暮らせればいいのか?」


その質問にレイは、考える間もなく即答した。


「勿論、熟練を目指す。ある手がかりを探して旅しているんだ」


「······そうかい。お前さんの目から、とてつもなく強い意志が感じられるよ。きっと、他の冒険者の誰よりも強くなるような気がするんだ。目的があるなら尚更だな、頑張れよ」


「ありがとう、行ってくる」


レイはそう言い、宿から出ていった。


朝早いが、相変わらずルーイッヒの町は賑わっている。


ここが、冒険者としての新しいスタート地点か。


レイは再度心に言い聞かせ、強く歩き出した。





* * *





レイは木々の間に小道ができた、樹海の入口に佇んでいた。真横の比較的大きな木の側に『春日ノ樹海入口』と、かすれがなく綺麗な文字で書かれた看板が立っている。しょっちゅう人が通り、看板も新しく取替えられたりするのだろう。


春日ノ樹海。宿を出たあの後、レイは町の人にこの樹海について聞いてみた。この辺の樹海では最も大きく、そして、謎多き樹海だそうだ。樹海を円に例えると、外側の方は強い魔物も出なく良質な素材も採れるため多くの新米冒険者に好まれる。だが、中心部分付近が断層で盛り上がっているのだ。断層でできた崖は険しいうえ、崖付近にのみ巨大な魔物が生息しているため、登りきった者はいないとされている。


つまり、樹海中心部は未開の地ということだ。


中心部を守るように作られたこの樹海はまるで無人の王国、本来、人が入るべからずの世界。


風が、レイと小道の間を通り抜ける。まるで樹海へと誘うように。


さて、これからどうするか。


まず今すべきことは腕前、性格の相性が良い仲間を探すことである。樹海探索で最も効率の良い人数は3人から6人と言われている。つまり、少なくとも2人は探さなければならない。




樹海の中は、意外にも静かであった。冒険者を数人見かけたが、魔物と戦っている様子は無い。


レイは何度も師匠と樹海へ行ったことがあり、様々な魔物との戦い方を教えてもらった。だが、レイが見てきた魔物はどれも狂暴で荒々しいものであり、大人しいものではなかった。


ルーイッヒの魔物はよほど大人しいのか。


レイは上を見上げ、木々の揺れをしばらくの間見つめていた。


────それにしては様子がおかしい気がする。


鳥の鳴き声すら聞こえず、ただ風が木々を揺らす音だけが鳴る。まるで樹海全体が大きな生き物で、呼吸を繰り返しているかのように。


レイが再び歩き出したそのとき、草影が微かに揺れた。


ようやく魔物かと思い、レイは属性強化を構える。


「······誰か、いる······の······か?」


草影から、弱々しい男性の声が聞こえてきた。


「どうした」


冷静に答え、構えを崩す。すると、すぐに新米冒険者と思われる若者が草影から飛び出し、レイの両袖を掴む。


「あぁ助かった······頼む! あいつを······あいつを······倒してくれ······お願いだ! 仲間がやばいんだ! 俺、怖くて······」


青年は、怯えきった顔をしていた。身体が震え、冷や汗をかいており、ただ事ではないといった様子だった。


「お願いだ······!」


レイの両袖から手を離し、その場で崩れ落ちる。


「何があった?」


レイは、できるだけ冷静に問う。


「あの鬼がっ、鬼が······」


青年はがくがくと震え出す。


「落ち着け。ゆっくりでいい」


レイは青年の背中に手を当てる。すると青年の震えは徐々に止まっていった。


「俺達は······三人で探索してたんだ。そこに、あのでかい鬼のバケモノが襲ってきて、俺······逃げちまったんだ、怖くて······」


レイは青年に手を差し伸べた。


「立てるか? 二人を探すぞ」


そう言い青年を少し睨む。逃げる、という選択の余地を与えないように。青年は迷いなくレイの手を掴み、起き上がった。


「すまねえ、な······俺、こっちから来たから、まだ二人ともいるかもしれない」


「行くぞ、走れるか?」


青年は頷き、レイの後をついて走った。





* * *





「はぁ······はぁ、ちょっと疲れた······」


レイと青年は走り続けたが、青年が疲れたようだった。


先を走っていたレイが止まる。


「大丈夫か?」


「はぁ······すまねえ、情けねぇ······」


青年は両膝に手を置き、呼吸を整えていたそのときであった。


────グォォォォォォォォォォォォン······


突如、魔物の雄叫びが聞こえた。距離はかなり近い。


「ひいっ!」


青年が怯えたように耳をふさぐ。どうやら、この雄叫びに聞き覚えがあるようだ。レイは青年の怯える姿を見てそう確信した。


「ここでまってろ」


レイは青年に言い、雄叫びが聞こえてきた方向に走り出す。走りながら、属性強化を構える。


少し開けた場所が見えたと同時に、大きな影が目に入る。その姿を確認するために、レイは開けた場所まで走った。


赤く巨大なヒトの様な姿。鋭い爪。鬼のような形相。頭から生えた大きな角。


青年が『鬼』と呼んでいた魔物に違いなかった。


鬼は、鋭い爪を大きく振りかざした。その先を見やると、人が倒れている。まさに、とどめを刺すその瞬間であった。


「グォォォォォォォォォ!」


鬼は雄叫びをあげ、その爪を振り下ろすと同時に、


「······発動」


レイは自身の腕にしっかりと付いた機械に、何も付いていない右手をかざす。すると、赤く光る術式が流れるように浮かび上がり、手先から勢いよく火の球が放たれる。


火球は鬼の顔面を直撃し、鬼は体制を崩した。


とっさにレイは倒れている人の元へ駆け寄る。弓を手に持った青年。さっきの青年の仲間だろう。意識はあり大きく目を見開いていたが、太ももに深い切り傷を負っており動けない状態だった。


鬼が再び爪を振りかざす。今度は力溜めがなく、勢いよく襲いかかってきた。レイはその一撃を素早く避けると、背中の鞘から剣を引き抜く。


鬼の素早い攻撃を数回避けたところで、懐に飛び込む。そして、鬼の脇腹を切りつけた。


「はっ、早ェ······」


弓の青年は呆然と、レイと鬼が戦う姿を見ていた。


レイと鬼は、しばらく一定の距離をとっていた。


「おい! 援護するぞ!」


横から声がかかる。そちらを見ると、二人の青年がいた。


金髪の医術師と赤髪の剣士。朝見た二人組である。騒ぎに気づいて駆けつけたのだろう。


「助かる!」


戦力はニ対一。治療者もいる。ひとまず形勢逆転した。


赤髪の剣士とレイはそれぞれの武器を構える。


「行くぞ!」

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