2話:陽気な二人
「お前さんに、仲間はいるのか?」
彼は何気ない質問を投げかけた。
「いや。僕は7歳の頃からずっと師匠のもとで錬金術の修行をしてて、仲間はいない」
レイの話を聞き、彼は「なるほどなぁ」と頷く。
「まさに今からと行ったところか。その様子じゃあ、冒険者の事はあまりよう知らなさそうだな。稼ぎはいいが、かなり危険ってことくらいは知ってるだろ?」
彼はそう言いながら、あぐらの向きを変える。少し動くだけで金属の音がする。
「それは十分に理解している」
「はっはっは、なら安心した。稼ぎ目的で冒険者になると痛い目見るヤツが多いからな。若いやつは、根性がなってないのか知らんが辞めるのが多くてな」
彼は安心したように言う。
「······貴方は仲間がいるのか?」
レイがそう聞くと、彼は少し苦い顔をしたように見えた。レイの視線からわずかに逸らす。
「まあ、一応な」
そう言い、レイと視線を合わせる。
「実は俺もな、5年間剣の修行をしてたんだ。北の国でな。この歳から冒険者に憧れて修行を始めたってわけじゃないぞ?まあ、5年前までは熟練の冒険者だったわけだが、6人である樹海を探索していたんだ。町の方から伝説の魔物の討伐の依頼が出ていたんでな、俺達に。だがなぁ、ソイツがまた強烈でよ。俺の仲間が3人やられちまったんだ。結局魔物は倒せなかったんだ」
亡くなってしまった仲間のことを想っているのか、彼は外の遠くの景色を眺めていた。
「それから残った仲間達は、それぞれ修行して出直して来ることにしたんだ。またその魔物に挑むわけじゃないぞ。アイツは、人間が関わっちゃあいけんやつだからな。仲間の無念を、他の方法で晴らすためにまた戻ってきたってわけだ」
彼の目は、どこか懐かしそうだった。
「とにかく、お前も無茶だけはしない方がいい。何よりも仲間と自分の命が最優先だからな。これだけは言える」
彼は、父親のようにそう言う。
「ああ、注意する」
レイがそう答えると、彼は満足げに何回か頷いた。
「ところで、どこを探索するつもりなんだ?」
「まずはルーイッヒの町を拠点にしようと。周辺を探索するつもりで」
「あ! あのルーイッヒ山のふもとの町だな!」
彼の声が高くなる。
ルーイッヒの周辺の樹海からは割と高価な素材が入手でき、大きな魔物も少ないため新米冒険者からは人気がある。ルーイッヒ山は度々小さな噴火をしているため、大きな噴火もなく比較的安全である。
師匠にこの町を拠点にすることを勧められたレイは、最初はこの町へ行くことにしていた。
「俺はシュタルカーの町に戻る予定だ。ルーイッヒからは割と近いっていうか、もうこの辺りな気がするけどな!」
彼はそう言うと外を見る。レイもつられて見てみると、平原に幾つか道があった。どうやらシュタルカーの町が近いようだ。
「あれから5年か、懐かしいな······」
馬車の動きが止まった。
「おい、誰か降りるかーー?」
御者から声がかかる。
「おう! 降りるぞー!」
彼は大声で返事した。
「んじゃ、またどっかで会おうな!」
重武装の彼は軽く手を挙げレイに笑いかける。同時にレイも軽く会釈をしたら、彼は馬車から降りていった。外で、御者との運賃のやり取りが聞こえてくる。
レイは窓に頬杖をついて間もなく、馬車が動き出す。窓の外には彼が見えた。
「じゃあな! 頑張れよレイ!」
彼はそう言うと、背を向けて歩き出した。
* * *
「あーーもーー、くっそーー」
ルーイッヒのとある酒場。眉と耳に複数のピアスをつけ、金髪を後ろで結んだ青年が、テーブルに頬をつけて顔をしかめていた。派手なイメージに似合わず、青年は白衣を着ている。
「まあまあ、これからしっかり計画を立てて使えばいいじゃないか」
テーブルの向かい側に座っている、防具を身につけた青年がそう言う。赤っぽい髪と少年のような大きな目が特徴的である。
金髪の青年は、手をついて上体を起こした。
「だいたいなぁ! ジャン! お前が原因だぞ、お前の食事の量は異常なんだよ! それでデブにならないのがおかしいくらいだ!」
隣に座っているポッチャリとした男性が顔をしかめながらこちらを見る。
ジャンと呼ばれた赤髪の青年は、一瞬ひるんだ様子であったが、すぐに反論する。
「じゃあさ! シド! いろんな女の子にプレゼントを買いまくるのもどうかと思うよ!」
シドと呼ばれた金髪の青年も一瞬ひるんだ様子である。シドとジャンはお互いに睨み合う。
どうやら2人は、お互いの浪費癖について責めあっているようである。しばらく睨み合っていたが、ジャンの視界に酒場の娘が入る。
「すみませんー! スペアリブを1つ!」
「バカお前何皿目だよ!」
娘はこちらのテーブルまで来ると、「1つでいいの?」と聞く。
ブロンドヘアーの可愛らしい娘である。
「君、綺麗だね。名前はなんて言うの?」
「シド! ナンパしない!」
シドとジャンのもめ合いがまた始まってしまった。
娘は「注文決まったら後で教えてねー」と言って立ち去ってしまった。それを境に、2人は黙る。
「······まあ、とにかく、食事の量を抑えるよ」
「······俺も、プレゼントの量を減らすよ」
ようやく2人は反省の色をお互いに見せた。 シドはしばらく考え込むと、顔を上げる。
「とりあえず、ジャンの食事量を半分くらいに控えてくれ。俺もプレゼントの量を半分にするから。それと樹海探索の時間を出来るだけ増やす。これで生活に少し余裕が出来るだろうから、武器や防具も高価なものに買い換えられるだろう。これで問題ないか?」
「決まりだな、一方的に責めてごめん」
ジャンは潔く謝り、シドに握手を求める。
「おうよ、俺こそごめん」
シドも謝り、ジャンの手を握る。
遠くで、酒場の娘がその様子を眺めていた。握手をしたところを確認すると腰に手を当て、満足そうな笑みを浮かべていた。
夜の酒場はいつも賑わっている。大男達が集まり、ワイワイと酒を呑み交わす。どこにでもある光景ではあるが、ルーイッヒの酒場には圧倒的に若者が多い。この酒場はもはや町の縮図のようなもので、若者によって町が成り立っていることがわかるだろう。最近は、若者を呼び寄せるために町に派手な建物の建設や行事の活性化などが執り行われている。
ルーイッヒはかつて静かな町であった。その頃を知っている人々からすれば、賑やかなものでも寂しく感じてしまうだろう。かつての町は一体どこへ行ってしまったのか。二度と戻ることはないのか。
酒場の娘は、どこか遠くの場所を思い出すような、物悲しい瞳をしていた。
「おーい、姉ちゃん、水を一杯くれ! コイツが呑み過ぎちまったんだ!」
入口付近の席で、若い男が倒れていた。
「もぉーー、仕方無いわね、今持ってくるわ!」
物悲しい瞳はすっかりと消え失せ、いつもの若者の輝かしい瞳に戻っていた。
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